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猪王子の恋

今話は番外編に当たります。(前書きは読み飛ばし可です)

少し構成と書き方を変えた形になりますので、今まで通り、章が終わるまでは他キャラクターの話は要らないとか、他キャラクターの話は他キャラクターの語り口調が良いとか、読みやすい、読みにくい、など、読んでいて思ったことなどがあれば、何でもご意見頂ければ幸いです。

色々と思考錯誤しているところですので、より良い物語にしていく一助となって頂ければ有難いと思います。

お暇な折にでも、よろしくお願い致します。

「うーむむむ…」


 アーサー・エルドハイドは頭を悩ませていた。


 視界に広がるのは、穏やかな草原地帯。

 自分が懸念(けねん)していたような、戦火の様相は、一部たりとも伺えない。

 決して期待していた訳ではないが、戦えないとなると、少しばかり落胆する。


 とは言え、戦いが起こらないのは、とても喜ばしいことである。

 それでは、何に悩んでいるのかと言えば、自分に(もたら)された情報が、あながち無視することも出来ない情報であったからだ。

 何も起きていないからと言って、そうそうすぐには家には戻れない。


「おい、ランス。お前はどう思う?」


 アーサーは、自分の右腕とも言える男に声をかける。

 男は、一見すると醜悪(しゅうあく)そうな、ほっそりとした天に向かうように反り立つ牙と潰れた鼻、こげ茶色の体毛に覆われた外見をしている。

 しかし、アーサーは弱々しそうだと考える。

 それと言うのも、彼ら猪人(ちょじん)族にとっては、このような外見は普通であり、寧ろその中にあっては、人間が見れば醜悪(しゅうあく)だと考えるだろうランスと呼ばれた男の外見もまた、弱々しそうだ、と断じる以外にはないのである。


 そんなランスに対して、アーサーは人間のような外見をしている。

 浅黒い肌に、程良く鍛えられた体躯(たいく)

 ただ、その耳は尖っている。

 人間と言うよりは、エルフに近いのかもしれない。


 そのように異なった外見をした二人が、親しげに話していることは、傍目(はため)に見れば異様に見えるのかもしれないが、これはいつものことである。


「…私は、アーサー王子殿下が考える通りでよろしいかと存じます」

「そういうこと言うかよ…。やっぱ待機か?退屈でイヤなんだよ、俺は」

「…私に確認しようと、最善の手は明白です。分かっておいででしょうに」


 ランスは溜息混じりにそう告げる。

 たしなめられたアーサーの方は、忌々しげに眉を寄せている。

 不機嫌そうに、ドッカと椅子に勢い良く腰を下ろしても、ランスは慣れた様子で特に反応もせずに控えている。


 その余裕の雰囲気が、多少鼻にかかることもあるが、ランスは優秀だ。

 そのランスが言うのであれば、初めに考えた通り、待機で良いのだろう。

 アーサーは、自分が期待したような状況にならなかったことを理解すると、溜息をついた。


 城の中にいれば、王子らしくしろだの、いざという時の為に跡取りを早く、嫁を早くと周囲から常に叱られ、せっつかれ、非常にストレスが溜まる。

 ならばこそ、父親である国王が自国の領土を、許可も得ずに集団で歩き回る武装集団がいるとの情報を聞き付け、その確認と可能であれば許可申請を出すか、速やかに領土外へ出るかと説得する役目の者を募集し出した時に、真っ先に手を上げたのだ。


 確かに、それで城からは出られたし、煩い要職の老人たちもいないし、随分と精神的に楽ではあるのだが、代わりに何も起こらない時間が長時間続くのであれば、正直気まぐれなところのあるアーサーには、耐えられそうもなかった。


