養蜂家の青年は、山の雪に驚く
夕方、マクシミリニャンが空を見上げ、夜か、明日辺り雪が降るかもしれないと呟いた。
どうしてわかるのかと問いかけると、雪が降る匂いがした、と。
なんだその嗅覚は。と思いつつも、「そうなんだー」と言葉を返す。
マクシミリニャンの予想はドンピシャと当たり、翌日は一面銀世界だった。
夜から降っていたらしい雪は止み、太陽がさんさんと輝いている。
「わー! アニャ、見て。雪だー!」
「街にいても、雪は降り積もるでしょう?」
「そうだけれど、なんだろう。山の雪って、街の雪とはちょっと違う気がする」
「違うって?」
「キラキラしている?」
アニャはよくわからないようで、小首を傾げている。
なんて言えばいいのだろうか。
言葉を探していたら、ツヴェート様が代わりに答えてくれた。
「雪質が、街とはまるで違うんだよ」
「雪質?」
「ああ、そうだ。さっき、触れてみたら驚いた。サラサラなんだ」
「え、サラサラ?」
雪といったら、ドシッとしていて、水分を多く含み、ぎゅっと握ったら固くなる。
けれども、山の雪はサラサラらしい。
気になって、窓を開いてみる。が、ドッ! と強い冷気が流れ込んできたので慌てて閉めた。
「な、なんだ、今の寒さ!」
これまでも寒かったが、それ以上だ。山の冬を、甘く考えていた。
「この寒さの中、外に出て行ったら凍え死ぬ!」
「イヴァン、これからまだまだ寒くなるのよ?」
「え、そうなんだ」
山の厳しさは、野生の熊だけではなかったようだ。
まさか、恐怖を感じるほどの寒さに生命を脅かされるなんて。
毛皮の外套を着込み、マフラーを巻いて、手袋を嵌め、完全防寒な状態で外に出たが――。
「耳!! 痛い!!」
顔面はそこまでないのに、耳が激しく痛いという不思議。
アニャが耳当て付きの帽子を被せてくれた。
「これで大丈夫よ」
「うん、ありがとう」
アニャと一緒に、外に出る。
一歩、足を踏み出すと、フカ……という繊細な雪の踏み心地に驚いた。
「え、これ、本当に雪?」
「雪じゃなかったら、なんなのよ」
「だって、俺が知っている雪は、踏むとギシギシ鳴っていたんだけれど」
しゃがみ込んで、そっと雪に触れてみる。
「わ、サラサラだ!」
手から零れた雪は、まるで砂のようにさらさらと流れていく。
隣にアニャがしゃがみ込み、顔を覗き込みながら質問してくる。
「イヴァンの知っている雪は、こうじゃないの?」
「ぜんぜん違う。もっと、じめっとしているというか、なんというか」
そうだ、水分!
ここの雪は街の雪に比べて、水分が少ないのだ。
手のひらの雪をぎゅっと握っても、固まらない。
「はは、ここの雪じゃ、雪玉遊びができないんだ」
「雪玉遊びって?」
「雪を握って玉を作って、投げ合う遊び」
「ふうん。面白い遊びをしていたのね」
「そう」
ツヴェート様が雪質がまるで違うと言った意味を、これでもかと理解する。
「ここの雪は、パウダースノーなのだ」
いつの間にか、マクシミリニャンも外に出てきていた。
寒くないのか。シャツにズボンという、シンプル過ぎる姿である。
「パウダースノーか。確かに、粉みたいだ」
「湿度と気温が低い場所に降る雪は、こうなる」
「あー、なるほど。寒いから、サラサラなんだ」
マクシミリニャンも、ここにやってきたときにパウダースノーに驚いたらしい。
「同時に、きれいだと思った」
「そうそう。わかる」
街の雪は、すでに誰かが歩いたあとだったり、子ども達が遊んだあとだったり、まっさらな状態を目にすることがない。だから余計に、きれいに見えたのだろう。
「真冬のダイヤモンドダストも、この世のものとは思えない美しさだった」
雪の粉の次は、雪の結晶だと。
なんでも、空気中の水蒸気が固まり、太陽の光に照らされてキラキラと輝くのだとか。
雪を手に取り、宙に放った。
細かな雪が、バッと広がる。太陽の光に照らされて、輝きを放っていた。
「お義父様、ダイヤモンドダストって、こういうの?」
「いや、これよりももっと神聖で、きれいなものだ」
冬のもっとも寒い、晴れた日にのみ見られる現象なのだとか。
「目の前に、星が瞬いているような光景だ」
「そうなんだ」
マクシミリニャンは言う。ここにいれば、いつか目にする機会があると。
「でも、これ以上寒くなるのは嫌だな」
「まだまだ寒くなるぞ」
「怖すぎる」
まだ、今日みたいに晴れている日は温かいほうなのだろう。
これからやってくる本格的な寒さに、耐えきれるものか。
正直、自信はないが頑張るしかないのだろう。