06.王子様みたいな男の子
「ぷ…(う…)」
チュンチュンと言うよりは、ピーピーに近い鳥の鳴き声で目が覚める。
何だかとても身体が重い。
瞼を持ち上げることですら精一杯だ。
それでも、頑張って思い出せば、眠る…というか、気絶する前までの状況は、のんびり寝てられるようなものではなかった。
早く起きて、焼き豚になってないか確認しないと。
しばらく格闘して、何とか瞼を持ち上げ切ると、あとは閉じない様に踏ん張る。
そのまま、私は周囲を見回した。
私は、どうやら何とも殺風景な洞窟の、入り口付近に横たえられているようだ。
近くには、焚火をしていたらしい跡があって、その近くには小ぶりなナップザック風の薄茶色い袋が、ちょこんと一つ置いてある。
良く見ると、その陰には寝袋のような物が、きちんと畳まれて置いてあった。
記憶を辿ると、あの怖い猪の人たちのところから逃げ出して、最後に出会ったのは金髪碧眼の、王子様みたいな顔をした男の子。
私が気絶した後に、彼が放置したとか、誰かに私を託したとか、そういうことがない限り、これらの荷物は、あの男の子の物だと考えるのが自然だろう。
丁寧に扱われている様子の道具を見る限り、そこまで非道な扱いは受けないと思うんだけど…どうかな。
結局、私はただの子豚だし、私は食肉に加工するなんて出来なくても、こんな感じの世界じゃ、きっと誰でも加工出来るよね。
だとすると、普通に食肉にされてしまう危険性もある。
多分、逃げた方が良いんだろう。
だけど、身体が言うことを聞かない。
理由に思い当たることはないんだけど…もしかすると、魔法を遣い過ぎた?
…考えてみると、そんな気がして来る。
元々、あの土人形たちを作ったり操ったりすると、力が抜ける感覚があった。
今までは、別にそれで翌日動けなくなるってことはなかったけど、こんなに走らせたのは初めてだ。
予想より、力を使ったのかもしれない。
それとも、私の力が尽きたんじゃなくて、土人形が攻撃を受けたことが原因?
それもあるかもしれない。
檻の中じゃ、試せないこともいっぱいあったから、これは仕方ないか。
だからと言って、仕方ないで死にたくはない。
私は、いつものように魔法を使ってみることにした。
土人形とは言えなくても、せめて身を守る程度の何かが作れれば。
「ぶぅーっ(うぅーっ)」
必死に捻り出そうとしても、何一つ生まれない。
ダメだ。
これは多分、攻撃を受けたことのペナルティーというより、やっぱり力が全部なくなっちゃったパターンだ。
スポーツもゲームもあんまりしないから、良く分かんないけど。
私はしばらく無駄な努力を続けて、やがて素直に諦めた。
身体は動かないし、何も作れない。
周囲を見て回ることすら出来ないんじゃ、もう私に出来ることは何もない。
完全なるまな板の上の子豚である。
ああ…日本に帰りたかった…。
帰れなかったとしても、せめて人間にはなりたかった…。
泣きたい気持ちになっていると、ガサ、と何かの音が聞こえて来た。
洞窟の外からの音だけど、中に音が入って来ると、不気味に反響して恐怖だ。
これは…あの男の子が帰って来たんだろうか?
それもどうなるか分からなくて怖いけど、クマとか、そういう猛獣が来た可能性だってある。
それはそれで死ぬ危険性があるし、更にはあの猪男が追いかけて来た可能性だってあるかもしれない。
それも嫌だ。
ただの逃げた子豚を、わざわざ追いかけて来るなんて思えないけど、可能性は0じゃないだろう。
ビクビクと怯えながら、洞窟の外を瞬きもせずに見つめていると、木々の向こう側から顔を出したのは、あの男の子だった。
ホッと出来ないのは複雑なところだけど、とりあえずあの猪男じゃなくて良かったと思う。
「ん…?ああ、起きたのか。豚」
開口一番、豚って呼び方はないと思う!!
確かに、日本にいた頃は幼馴染が私を子豚ちゃんって呼んで馬鹿にはしてたけど…って、今更思い出したけど、もしかしてあの人が私のこと子豚ちゃん、なんて呼んでたからこんな目に遭ってるんじゃないよね!?
あの人、ゲーム大好きだったし、変な儀式とかに目覚めてなかったよね?
