#26 日々平和
「はっ!」
滝口がアルスルさんに向かって手を翳すと、手の平から炎が渦を巻いて飛び出す。が、それをまるでダンスのステップのように軽やかな動きでかわすアルスルさん。
だがそれは折り込み済みとばかりに、大越が剣で斬りかかる。それを愛銃で受け流すアルスルさん。
そこに朝井の聖剣の矢と三島の大地の槍が襲う。が、これもジャンプで難なくかわすアルスルさん。に向かって雷が落ちる。
佐々木の一撃、だがそれはアルスルさんの放った一発の銃弾によって相殺されてしまう。
その後も五人は間断なく攻撃を仕掛けるが、アルスルさんにかすり傷一つつける事は出来なかった。
「よし、ここまでにするか」
『ありがとうございました』
言うが早いかその場にへたり込む五人。その顔は暗い。砦からここまで、毎日アルスルさんに訓練をつけて貰っているが、かすり傷一つつけられない事に、自分達の才能の限界みたいなモノを感じているのかもしれない。
オレからしたらスキルや加護をいくつも持っている時点で才能有り有り、しかもその内二人は勇者なのだ。贅沢な悩みである。
「少しは成長したな」
とアルスルさん。まさか!? あの他人を褒めない事に関して一家言持っているんじゃないかと噂されるアルスルさんが、他人を褒めた、だと? 偽者なんじゃないのかあのアルスルさん。
「俺に一発だが弾丸を使わせるとは、大したものだ」
やっぱり偽者だ、あのアルスルさん!
「何さっきからあっち見て百面相してるのよ」
木に寄りかかりながら座るヴィヴィアンさんにお叱りを受けてしまった。
オレは今ヴィヴィアンさんに棒術を見てもらっている。これも砦から続く日課だ。もうすぐスキル〈棒術〉になりそうらしい。
だが今はそれどころじゃない!
「ヴィヴィアンさん! あのアルスルさん偽者ですよ! 他人を褒めてます!」
ドン!
リアルに雷が落ちた。その場にバタンと倒れるオレ。
「下らない妄言吐いてないでしっかり訓練に励みなさい! 私まだ本調子じゃないのよ。いざという時、助けてあげられないんだから」
「スミマセン。あれからアンデットはおろか一体もモンスターに出くわしていないので、ちょっと気が抜けてたかもしれません」
あの廃村から五日が経った。魔族領も結構奥まで来ていると思うのだが、アンデットや悪魔、ゴブリンとか言う小鬼も見掛けない。それどころかモンスターのモの字も見掛けない。この世界に来て初めての平和な日々である。
それだけヴィヴィアンさんの〈グランドクロス〉はとんでもなかったという事だ。さすが聖属性最強魔法。その反動でヴィヴィアンさんはいまだ歩行もままならず、アルスルさんに担がれて移動しているが。
多分マミークラウンとか言う四魔将もあの光で倒されているんじゃなかろうか。そこまででなかったとしても、相応のダメージは負っているだろう。でなければ五日も自分の領地で勇者に好き勝手させるとは思えない。
だが魔王討伐の旅をしているオレ達に平和な日々が長続きする訳もなかった。
なんとかスキル〈棒術〉を修めるに至ったオレは、ミスリル銀の棒を片手に意気揚々と街道を歩いていた。と、その先に人影が見えた。
遠目からでもはっきり分かる美女。濡れたように黒い長髪に真っ赤な唇。瞳もほおずきのように赤く、肌は陶磁のように白い。そして額からは鋭い角が二本生えていた。
その身を包むのは和漢折衷の鎧で右手には三国志の関羽が持つ青龍偃月刀のような薙刀を持っていた。
その姿があまりにも美し過ぎて、オレや五人が見惚れていると、騎士隊どころかアルスルさんやヴィヴィアンさんまで警戒の構えをとる。
あんなにも美しいひとが、そんなにもヤバいのだろうか?
惚けていると一瞬で間合いを詰められた。オレの直ぐ目の前に絶世の美女が居る。憎しみの炎をその目に宿して。
「積年の恨みッ!」
美女の薙刀がオレに迫る。