05.脱出
「ぶいっ(よしっ)」
私は、一人で小さな歓声を上げる。
そんな私の目の前には、ちょこんと、大小様々な土人形が並んでいる。
こうした土人形が作れると分かってから、一週間くらいしか経ってないから、細かいことを言えば、まだもっと上手く作れる余地はある気がするけど、命がかかってる状況で、そんなところにこだわってる暇はない。
それでも、かなりの出来まで持って来た自信はある。
まず、全体に言えることだけど、私が手を離しても、とりあえず形だけは保てるようになった。
最初は、一体に全力を尽くしても、私が手を離せばすぐに崩れてしまったけど、今はちょっとの間であれば、崩れずにああして座っていてくれる。
崩れさえしなければ、また触れば動いてくれるから、結構使える感じに成長出来たと思う。
あと、丸っこいままではあるけど、指がついた。
指を生やすくらい簡単だと思っていたんだけど、完成したのは、つい昨日だ。
なかなかに苦戦したと思う。
どうして難しいのかは良く分からない。
だけど、そこについては今は置いておく。
此処を抜け出せたら、後で時間を作って調べてみよう。
外見についても、結構レベルを上げた。
風でなびくところまでは持って行けなかったけど、全員にそれぞれ髪の毛を生やすことには成功したし、ちゃんと顔立ちとかスタイルとかも分けられるようになったし、何よりも全身土色だったのが、髪と肌と目と…違う色を付けられるようにもなった。
まだまだ、人間みたい、というよりは人形のままだけど、この辺にこだわるのも脱出してからだ。
一応全部の人形の動作確認をする。
いつも通り、私が触れて、頭の中で指示を出せば、その通りに動く。
その子その子によって、動きがちょっとずつ違うのは、個性みたいなもののようだからか、変えることは出来ない。
力は強いけど足が遅いとか、身軽だけど不器用とか、色々違いがある。
その中で、今回の脱出作戦に一番相応しそうな子を選んで行く。
「ぶっ(この子だ!)」
私は、その中でも特に一番力が強い子と、足が速い子二人を選んだ。
そして、他の子たちには一旦土に返ってもらう。
これも最近分かったことだけど、一回作りさえすれば、あとはまた同じような子を作ろうとすると、全く同じ子が生まれてくる。
だから、安心して土に戻ってもらえる。
余裕が出来たら、また呼べば良いからね。
出来ればコミュニケーションも取れれば良いんだけど、それは難しそうだ。
完全に手を離した状態で動かせるようになったら、練習してみても良いかもしれないけど、今の状態では発声させることが出来たところで、私が用意したセリフを話すだけになるだろう。
…まぁ、発声自体まだ出来ないんだけど。
会話が出来なくて寂しいなぁ、と思いながらも、脱出さえ出来れば、きっとまた平穏な時間を過ごすことが出来ると信じて、私は力の強い子のサイズを一旦小さくして、檻の中へと入れる。
足の速い子は待機だ。
「ぶぶぶ(よろしくね)」
それじゃあ、早速毎日いつもより長く起きながら、一生懸命立てた作戦を実行する時が…。
「&%$!」
「ぶいっ!?(何っ!?)」
いざ動き出そうとした瞬間、声が近付いて来た。
これは、あのイノシシ顔の化け物の誰かのものだ。
私は慌てて二人を土に戻す。
折角人気のない夜を選んで行動してたって言うのに、どうして今日に限ってこんなに声が近くに聞こえるんだろう。
不安に思いはしても、今まで私に話しかけるようなヤツはいなかった。
強いて言うなら、餌担当が餌を置いて行く時に、何かを言ってはいるみたいだったけど、私には言葉が分からないとは言っても、積極的に私に会いに来てる訳ではなさそうだったから、今日に限って私の方に来るとは思えなかった。
我慢していたら、どうせすぐに通り過ぎる。
そう思ってジッとしていたんだけど、声は段々と大きくなって来る。
しかも、いつもと違って、通り過ぎる感じじゃない。
何故か、真っ直ぐ私の方に向かって来ている。
な、何で!?
