お茶会と秘密の花園
私だって初めて出会ったのが今の完璧王子になってからのリュカ殿下相手ならしおらしく出来たし、精一杯のお洒落をして挨拶に行っただろうし、思いっきり猫三匹くらい被った婚約者候補のバトルに参戦していただろう。
(今更どのツラ下げてってこういうことよね)
ため息しか出ない。
国主催のお茶会は今年これで何度目だろう。きっとリュカが相手を決めるまでは開かれるんだろうけれど婚約者候補たちは全員で13人。そのうち見るからにやる気があるのは9人。毎度ドレスは最新モデルで宝飾の類も毎度毎度感心するほどの代物を持ち出してくる。かたやほぼ同じドレスでやってくる私。友人で候補者の一人であるサミーは今回欠席している。
広い庭園で行われるお茶会は別に同じ場所にいなくていい。
庭を歩き回っていても良いし、ベンチで誰かと語らっていても良い。女性は婚約者候補の人間のみであとは貴族の独身男性も女性と同じくらい呼ばれている。おそらく王子の友人候補かもしくは城勤めのスカウトの場所なのだろう。
王子様のお嫁さんにはなりそこねた。
昔はそうなるものだと信じていたのに。
だからこそ王子の怠惰が許せなかったのに、こんなことならなにも言わなくて良かったじゃないか。
これからどうしようか。リュカは私のことが嫌い、とまで行かないかも知れないが苦手なのは間違いない。
だって彼は私と話す時は死ぬほど怯えている。私が話しかけるだけでびくりと肩を震わせ、普段のスマートさどこやったのと聞きたいほどどもる。
トラウマというやつだろうか。
私が彼のトラウマ?
心当たりしかないんだけど。
「ばかみたい。ヘラヘラして…」
華やかで可愛い女の子に囲まれて愛想ふりまくリュカを遠目に見る。今日も彼は私のストレス発生機だ。
いらいらする。
ダメだ離れよう。今なら視線だけで不敬罪になれそうだ。
私はメイン広場から離れて庭を歩いていく。この庭園の奥に人知れずベンチが置かれているのを知っているのは幼い頃から通い詰めた私くらいのはずだ。あそこに行こう。静かに時間まで過ごしてさっさと帰ろう。
私は迷うことなく足を進めた。
「あら、」
目的の場所にたどり着いたのにどうやら先客がいたようだ。
向こうもこちらに気がついていてなんとなく挨拶を交わす。
あれ、なんか、この人…
「宜しければ少しお話ししませんか?」
へらりと笑う彼。
どこか既視感を覚える。
気がつくと私は彼の隣に座ってお茶会が終わるまでずっとお喋りをした。
彼はロイ・バルト。
さらさらした銀色の髪、朗らかな笑みは人を安心させるなにかを持っていて見るからに温和だ。
背は高く、顔立ちも決して悪くないむしろ良い方なのだろう。
本来は…。
「ロイ、貴方痩せないの?」
彼と何度目かのお茶会エスケープ。
私はとうとう言ってしまった。
もう友人と言って良い間柄の私たちだからいけるだろうとは思うしなにしろ最初思った通り温和な性格の彼がこんなことで怒るわけはないとわかっていた。
「ふふ、やっぱり?僕も痩せなくちゃって思うんだけどうちの領地は特産が色々あってね。ノアも今度おいでよ、両親もきっと喜ぶ。」
やはり怒らない。
むしろ笑顔。
ああ、なんだろう本当に似てる。いや見た目の話ではない、なんとなくなんとなくだけれどこのロイの感じ…
(昔のリュカと同じものを感じる)
ぽっちゃりで、痩せたらイケメンは間違いない。いや、うそだ、ぽっちゃりよりもう少し太っているけれど…背も高くて髪も素敵な色なのにどうして怠惰を許すのかしら。もやもや…いやウズウズする。
「ねえロイ、ダイエットしましょうよ。勿体無いわ。貴方はこんなところで時間を潰すような人じゃないもの」
「ふふ、そんなこと言ってくれる人今までいなかったなぁ…いや、いい機会かも知れないね。でも僕が痩せるまでノアが応援してくれる?」
「ええもちろんよ!」
私はがしりと彼の手を両手で包み込んだ。彼は絶対原石!と私の脳が叫んでいる。
「じゃあ僕が痩せたらデートしてくれないかな…」
「え?デート?なんだそれくらい別に痩せなくたって良いわよ」
「でも僕こんなだし、まだ隣を歩くの恥ずかしくない?君は殿下の婚約者候補だし…」
彼はふっくらとした自分のほっぺたをみょんと伸ばしてみせる。ぼーっとしか話を聞かなかったリュカとは違ってロイは素直な反応でなんだか可愛い。
「ロイ、私は友達を恥ずかしいだなんて思わないわ。それに痩せたらそりゃもっと素敵になるとは思ったけど今の貴方だって私は好きよ。ただ貴方がぽっちゃりなだけで損するのが許せないのよ。あと殿下のことなら私は選ばれやしないから安心して」
私は彼がこんなところに逃げ込まなくていいようになってほしい。
ぽっちゃりな男性は社交界でもモテない。若い子は財力や家柄もだけれどやはり見た目を重視する。こんな若者ばかりの集まりならなおさら見目のいい男性に群がる。そんなだから肩身の狭くなった彼はここに来る羽目になったのだ。でも彼本来の人柄を思えばそんなの不当でしかない。
「ロイはどこに行きたい?」
私たちはさっそく週末の予定について話すことにした。