養蜂家の青年は、雪降る前の作業を行う
雪が深く積もる前に、農作物や草花を収穫し、保存するために加工する。
野菜は天日干しにしたり、オイル漬けにしたり。
草花は主に染め物用なので、煮込んだり粉末にしたり。
寂しくなった畑は、そのまま放置しない。
〝寒起こし〟と呼ばれる、冬期の土壌改良を行うらしい。
雪深く、野菜の栽培が不可能という地域は初めてだ。もちろん、寒起こしについてまったく知らなかった。
アニャが寒起こしについて説明してくれる。
「寒起こしというのは、畑の土を掘り返して、土壌の中にいる害虫や菌を死滅させるものなの」
〝寒ざらし〟とも呼ばれているらしい。
畑が空き、霜が降りるこのシーズンに、毎年行っているのだとか。
寒起こしは土壌の中の害虫や菌を殺すだけでなく、土の中の腐った水や有毒な物質も取り除いてくれるらしい。
「土が固まって、解かされて、それを繰り返すことによって、土がきれいになっていくのよ」
「へえ、すごいな」
雪解けと共に種蒔きし、収穫される野菜がおいしいのは、冬の間に行う寒起こしのおかげというわけなのだろう。
そんなわけで、アニャと共に畑を掘り起こす作業を行う。
一年間、休まずにさまざまな作物を育てた畑の土は、みっちりしていて固い。
「ぐうっ!!」
苦悶の声をあげつつ、掘り返す。
一方で、アニャはサクサク掘り返しているように見えた。なんでも、コツがあるのだという。
「イヴァン、一回で掘り起こそうとするのではなく、何回か土を解してから掘り起こすのよ。そうしないと、疲れてしまうから」
「ああ、なるほど。そういうわけね」
アニャが教えてくれた通り、鍬の先端で土を叩いて解したあとに掘り返してみる。
すると、先ほどの半分ほどの力で掘り返せたような気がする。
「アニャ、これは……すごい技術だ」
「イヴァンったら、おおげさね」
「いやいや、本当に。アニャは天才」
「私が考えたのではないわよ。畑仕事をする人の、基礎的な作業で――って、イヴァンはずっと養蜂だけをしていたから、知らなかったのね」
「あ、そっか。俺、養蜂しかしていなかったんだ」
養蜂以外、自分でも驚くほど何もできない。
近所の家畜農家を手伝ったり、ブレッド湖の船漕ぎをしたり、ミハルの実家の商売を手伝ったりしていたが、どれも短期間だった。何か得た技術はと振り返ると、何もない。
「なんか、お義父様みたいにバリバリと働けたらいいんだけれど」
「最初から上手くできる人なんていないわ」
「そうかな?」
「そうなのよ」
喋りながらも、アニャはせっせと手を動かし、土を掘り起こしている。
一方で、俺は話すのに一生懸命で、手が止まっていた。
口と同時に、手も動かす技術も習得しなければ。
そう、強く思った。
午後は屋根に上り、悪くなっていないか確認して回る。
雪が降り積もって、屋根が崩壊する前に毎年調べているようだ。
一応、一ヶ月前にマクシミリニャンが確認したようだが、もう一回見ておくように言われていた。
屋根板が腐っていたり、反り返っていたり、外れかけていたりしないか、丁寧に見回る。
最後に、赤鉄鉱から作られた塗料を塗っていく。
この塗料はなんと、防虫、防腐、撥水効果があるらしい。
高価な塗料らしいが、今年は蜂蜜の売り上げがかなりよかったらしく、思い切って購入したようだ。
アニャやマクシミリニャンは「イヴァンのおかげ」だと言っていたが、そんなことはない。蜂蜜がよく売れたのは、ふたりの努力の賜物だろう。
母屋と離れ、家畜小屋と塗料を塗っていく予定だったが、母屋だけで半日が終わってしまった。まさか、塗るだけというシンプルな作業にここまで手こずるなんて。
太陽は沈みつつあるが、小さな家畜小屋だけでも塗ってしまおうか。
屋根から下りて一歩踏み出した瞬間、ツヴェート様から声がかかる。
「イヴァン、夕食の時間だよ!! 仕事道具は置いて、戻っておいで!!」
有無を言うことを許さない、とばかりの叫びになった。
大人しく帰宅した。