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養蜂家の青年は、甥と再会する

 翌日、ミハルと会うこととなった。

 約束した時間に雑貨屋さんに行くと、思いがけない人物と出会う。


「いらっしゃいま――イヴァンにい!?」

「ツィリル!?」


 なんと、驚いたことに甥のツィリルが働いていたのだ。


「え、どうして!?」

「イヴァン兄、それはこっちの台詞だよ」


 こちらは新婚旅行である。そう説明すると、遅れてアニャの存在にも気づき、「なるほどね」と納得していたようだった。


「ツィリルはどうしてここで働いているの?」

「ミハルの祖父ちゃんが、家の手伝いばかりでは視野が狭くなるだろうって、お父さんや祖母ちゃんを説得してくれたんだ」

「そうだったんだ」


 なんでも、養蜂園の蜂蜜を通常より多く入荷するのと引き換えに、ツィリルをここで働くように交渉してくれたようだ。


 ミハルがやってきて、自慢げに言う。


「うちの祖父ちゃん、気が利くだろう?」

「さすがだな」


 一応、俺が出て行った件から、いろいろ思うところもあったのだろう。ツィリルを二の舞にさせないように、母や兄も考えてくれているのかもしれない。


「そろそろ休憩時間だから、上の階でゆっくり話そうぜ」

「ああ」


 店番はミハルの母親と交代だという。奥にあった扉から、ひょっこり顔を覗かせる。久しぶりに会ったので、驚いていた。


「おばさん、久しぶり」

「ええ、本当にって……イヴァン、あなた、戻ってきたの?」

「違うよ。新婚旅行で立ち寄っただけ」

「あらあら、そうだったの」


 アニャを紹介すると、「可愛らしいお嫁さんね」と褒めてもらった。そうだろう、そうだろうと自慢する。

 家族にもアニャを紹介したい気持ちはある。けれど、今はまだ早いかもしれない。

 もう少しだけ時間が経ったら、会話を交わす余裕もでてくるだろうけれど。


 二階に招かれ、ミハルの母さんが作ってくれた料理をいただく。

 テーブルには、ごちそうが並べられていた。

 マスのバター焼きに、牛肉のシチュー、マッシュルームスープに豚肉のカツレツ。どれもおいしそうだ。


「ミハルのおばさんの料理、久しぶりだな」

「イヴァンがあまりにも痩せ細っていたから、母さんがなんか食わせろってうるさかったんだよね」

「イヴァン兄、たしかにガリガリだったね。今は、ちょうどいいくらい。ちょっとムキムキになった?」

「え、そう?」


 結婚してから食事量が増えたものの運動量も増えたため、ツィリルの言うとおり筋肉質になったのかもしれない。

 比較対象がマクシミリニャンしかいないので、体型が変わったと感じていなかったようだ。


「イヴァン兄、表情が前よりもずっと、明るくなった。幸せに暮らしているんだね」

「まあね」


 そっちはどう? とツィリルに聞けないところが悲しい。


「おれのところは――」


 遠い目となったツィリルに、なんと声をかけていいものか。


「っていうか、うちの山に呼ぶ話、破談になってしまって、ごめんね」

「いいよ。期待はしていなかったから」


 大きくなったらおいで、と誘えないのも歯がゆい気持ちになる。

 ツヴェート様は俺たちが暮らす山を、〝終わり逝く者達の楽園〟と言った。

 後継者となる次代の子どもが、いないからだ。

 正直、楽な暮らしではない。もしもツィリルがやってきても、同じように山暮らしに付き合ってくれる伴侶を探すのは至難のわざだろう。

 だから、ツィリルを巻き込んではいけない。今回、反対してもらえて、逆にありがたかったと思っているくらいだ。


「おれ、夢ができたんだ。大きくなったら、船乗りになりたい」

「え!?」

「大きな船に乗って、いろんな国を見て回りたいって、思っているんだ」


 ツィリルの新しい夢に、驚いてしまう。

 なんでも、ミハルのお祖父さんの話を聞いているうちに、船乗りに憧れるようになったらしい。


「うちのさ、売れない蜂蜜を、たくさん買い取ってくれる国もあるかもしれないだろう?」


 ツィリルの瞳には、希望が溢れていた。

 心配せずとも、ツィリルはツィリルの人生を歩もうとしている。

 ホッと胸をなで下ろした。


 食事を終えたあと、再びブレッド湖へと向かった。

 昨日、ロマナの身投げ事件に巻き込まれて、ゆっくりできなかったから。

 ツィリルはアニャと水切り勝負をしていた。

 ブレッド湖の輝く水面に、鋭く投げた石がぽんぽんと弾いていく。

 その様子を、少し離れた場所でミハルと眺めていた。


「イヴァン、そういや、ロマナの子どもの話、聞いたか?」

「昨日、本人から聞いたよ」

「え!?」

「古い桟橋から、身投げしたんだ。そこに偶然居合わせてね」

「相変わらず、運悪いな」

「まったくだよ」


 ロマナはきっと大丈夫だろう。問題は、サシャのほうかもしれない。


「あいつなー。最近は真面目に働いているようだけれど、結果が伴わないみたいだからな」

「まあ、その辺は、頑張ってもらうしかないよね」

「まったくだ」


 湖のほうを眺めていたら、ミハルがぐいぐいと腕を引く。


「ん、何?」

「いや、あれ!」


 ミハルは遠くを指差す。ふたり連れの誰かが、こちらへと向かってきていた。

 目を凝らすと、ぼんやりとした輪郭がはっきりする。


「うわ、サシャとミロシュ兄さんじゃん」


 双子の兄サシャと、ツィリルの父親であるミロシュ兄さんが、揃ってやってきていた。

 こちらを一点に見つめているので、俺に用事があるのだろう。


「イヴァン、どうする?」

「ミハル、殴り合いの喧嘩になったら、止めてくれる?」

「いや、無理だよ」


 どうやら、単独で相手をするしかないようだ。

 どうしてこうなった。

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