08.森から街へ
ロインくんと旅に出て、しばらく経った。
周りの景色は、ずっと同じような森の中で、私一人だったら、絶対に迷子になって遭難してお陀仏になっていたような気がする。
そんな森の中を、ロインくんはズンズンと迷わず進んで行って、定期的にちゃんとキャンプ場所って言えば良いのかな?休憩する場所を作って、休んで、偶に果物とか植物とか、食べられそうな物を何処からともなく採って来る。
ロインくんの生活力に感動しつつ、私にも何か手伝えることはないかと思って、辺りを探して見たりもしたけど、所詮普通の女子高生に出来るようなことはなかった、と言っても過言じゃなかった。
このままだと、本当に何も出来ない、ただ食料を食い潰すだけのごく潰しになってしまう。
正直なところ、申し訳なさで焦ったりもした。
でも、焦れば焦るほど、元々出来ないのに、更に出来ないというか、ロインくんの邪魔になったりしてしまって、最終的に、私は邪魔をしないように、大人しくしていることに決めた。
だけど、私の才能は意外なところにあったりもした。
ある時、偶然に気付いたんだけど、私、豚だからかニオイに敏感らしい。
と言うのも、最初に気付いた時、ロインくんが手にしていたジャガイモみたいな物の香りが、休憩地点とは別のところから香って来たのだ。
良く分からなかったけど、私はそのニオイに惹かれて歩き出した。
ロインくんが心配して一緒について来てくれて、私が特にニオイを強く感じるところを教えると、ロインくんは不思議そうにしながらもその場所を掘ってくれた。
すると、そこからはロインくんが持っていたものとまったく同じものが、わんさかと出て来たのだ!
ロインくんは以前、市場で同じものを買っていたらしく、流石に地面に埋まっているものだとは知らなかったらしい。
私が見つけたことは、かなりのお手柄だと褒められた。
嬉しかったけど、まさか偶然だろう、と私は思っていた。
そんなにニオイに敏感だった覚えもなかったし。
でも、気を良くしたロインくんが、駄目で元々だから試してみようと言って、幾つか差し出したものの中で、キノコみたいなものと、植物など合わせて数種類を見つけると、これはもう結構な成功率だと、私もロインくんも驚いた。
ロインくんが差し出したものの中には、こういった森の中には無い物もあったみたいだから、実質成功率は70%近かったと思う。
世界では豚が高級キノコを探したりするって言うし、それでかな?
ただ、うろ覚えではあるけど、それもかなり訓練しないと難しかったような気がする。
だとすると、私の才能、と言っても良いのかもしれない。
そう思うと、ただ養ってもらうだけのペットから、ちょっと役に立つペットに昇格出来たように思えて、私の中の申し訳なさは、少しだけ減った。
そんな感じで、基本的には穏やかな旅路だったんだけど、中には危険な日も確かにあった。
物凄いスピードで追いかけて来る、鋭過ぎるツメを持ったトカゲとか、羽もないのに空を飛んで、襲いかかって来るオオカミとか、後は文字通りの意味で炎上するクマとかと遭遇することがあった。
猪男以来の、異世界っぽさだった。
あの猪男の凶悪な顔に比べれば、幾らかマシのような気もしたけど、そう言えば彼らは私に襲いかかって来ることは一応なかったから、危険度で言えばトカゲとかオオカミとかクマの方が高いのかもしれない。
…ん?そうはならなかっただけで、檻を使ったりするような知恵のある生き物の方がやっぱり危険かな。
そんな危険生物との遭遇に、私は真っ白になりっ放しだったけど、ロインくんはその点落ち着いていた。
何が襲いかかってこようと、冷静に対応して、逃げる時は逃げて、応戦する時は応戦した。
反射的に目を閉じたりしてしまったから、正確に何が行われていたのか分からない戦いも多かったけど、とりあえず大抵ロインくんは手にしている剣で戦っていたみたいだった。
私には、戦いの質とかそんなものは一切分からないけど、今までロインくんが負けたところは見たことがないから、きっとロインくんは強いんだと思う。
怪我したりはしてたけど、致命的なものはなかったし。
そんなロインくんに助けられながら、先日森を抜けると、今度は舗装はされてないけど、一応手入れはされてるみたいな街道に出た。
周囲は草原って言えば良いのか、殺風景だった。
