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プロローグ 過保護なお目覚め

ある日突然私の前に舞い降りた堕天使の羽は、漆黒の夜闇と甘美な過保護に染まっていた。




 *****



『ちえり。アラーム鳴りましたよ! 起きてください』


 ベルを模した耳障りな電子音でわめく携帯をタップし、再び布団をかぶった直後、上から落ちてきた伸びやかなテナーボイスが羽根布団の上でバウンドした。


「スヌーズにしたから……もうちょっと……」


『駄目ですよ! 体温は毎朝7時きっかりに測ると決めているんですから』


 布団をはがされ、アルマジロよろしく丸まった体を包んでいた温かさが瞬時に霧散する。

 ガラス越しに届く朝日が、真っ暗だった瞼の裏を赤みがかったグレーに変える。


 所在なげな体を伸ばしてゆるゆると目を開けると、深い湖の色をした二つの瞳が爆発アタマのあたしの寝起き顔をくっきりと映していた。


『ふむ。顔色もいいし、お肌の調子もまずまずのようですね。

 おでこの吹き出物もなくなりましたし、やはり間食のチョコレートの量を減らして正解のようです』


 ここ半月ほど、毎朝目覚めと同時に飛び込んでくるのは、この世のものとは思えないほどに清らかに整った彫刻のような顔。

 堕天使のリュカは、目の前で大きく欠伸したあたしの嫌味は一切意に介さないようにたおやかに微笑んだ。


「もお……。あと五分くらい寝かせてくれたって平気でしょ?」


『規則正しい生活リズムは健康と美容のためには欠かせないのですよ。

 増して今日は一限目にフランス文学史概論があるじゃないですか。山尾教授は始めの出欠確認で返事がないと欠席とみなす方ですし、代返も厳しくチェックされてますから遅れるわけにはいきませんよ』


 黒い燕尾服の上にエプロンを着けたまま長身痩躯の体を折り曲げ、細く長い指を綺麗に揃えて私のおでこに手をあてる。


『ふむ。36.0度。昨日より0.3度低いですね。体温低下は免疫力の低下に繋がりますから、今日のランチには体を温めるメニューを選びましょうね』


「へいへい」


 寝起きから細々と世話を焼かれた上にいらぬ健康情報まで押しつけられて、ふわふわと浮遊を楽しんでいた目覚めの意識に重しをぶら下げられたような気分になる。

 あれこれ文句を言いたい気もするけれど、めんどくさいから適当な相槌を打って寝返りをうつ。


『ほら! 朝ごはんもうすぐできますから、顔を洗ってきてくださいよ』


 また一つ重しをつけて引き戻され、二度寝の楽しみを完全に奪われた私は渋々と体を起こし、寝間着がわりのジャージ姿のまま洗面所へと向かうのだった。




そう。

これが半月前から始まった、過保護な堕天使とズボラなあたしの、日常。



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