#37 魔王城内
ズズンッ!
熱光線で胸に穴の空いたドラゴンと共に、落下するオレ。下はミュシェンドラゴンによって作り出されたどろどろのマグマだ。
直ぐ様カストールにタッチしようと右手を伸ばすも、上手くいかない。とそれを察知したエンヴィーさんが素早くオレを空中キャッチ。ミュシェンドラゴンを蹴ってジャンプして元居た安全地帯に戻る。
エンヴィーさんに抱えられ戻ってきたオレを見るなり、五人と騎士隊のが声を失い顔が青ざめる。
皆の視線が右腕に集中している事から、何事かと自分の右腕を見れば、…………何も無かった。先程の攻撃のせいだろう。肩から先は消し飛んでいて、肉の焼けた臭いを放ちながら、ボタボタと血が垂れている。
オレの記憶は一端ここで途切れる。
次に目を覚ました時、オレは誰かに膝枕されていた。していた人物がずっとこちらを見詰めている。
「気が付いた?」
優しくそう語り掛けてくるのは、もちろんエンヴィーさんだ。
「ああ、はい」
体がダルくて力が入らない。本当ならこんなシチュエーション恥ずかしすぎて直ぐに飛び起き、エンヴィーさんから体を離すと所だが、今はもう少しこのままでいたい気分だ。だが、
「本当にごめんなさい……」
大越に涙目で顔を覗き込まれれば、起き上がらずにはいれない。
と起きようとして、右手が空を切る。そこで、ああ右手が無くなってたんだ、と再認識した。
大越が泣いているのもそういう事だろう。大越は〈回復魔法〉が使えたからな。〈回復魔法〉では欠損は回復しないようだ。
「別に気にしなくていい。地球に戻れば元の体をだからな」
とは言え気にしないなんて出来ないだろうけど。
他の皆も心配そうにこちらを見ているので、元気である事をアピールする為に、左手にミスリル棒を持ち、それを支えに立ち上がるが、よろけてしまう。
「魔王との戦いでは、イトスケはメンバーに入れられないな」
アルスルさんにこう言われてしまった。
「スミマセン。でも魔王城までは送り届けますから」
オレの提案に頷くアルスルさん。そう魔王城はいまだにオレ達の上空に浮遊しているのだ。
四魔将も全て敗れ、自領をここまで侵入されたのだ。自ら出向いてきたっていいだろうに、気の効かない魔王様だ。
まあ、そっちから手出ししてこないというなら、こっちはゆっくり休息を取らせて貰うだけだが。
その日は山頂でキャンプする事になり、魔王へのアタックは翌日に持ち越された。
全員が神妙な面持ちでオレに触れている。オレがポルックスに触れればもう魔王城だ。オレに触れる以外に後戻りは出来ない。
カストールは魔王城の入り口に待機。オレもテレポートしたらその場で待機となっている。そして護衛にエンヴィーさん。
残るメンバーで魔王城に突入し、魔王を倒す。つまり魔王を倒すまではオレの元に戻ってこない、不退転の覚悟な訳だが、もちろん戦況が悪くなったら直ぐに撤退するつもりだ。
「じゃあ、行きますよ」
オレが左手でポルックスに触れると、次の瞬間にはカストールの居る。魔王城門前に全員居た。
魔王城はシンと静まり返っていた。まるで誰一人居ないかのように。
「行ってくる」
とアルスルさんが両開きの門扉を開ける。そこからモンスターが雪崩の如く押し寄せて、……は来ず、やはりシンと静まり返っている。
アルスルさんを先頭に一行が魔王城の奥へと進んでいくのを、オレとエンヴィーさんで見送った。
「やっと、ふたりっきりになれたね」
「いや、何もしませんよ」
エンヴィーさんの誘いにはアルスルさん直伝のぶったぎりで牽制しておく。
30分程しただろうか? 通路の奥から一行が帰ってきたのが見えた。
皆一様に不思議なモノを見たという感じに首を捻っている。
「魔王を倒せたの? と訊きたい所だけど、それ以前に何かあったみたいだね」
「ああ、玉座に魔王らしき者は居た」
「らしき者?」
オレの問いにアルスルさんが答えてくれたが、直接見ていないオレには言葉に足らずだ。
「影武者よ。イトスケは知ってると思うけど、アルスルさんの加護は〈魔王殺し〉。魔王なら一撃で殺してしまう凄い加護よ。でも一撃で倒せなかった。だからあいつは偽者なの」
「それに強さで言ったら明らかに四魔将より格下でした」
ヴィヴィアンさんの言にソニアさんが付け加える。
「それって、つまりどういう事なんですか?」
「その後、捜索したがこの魔王城にはネズミ一匹居なかった。逃げられた。と考えるのが妥当かもしれん」
逃げられた?
「じゃあ、オレ達はクラス全員では地球に戻れないんですか?」
オレの言葉には誰しもが沈黙した。五人がただただ悔しそうにしているから、そういう事なのだろう。オレの顔もそうなっていたかもしれない。
(そんな……。この体で〈異界潜り〉で地球に戻ったとして、どうなるんだ? 元の体に戻れるのか? それとも一生この体のまま? それならいっそ実態召喚されたかった。そしたら向こうでは行方不明扱いされてたのかな? …………!?)
「なあ、加藤先生の事覚えてる?」
『加藤先生?』
オレがいきなり変な事を口にしたので皆の頭の上に?マークが浮かんでいる。
「加藤先生ってあれだろ? オレらの元担任。って言ってもほんの一ヶ月で、来なくなったけど」
「そうそう。噂じゃ行方不明とか言われてたよね」
滝口、大越がそんな話を持ち出す。
「ヴィヴィアンさん、魔王が現れたのっていつですか?」
「半年前よ」
「…………合致する」
加藤先生が行方不明になったのが半年前、魔王出現も半年前、そして魔王はおそらく地球の人間……。パズルのピースが組み合わさり、ゾッとする画が出来てしまう。
「おい、冗談だろ? 嘘だよなあ!?」
滝口がオレの肩を揺すりながら喚くが、エンヴィーさんがそれをはね除ける。
おそらく五人だけでなく、全員気付いた事だろう。
「ヴィヴィアンさん。直ぐに〈異界潜り〉の準備をしてください」
「分かったわ」
長々とした〈詠唱〉に入るヴィヴィアンさん。
滝口じゃないが、そうでない事を祈りたい。




