#28 真空封殺
「アルスルさんの方が相応しいと思います!」
オレはすかさず切り返す。ヴィヴィアンさんが思いっきり睨んでいるが今は気にしない。オレは何より自分の命が惜しい。
チラリとアルスルさんの方を見るエンヴィーさん。
「優男に興味は無い」
クッ、タイプが違ったか。アルスルさん地味にガッツポーズしないで下さい。
「ほ、他にも、ここには男が沢山居ると思うなぁ」
全員からの視線が痛い。エンヴィーさんがぐるりとその場に居る男達を見遣り、またオレに視線を止める。
「そうね。ここには沢山男が居るみたいね。ならあなたを殺してから全員殺してあげるわ!」
彼女の獲物が増えただけだった。そしてオレがこの場の全員を敵に回した瞬間である。
オレを見定めたエンヴィーさんの口角がニヤリと上がった。と直ぐ目の前に彼女がいた。なんてダッシュ力だ! そのまま薙刀を振りかぶり、だが彼女の一撃がオレに届く事はなかった。
ズボッ
オレが〈インベントリ〉で用意しておいた落とし穴にエンヴィーさんがハマったからだ。
去らば彼女は五十メートルの地下深くへと真っ逆さま。オレは直ぐ様穴を掘って吸収した〈インベントリ〉から土砂をその穴に注ぎ入れる。
ふう。と額の汗を拭うオレに誰かの声が聴こえる。
「うわ、こいつ女を生きたまま埋めやがった」
『美女を土砂で生き埋め』地方新聞なら一面を飾れそうだ。
全く、狙われていない人は気楽で良い。闇鬼と聞いたが、あんなのヤミはヤミでも闇じゃなくて病みじゃないか!
と人心地ついたのも束の間の事だった。
美女を埋めた地面が盛り上がったかと思うと、ズボッと飛び出してくるエンヴィーさん。そのまま薙刀を横薙ぎに振られる。
ミスリル棒で防ぐも、力の差はどうしようもなく、吹っ飛ばされ木に叩き付けられる。
「がはっ!」
激痛と共に息が詰まるが、そんな事お構い無しに突っ込んでくるエンヴィーさん。
ズボッ
また落とし穴にハマった。…………頭に血が上っているのか頭が悪いのか、この作戦が悉くハマる。
五十メートルもの落とし穴に何度落ちても特にダメージはないのか、直ぐに地上に飛び上がってくるのだが、上がってきたそばからまた落とし穴にハマっていくのだ。気が付けば周りは落とし穴だらけになっていた。
しかしこれはジリ貧である。向こうが無尽蔵な体力で迫ってくるのに対し、こちらは〈インベントリ〉で穴を掘る度に魔力を消費しているのだ。その上自分が穴に落ちないように〈浮遊〉も併用している。
このままでは魔力が尽きてオレ自身が落とし穴に真っ逆さまだ。何か他の手を考えなければ。
何か弱点はないかとエンヴィーさんを見れば、疲れなのか興奮なのか、肩で息をしている。
息? 空気! そうだ空気も物質だ! 物質なら〈インベントリ〉に吸収出来る! 息が出来なきゃ死ぬだろう!
とオレはエンヴィーさんを中心に半径二十五メートル、直径五十メートルの空気を〈インベントリ〉に吸収した。…………下策だった。
映画やアニメで宇宙船が壊れ、凄い勢いで船内の空気が外に漏れだすのを見たことがあるだろう。起きたのはその現象だ。
空気の無くなった空間に向かって、凄い勢いで空気が流れ出したのだ。地に足が着いていれば踏ん張れたかもしれない。だがこの時のオレは〈浮遊〉で浮いていて、その流れに逆らう事は出来なかった。そして流れの行き着く先にはエンヴィーさん。
ブチュ!
何かが唇にぶつかった。そこからニュルニュルニュルっと何かが侵入してくる!
初めてのキスは鬼の美女とのディープキスだった。
エンヴィーさんの〈加護封殺〉によって〈浮遊〉は消され、オレとエンヴィーさんは地下深くへと落ちていったのだった。
一時間後、なんとか穴から這い出してきたオレの横には、オレにべったりくっつくエンヴィーさんの姿があった。