#35 歴史禍根
「ミュシェン家の歴史は、このナスターンの地の歴史そのものだ」
戦う流れかと思ったら一人語りを始めた。
「遥か昔、不毛の土地だったナスターンに初代族長カザン・ナスターンが降り立った。カザンは大地に祝福の魔法を唱え、この地を緑溢るる土地へと変えたのだ」
「何しているの!? 直ぐに攻撃しなさい!」
滔々と一族の歴史を語るロイゼル・ミュシェンに呆気に取られていると、ヴィヴィアンさんが一声発してオレ達は我に返った。
「あれはただ歴史を語っているんじゃない! 〈魔法〉の〈詠唱〉よ!」
その言に驚き全員が武器を手に構えると、スッと佐々木の手がオレのミスリル棒を下ろすように動く。何事か? と佐々木を見ると、
「ここに来るまでに魔力を使い果たしているだろ。イトスケは見ているだけでいい」
と佐々木達はオレの方を向いて頷く。確かに魔力がないオレは只の中学生だ。来る途中で決めていたのだろう。
「アルスルさん、ヴィヴィアンさんも休んでいてください。騎士隊の人達はオレ達と一緒に。エンヴィーさん、イトスケ達の事、任せてられますか?」
「任せなさい。イトスケくんの事は何があっても守るから」
と腕を絡めてくるエンヴィーさん。いや多分、オレだけじゃなくて、アルスルさんとヴィヴィアンさんの事も頼んでいるんだと思うんだが。佐々木苦笑いしてるし。
「では頼みましたよ」
とロイゼル・ミュシェンの方に向き直る佐々木達。最悪アルスルさんとヴィヴィアンさんは自力でどうにかするだろう。とでも思ったんだろう。確かに今この場で一番弱いのはオレだからな。
「大丈夫か?」と声を掛けそうになったが止めた。五人の決心が鈍りそうだったからだ。
相手はモンスターではなく人間なのだ。十四歳に人殺しの業は重いだろう。だからといって見過ごしてくれる相手でもない。
「第20代族長マイセル・ミュシェンによって七つの豪族は統合され、この地は更なる繁栄の時代を迎える」
まだ〈詠唱〉続いてんのか、どれだけ高位の〈魔法〉なんだ?
そこに佐々木達五人と騎士隊が突っ込んでいく。だが、かすりもしない。
佐々木が雷を纏った聖剣を振り下ろすもひらりとかわし、滝口のが二振りの戦斧に炎を纏わせ高速で振り回すも、するするとかわす。
大越の竜巻も、三島の大地の槍も、朝井の聖剣の矢もかわされる。
騎士隊がミュシェンの周りを囲い、「やっ!」と気合いと共に一斉に中央のミュシェンに剣で一刺し加えるも、ひょいと飛び上がって剣の上に立つ程の身軽さだ。
確かに身軽だが、攻撃をかわし続けられているのは理由が違うだろう。
「予言か」
「だろうな」
オレの独り言のような呟きをアルスルさんが肯定してくれる。
「こうして端から見てみると、イトスケの〈ディレイ〉に似ているな」
そうなのか? ああでもここまで罠をするする避けてきたんだっけ。似ていると言われれば似ているのかも。
「おそらく〈ディレイ〉の上位スキルが〈予言〉なのだろう」
「じゃあオレも〈予言〉が使えるようになるんですか?」
「いや、加護が上位進化する事は無い」
そうなの? 地味に残念だ。
そんなやり取りをしている間も、佐々木達は攻撃を続けているが、ひらりひらりとかわし続けるミュシェン。その間も〈詠唱〉は続き、
「しかし! なんという事だ! この地の大王となるべきミュシェン家が、ベイロ・カセスなどに傳かねばならないとは!?
ああ憎きベイロ・カセス! ナスターンがミュシェンのものでなくなると言うならば、この世のどこに楽園があろう! ベイロを赦すこの世は総て悪である! ならば我が血肉を持ってこの世の総てを平らげてやろう!〈悪鬼禍竜〉!!」
〈魔法詠唱〉が終わる。
ロイゼル・ミュシェンの姿が、夜空より黒い六首の巨大なドラゴンへと変わっていく。その巨体は議場に納まりきらず、天井を突き破り、その牙はこの世の全てを食い破るように禍々しく剥き出しにされ、その目は全てを睥睨するように虚ろの穴を開けている。
グワバアアアアア……
首まで裂けるように広がった六つの口から、六つの光線が放たれ、ナスターンの大地を焦土と焼く。
「大丈夫か!?」
エンヴィーさんに守られたオレは無事だったし、アルスルさん、ヴィヴィアンさんもピンピンしているが、五人や騎士隊の安否が気になる。
とガラガラと瓦礫の下から這い出てくる五人と騎士隊。意外としぶとい。なんて冗談いってる場合じゃないよなあ。