「大体、その武装集団?は、何しに(うち)を通るんだ?こんな端っこの方なんて、何もないじゃないか」


 背もたれに背中を預けて、前後に揺らしながら呟くアーサー。

 頭の中に地図を描いてみるが、領土の端の方までは記憶にない。

 大きな都市部しか分からない。


「小さな村は幾つかございます」

「じゃあ、そこが目的だってのか?通り抜けるだけにしても、こんな中継地点としても向いてないようなところを通る意味が分からないしなぁ」

「左様でございますね。情報が少ないので、判断しかねます」


 特産物すらないような、人口も十数人程度のような、山奥の村など訪れる意味は恐らくない。

 希少な素材が採れるような鉱山や森もなければ、魔物の数自体も少ないのだ。

 家族がいるとか、本当にすべての村を回る旅人か、道に迷ったか…。

 今自分がいる近辺を目的として、或いは中継目的として、わざわざやって来る理由は、あまり思いつかない。


「一つくらい可能性は思いついてるか?」

「…そうですね」


 アーサーの問いを受けて、ランスは(あご)に手を当てる。

 そうして、しばらく考えているように口を閉ざした後、ゆっくりと答えた。


「我が国への挑発行為か…或いは、人を探しているのではないか、と…」

「人探しか」


 彼らの国は、豊かではない。

 肥沃(ひよく)とは言い難い大地に、所狭しと人々が居を構えている。

 力がある為、攻め落とした後、労働力として考えるのであれば、確かに魅力はあるのかもしれないが、彼らの燃費は悪いことで有名だ。

 他の国もそれは分かっているはずで、自国の食べ物を食いつくされることを想定出来る程度の知能のある国は、意味もなく攻め滅ぼそうとでも言うのでない限り、彼らの国へ攻め込むことは有り得ないことと考えられた。

 また、力のある彼らが人数で応戦してくれば、攻めて来た国もまた、大きな被害を受けることは容易に想像出来る。


 したがって、挑発行為をする意味はあまりないように思える。

 アーサーの考える以上の理由が何かあるのであれば話は別だが、可能性は低いだろう。

 そこでアーサーは、後者に注目した。


 何もない土地に、わざわざ警戒される危険性を冒してまで侵入する理由。

 どうしても捕らえなければならない、会わなければならない、保護しなければならない、そういった人物を追って来た、と考えれば辻褄(つじつま)が合う。


「…そうじゃないかもしれないが、ランス。念の為、何処からか逃げて来たようなヤツとか、誘拐されて来たようなヤツとか…そういうのがいないかどうか、探ってみてくれ」

「…かしこまりました」


 ランスは深々と頭を下げると、一時的にと建てられたテントのようなアーサーの仮宿を退出していった。

 一人になったアーサーは、簡易的に敷かれたベッドに横になって考える。


 この退屈さを紛らわせるような何かが、早く起きてはくれないものか、と。


**********


 アーサー一行が草原地帯に滞在し始めて、数日が経過した。


 特に何かが起こるようなこともなく、ただ待機する時間が続いている。

 アーサーの元には、しばらく前にこの付近を通った旅人が一人いた、との情報は入って来ていたが、その人物の特定には至らず、また武装集団の捕捉も困難を極めていた。


 ただ、噂話程度ではあるが、その旅人は誰かから逃げて来ている様子だった、との情報も入って来ており、アーサーはまず間違いなく、その武装集団はその旅人を追って来たのだろうと考えていた。

