これから奏でる話
回り続けてまた一周。巡り続けてもう一周。
「時計の針?」
いいえ、違います。あんなに黒い、無骨な針と一緒にしないでちょうだい。
「うーん、あ、電車のジオラマ!」
マニアックなところに来たわね。山手線じゃあございません。
「えー?わっかんないよ!」
降参ね。正解は、オルゴール。私はね、いえ、「私達」かしら。ふるーくて、もう、誰も使わなくなったオルゴール。
「知ってたよ。僕のお母さんからもらったんだもの」
あらあら、つまらなそうな顔をしないでよ。
オルゴールはね、筒型のディスクについたピンが、金属の薄い板を弾いて音を出すの。私はその歯。
一番上に乗っている、その子はバレリーナ。彼女は私達の花形よ。
何年経っても美しい姿勢のまま、陶器の白い肌で、光り輝くわ。
「君達はなんの曲を奏でているの?」
なにかしら。
アナタの前は骨董屋に置かれていたから、そこで聞いてみないと分からないわね。
あの頃はね、それはそれは賑やかだったものよ。私の周りには、マリオネットやオートマタ、パペットなんかもあったかしら。
みんなそれなりに歳をとっていたから、思い出話が尽きなかったわ。私は沢山ネジを巻かれてきたから、思い出なら一番多く持っているわね。
こんなにお喋りになったのもそのせいね。どんな思い出も、忘れられないくらい素敵なものよ。
「その骨董屋に、帰りたいの?」
ああ、ごめんなさい。
帰りたくない、と言ったら嘘になるわね。
でも、この曲だけは本当に分からない……というか、決まった名前がないのよ。
持ち主によって、呼び方も変わったわ。私達を作った人も、特に決めてなかったみたいだしね。
「どうして?」
ふふ。実はね、私達は贈り物だったの。愛する恋人への、ね。
名前はその人につけてもらうはずだったわ。
でもね、約束は、まだ果たされていない。売られてからは、もう色々な人に名前をつけられてきたから、その人達全員が恋人になっちゃったわね。
アナタも「恋人」になる?
「君達を作った人の恋人にはなれないけれど、でも君達はオルゴールなんでしょ?それなら、オルゴールのままでいいんじゃないかな」
やあね、名前をつけられてこそ、大切にされるのよ。これから、私とアナタは一緒に暮らすの。
大切にして欲しいわ。アナタのお母さんはそんなに大切にはしてくれなかったから。
「僕は君達の姿が見えないよ。君達のこと、もっと知らなきゃ名前はつけられないな。」
いいわ。もう「時計の針」でも「山手線」でも、なんとでも言ってちょうだい!
「わあ、そのことは本当にごめんって。……ねえ、曲が終わっちゃった。あれ?」
オルゴールは喋り疲れて眠ってしまったようだ。
手探りで探り当てて、バレリーナの台座、ネジがついた面の端にある、小さな扉を開ける。
指を入れると、丁度ザラっとしたピンに当たった。
君はピン。君達はオルゴール、君達には名前がない。奏でる曲はとても、賑やかだ。
「ああ!退屈しないなあ!」
名前のない君と、君達と、ずっと話しをしていたい。僕は君のことが、もっと知りたいな。
フンワリとしたお話です。
読んでくださってありがとうございました!