そこに出てからは、時折馬車みたいなものと行き交うことがあった。
何処かの街から来て、また何処かの街に行くんだって、ロインくんが教えてくれたんだけど、私はそれより、馬車を引いていた馬が、何故だか人みたいに見えたんだけど、それについて知りたかった。
…森の中で戦ってたオオカミとかクマとは何処が違うんだろう…。
色々と疑問も残るけど、聞く手段はないから、忘れることにする。
そうこうして更に数日を過ごして、今私たちは、かなりしっかりとした、石造りの壁と、頑丈そうな木の門で囲まれた街の入り口へと到着していた。
しばらく文明とは程遠い生活を送っていたから、何だか非常に感慨深い。
「ようやく着いたな。此処が、自由都市リーヴェだ」
名前を聞いても分からないけど、何だか凄そうな名前だ。
実際、門の前にはズラリと人が並んでいる。
入国って言うか、入街する為に待っているんだろう。
前方の詳しい状況は見えないけど、どうも門番に審査を受けてるみたいだ。
私たちもきっと受けることになるんだろう。
「一応、ニスナン王国の領土内に存在するんだが、その名の通り自治権を得ていてかなり自由な街らしい。ああして審査してるように見えるが、実際は金を持っていて、また街への敵対心さえなければ、誰でも入れるって話だ」
ロインくんが、親切にも教えてくれる。
その国名も良く分からないんだけど…とりあえず、自治権を持った大きな都市ってことだけ覚えておけば良いのかな?
どうしてここに来たのか、まで聞ければ良いけど、喋れないし…。
「自由に出入りが出来て、偽名でも冒険者ギルドに登録出来る、この近辺では唯一の街…とりあえず此処で日銭と情報を集めようと思ってる」
「ぶい~…」
「まぁ、お前にはあんまり関係ない話だったかな」
苦笑気味に見下ろして来るロインくん。
いやいや、まさかそんなことは。
寧ろ、聞いてもないのに聞きたいことに全部答えてくれて、ありがたい限りだ。
私はそんなに聞きたいことが顔に出る性質なのだろうか。
それとも、ロインくんの察しが良いのか。
「あら!見て見て、良い男が居るわよ!」
「まぁ本当!こんにちは!あたしたちも審査待ちで暇なの。一緒にお話しない?」
「ぶっ!?」
ボーッと考えていたら、急に色気たっぷりの声が近付いて来た。
パッと見上げると、ほぼ裸と言っても良いような、際どいビキニの水着みたいな衣装を着たお姉さん二人組がロインくんに話しかけているところだった。
片方のお姉さんは褐色の肌で、もう片方のお姉さんは色白。
片方のお姉さんは優しげなタレ目で、もう片方のお姉さんは勝ち気な釣り目。
片方のお姉さんは白くて長いウェーブがかったロングヘアー。
もう片方のお姉さんは黒くて短いパッツンショートヘアー。
対照的なようで、似たような感じのするお姉さんたち。
どうやら、ロインくんがイケメンだから目を付けたみたい。
気持ちは分かる。
だってロインくん、すっごく優しいイケメンだもんね。
「……」
内心で頷いていたんだけど、意外なことにロインくんは無視する構えだ。
お姉さんたちにデレデレするようなキャラだとは思わなかったけど、普通に爽やかに会話するものだとばかり思っていた私は、思わずロインくんを二度見する。
「あたしはカトリーヌ」
「あたしはカトリーナ。貴方のお名前は?」
ロインくんは、無表情を通り越して、氷点下のように冷たい表情を浮かべる。
嫌悪感すら感じられるような…初めて見る顔だ。
だって、クマ相手でもこんな顔をしなかったロインくんだよ?
普通…かは分からないけど、人相手に此処まで冷たい対応する?
「ねぇねぇ」
「聞こえてるぅ?」
「っ…触らないでください!」
バシ、と鋭い音が響く。
だけど、審査待ちの人々のざわめきにかき消されて、すぐに聞こえなくなった。
多分、相当近くの人じゃないと、聞こえなかっただろう。
慣れたような動きでロインくんの肩に手を置こうとしていたお姉さんは目を丸くしながら、叩かれた手を撫でている。
見ていたお姉さんも、ビックリしているようだ。
いつものロインくんに慣れた私もビックリだ。
急に敬語になってる辺りとか…。
全部で拒絶してるような雰囲気とか…。
「ちょっと名前聞いただけじゃないの」
「そうよ。ちょっとお話しようって言っただけで…」
「貴女がたと話す理由なんてありませんので」
冷たい!
