養蜂家の青年は、自らを省みる
教会から出ると、別の神父様に呼びとめられた。
「ああ、君は、イェゼロ家の――」
「俺はイヴァン、双子の弟のほうです!」
こうして宣言しておかないと、サシャだと思われたまま話が続くときがあるのだ。
「そうそう。あの子とは印象が、まったく違うんだよなあ」
「よく言われます」
「こうして話してみると、正反対だ」
なんでも、サシャが俺を顔の造形がわからなくなるまで殴った事件のとき、身柄を引き受けてくれた神父様らしい。
「イェゼロの奥さんも、無茶苦茶だったよ。手が付けられないから、預かってくれって。うち、そういうのやってないのに」
ひとまずサシャは、告解室に閉じ込められたらしい。
何も話そうとしないので、食事と水を与えていたようだ。
「さすがに半日も経てば、出してくれと訴え始めたんだよ」
さすがに、今の状態で家に帰すわけにはいかないと判断したのだろう。神父様は根気強く、サシャに話しかけたのだという。
「今、思うこと、後悔していること、悲しいこと、嬉しいこと。なんでもいい、話してくれと言ったら、少しずつではあるものの、語ってくれたよ」
サシャもサシャで、どうにもならないことを解消できずに、胸の中に貯め込んでいたらしい。
一度素直になって、神父様に話したので、サシャの心労も軽くなったのだろう。
今は、きちんと真面目に働いているというので、このまま頑張ってほしい。
「すみません、家族がご迷惑をかけて」
「いやいや、君が謝る必要はまったくないよ。家族のしたことを、自分のことのように気に病まなくてもいいんだ」
「そう、なのでしょうか?」
「そうなんだよ」
神父様の言葉は、心に染み入る。
深く深く、感謝した。
「これ、今、俺が作っている蜂蜜なんです。よかったら、どうぞ」
「ありがとう。きれいな蜂蜜だ」
ミハルやツィリルにあげようと思って、持ち歩いていたのだ。
サシャとミロシュがやってきたので、渡しそびれてしまったけれど。
他にも持ってきてるので、後日渡そう。
この蜂蜜はアニャやマクシミリニャンと一緒に、春から奮闘して作った自信作だ。
ぜひとも味わってほしい。
神父様と別れて、再び船に乗り込む。
ふと、気づく。アニャが、先ほどから大人しい。
「ねえアニャ、どうかしたの?」
「ここの湖は、本当にきれいだと思って」
お喋りを忘れるほど、見とれていたらしい。
「ブレッド湖は広くて、信じられないくらい水が澄んでいて、まるでイヴァンのようだわ」
「え、俺?」
「そう」
サシャに殴られて、殴り返さなかった話を聞いた時に、改めて思ったようだ。
「湖の水面は、いくら叩いても、叩き返してこないでしょう?」
「水は跳ね返すけれどね」
「その程度なのよ」
広い湖は、人が泳ごうが、船で渡ろうが、石を投げようが、気にしない。
どれもこれも、些細なものとして受け入れる。
「けれど、湖は汚れを流し込まれたら、一気に濁ってしまう」
「うん」
湖を美しく保つために、ブレッド湖周辺では禁止事項がいくつかある。
意識して規制しないと、湖はあっという間に人の手によって汚れてしまうのだろう。
「イヴァンが家を出てくれて、よかった」
「おかげさまでね」
「これからも、イヴァンの心が汚れないように、守らなければいけないって、思ってしまったわ」
「俺は、保護動物なんだ」
「ええ、そうよ。きちんと保護しないと、大変なことになると思うの」
これまで、自分を押し殺して暮らしていた。
いつしかそれが当たり前だと思っていたけれど、アニャやマクシミリニャンと暮らしはじめて、俺が思う普通は普通ではないことが明らかとなった。
まあ、人の考えや意識はそう簡単に変わらないもので、ここ最近でも、アニャやツヴェート様に「それはおかしい行動だ!」と注意される。
先日の、怪我を隠して仕事を続けていた件も、そのひとつだろう。
これまで、俺がどれだけ傷を負おうが誰も気にしなかった。
治療よりも、一日の仕事を終わらせることが大事。
そういう環境の中で暮らしていた。
きっと、いろいろな常識が、歪んで染みついているのだろう。
「なんていうかさ、変わり者の俺を受け入れてくれたアニャやマクシミリニャンには、感謝しているよ」
「似た者同士、惹かれ合ったのかもしれないわ」
「そうなのか?」
「そうなのよ」
そんな話をしながら、船を漕いでいった。
◇◇◇
あれから、ミハルやツィリルと釣りに行ったり、アニャと買い物したりと、存分に楽しんだ。
「お義父様、ツヴェート様と上手くやっているかな?」
「心配だわ」
「早く帰らないと!」
馬車を待っていたら、ミハルとツィリルが見送りに来てくれた。
「イヴァン、またそっちに遊びに行くから」
「待っていてねー!」
ふたりに手を振って別れる。
楽しい旅行の日々は、あっという間に過ぎていった。




