#39 休寝世界
六人で濃いグレーの背広を着た短髪の男のあとをつける。
こちらに気付いてはいるのだろう。人の多い病院内を足早に歩くその男を追いながら、オレはアルスルさんに渡されたモノを口に含む。
と先を行く男が邪魔だと思った患者の一人を突飛ばし、患者は窓にぶつかり窓が割れる。
(ここだ!)と思ったオレは〈心内詠唱魔法〉の詠唱を始めた。
(我と精霊の御名の下、我が力を行使する。日輪、月輪は蝕の褥に入りて、天地あまねく寝息をたてる。〈蝕後の休寝〉)
世界が止まる。時間停止の超魔法だ。大量に魔力を消費するから短時間しか止められないが、その間は全てが固まる。それは凍りついたかのようで、時間が止まっている間にHな事でもしようと思っても、柔肌の乙女もカッチカチで、服一枚脱がす事も叶わない。
逆に言えばこの中でならどんな攻撃を食らっても、止まっている限り傷付かないのだ。これで病院内の人間の安全は確保出来た。
この中で動けるのはオレとオレが仲間と認識した五人とアルスルさん。あとは、
「ふむ。〈ディレイ〉を使ってくるかと思ったが、まさか〈時間停止〉の〈魔法〉が使えたとは驚きだ」
そう言って短髪の男はぐるり、と首だけ180度こちらに向けて話しかけてきた。そのあとにゆっくりと身体をこちらに向ける。
ヴィヴィアンさんが言っていた。〈異界潜り〉は〈時空系〉のスキルの中でも最上位のモノだと。もし魔王ガルゼイネスがそれを使えるのなら、オレの上位互換になると。
(やっぱりオレより高位の時空系能力者だと、〈蝕後の休寝〉を使っても動きを封じ切れないか)
オレは五人に目配せする。五人は頷き朝井の〈インベントリ〉から武器を取り出し魔王ガルゼイネス、加藤先生に向けて構える。オレは〈蝕後の休寝〉の維持の為に戦闘に参加出来ないので、五人の後ろに隠れるしかない。
アルスルさんとヴィヴィアンさんの話では、〈異界潜り〉でかなり魔力を消費している上に、オレの〈蝕後の休寝〉の中を無理矢理動くのにまた魔力を消費するから、魔王ガルゼイネスは万全ではない、という話だが。
ズンッ!
と何かがオレの右を通り過ぎて行った。
右に視線を向けても何も無い。一拍置いて前を見れば、滝口が、まるでマンガかアニメのように縦一文字に真っ二つにされてたいた。
「きゃあああああああああああああ!?」
女子の悲鳴が聞こえたと思えば、今度は三島が胴を横一文字にされている。
(〈空間切断〉か!)
カラクリが分かった所で、そんなもの防ぎようがなかった。
「ぐっ!」と佐々木が歯をくいしばり、聖剣でガルゼイネスに斬り込みに掛かるが、見えない空間の盾に弾き返されてしまう。
そしてガルゼイネスが無造作に右手を振るうと、それだけで佐々木は細切れにされてしまった。
「いやああああああああああああ!!」
朝井と大越が悲鳴と共に逃げ出そうとするが、ガルゼイネスの振るう左手の〈空間切断〉によって、四つに斬り刻まれてしまった。
格が違うとはこういう事なのだろう。
その場に一人残されたオレ。そのオレに向かって、魔王と言う名の死が、一歩一歩近付いてくる。
そして割れた窓ガラスの場所まであと一歩という所で止まり、魔王ガルゼイネスはヒュンとテレポートをしてその窓をやり過ごした。
「ふふ、バレバレだ。窓の向こうで〈魔王殺し〉が俺を狙撃しようと待ち構えているのだろう?」
お見通しだったか。物体を傷付けられない〈蝕後の休寝〉では、いかにアルスルさんでも窓ガラス一つ割る事は出来ない。だからこいつのせいで窓ガラスが割れたのは好機だと思ったんだけどなあ。
ドンと背中に何かが当たる。何事かと一瞬振り返ると、そこは壁だった。魔王にオレはいつの間にか壁まで追い詰められていた。
「全く、こんな奴に俺が殺される? 笑わせてくれる」
独りごちる魔王ガルゼイネス。意味が分からず困惑した表情をしたのが気に障ったのだろうか。
ガシッと喉を左手で掴まれ首を絞められる。苦痛で〈蝕後の休寝〉が解けそうになるのを必死に堪える。ここで解けてしまうと、魔王ガルゼイネスの害意が周りの関係無い人達に振り撒かれてしまうかもしれないからだ。
「良い子ちゃんのつもりか?」
余計なお世話だ。
「お前のそういう所が気にくわなかったよ!」
知るか! たった一ヶ月の付き合いだろうが。
「他の奴らもそうだ! 皆みんな俺を見下しやがって! そんなに世間様ってのは偉いのか!? ああ!?」
訳分かんない事言い始めやがった。
「だから力を欲したんだ! だからこそ俺が魔王だ!! 全て平らげてやる!!」
もう狂ってやがる。
「だというのに、〈予言〉をすれば死! 死!! 死!!! どうやっても死がまとわりついてきやがる! 死神かお前ら!?」
死神はお前だろうが! 向こうの世界でどれだけ人間殺してきてるんだ!
「だからこっちまで逃げてきたっていうのに、ご丁寧に追い掛けてきやがって」
ズバッ!
という音がオレの体から聞こえた。下を見れば、上半身と下半身は離れていた。
「もう逃げんのはやめだ! 全員ぶっ殺してやる!! 何もかも全てだ!!」
ビジャッと血の海の床に叩き付けられる。拍子に歯やら血やら口の中のものをオレは吐き出した。それがガルゼイネスの足にかかる。
「汚ねえな!」
その足で蹴られるオレ。悲鳴が聞こえた気がしたが、遠くてよく分からない。目も霞んで見えなくなってきた。
オレに分かる事と言ったら一つだけ。魔王ガルゼイネスがここで死ぬという事だけだ。
何故ならオレが吐き出したものの中には、歯や血に混じって、オレがこの戦闘中ずっと口の中に入れていた、アルスルさんの血で創られた弾丸が含まれていたのだから。
ほら遠くで魔王ガルゼイネスの狼狽えている声が聞こえる。〈魔王殺し〉の一撃は、魔王に絶対なる死を与える。確かにオレは魔王ガルゼイネス、加藤先生にとって死神だったのかもしれない。
目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
父と母が涙目でオレを見つめていた。とても嬉しそうで、こっちも笑顔になっていた。