ロインくんが今まで見たことないくらいに冷たい。
出会った時にこんな塩対応されてたら、私は今頃豚肉になっていた。
あの優しいロインくんが、どうしてこんなに冷たい対応なんだろう。
「やだ、可愛いっ」
「ねぇ!噛みついて来そうな感じとか最高!」
ビビる私とは対照的に、お姉さんたちは手を取り合ってときめいている。
ちょっと私にはハードルが高いんだけど、大人なお姉さんたちには、こんな冷たい塩対応のロインくんにもときめけるみたいだ。
うーん…恋愛経験の差なのかな。
私も大人になったら、こんな風に受けとめられるようになるんだろうか。
ムリな気がするけど。
「良いじゃないの、少しくらい!」
「ねぇ、お話しましょう!」
「僕にはこの子がいますから。話相手には困ってないので」
「ぶぅっ!?」
此処で私を登場させますか、ロインくん!!
ひょい、と私を抱き上げたロインくんは、お姉さんたちを睨みつける。
睨まれたお姉さんたちは、顔を見合わせると、笑いだした。
「話相手って…その子豚ちゃん?」
「確かに可愛いけど、お話は出来ないじゃない」
「この子は出来ます」
「ぶぶぶ!?(出来ないよ!?)」
話を聞くことも、一応YESかNOかの返事をすることも出来るけど、お話が出来るかと言われれば、出来ない。
ブーブーだけでコミュニケーションが取れるなら、今頃世界の壁はもう少し薄く低くなってるところだ。
英語難しい。
「可哀想に。女性経験が少ないのね」
「そうね。でも平気よ。あたしたちが教えてあげるもの!ね!」
「だから…っ」
流石のロインくんも、お姉さんたちの勢いには負けちゃいそうだ。
だからと言って、私には手助けが出来ないし…。
周囲でオロオロしていると、誰かが間に立ってくれた。
「お前たち。これ以上他人に迷惑かけるんじゃないぞ」
「あら、お兄様」
「良いところで邪魔が」
「まったく…すまなかったね、君」
お姉さん二人組とは真逆に、全身鎧で覆われていて、何も見えない。
目の部分だけは空いているはずなのに、逆光でか暗くて分からない。
ただ、鎧の中に反響してくぐもって聞こえてはいるけど、声は優しそうだ。
口調からして、お姉さんたちの連れなんだろう。
保護者が来てくれて良かった。
「…いえ、別に」
不満そうではあるけれど、ロインくんの様子が少し落ち着く。
ああいうグイグイ系のお姉さんはダメでも、他の人ならあそこまでの塩対応じゃないのかな、一応。
ちょっとホッとした。
誰にでもあんな冷たい視線を送ってたら、まともに仕事も貰えないもんね。
「次!何をしている。早く来なさい」
「お。次は君の番じゃないか?いや、迷惑をかけた。もし中でまた会うことがあればお詫びをすることにしよう」
「そんなものは要らないので。…失礼致します」
軽く頭を下げると、ロインくんは足早に門の方へと向かう。
後ろから、お姉さんたちが名残惜しそうに声を上げているのが聞こえたけど、ロインくんは完全に無視だ。
「…変なところ見せて、ごめんな」
「ぶっ?」
そのまま、ロインくんは私の耳に口元を寄せて、ポツリと謝った。
私としては、何を謝るの?って感じだし、寧ろロインくんのことの方が心配なんだけど、言葉では表現出来ないから、私は身体を伸ばして、出来る限りグリグリと頭を擦りつけた。
「…ありがとう」
何だかちょっと泣きそうな声で、ロインくんは呟いた。
これから、新しい街、新しい環境に飛び込むってところで、ロインくんの意外な一面を見てしまった。
これが波乱の幕開けだった…みたいな展開にならないことを、とりあえず祈っておこうと思う。
リーヌ「あの子、本気で子豚ちゃんとお話していたのかしら?」
リーナ「もしかして、彼は呪いによって子豚に姿を変えられたお姫様を救う旅をしているのじゃないかしら?」
リーヌ「あら、やだ!ステキ!じゃあ今はあんな姿でも、きっとあの子豚ちゃんは、本当は美しい女の子なのね!」
リーナ「なら、あたしたちに見向きもしなかったことも納得ね」
リーヌ「そうね!」
鎧男「…コイツらは本当に……はぁ…」