表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/156

養蜂家の青年は、可能性に気づく

 ロマナは母親になれない自分を否定し、命を絶とうとしていた。

 だがそれは、アニャの存在すら否定する言葉だったのだ。

 アニャはこれまでになく、怒っているように見えた。


「先天性の無月経だと、お医者様はおっしゃっていたわ」


 なんでも、以前ツヴェート様を山に誘うさいに、ご家族が王都からやってきた。

 そのさい、医者を同行させていたのだという。

 ツヴェート様の勧めで、診察したらしい。そのさいに、生まれつき子宮がないか、卵巣が機能していない、もしくは脳から卵巣を刺激するサインが出ていないのでは、とさまざまな可能性があげられたという。

 はっきりとわかるのは、アニャが子どもを望めないということだけ。


「ずっとずっと、気にしていたの。私は、子どもを産めない。だから、結婚なんてできっこないって。でも、イヴァンは、それでもいいからって言って、私を妻にしてくれた」


 おそらく、ロマナは俺とアニャの関係を察していたのだろう。

 話を聞きながら、静かに頷いている。


「結婚してからも、子どもが産めない自分を、何度か責めてしまったわ。イヴァンとの子どもが、どうしてもほしかったから。私のせいで、イヴァンに子どもを抱かせてあげられない。悔しいって……」


 どれだけアニャが望んでも、子どもは産めない。

 これまで彼女が悩んでいたなんて、知らなかった。アニャはいつだって、太陽みたいに明るかったから。

 苦しかっただろう。辛かっただろう。

 かける言葉が見つからない。


「ツヴェート様……私とイヴァンのお祖母様が、おっしゃっていたのよ。すべての子どもの生は運命に定められている。私とイヴァンの間に、導かれる運命だった子どもは最初からいなかっただけだって。私が思い悩んでも、運命は絶対に変わらない。だから、気にするだけ無駄だって」


 アニャは、ロマナをまっすぐ見つめながら話す。ツヴェート様が言っていたようだ。子どもは天から遣われし、神々からの贈り物である、と。


「でも、子どもは、私達と同じ姿をしているとは限らないんですって」


 地面に咲く草花や、湖を泳ぐ白鳥、大地を駆ける馬――。


「それから、宙を舞う蜂。気づいていないだけで、神様はたくさんの子ども達を、贈っているのですって。だから誰でも、母親になれる。あなたの傍にも、きっと、愛すべき子どもがいるはずだわ」


 ロマナは胸を押さえ、嗚咽を漏らした。 

 アニャは俺を振り返り、「そうでしょう、イヴァン?」と言って微笑む。


 そうだ、そうだった。

 俺たちの周りには、たくさんの命がある。

 そのおかげで、生を繋いでいるのだ。

 ツヴェート様の言うとおり、子どもは人の姿をしているとは限らない。

 ずっと、気づいていなかった。


 アニャを抱きしめ、耳元で感謝の気持ちを伝える。

 ロマナだけでなく、俺までも救われたような気持ちになってしまった。


 それからロマナを、修道院に送り届けた。

 修道女達は、いなくなったロマナを探していたらしい。

 すぐにロマナは連れて行かれ、医者の診断を受けるという。

 温かいお茶をふるまってくれるというが、修道院の内部は男子禁制。

 敷地の外に建てられた小屋に、案内された。

 温かいお茶と共にやってきた院長を名乗る女性は、深く頭を下げる。


「もう、ロマナはダメだろうと思っていたんです。けれど、戻ってきたら瞳に光が宿っていた。いったい彼女に、何があったのですか?」


 院長の問いかけに、アニャは答えた。


「周囲の愛に、気づいたんだと思います」

「そう、でしたか」


 これまで、修道女になったというロマナが気がかりであった。

 けれど、この先大丈夫だろう。そんな気がしてならなかった。


 ◇◇◇


 ロマナの騒ぎのせいで、一日中バタバタしていた。

 宿に戻り、ラウンジにある喫茶店でひと息つく。

 昼食も食べ損ねていた。ひとまず、名物であるクリームケーキを食べようという話になったのだ。


「なんていうか、アニャ、ごめん」

「いいのよ。ロマナさんがどんな人だったか、気になっていたし」

「あ、うん」

「きれいな人だったわ」


 なんて答えたらいいかわからず、明後日の方向を眺める。

 個人的にはアニャのほうがきれいだと思ったが、人を比べるのはよくないだろう。だから、何も言葉を返さなかった。


 運ばれてきた紅茶を飲んで、心を落ち着かせる。


「イヴァンはどうして、ロマナさんと結婚しなかったの?」

「――っ!!」


 危うく、紅茶を噴き出しそうになった。寸前で、呑み込むことに成功する。


「いや、どうしてって聞かれても。ロマナは妹みたいな存在で、一回も結婚したいって思わなかったし。って、この話、前にもしかなったっけ?」

「改めて、疑問に思ったから。ロマナさん、すっごく美人だったし」

「俺が結婚したいって思ったのは、アニャだけだよ」

「そうだったのね」

「そうそう」


 ナイスタイミングで、クリームケーキが運ばれてきた。

 アニャの瞳が、キラキラと輝き始める。


「おいしそうだわ!」

「食べてみて」


 フォークで掬ったクリームケーキを、アニャは頬ばる。

 すると、満面の笑みを浮かべた。


「おいしい!!」

「でしょう?」


 久しぶりに、俺も食べてみた。

 濃厚なクリームの甘さが、口いっぱいに広がる。


「アニャと一緒だから、いつも以上においしい気がする」


 湖畔の街の名物お菓子を、アニャと一緒に味わう。

 これ以上ない、幸せなひとときだと思った。

今年最後の更新となります。

養蜂家と蜜薬師の花嫁にお付き合いいただき、ありがとうございました。

バタバタとした一年でして、更新もままならない時がございましたが、それでも物語にお付き合いいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。

皆様の応援もあって、来年は書籍化もします。

ここだけの話なのですが、カラーページや挿絵のあるレーベルです。ご期待ください。

そして、物語は佳境を迎えております。

どうか最後まで、アニャとイヴァンを見守っていただけたら幸いです。

来年も、養蜂家と蜜薬師の花嫁をお願いします。


突然ですが、

下に『ポイントを入れて作者を応援しましょう!』というものがございまして、☆を★にしていただけたら、作者のやる気がみなぎってまいります。

ぜひとも、応援いただけたら嬉しく思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