#38 地球帰還
日常がそこにはあった。
校舎、体育館、校庭、部室棟、懐かしい日常だ。
校庭や体育館では体育の授業が行われ、各教室からは授業に勤しむ声、音楽室からはピアノの音が漏れ聞こえる。
涙が出そうだ。手を伸ばせば日常に戻れる。あのいつまでも続くと思っていた日常に。
しかし伸ばそうとした右手が既に無い事にハッとして、オレの脳が現実に引き戻される。
「気が済んだか?」
アルスルさんの声掛けに頷く。五人も涙を拭いながら頷いていた。
地球に来たのはオレの他に、アルスルさん、佐々木、朝井、滝口、大越、三島の七人だけだ。
理由として、〈異界潜り〉は魔力の消費が激しい為に、あまり人数は送れなかったのだ。騎士隊とエンヴィーさんも、特にエンヴィーさんは来たがっていたが、魔王ガルゼイネスによる洗脳、なんて事態を防ぐ為にご遠慮願った。
ヴィヴィアンさんは〈異界潜り〉に魔力のほとんどを使ってしまい足手まといになるから、と自分から辞退した。よく出来た奥さんである。
因みに五人は制服に着替えている。アルスルさんは革のジャケットだし、オレは元から制服のままだ。右手は無いし、なんだかオレだけボロボロだな。
「あれでいいか」
アルスルさんは駐車場にあった、おそらく教師の誰かのものだろう黒いバンの所に行くと、
「〈開錠〉」
とスキルでドアのロックを開けると勝手にバンに乗り込んだ。それに続くオレ達。
助手席に乗ったオレがアルスルさんに尋ねる。
「車、運転出来るんですか!?」
「当たり前だ。色んな世界を渡り歩いているからな。その中にはこのくらいの文明もあれば、もっと進んだ文明もあった」
さすがの人生経験だ。
「それより、どこに行けばいいか分かるか?」
「はい。まずは後顧の憂いを絶つ為に、オレ達が眠っている病院に行ったと思います。ナビに病院の位置、打ち込みますね」
「バカか!?」
いきなり滝口にバカ呼ばわりされた。
見れば五人とも胡乱な目でこちらを見ている。
「そうよ! 病院っていったって、市内にどれだけの病院があると思ってるの!?」
喚く大越に四人が強く頷く。
「バカはお前らだ。いきなり40人も倒れたんだぞ? 40床もベッドがある病院なんて、この辺じゃ大学病院ぐらいなもんだろ」
『あっ』
どうにも五人とも頭に血が上って正常な判断が出来ていないようだ。
「病院の位置、打ち終わりました」
「よし行くぞ! 舌噛むなよお前ら!」
『えっ?』
言うが早いかアルスルさんは思いっきりアクセルを踏み、バンは急発進したのだった。
バンは反対車線だろうが対向車だろうがお構い無しにどんどん抜いて行く。
いつ事故を起こすかヒヤヒヤで、オレも五人もシートベルトにしがみついていた。
「イトスケ、先にこれを渡しておく。頃合いを見て使え」
オレはそれを見てちょっと驚いたが、ありがたく使わせて貰う事にした。
ギャリギャリギャリ!!
車が出しちゃいけない音を出しながら、バンはドリフトして大学病院の正門に急停車する。
ここからは別行動だ。オレ達は中から捜索し、アルスルさんは外から狙撃する。
ド派手な登場に呆気にとられる衆人を尻目に、オレ達は病院の窓口に駆け込んだ。
「あの、垣根中2年2組の病室ってどこですか!?」
看護師さんは必死の形相で病室を尋ねる中学生にかなり驚いていた。特に片腕無くしてボロボロのオレには。
「それでしたら…」と驚きながらも丁寧に教えてくれる看護師さん。その時オレの目端に動く人影があった。
オレに見られたのが分かったのかどうなのか、足早に角を曲がり視界から消える。
オレはガシッと佐々木の肩を掴むと耳打ちする。
「いたぞ。加藤先生だ」