ああ…生きて戻れたら、今まで文句くらいしか言ったことなかったけど、初めて殴ってやることにしよう。
仮にあの人のせいじゃなくても、ちょっと見過ごせない。
「起きたんなら、ほら。これ食べろ。元気になるぞ」
「ぶ…(え…)」
男の子は私の方に歩み寄って来ると、若干距離を取ったところに腰を下ろして、今取って来たのか、腕の中に幾つもあった果物のようなものを差し出して来た。
私が警戒して様子を窺っていると、手から食べることに抵抗がある、とでも思ったのか、地面に置いてくれた。
「別に何もしない。何かするつもりなら、お前が寝てる内にやってるだろ?」
「ぶい…(確かに…)」
わざわざ子豚程度に毒を盛る意味も分からないし、そもそもそんなことを警戒するなら、猪男たちに与えられていた餌も食べなかっただろう。
私はプライドとか警戒心より、生きることを選ぶ。
なんて言えば格好良いけど、結局は思考放棄だ。
深く考え過ぎても、結論が出なくなっちゃうし。
目の前に置かれた果物は小ぶりで、大きさ的にはキウイくらいだろうか。
皮はトマトみたいにツルッとしていて、色はナシみたいな薄い黄色だ。
能天気にもお腹が鳴る。
これは食べざるを得ない。
ええい、女は度胸!
「ぶぶっ(はぐっ)」
「お。食べたな」
一回噛り付いてみると、その芳醇な甘みに止まらなくなる。
少し皮はパリッとしていて、そのしっかりした食感の奥には、プルプルとしたゼリーみたいな果肉がある。
絶妙の食感バランスに、酸っぱい感じのまるでない、すっきりとした甘み。
お、美味しい…!!
「ぶぶーい!(美味しい!)」
「美味いか。よし、もっと食え」
私があまりの勢いで食べるからか、男の子は私の言いたいことが分かったらしくもう一個おかわりをくれた。
私はそれにも噛り付く。
もう躊躇いなんて微塵もない。
だって美味しいんだもん!
「お前、俺の言ってること分かってるみたいだな」
「ぶ?」
「ほら、そうして俺が何か言うと、俺の方見るし、良いタイミングで頷いたりするしさ。豚なんてちゃんと見たことないんだが…皆お前みたいな感じなのか?」
「ぶー?(さぁ?)」
「…ふはっ…。本当に会話してるみたいだ」
何故か、男の子は嬉しそうに笑う。
私としては、この果物を食べることに必死で、会話なんてまともにしてるつもりはなかったんだけど、男の子にとってみれば、かなり会話出来てる、という基準に達していたみたいだ。
まぁ、動物を飼っている人は良く、うちの子とお話出来るの!って言うし、長年飼ってるとそういうことも分かるんだろうけど、私に関して言えば中身は人間だから、長年絆を結ばないと分からないところを、一気に飛ばしてコミュニケーションが取れるってことだしね。
そりゃあ、初対面の普通の豚に比べれば、会話は出来る分類になるだろう。
「おい、口の周りすごい汚れてるぞ」
「ぶぶっ!(ええっ!)」
「拭くからジッとしてろよ」
「ぶいー(はいー)」
清潔そうな布を取り出すと、彼はそれで私の口元を拭ってくれた。
私は手が使えないから、やってくれるなんて非常にありがたい。
と言うか、この人本当に良い人だ。
土人形のこと攻撃して来たから、怖い人かと思ってたけど…考えてもみたら、あんな無表情のいかにも人形みたいな見た目をした物が、全速力で走ってきたら、攻撃の一つもするのが普通かもしれない。
私なら間違いなく逃げるし。
普通に剣とか魔法とかあるらしいこの世界なら、応戦するのが普通なんだろう。
それで怯えるのは、お門違いというものだ。
だって、私の方が勘違いさせたのだから。
「ぶぶっ(ありがとうっ)」
「本当に会話してるみたいだ。…なぁ、聞いても良いか?」
「ぶぅ!(はい!)」
「お前さ、何で土人形に食われてたんだ?」
「ぶぶぶ……?(ゴーレム……?)」
人間の言葉に関しては、あの1年ですっかり分かるようになった、と思ってたけど、まだまだ分からない言葉もたくさんある。
首を傾げていると、男の子は説明してくれた。
「覚えてないか?お前が捕まってた…あの土の塊だよ」
「ぶぅ(あぁ)」
男の子から見れば、私は食べられていた状態らしい。
確かに、傍目には外側が全部あの子たちで、内側に私だから、解体して中から私が出てくれば、食べられてたって思うよね。
だけど、説明は難しい。
言葉が話せれば、危ない子たちじゃないって説明出来るけど、今の状態では勘違いを加速させてしまいそうだ。
男の子の前で、魔法を使うのは避けた方が良さそうだ。
「ぶぶぶぶーい(上手く言えない…)」
「説明してくれてるみたいだけど…流石に分からないよな。いや、悪かった」
よしよしと、優しく頭を撫でてくれる。
その温かな体温に、思わず涙が零れそうになる。
エミリーちゃんは無事だろうか。
1年近くを過ごした飼い主を思い出す。
きっと、生きてると、信じることしか出来ない。
助けに行くような力も何もない私には。
「あれ。落ち込んだ?…大丈夫か?」
男の子に心配させてしまったようだ。
これは申し訳ない。
私が顔に出やすいのか、男の子の察しが良いのか…。
「元気出せよ。俺は一緒にいられないんだからな」
「ぶ?」
「もうあんなのには捕まらないようにするんだぞ」
男の子はそんなことを言うと、荷物を片付け、ナップザックを背負う。
あれ…これ、お別れ?
