養蜂家の青年は、蕎麦を収穫する
春に植えた蕎麦は、見事、夏に実った。
さらに、夏に植えた蕎麦は、秋が深まったタイミングで収穫する。
新婚旅行前に収穫する予定だったが、冬支度が思っていた以上に時間がかかり、今日になってしまった。
ただ、植えるのが若干遅かったため、蕎麦の実はちょうど熟していていい感じ。
アニャと俺、ツヴェート様の三人で仲良く蕎麦を刈る。
次々と刈り、ある程度の量になったら束ねておく。これの繰り返しだ。
ツヴェート様は初めてだと言うが、草木を扱う仕事をしていたからか、蕎麦刈りも手慣れたもののように見えた。
逆に俺は、実家にいたときから何度かしているのに、ツヴェート様から「へっぴり腰だね」と言われてしまう。
畑仕事は、まだまだ修行中なのだ。
蕎麦を刈り終えたら、今度は別の作業に移る。畑に木を二本打ち込んで、横木をかけたものに蕎麦の束を干すのだ。
冬の貴重な日差しの中で、蕎麦を乾燥させていく。
すべて蕎麦を干し終えると、ふと気づく。
「あれ、アニャ、春の蕎麦に比べると、蕎麦の量が少ない?」
「秋は実が少なくて、大粒なのよ」
「あ、本当だ!」
なんでも、春は早熟でたくさん収穫でき、秋は大粒で晩生らしい。
実家でも育てていたのに、ぜんぜん気づいていなかった。余裕がなかったからだろう。
「夏に収穫された蕎麦は、どちらかといえば香りが弱くて、生地にしたときの風味もそこまでないの」
夏の暑さで、蕎麦本来のおいしさが飛んでしまうという。
一方で、秋が深まるにつれて育つ蕎麦は、味も風味も最高の出来になるようだ。
「へえ、そうだったんだ。夏の蕎麦も、おいしく食べていたんだけれど」
「だったら、秋蕎麦はこれまで以上においしいと感じるかもしれないわ」
「食べるのが、楽しみだな」
秋蕎麦は、冬ごもりの貴重な食料となるようだ。
実の一粒も落とさないように、丁寧に扱わなくては。
十日ほどで、次の作業に移るようだ。
◇◇◇
十日後――前回と同じく、アニャと俺、ツヴェート様の三人で乾燥させた蕎麦の脱穀を行う。
まず、乾燥した蕎麦を敷物の上に広げ、棍棒で叩いていく。こうすると、蕎麦の実が茎から外れるのだ。
みんな、顔が怖い……。
指摘なんてできるわけもなく、ただただ黙って蕎麦を叩いた。
変な場所に蕎麦の実が飛んでいかないよう、細心の注意を払った。
地道にすること一時間ほど。やっとのことで、実を外した。
今の状態では、まだ実以外の葉っぱやゴミが混ざった状態である。
そのため、篩にかけていく。
二回目は、編み目が小さくなった篩にかける。
この状態で、目視で目立つ葉やゴミがあれば取り除く。たまに小粒の石も混ざっているので、目を皿のようにして調べた。
この状態の蕎麦を、井戸の水で洗う。水に浮いた実は、虫食いだったり、生育不良だったりするので、しっかり取り除く。
きれいに洗った実は、天日干しにする。
二、三日経ったら、石臼で製粉作業を行うようだ。
今回は、ひとりで任される。
ひたすら、石臼を回すだけの簡単なお仕事を行った。
石臼から出てきた粉は、殻と混ざった状態である。
途中から、マクシミリニャンがやってきて蕎麦粉を篩にかけてくれた。
一言も喋ることなく、ひたすら蕎麦を挽いていく。
すべて終えたころには、すっかり日が暮れていた。
ヒュウと、冷たい風が吹く。
「うう、寒くなったな」
「あと数日もしないうちに、雪が降るだろう」
「もう、そういう季節か」
明日から、マクシミリニャンは麓の村に下りて行くという。
冬ごもりの食料を、買ってくるようだ。
「イヴァン殿、何か必要な物はあるか?」
「いや、何も――あ、お義父様が、無事に山を下って、帰ってくること、かな」
「そうかそうか」
マクシミリニャンが、頭をがしがしと撫でてくれる。
少々乱暴なのは、照れているのだろう。
お義父様、元軍人だし。
「本当に、いい、息子をもらったな」
しみじみと言うので、こちらまで照れてしまった。
◇◇◇
夕食にて、挽いたばかりの蕎麦を使った料理がでてくる。
もっとも蕎麦の風味を味わえるのは、〝ジュガンツィ〟だろう。
マッシュポテトの蕎麦版、といえばわかりやすいのか。
湯に蕎麦粉、塩を入れて練り、ソーセージと一緒に食べるのが王道だ。
まずは、ジュガンツィだけ食べてみた。
「え、うわっ、おいしい!」
口当たりはねっとりしていて、かつなめらか。口に含んだ瞬間に、蕎麦のいい香りがスッと鼻を通り抜ける。
夏にもジュガンツィを食べたが、そのときに味わった以上のおいしさだった。
「アニャ、おいしい!」
「秋の蕎麦は、特別でしょう?」
「うん!」
他に、蕎麦粉で揚げたマス、蕎麦粉のクレープと、ごちそうを次から次へと堪能した。
心も体も満たされる、絶品蕎麦料理を味わった。
昨日から新連載が始まっております。『帝都あやかし屋敷の契約花嫁』という、和風ファンタジーです。読んでいただけたら、嬉しく思います。
https://ncode.syosetu.com/n0936gr/
引き続き、養蜂家と蜜薬師の花嫁の連載も頑張ります。