金色の天使
私とて馬鹿ではない。
「どうかした?」
「いえ、なんでもありませんわ」
目の前の男に微笑みつつ紅茶を一口啜る。彼も満更ではないように笑みを返してくれた。
「庭に出ようか」
「ええ」
この男性はオーウェン・グレイヴ。
社交界では新興貴族についてうるさくいう人もいるけれど、華やかで端正な顔立ちの彼はじわじわと社交界で人気を集めつつある。
さらさらとした金の髪、賢く背も高くて何より女性に優しい。モテるという自負はあるらしく自信に満ちた感じがいかにも余裕のある男という感じで頼もしい。
彼は父の見つけた逸材だ。
才能はあるのに横のパイプがまだ少ない彼を夜会に呼ばれることの多い私がパートナーとして連れて行っている。
最近では父親同士が仲が良く、なにかと取引などもしており私も彼と仲良くなったのだ。
親の仕事の付き合いと見せかけて先日まで将来の伴侶が見つかればいいな、と思いながら夜会に参加していたなんてリュカは知る由もないだろう。
そもそもオーウェンはまだリュカに会えるような家格でもない。ロイとのことは城でのお茶会だったから誰かしらに見られていたのだろうがこの屋敷の中ではその心配もない。
「ふふ、オーウェンっておとぎ話に出てくる王子様みたいね」
「買い被りすぎだよ」
そう言いながらも彼は私の髪に指を絡め口元に持って行ってキスをする。キザなことでも彼がやるとすごく絵になる。
思い返せば私の絵本に出てくる王子様はみんな彼のような髪色だった。
「でも君の王子様になれるのなら喜んで受け入れる」
「あら嬉しい」
「ノア…君には感謝している」
伏せられた睫毛は長く、どこか憂いのある表情はきっと世の女性を虜にする類のものだ。
(なんて綺麗な人かしら…)
私とて例外ではない。
彼を応援していきたい気持ちは出会った頃から変わらない。
「オーウェン、でも本当にいいの?」
「婚約のことを言っているならもちろんさ。陛下の了承が得られ次第私達の婚約を進める」
「ええ、父からもそう聞いているわ」
「ノア、心配ない。私は君ほど美しく聡明な女性を知らない。大切に…幸せにしてみせるよ」
「オーウェン…」
彼となら良い家庭を築いていける。
そうすればリュカも諦めてまじめに王妃選びをしてくれるに違いない。騙すようで申し訳ないが仕方ない。私以外の婚約者候補とて諦めている者たちは各々別の婚約者を見つけて陛下に婚約者候補辞退を申し出るのがセオリーだ。特段いけないことをしているわけではない。
(出し抜くみたいで心苦しくはあるけれどね)
リュカは怒るかな。
それとも呆れるかしら。
それでも私がいないのだもの、彼はきちんとした正しい王子の生き方を歩んでくれることだろう。
「君こそいいのかい?リュカ殿下は…」
「オーウェン、それは言わないで」
「…おいで」
彼は私の腕を引いてぎゅっと抱きしめる。ぽろりと落ちた涙が彼の肩に落ちてしまった。
「ごめんなさい」
それは肩を濡らしたことに対してだったのか、それともこんな気持ちで彼に縁談を申し込んだことに対してだったのか。
事情を知りながらも縁談を受けてくれた彼への申し訳なさからかもしれない。
泣くくらいならやめればいい。
でもこれはリュカのためだ。ひいては国のためにもなる。頭では納得しているのにこんな所で尻込みをするつもりはなかった。
陛下に申告するのは一ヶ月後。
どうかリュカが受け入れてくれますように。