養蜂家の青年は、可能性に気づく
ロマナは母親になれない自分を否定し、命を絶とうとしていた。
だがそれは、アニャの存在すら否定する言葉だったのだ。
アニャはこれまでになく、怒っているように見えた。
「先天性の無月経だと、お医者様はおっしゃっていたわ」
なんでも、以前ツヴェート様を山に誘うさいに、ご家族が王都からやってきた。
そのさい、医者を同行させていたのだという。
ツヴェート様の勧めで、診察したらしい。そのさいに、生まれつき子宮がないか、卵巣が機能していない、もしくは脳から卵巣を刺激するサインが出ていないのでは、とさまざまな可能性があげられたという。
はっきりとわかるのは、アニャが子どもを望めないということだけ。
「ずっとずっと、気にしていたの。私は、子どもを産めない。だから、結婚なんてできっこないって。でも、イヴァンは、それでもいいからって言って、私を妻にしてくれた」
おそらく、ロマナは俺とアニャの関係を察していたのだろう。
話を聞きながら、静かに頷いている。
「結婚してからも、子どもが産めない自分を、何度か責めてしまったわ。イヴァンとの子どもが、どうしてもほしかったから。私のせいで、イヴァンに子どもを抱かせてあげられない。悔しいって……」
どれだけアニャが望んでも、子どもは産めない。
これまで彼女が悩んでいたなんて、知らなかった。アニャはいつだって、太陽みたいに明るかったから。
苦しかっただろう。辛かっただろう。
かける言葉が見つからない。
「ツヴェート様……私とイヴァンのお祖母様が、おっしゃっていたのよ。すべての子どもの生は運命に定められている。私とイヴァンの間に、導かれる運命だった子どもは最初からいなかっただけだって。私が思い悩んでも、運命は絶対に変わらない。だから、気にするだけ無駄だって」
アニャは、ロマナをまっすぐ見つめながら話す。ツヴェート様が言っていたようだ。子どもは天から遣われし、神々からの贈り物である、と。
「でも、子どもは、私達と同じ姿をしているとは限らないんですって」
地面に咲く草花や、湖を泳ぐ白鳥、大地を駆ける馬――。
「それから、宙を舞う蜂。気づいていないだけで、神様はたくさんの子ども達を、贈っているのですって。だから誰でも、母親になれる。あなたの傍にも、きっと、愛すべき子どもがいるはずだわ」
ロマナは胸を押さえ、嗚咽を漏らした。
アニャは俺を振り返り、「そうでしょう、イヴァン?」と言って微笑む。
そうだ、そうだった。
俺たちの周りには、たくさんの命がある。
そのおかげで、生を繋いでいるのだ。
ツヴェート様の言うとおり、子どもは人の姿をしているとは限らない。
ずっと、気づいていなかった。
アニャを抱きしめ、耳元で感謝の気持ちを伝える。
ロマナだけでなく、俺までも救われたような気持ちになってしまった。
それからロマナを、修道院に送り届けた。
修道女達は、いなくなったロマナを探していたらしい。
すぐにロマナは連れて行かれ、医者の診断を受けるという。
温かいお茶をふるまってくれるというが、修道院の内部は男子禁制。
敷地の外に建てられた小屋に、案内された。
温かいお茶と共にやってきた院長を名乗る女性は、深く頭を下げる。
「もう、ロマナはダメだろうと思っていたんです。けれど、戻ってきたら瞳に光が宿っていた。いったい彼女に、何があったのですか?」
院長の問いかけに、アニャは答えた。
「周囲の愛に、気づいたんだと思います」
「そう、でしたか」
これまで、修道女になったというロマナが気がかりであった。
けれど、この先大丈夫だろう。そんな気がしてならなかった。
◇◇◇
ロマナの騒ぎのせいで、一日中バタバタしていた。
宿に戻り、ラウンジにある喫茶店でひと息つく。
昼食も食べ損ねていた。ひとまず、名物であるクリームケーキを食べようという話になったのだ。
「なんていうか、アニャ、ごめん」
「いいのよ。ロマナさんがどんな人だったか、気になっていたし」
「あ、うん」
「きれいな人だったわ」
なんて答えたらいいかわからず、明後日の方向を眺める。
個人的にはアニャのほうがきれいだと思ったが、人を比べるのはよくないだろう。だから、何も言葉を返さなかった。
運ばれてきた紅茶を飲んで、心を落ち着かせる。
「イヴァンはどうして、ロマナさんと結婚しなかったの?」
「――っ!!」
危うく、紅茶を噴き出しそうになった。寸前で、呑み込むことに成功する。
「いや、どうしてって聞かれても。ロマナは妹みたいな存在で、一回も結婚したいって思わなかったし。って、この話、前にもしかなったっけ?」
「改めて、疑問に思ったから。ロマナさん、すっごく美人だったし」
「俺が結婚したいって思ったのは、アニャだけだよ」
「そうだったのね」
「そうそう」
ナイスタイミングで、クリームケーキが運ばれてきた。
アニャの瞳が、キラキラと輝き始める。
「おいしそうだわ!」
「食べてみて」
フォークで掬ったクリームケーキを、アニャは頬ばる。
すると、満面の笑みを浮かべた。
「おいしい!!」
「でしょう?」
久しぶりに、俺も食べてみた。
濃厚なクリームの甘さが、口いっぱいに広がる。
「アニャと一緒だから、いつも以上においしい気がする」
湖畔の街の名物お菓子を、アニャと一緒に味わう。
これ以上ない、幸せなひとときだと思った。
今年最後の更新となります。
養蜂家と蜜薬師の花嫁にお付き合いいただき、ありがとうございました。
バタバタとした一年でして、更新もままならない時がございましたが、それでも物語にお付き合いいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
皆様の応援もあって、来年は書籍化もします。
ここだけの話なのですが、カラーページや挿絵のあるレーベルです。ご期待ください。
そして、物語は佳境を迎えております。
どうか最後まで、アニャとイヴァンを見守っていただけたら幸いです。
来年も、養蜂家と蜜薬師の花嫁をお願いします。
突然ですが、
下に『ポイントを入れて作者を応援しましょう!』というものがございまして、☆を★にしていただけたら、作者のやる気がみなぎってまいります。
ぜひとも、応援いただけたら嬉しく思います。
どうぞよろしくお願いいたします。