 他の可能性は幾つもある上に、答えを絞るには情報が少な過ぎる状況ではあったのだが、根が単純なアーサーは確信に近い感覚を抱いていた。


「あれから他に情報は入って来ないのか?」

「はい。念入りに調査させてはおりますが、なにぶん住民自体少ないので、目撃情報はやはり限られてしまいますね」

「ま、逃げるにゃ持ってこいの土地だもんなぁ」


 アーサーは溜息をつく。

 一体何日、この狭い空間に押し込められていなければならないのか。

 捜索隊の隊長に任じられてさえいなければ、自分で探しに行くと言うのに。

 そう考えると、気分が沈んで来るようだった。

 とは言え、お目付け役でもあるランスがいなければ、アーサーはすぐにでもこのテントを後にしていたのだが。


「くそー…どっちでも良いから早く動けよ」

「…不謹慎ですよ、殿下」

「誰も聞いてないから良いんだよ」


 このままでは、身体が腐ってしまいそうだ。

 アーサーが愚痴を零し始めた、まさにその瞬間。

 彼にとっては待ち望んでいた、情報が飛び込んで来た。


「王子殿下!」

「襲撃か!?」

「報告させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「当たり前だ!許可を得るより先に報告だ!」

「はっ!」


 今回の隊に所属している兵士の一人が、血相を変えてテントに入って来た。

 こんな時ながら、律義に許可を得ようとする真面目な兵士に、アーサーは苛立ちを感じながら、報告を促す。

 兵士は慌てながらも、急いで報告に移る。


「この地点より北東方向に半回ほど行ったところにある村から、襲われたのだと思われる火柱や、煙を確認したとの報告を受けました!」

「よし、行くぞ!」

「殿下…」


 因みに、半回は時間にして凡そ30分のことである。

 この草原地帯から30分ほど時間をかければ、そこそこの距離まで行けるが、北東方向と言えば、山を登ることになる。

 早く向かわなければ、襲撃者に逃げられてしまうかもしれない。

 アーサーは反射的に立ち上がった。

 ランスは不安そうな声を上げるが、アーサーは聞き入れない。


「大丈夫、俺は冷静だ!その襲撃者には、うちの国土にある村に何か用か?って冷静に話してやるだけだからな!」

「冷静な方は冷静だ、などと言わないかと思いますが…仕方ありませんね。参りましょうか」


 聞く耳を持たない様子のアーサーに、ランスは溜息をつく。

 そのまま、他の兵士に指示を出しに行くのを確認すると、アーサーはすぐに武器を手に取るとテントの外に飛び出した。

 そして、イノシシの姿に変じると、四足歩行で駆け出した。

 彼ら猪人(ちょじん)族は、四足歩行で走る方が速いのだ。


「急げよ、お前らー!」


 振り返ることもせず、アーサーはそうランスらに叫ぶ。

 猪突猛進の言葉が相応しいほど、一直線に駆けて行く彼の言葉が伝わったかどうかは分からないが、1分も空けずに、すぐにランスや他の兵士たちもアーサーの後を追って駆け出すのだった。


