出会い
「あー、腹減った…」
早朝、深い深い森の中、男は道に迷っていた。
いや、目的地など有りはしないのだから迷っていると言うのは少々語弊があるかもしれない。しかし、獣道を進んでいることを考えれば、道を見失っていることは確かだろう。
男はある感覚に従って動いていた。少しばかり強い力を感じる気がするのだ。まぁ、言ってしまえばただの勘である。しかし、ただの勘とはいえ、馬鹿にはできないものである。しばらく歩くと徐々に視界が開け、獣道を抜けると、そこは小さな湖があった。
そこでやっと、男の全貌か明らかになった。
大量の荷物にフード付きのマント、どうやら旅人のようである。
「あー、やーっと休める、しかし何なんだよよこの森は、いつからこんなに深くなったんだよ、ったく」
そう言いながら荷物を降ろし湖のほとりに腰を下ろす。その手には一体いつ用意したのか、長い棒に糸と針が付いたもの、すなわち釣り竿が握られていた。どうやら魚でも釣るらしい。そしてもう片方の手に持った干し肉を食べながら、男は釣りを始めた。
しばらくの間糸を垂らしていた男が不意に顔を上げた。
「…なんだ?」
なにやら気配がする。耳をすませば何人かの足音が聞こえてきた。どうやらこちらに来るらしく、どんどん近づいて来ていた。
(巻き込まれたら面倒だ、どっか適当に隠れるか…)
などと考えている内に、足音の主達が姿を現した。
現れたのは若い女だった。服装からしてどうやら巫女であることが予想される。
「あ…」
女と目があった。否、あってしまった。男が、しまった、と思う頃には女は男の方に近づいて来ていた。
「旅の方!、あの、どうか、どうかお助けください!」
「…ことわ」
「怖い人たちに追われているのです!」
「いや、人の話を…」
「お礼は致します、なので、どうかお助けください!」
「いや、だから…」
「《精霊の巫女》!大人しくこちらへ来い!」
少し遅れて、女を追っていたらしい鎧に身を包んだ2人組が敵意丸出しでこちらへ向かってきた。
「いやです、私はあなた達帝国につく気はございません。もし諦めないのでしたら、この方を倒してから言ってください」
「え、ちょ、おい、なに勝手に巻き込んで……」
「なんだと?おい貴様、その女をこちらに渡せ!さもなくば痛い目に合わせるぞ!」
「いや、だからちょっと落ち着け……」
「さぁ旅の方、あのようなもの達追い払って……」
「だーーもう‼︎テメェら‼︎ちったあ人の話をききやがれーー‼︎」
男が怒鳴った。我慢の限界だったのであろう、額には青筋が浮かんでいる。
「大体、テメェらはなんなんだ!いきなり助けろだこちらに渡せだ好き勝手いいやがって、理由を話せ、理由を!」
「!……わ、私はとある事情によりこの者達に追われていて、助けを求めました!」
男の剣幕に押されたのか、一瞬の戸惑いの後、少女は素直に答えた。しかし、兵士の方はそうはいかなかった。
「そんなもの貴様には関係無い、分かったらさっさとその女を渡せ‼︎」
「逆らったら、わかるな?」
そう言いながら、兵士2人はそれぞれ武器を構え、戦闘態勢に入った。もはや話せる状況ではないだろう。
「 っ、面倒くせえ」
といいつつ、男は背中に少女をかばい、手にはどこから取り出したのか大剣が握られていた。
「ほう、我々帝国に刃向かうというのか?」
「帝国ねぇ、で?その帝国兵さまが2人がかりで、武器すら持たない女の子を追いかけ回していると、ご立派だねぇ。」
「なんだと貴様ぁ‼︎」
「まあ落ち着け。旅人よ、今一度問う、その女を大人しかく渡す気はないか?」
「嫌だといったら?」
「貴様を斬り、女を連れて行くまでだ。2人同時に相手はできまい」
「はっ、やれるもんならやってみやがれ。お前らごときに負けやしねえよ。」
「 っ、戯言を‼︎」
「やっちまえ‼︎」
と、兵士が2人同時にきりかかってくる。次の瞬間には、もう決着はついていた。地に伏しているのは兵士の方であった。男は兵士に向かって大剣を一閃した、それだけだった。その一撃で兵士2人は文字通り吹っ飛び、そのまま昏倒した。男は振り返り、後ろにいる女に声をかけた。
「……おい、大丈夫か?」
「⁉︎、は、はい、ありがとうございまひっ、ん〜〜⁉︎⁉︎」
どうやら舌を噛んだらしい、呆然としていたところに声を掛けられ驚いたのであろう。男は溜息をつき、女が落ち着くのを待った。
夢を見ているようでした。帝国兵に追われて、逃げた先に偶然いた男の人に、私は助けを求めました。でも、これは賭けでした。彼が帝国の関係者である可能性もありましたし、助けてもらえない可能性もありました。幸いにも、彼は私を背にかばいながら帝国兵に剣を向けました。私は後ろから援護しようと考えていました。一応、私も戦えます。しかし、帝国兵が襲い掛かって来た次の瞬間、私は自分の目を疑うことになりました。大剣を横薙ぎに一閃…それだけで2人の帝国兵は地に伏していました。まだ、十分な距離があったにもかかわらず……。私はあまりの事に脳の処理が追いつかず、呆然と吹き飛んだ兵士を見ていました。
「……おい、大丈夫か?」
「⁉︎、は、はい、ありがとうございまひっ、ん〜〜⁉︎⁉︎」
声を掛けられた事に驚き、舌を噛んでしまいました。痛みに悶える私を彼は顔をしかめながら呆れたように見ています。ああ、恥ずかしい、穴があったら入りたい……そんな事を思いながら、私は痛みが引くのを待ちました。
また、私は守られた……あの時のように……