#1 絶望希望
オレは走っていた。いや、逃げていた。
振り返れば奴らがそこにいる。人の姿に蝙蝠の翼、手には二又の槍を持っている。悪魔だ。
二体の悪魔にオレは追われていた。
そもそもの始まりは、もう一週間程前に遡る。
オレ伊藤 助は、いや、オレのクラス、垣根中二年二組四十人全員は、勇者召喚なるものによって異世界スーヴァに召喚された。
朝のチャイムが鳴り、あとは先生が来るだけ。と全員が席についた時だった。
教室の床が光り、見ればそこにはアニメなどで見る魔法陣が描かれていた。
そして教室は光に包まれ、次の瞬間オレ達垣根中二年二組四十人が居たのは豪奢な広間だった。
眼前の王様然とした口髭の男がオレ達を迎え入れるように両手を広げる。
「ようこそ勇者達よ!」
勇者召喚。ラノベやWEB小説を読んでいる人間にしたらよくある話らしい。クラスの何人かが大はしゃぎしていたし、オレも……嫌いじゃない。内心はワクワクドキドキしていた。
召喚したのは、ヒルト王国と言うムーバ大陸中央南方にある王国の国王、ツァリア三世と言う人だ。いや、実際に召喚したのは魔法使いか。
まあとにかく、ツァリア三世国王の命により召喚されたオレ達に、王は北の魔王を倒せと宣った。
これに対してクラスの反応は二分した。
魔王を倒そうと息巻く者達と、そんな事はいいから安全な暮らしを望む者達だ。要は戦いたい派と戦いたくない派である。
結果としては話し合いは物別れで終わり、戦いたい派は北の魔王の元へと、戦いたくない派は東にある別の国へと、それぞれ旅立つことになった。王様はよく許してくれたと思う。
オレは戦いたい派に加わることになった。
これはオレが召喚時に授かったスキルなるものと関係がある。
召喚の時、四十人全員が何らかのスキルを授かった。
それは〈剣術〉や〈槍術〉、〈弓術〉に〈格闘術〉などの直接戦闘系、〈火〉や〈水〉、〈風〉に〈土〉などの魔法系に加え、〈治癒〉や〈鍛冶〉、〈マッピング〉に〈索敵〉など様々で、一人でいくつものスキルを手に入れた者もいれば、オレみたいに一つしかスキルが手に入らなかった者もいる。しかしスキルが与えられなかった者はおらず、皆有用なスキルだった。
では戦いたい派に加わったオレの能力がどんな戦闘向きの能力かというと、〈インベントリ〉という何でも異空間に収納できるスキルだった。
オレのスキルは全く戦闘に不向きなもので、本来なら魔王討伐なんかに加わらない。オレも加わりたくはなかった。
なら何故戦いたい派に加わっているのかと言うと、察しの通り荷物持ちである。
旅の支度をすでに調えてくれていた王様が差し出した人数分のテントや食料、その他諸々は、オレ達が元いた教室一杯のものだった。
これを運びながら、しかも襲いくるモンスターと戦いながらの旅となると、骨が折れる。
従者は用意してくれるのか? と王様に尋ねると、国の守りを疎かには出来ないと言われてしまった。
そこで必要になってくるのが〈インベントリ〉持ちのオレである。
別にオレじゃなくても〈インベントリ〉持ちなら誰でもよかったのだが、残念なことに、〈インベントリ〉持ちはオレとあと一人の計二人しか居なかった。
こうなってくると魔王討伐に行く戦いたい派と、東に行く戦いたくない派での〈インベントリ〉持ちの取り合いになる。何せ気前の良い王様が、東の国に行くクラスメイト達にまで荷物を配給したからだ。
オレはこの〈インベントリ〉持ちの取り合いに負けたのだ。
何せ向こうの〈インベントリ〉持ちは女子だったのだ。
しかも女子同士でできるグループで、その女子のグループは戦いたくない派だった。そうなると自然と全員の視線はオレに向く。日本人は同調圧力に弱い。オレは戦いたい派として魔王討伐に加わった。
そして一週間後の今日に戻る。
それまでの旅は順調だったと言える。
襲いくるモンスター達を十九人の召喚勇者達はバサバサと倒していく。それを見ているオレ。
オレの仕事は荷物持ちで戦闘することじゃない。事実オレに襲い掛かってくるモンスターは誰かが庇って攻撃してくれた。
オレも一応ナイフなんぞを構えてみるのだが、本当に構えているだけで戦闘は終わってしまう。
こうなると嫌々付いてきた旅とはいえ何か役に立たねば、という気持ちになってくる。
では他のことで役に立とうかと料理をしようとすれば止められる。〈料理〉スキルを持つ奴がいるからだ。実際美味かったから文句はないが。
なんだかんだ大事にされながら一週間、鬱蒼とした森の中、オレ達は神殿跡地のような場所にたどり着いた。
もうすぐ日も暮れるということもあり、不気味な二体の悪魔の像が迎えるその神殿跡地でキャンプを張ることになった。それが迂闊だった。それまで夜にモンスターが現れた事が無かったので、全員で就寝してしまったのだ。
それは本当に偶然だった。
夜中にトイレに行こうと起きた時、ザシュッザシュッと何か音が聞こえる。
音がする方へ振り向けば、神殿前に立っていた像が、眠っている仲間のクラスメイトを、殺してまわっていた。
「うわ、うわああああああああ!?」
オレの悲鳴でまだ眠っていたクラスメイト達が飛び起きる。
すぐに異常事態に気付き武器を構えるクラスメイト達。
すでにこちらは五人殺されていた。だが数的優位はまだこちらにある。
この旅を甘くみていたのかもしれない。斬りかかっていくクラスメイト達はしかし悪魔に返り討ちにあっていく。
剣も魔法も効かなかった。弾かれて跳ね返され、悪魔はまるで草刈りでもするかのように簡単に、クラスメイト達を殺していった。
残ったのはオレ一人。
「ああああああああああ!!!」
オレは恐怖に駆られて全力でその場から逃げ出していた。
だが〈インベントリ〉しか取り柄のないオレがいくら全力で走ったとしても、すぐに追い付かれるに決まっていた。
森の中、木を背にオレは二体の悪魔に追い詰められる。
もうダメだ! と思ったその時。
ダァンッ! ダァンッ!
二発の銃声のあとに、二体の悪魔が倒れる。
「大丈夫か?」
悪魔の向こうから声を掛けてきたのは、金髪碧眼、右手に回転式拳銃を持った美青年だった。