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養蜂家と蜜薬師の花嫁  作者: 江本マシメサ


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養蜂家の青年は、熊肉を調理する 前編

 毎日毎日、信じられないくらい雪が降る。

 屋根の雪を下ろし、家畜の様子を見に行って、可能であれば少しだけ外で運動をさせる。 家畜だけでなく、人間も運動不足になるので、家の周りだけでも歩き回っている。

 家の周囲には、熊対策として先が尖った杭が打ち込まれていた。乗り越えようならば、容赦なく体に刺さるだろう。

 開墾で伐採した木々を使い、みんなで作ったのだ。

 これがあるから絶対に大丈夫、というわけではないものの、心配は減ったような気がする。

 熊襲撃の事件を受けて、銃の扱いについてマクシミリニャンから本格的に習っていた。

 幸い、冬は暇を持て余しているので、いい機会だったのかもしれない。

 もしも、同じように熊に襲われたら、今度は俺が率先して銃を握らないといけないだろうから。

 マクシミリニャンがいるから平気などという考えは、捨てなければならない。

 ずっと、俺達と一緒に生きてくれるわけではないから。


 生きていく中での脅威は、熊だけではなかった。敷地内でも危険は多々ある。

 踏み込んだ場所が雪深く、胸の辺りまで埋まってしまったときは焦った。マクシミリニャンが救出してくれたからよかったけれど。

 自力では抜け出せなかっただろう。

  寒いだけの街の冬とは、まったく異なる。

 アニャやマクシミリニャンは、このような環境の中で毎年暮らしてきたんだ。


 ただ、アニャ曰くここの冬はそこまで厳しいものではないらしい。

 夜、布団に潜りつつ、話を聞かせてくれた。


極夜きょくやといって、冬の期間に太陽が昇らない地域もあるのよ。危ないから、なるべく家にいないといけないのですって」

「太陽が沈まない白夜びゃくやは聞いたことがあるけれど、逆もあるんだね。太陽が昇らない土地かー。想像できないな」

「本当に」


 まだまだ知らない世界があるというわけだ。


「毎日毎日寒くて、嫌になるでしょう?」

「ううん、こうしてアニャとくっつけるから、冬って最高だと思っている」

「イヴァンったら」


 ぬくぬくなアニャを引き寄せて、胸に抱く。

 じんわりと、体温を感じた。

 冬って最高じゃないかと、改めて思ってしまった。


 ◇◇◇


 雪の中からざっくざっくと取りだしたのは――先日仕留めた熊肉。


「久しぶり。こんな形で再会するとは、思わなかったよ」


 思わず、話しかけてしまう。

 当時の記憶が甦り、ぶるりと震えた。

 いや、この震えは寒さからくるものだ。早く家に戻ろう。


 部位ごとに切り分けた熊肉は、雪の中に埋めて保存していた。

 これからマクシミリニャンが調理してくれるというので、掘り起こしたわけである。


 冬の雪深い季節は、外の雪が保存庫代わりになっていた。

 どこに何を埋めたかわかるように、リボンを結んだ長い棒を刺しているのだ。


 家に戻ると、外との温度差に露出していた肌が悲鳴を上げる。頬なんか、ヒリヒリするくらいだ。


「お義父様ー。熊肉持ってきたよ」


 声をかけると、マクシミリニャンが台所からひょっこり顔を覗かせる。相変わらずの、フリフリエプロン姿であった。


「おお、イヴァン殿、感謝する」


 熊肉料理はいつも、マクシミリニャンが作っているらしい。どんな調理を行うのか、見学させてもらう。


「ふむ、いい肉だな!」

「アニャが、よく血抜きをしてくれたので」

「そうだったか」


 涙を流し、気を失いながらも仕留めた熊である。

 アニャが血抜きをしようと言わなかったらその亡骸はマクシミリニャンが戻るまで放置されていただろう。

 貴重な食料を、台無しにするところだった。

 狩猟は仕留めて終わりではない。命に感謝し、食べきるところまで手を抜いてはいけないのだろう。


 まあ、今回の熊に限っては、狩猟ではなく襲われた中での攻防の結果だったが。

 あのとき、アニャが銃を取らなかったら――ツヴェート様が鉈を握っていなかったら――俺が腰を抜かしたまま動けなかったら――想像するとゾッとしてしまう。

 皆が、家族を守るためにそれぞれ勇敢に動いた。おかげで、怪我もなく元気に過ごしている。

 銃の扱いを教えてくれたマクシミリニャンにも、感謝感謝である。


「さて、熊スープ作りを始めようか」

「スープなんだ」

「それ以外の料理だと、若干獣臭さを感じるものでな」

「なるほど」


 お揃いのフリフリエプロンをまとい、調理を開始する。

 雪の中でカチカチだった熊肉を、マクシミリニャンはサクサクと切っていく。

 手伝おうとしたが、刃がまったく入っていかなかった。

 危ないから見ているようにと言われた。

 マクシミリニャンの太い腕と、自分の細い腕を見比べ、若干肩を落とす。

 いつか、マクシミリニャンみたいにムキムキになるんだと、心の中で目標を立てた。


 さいの目状にカットした熊肉を、蒸留酒に漬ける。惜しみなく、どぼどぼと瓶を傾けていた。


「これは、臭み消しだな」


 しばし、漬けておくようだ。

 その間に、マクシミリニャンとこれまで戦った熊の話を聞いた。

 もっとも苦戦したのは、子育て中の母熊だったらしい。


「あの熊は、本当に強かった」


 ここで殺さなければ、逆に自分が殺される。

 お互い、同じ状況の中で戦っていたらしい。


「実力は、同等だったように思える」


 マクシミリニャンの戦闘能力は熊と同じ。

 強すぎる。

 

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