**********


 結論として、アーサーが村に到着した時、既に武装集団の本隊と思しき者たちの姿はなかった。


 中に残って略奪行為を繰り返しているのは、アーサーから見れば雑魚ばかりで、それを理解した瞬間、彼の中のやる気は急降下した。

 不真面目極まりないが、とりあえず面白くはなくとも、これ以上の略奪行為を許す訳にはいかないだろうと、片手間に彼らを斬り伏せて行った。

 話の通じそうな大物はいない様子だし、略奪行為をしていたところだから、別に下手に出てやることもないだろうと、アーサーは欠伸を漏らす。

 ランスが見ていれば説教物だが、生憎と、もしくは幸いにも、ランスはまだ到着しておらず、見ていなかった。


「ん?何だ、これ…」


 家の下の方を覗き込んでいた敵兵を、適当に剣でなぎ払う。

 容易に彼らの首が落ちたが、一緒に何かが落ちて来た。

 アーサーは反射的にそれをキャッチする。


 アーサーの両手に収まりそうなほど小さな、温かい桃色の物体。

 それはプルプルと震えながら、つぶらな瞳でアーサーを見上げる。


 それ…否、彼女を見た瞬間、アーサーの全身に稲妻が走った。


「な…なんて美しいんだ!!!」


 こんなに、小さくて愛らしくて美しい存在を、アーサーは初めて見た。

 今までも当然、豚は見たことがあったが、それにしても、比較にならない。

 それどころか、どんな猪人(ちょじん)族の美人とさえ、比べ物にならないほど、この小さな子豚はアーサーにとって非常に魅力的に見えた。


 アーサーは思わず喜びに震える。

 今まで自分に特定の恋人がいなかったのは、彼女と出会う為だったのではないかとさえ思った。


 先程までの敵本隊と遭遇出来なかった悔しささえ、何処へやら。

 アーサーは子豚を潰してしまわないように優しく抱き締める。

 穏やかな心音が心地良い。


「…殿下?何をなさっておいででしょうか?」


 いつの間に追いついたのか、ランスが怪訝そうに声をかけて来た。

 しかし、アーサーはそれどころではなかった。

 ランスに見せたら、自分と同じように恋人のいないランスも、彼女のことを好きになってしまうのではないか。

 普段の彼の思考では有り得ないような考えが浮かぶ。

 けれど、やがては彼女を自慢したい気持ちが勝り、アーサーはゆっくりランスに腕の中の子豚を見せた。


「聞いてくれ、ランス」

「はい」

「俺は運命の人と出会ってしまった」

「…まさかとは思いますが、腕の中の子豚は関係ございませんよね?」


 ランスは頬を引き攣らせているが、アーサーは気付かない。

 それどころか、良くぞ聞いてくれたとばかりに、声高に宣言した。


「勿論、彼女こそが運命の相手だ!」


 背後には未だに剣戟の音が鳴り響き、炎で空気は歪み、揺らめいている。

 そんな中で、アーサーは有り得ないほどに能天気な宣言をした。


「……は?」


 それに対するランスの反応は、冷やかなものだったが、当然、アーサーには聞こえるはずもなかった。


*********


 それから一週間ほどが経つ。


 運命的な一目惚れで頭がいっぱいになったアーサーを無視し、有能な右腕のランスが事後処理を行った。

 事後処理と言っても、難しいことはない。


 襲撃された名もなき村は、猪人族の国土に所属してはいるが、税金を取られることはないし、その代わり本当は防衛してもらえる権利もない。

 殆ど関係のない土地、と言っても過言ではないのだ。

 それ故に、事後処理など、最低限同じ国に住む者として、これから残された村人たちはどうするのか確認する程度のものだった。


 生き残った者、見逃された者、合わせても10人もいない。

 彼らはそのまま此処で生きて行くと言い、猪人族は撤退することを決めた。


 しかし、このまま帰る訳にはいかない理由が出来てしまった。

 武装集団の目的云々という真面目な理由ではない。


「おい、ランス!どうして彼女を檻に入れるんだ!」

「…何度も申し上げておりますが、彼女は動物だからです」

「俺の嫁だ!連れて帰って、親父に報告するんだ!」

「殿下。何卒(なにとぞ)お考え直し頂けませんか?」


 まったく国のことを考えてくれない王子に、なんとか人外の嫁を諦めて貰う為、である。

 このまますぐ国に戻っては、本当に国王に子豚を嫁として紹介しかねない。

 それだけは、何としても阻止しなければならない。

 ランスを始め、兵士たちの心は一つだった。


 説得だけで、一週間が経ったと言っても過言ではない。

 何なら、この一週間でランスは子豚に憐れみさえ感じ始めていた。

 子豚は言葉を理解しないが、外見か、もしくは勢いは理解しているのだろう。

 アーサーが会いに行って、興奮気味に語りかける度、怯えて震えるし、徐々に後退して距離を取っているのだ。

 子豚からすれば、巨大な人が鼻息荒く見下ろしているのだ。

 それは当然、恐怖だろう。


 時折餌をやる他の兵士も、ポツポツとそのような意見を言っていた。

 アーサーの耳には入れていないし、そもそも入らないだろうが。


「もう良い!俺は今すぐにでも彼女を連れて帰るぞ」

「殿下!」


 先程も、やっとの思いで引っ張って来たというのに。

 そのようなランスたちの気持ちはアーサーには伝わっていない。

 アーサーの頭の中は、愛しの子豚(かのじょ)との日々でいっぱいだ。

 他のことが入る余地はない。


「さっきぶりだな、元気だった…か?」


 足早に彼女が押し込まれている檻の前へとやって来る。

 アーサーは狭い空間に居て、暗くなっているだろう彼女を元気付けようと…などという気遣いなど一切無しに、単にまた会えて嬉しいと満面の笑みを浮かべる。

 そして、そのまま固まった。


「殿下?如何なさいましたか…あっ」


 追いついて来たランスもまた、檻の方へ視線をやり、驚きの声を上げた。

 そこには、檻の残骸だけが虚しく残っており、子豚の影も形もなかったのだ。

 このような丈夫な檻を壊すなんて、一体何があったのか。

 そう言えば、アーサーが叫んだ時、何か物音がしていたような。

 ランスは思ったが、アーサーはそんなことは微塵も考えない。

 頭の中は、彼女を取り戻さなくてはならない、という考えだけだった。


「ランス!皆に伝えろ!俺は彼女を取り戻す!皆は国に帰れとなぁ!!!」

「えっ、あっ、殿下!!」


 止める暇などなかった。

 アーサーは飛ぶような速さでテントに戻り、簡単な旅支度を済ませると、勢い良くこの場を後にした。


「お待ちください、殿下!私もついて参ります、殿下!殿下ー!」

「待ってろよ…俺は必ずお前を取り戻して…幸せな家庭を築いてみせるからな!」


 一方その頃、子豚はくしゃみをしているのだったが…勿論、自分にそのような想いを向けられているなど、露ほども知らないのであった…。

子豚「うぅ…寒気が…」


アーサー「うおおお、何処に居るんだー!!」

ランス「殿下っ…お、お待ちください…っ」

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