#33 食事休憩
「う、ううん」
朝井が目を覚ました。気絶してから一時間は経っている。気絶した三人の中では最後のお目覚めだ。
「おはよう。大丈夫?」
ヴィヴィアンさんが朝井を気遣い優しく声を掛ける。だがそれは朝井に気絶直前の記憶を呼び戻すものだった。
「うっぐ」
吐きそうになるのを手で押さえて我慢する朝井。
「吐くなよ。飯が不味くなるから」
オレの言でやっと皆が食事を取っている事に気付いたらしい。目を見開いている。更にキョロキョロ周りを見渡せば、体育館のように広かった広間が、まるで通路のように狭くなっているのに気付く。
マミークラウンとの戦闘の後、間髪入れずに両脇から壁が押し寄せてきた。それをアルスルさんが〈土魔法〉で石の土台を造り塞き止めたのだ。
オレ達は今、その石の土台の上に居る。
今でも壁はオレ達を押し潰そうとしているらしく、石の土台はギシギシ言っていて、いつ崩れるか分からない状況だ。
「もう、イトスケ、そういう事言わないの。モテないわよ」
別にモテなくても構わない。あ、いや、エンヴィーさんがいるからとかそういうんじゃないんで、腕絡めてこないでください。
オレとエンヴィーさんがバカなやり取りをしている間に、先に起きた大越と三島が、パンとスープを渡しながら説明している。
聞いている朝井もだが、説明している大越、三島も複雑そうな顔をしている。気絶している間に起こった事態をまだ飲み込めていないのだろう。
「佐々木の名誉の為に言っておくが、佐々木だって好き好んでやったんじゃないんだ。ああしないとクラスの奴らの魂が地球に戻れないって、オレが頼んだんだよ」
親の仇みたい睨まれた。それはそうか。クラスには三人と仲の良かった友達なんかも含まれているんだから。対して佐々木、滝口は沈んだ顔をしている。肉体的より精神的に堪えているのだろう。
オレとしてもここで地球に帰れるなら、全て放り出して帰ってしまいたい気分だ。
やろうと思えば出来るのだ。ヴィヴィアンさんの〈異界潜り〉があるから。全部アルスルさんとヴィヴィアンさんに任せて地球に帰る事は出来る。だが、ここで帰ったらとてつもなく後悔すると思う。きっと一生引きずって、下を向いて生きていくのだろう。
上を向いて生きていく事が難しいのは、たった14年の人生でも分かった。ただ前を向いて生きていくのはまだ諦めたくなかった。
オレはオレのワガママでここに居るのかもしれない。
はあ、一山越えると人間感傷的になるんだなぁ。やだやだ。話題を替えよう。
「そういえば、名前で不思議なのはスキルですよね」
オレの振りが唐突過ぎたのだろう、皆の頭の上に?マークが見える。
「四魔将の名前の時に思ったんですよ、スキルも地球の言語だなぁ、って」
「ああ、それはイトスケ達の脳がそう処理しているだけだ」
とアルスルさん。そう言われるとこっちの頭に?が浮かぶ。
「例えばイトスケの〈インベントリ〉は俺の世界の言語だと〈ストケッジ〉だ。イトスケの脳が勝手にこの世界と同調して自国語のように処理してるんだよ。〈召喚〉の副産物だな」
そうだったのか。心の中にわだかまっていたものが晴れた気分だ。
「え? 〈インベントリ〉? 〈財産倉庫〉じゃないの?」
とは朝井。ふむ、同じ日本人でも違うのか。朝井は文芸部だからインベントリって言葉を知っているかと思ったが、そうではないようだ。確かに女子向けの小説やラノベにインベントリなんて言葉、出てこなさそうだもんな。
オレの振りが呼び水になったのか、益体の無い話題がその後も飛び交い、その場の雰囲気は少しだけ明るくなった。
そして食事も終わり、オレの魔力も少し戻った所で、オレ達は次に進まねばならない。
広間の最奥、マミークラウンが座していた先に次にへの通路があった。何故直ぐにそこへ行かなかったのか。答えは簡単。罠が張り巡らされていたからだ。
おそらく、両脇から壁が迫ってきた所で通路に逃げれば、罠の餌食で御陀仏という算段だったのだろう。
しかもご丁寧にこの通路、精霊は通れないようになっているのだ。ポルックスとカストールによるテレポートは出来ない。
なので食事と休息による体力魔力の回復を待って、オレの〈ディレイ〉で時間の流れをスローにして罠を潜り抜けて行く、という作戦ともいえないその場しのぎの綱渡りをやる事になったのだ。
「じゃ、行きますよ。〈ディレイ〉」
 




