デートなんてさせない
よく晴れた。
今日はきっと良い日になる。
と思っていましたよ、つい先ほどまでは。
「殿下、貴方一体なにしてらっしゃるの?私の父はどこです?」
「ノア、今日は来てくれて嬉しいよ。さぁ出かけようか」
「無視はいけないって習わなかったかしら?」
本当にこいつはなにしてくれているんだ。
今朝、我が家に使者が現れた。
なんでも私宛に緊急の知らせらしい。
『ノア、殿下が大変なことになっている急ぎ城に来てくれ』と大臣、つまりそれは私の父の名義での知らせだった。
なのに城について通された部屋ではリュカは出かけるために着替えをしている最中。父の姿もなく聞けば陛下と視察に出られたと言う。この部屋にはあの知らせの緊迫感の「き」の字も見当たらない。もう意味がわからない。
「ノア、今日のワンピース可愛いね」
へらりと笑うリュカ殿下に私のこめかみひくひくと引き攣る。
「殿下のためではありません」
そう、今日はロイと出かける予定だったのだ。それをキャンセルしてまでここに来たと言うのに…。
「…だろうね」
「え…?」
ぼそりと呟く殿下の声が聞き取れずに聞き返すのに殿下はうさんくさい笑顔で「ううん、なんでもない」と朗らかに答えた。
断りの知らせを妹に託したがちゃんと二人は会えただろうか。そればかりが今は心配だ。
「とにかく、今後父上の名前を使って私を呼び出すのはおやめください」
「うん、ごめんね。二度としない」
ああ、人がいなければ大きなため息をつきたいところだが今は出来ない。目の前に立つ爽やかな美丈夫は黙っていれば100点の王子様だ。黙っていれば。
準備が出来たよと振り向き私に数歩近づいてくる。ヒールの高い靴なのにまだ少しばかり彼を見上げなくてはならないこの身長も理想的だと思ってしまったなんて口が裂けても言わないし言えない。
悔しい。
幼い頃は私より小さいおチビさんだったのに。私は学院に行っていないから知らないけれどどうやら離れていた三年間の間に成長したらしい。実際に目の当たりした時には二度見したものだ。
「殿下、用がないなら失礼させていただきたいのですが…」
「ダメに決まっているだろう?ノア、わがままはいけないよ」
はぁ?と言いそうになるのをぐっと堪えた私は偉い。人がいるせいで私が彼を無下に出来ないのをわかって言っているのだろう。そういう計算高さは一体どこで学んだのか。私のいなかった学院での空白の三年間が時折こうして私の邪魔をする。
困ったような笑顔が本当に腹立たしい。
「ノア、僕の気持ちをわかっているだろう?僕を避けているつもりかもしれないけれどいい加減婚約に頷いてくれないと他のお嬢さんたちが行き遅れになっちゃうよ」
「…他のお嬢さんのために私の人生を投げ打つつもりはありませんの。殿下の方こそそのお嬢さんの一人を救うべくご婚約なされてはいかがです?」
「僕の妻になるのはノアだけだよ」
今度こそ私は我慢できずにため息をついた。
リュカも諦めが悪い。
学院を卒業し、成人して再会した後からずっと私のことを婚約者にしようとあれやこれや言ってくる。いっそ学院の方で運命的な出会いの一つでもしてくれば良かったのに。
呆れたような顔で私が見つめたリュカはいつものようにへにゃりと笑った。
「僕じゃだめなの?」
「殿下、貴方が私に相応しくないんじゃない、私が貴方に相応しくないんです」
びくびくおどおどするくせに。
リュカは今やどこに出しても恥ずかしくない立派な王子様だ。でも彼は私の前ではこうして昔と変わらない怯えた子犬のような一面を見せてしまう。私さえ居なければ彼は何の綻びもなくなるのにありがた迷惑なことに彼は昔と変わらず私を側に置いてくれようとする。私が隣にいると彼の威厳が保てないしせっかく成長した彼の邪魔になりたいなんて思うわけもなく。ましてや私は彼に対して色々…率直な意見を述べてしまう癖がある。そんな女が婚約者に名乗りを上げていいわけもない。
「相応しいかを決めるのは君じゃない」
そうですけどね。
珍しく彼は少し怒ってしまったようだ。
リュカが本気出せば私との婚約なんてあっという間に成立する。それでも私の心を尊重して待ってくれているのもわかっている。
でもわかってほしい。
私は彼の婚約者候補としては不十分なもうとっくに必要のない人間であることを。
殿下は静かに私の手をとり先ほど怒っていた顔はなりを潜めてまた子犬のような顔になる。捨てないでなんて言ったら私はもう何も言わずに城を去ろうかな、と出来もしないことを考えてしまった。
王子様の威厳らしきものがでる分怒ってくれている方が良かった。
「それで…今日はなんの呼び出しでしたの?」
話題を変えたくて本題に戻す。
彼はまだ私の手を離そうとはしないがそれはもう無視だ。
「…浮気はされる方にも原因があると言われている」
「え?」
「だからね、浮気される前に阻止してみたんだよ。ノア、これでも僕は怒っているんだ」
ああ、ロイとのことがバレていたのか。
私はようやく合点がいった。
そういえば幼い頃にも一度そんなことがあったような気がする。存外独占欲は強いのかもしれない。
「友人と出かけることの何が悪いのかわかりませんわ」
くだらないとばかりに私は握られていた手を離した。不満そうな顔をされても困る。
「彼は太っているのに…それに彼に痩せるよう進言したらしいじゃないか」
「あら、そこまでご存知なの?」
「僕も彼とは友人になったんだ」
それは世間的には探りを入れるというのではないだろうか…。
いや、突っ込むのはやめよう。
「それで?彼を知った上で、それでも納得いかなかったのですか?狭量な器ですのね」
「不安になったんだ…君はもしかしたら本当は太っている人が好きなんじゃないかって…もしくは痩せる努力をしてる人が好きなのかもって…それに昔の僕とだってデートなんてしてくれなかったのに彼とは…」
「お出かけならたくさんしましたわ!」
「二人きりじゃなかった!」
「身分ある子供だけで出掛けられるわけがないでしょう?!」
なんだこのワガママ…いや駄々をこねる子供のようだ。やはり私は殿下を幼稚な男にしてしまうらしい。
周りの侍女達は慣れた様子で私たちのやりとりに驚きもしていない。私でも見知った顔ばかりということはよほど古参の侍女達なのだろう。
私はもう一度ため息をつく。
この馬鹿馬鹿しい言い合いをやめなければ。
「私は好みだからロイ様と友人なわけではありません。本当にただ仲が良いのです」
「…その言い方もなんだか地味にくるね…」
見た目なんて関係なく好きみたいじゃないかとかぶつぶつ言うがそんなこと言い出したらどう説明したってそうなるだろう。
しかし彼の誤解?がとけようがとけまいが関係ないということを何より一番わかってほしい。
「それで…王子様は私をどこに連れて行ってくださるの?それともこの不毛な言い合いで一日を終えましょうか?」
「…出掛けよう」
私はこの話を強制終了させた。
だって終わりが見えないんだもの。
私がこのような何もない呼び出しに応じたのは再会してから初めてかもしれない。自惚れになるかもしれないが彼としてもそれを逃すのは本意ではないのだろう。
「今日は楽しいデートにしようね」
乙女のように頬を染めるイケメン王子に私は思わず天を仰いだ。
ああ、頭が痛い。