「お前は頭が良いから分かるだろう?危なそうなヤツがいたら、絶対戦わないで逃げるか、隠れるかするんだぞ。気付かれそうなら隠れる。良いな?」
「ぶ…」
ど、どうしよう。
こんな洞窟の中、森の中。
一人残されたら、私はどうしたら良いのか。
そもそもあそこを逃げ出した時、これからどうやって生きて行くか、まで考えてなかった。
何のサバイバル知識もない私が、一人で森の中に放置されて、生きていけるとも思えない。
真っ白になる。
人間だったら、人里にでも行って助けを求めれば良いかもしれないけど、子豚では不可能だ。
「ぶぅぅぅ…(どうしよう…)」
「そんな寂しそうな声出すなよ。別れにくくなるだろ?」
「ぶぃぃぃ…(すいません…)」
気に病ませるのは申し訳ないけど、哀しげな声が止まらない。
動物だからか、こうした感覚を隠すのが難しい。
普通に話せれば、これ以上お世話になる訳にはいかないから、気にしないで行ってくださいって言えるんだけど…。
「うーん…俺もそう安全な旅をしてる訳じゃないんだが……お前も来るか?」
「ぶっ!?(えっ!?)」
期待してたみたいで恐縮だけど、実際提案してもらうとビックリする。
だって、ただのごく潰しだよ!?
ペットなんて、余裕のある家庭でしか飼えないものだよ!?
まさか非常食!?
「もしかして、驚いてる?」
「ぶぶぶ!(そうです!)」
「…本当にお前は変わってるなぁ。危険って方に驚いたんじゃなくて、一緒に来るかって提案した方に驚いてるんだろ?」
「ぶぶぶ!(そうです!)」
「頷いてる。…当たったか」
男の子はニコニコと嬉しそうにしている。
旅の途中だからか、少しくたびれた感じはあるけど、それでも王子様みたいな顔は綺麗なままだし、こんな風な笑顔を見せられるとドキドキする。
イケメンって凄いね。
「きっとあの土人形に連れて来られて、家族もこの辺りにはいないんだろう。俺はお前一匹くらい増えたところで、生活に問題はないよ。気にするな」
何だろう。
口説かれてるみたいな気持ちになって来る。
だけど、あくまでもペット枠なんで。
非常食枠じゃないけど、トキメキも必要ない枠だから。
「ぶぃ…(でも、危険な旅なら足手まといに…)」
「よし、そうと決まれば一緒に行くか!」
「ぶ!?」
絶妙なタイミングで会話が打ち切られた。
男の子の中では、私が何と言おうが、一緒に行くのは決定事項らしい。
ご機嫌な様子で、ヒョイと私を抱き上げて歩き出す。
「ぶぶぶー!?」
「嬉しいか?俺もだ。…此処しばらく、ずっと一人だったからな…」
「ぶ…」
嬉しいというか、とても複雑な感じなんだけど…それよりも、男の子の寂しそうな様子が気にかかって、私は大人しくなった。
ずっと一人って…自分から望んで旅をしてるって訳でもないのかな?
「だから、お前が来てくれるなら、俺は凄く嬉しい」
笑ってるのに、凄く寂しそう。
私はこれ以上何も言えなくなった。
私を助けてくれた男の子と、一緒にいることで、彼の寂しさが紛れるのなら。
ただ彼の優しさに甘えているだけだとしても、一緒にいることにしよう。
そしていつの日か、本当の意味で彼の役に立てるように。
頑張っていくことにしよう。
私が帰る、その日まで。
子豚「この子…何で旅してるのかなぁ」
子豚「1!実は亡国の王子様で、復讐の旅をしている」
子豚「2!私みたいに村を襲撃されて逃げてきた」
子豚「3!エライ人から密命を受けて世界中を回ってる」
子豚「…ちょっと夢見過ぎかなぁ…」