#29 愛別離苦
「あっはっはっはっは、あっはっはっはっはっ」
「いつまで笑ってるんですかアルスルさん」
オレがジト目で睨んだ所でどこ吹く風と、アルスルさんはこっちを見る度に笑っている。ヴィヴィアンさんもそうだ。いまだ回復しないヴィヴィアンさんを片肩に二人してニヤニヤしては吹き出しているのだ。
それというのもオレの左横にはオレの腕をがっちり掴んだエンヴィーさん、四魔将のひとりであるはずのブラッディーエンヴィーが居るからだ。
なんともデレデレな顔で、たまに視線が合うと「きゃ〜」とか言って赤くなるのが可愛いが、性格の闇、いや病みを知っているこちらとしてはなんとも落ち着かない。
それはこの旅を共にする他の一行も同様のようで、なんとも苦いモノを噛んだような顔をしているが、何も言ってこないのは、彼女を怒らせるのは得策じゃないからだろう。
無駄に血を流さなくていいのは良い事だ。オレひとりが我慢すればいいのだから。いや実際には胸とか当たって役得とか思っていたりいなかったりするのだが、中学生にこの色気は刺激が強すぎる!
明日には魔王がその根城にて座するナスターンの帝都に乗り込むのだ。ちゃんと話しておかねばなるまい。
「エンヴィーさん」
「な~に?」
夜のキャンプ時、焚き火の側で美女がこちらを向いて小首を傾げている。その目はじっとこちらを見詰め、焚き火で揺らめいていた。いや破壊力有りすぎだろ。
「あの、好意を持ってくれているのはありがたいのですが、もうすぐお別れしなければなりません」
「え!? 何で!?」
迫るエンヴィーさん。顔と顔がくっつきそうで、息づかいが聴こえる。その目は先程よりも揺らめいていた。
オレは目を反らし話を続ける。
「あの、オレ達は召喚勇者というモノでして、魔王ガルゼイネスを倒したら、この世界の神ルノア様に頼んで元の世界に帰して貰うつもりなんです。だから会えなくなるんです」
「そう、そうなの……」
赤い彼女の瞳が伏せられ、顔も俯き、心が沈んだのが分かる。同時にオレの心が沈んだのも。がそれは数秒の事だった。
「なら私もイトスケくんの世界に行くわ!」
「いやどうやって!?」
拳を握り締めて爛々とした目で語るエンヴィーさんに、思わずツッコミを入れていた。
「それなら私が〈異界潜り〉で届けてあげるわ」
とヴィヴィアンさん。
「いや、余計な事しなくていいから!」
「余計な事?」
失言した!
「余計な事ってどういう事!? 私がそっちの世界に行っちゃいけない理由でもあるの!? 分かった! 彼女ね! 彼女がいるのね!」
「いない! そんなのいないから!」
その豪腕で肩を捕まれブンブン揺すられて、ああオレはこのまま死ぬんだなぁ、と思った夜だった。
翌日。なんとか生還したオレとその他大勢は、帝都を眼前に見上げていた。ああまだ頭がクラクラする。
帝都を見上げる。一聞すると帝都を囲う城壁や城門が高いのかと思うだろうがさにあらず。いや、実際に城壁城門も高いのだが、その向こうに帝都の街並みが見えるのだ。ナスターンの帝都は、山に張り付くように造られていた。そしてその頂上、暗雲にその姿を隠しながらも朧気に、魔王の居城が頭を出していた。
門には門番さえ立っておらず、その巨大な門扉はまるでこちらを迎え入れるように開かれていた。
「どういう事?」
疑問を呈する大越に、エンヴィーさんが答える。
「この都は全体が迷宮になっているの。その管理を任されているのが最後の四魔将、ロイゼル・ミュシェンよ」
『ロイゼル・ミュシェン!?』
驚いたのは騎士隊とヴィヴィアンさん、そしてオレだった。
 