「$%##’」
良く見ると、いつも餌をくれるヤツと違って、かなりの巨体。
これは…最初に私を拾い上げたヤツに違いない。
顔の違いは良く分からないけど、この体格は他にはいなかった。
あと、着ている服が、他のヤツらは兵士みたいな鎧っていうのかな?を着てるんだけど、この人はちょっと豪華そうな鎧を着ている。
文化があるのか知らないけど、もしかすると偉い人なのかもしれない。
化け物にしか見えないし、覗きこまれると恐怖しか感じないけど…。
ビクビクしながら見上げていると、ニッと口角を上げて、物凄く前向きに解釈すると、笑いながら、何ごとかを話しかけて来る。
だから言葉なんて分からないよ!
ギラリと月明かりに照らされる牙が恐ろし過ぎる。
もしかすると、ついに豚肉として利用される日が来たんだろうか。
「’&>++‘@」
し、舌舐めずりさえしてるよ…!!
全身が思わず硬くなる。
見ていると言うよりも、もう目線が離せない。
勿論、うっとりとしてじゃない。
恐怖でガクガクして、だ。
何も考えられなくなりそうな私を余所に、ヤツは後ろを振り向いて、誰かにまた何ごとかを話しているのが分かった。
言葉が分かったところで怖い気もするけど、何を話しているのか分からないというのもまた、こんなに恐ろしいことだなんて知らなかった。
まな板の上の鯉…まな板の上の子豚状態になった私は、事態が良い方向に転がることを祈ることしか出来ない。
せめて、人形たちが自分たちで戦えるのなら、隙を見て逃走!っていうのが出来たかもしれないけど、まだあの子たちにそこまでのことは出来ない。
まだ、なのかそもそも出来ないのかは分からないけど、練習してないから、まだ出来ないって言うのが正しいと思う。
信じたことのない神様に祈ってみる。
でも、もしかすると神様よりも管理人さんに祈った方が良いのかもしれない。
そんな、どうでも良いことに思考を飛ばしていると、背後に控えていた人と口論し始めた。
言葉が分からなくても、喧嘩してるっていうことくらいは分かる。
えーっと、どういう状況なんだろう。
分からないけど、とにかく早く過ぎ去って欲しい。
「>=~{!!!!」
「<))’&%」
「~~~~っ!!」
…どういうことだろう。
流れはまったく分からないけど、背後に控えてた人に首根っこを掴まれて、そのまま引っ張られて遠くへ消えて行ってしまった。
物凄く名残惜しそうに私の方へ両腕を伸ばしていたけど…。
「僕が拾ったんだから、僕が飼う!」「いけません」…とか?
ほぼ飼われてるような状況だし、それはないか。
もう一週間だもんね。
だとすると…。
「豚足が食べたい!」「あんな拾い物、お腹を壊しますよ」…とか?
…もしそうなら、止めた人に感謝だ。
危うく、本当にお肉になるところだったかもしれないし。
けど、私に対して何かしたいと言って止められるような、納得出来る理由はあまり思いつかない。
気にしたら負けかな。
「ぶぶい(よし、じゃあそろそろ行こうかな)」
しばらく様子を見て、戻って来ないと確信すると、私はもう一度さっきの二人を作り上げる。
そして、力持ちの子の方に触れて、その造形を更に変える。
ズズズと音が聞こえそうな程ゆっくり、土がうごめいて、徐々に私の身体の周囲を覆って行く。
やがて動きを止めると、多分私のいた檻の中には、さっきの土人形の姿しか見えなくなっているはずだ。
縦長の土人形の中に、四足歩行のせいで横長な私は、上を見る形で収まっていて一見辛い体勢に見えるけど、特にそんなことはない。
土で遮られて何にも見えないけど、勿論それで終わりじゃない。
この土人形は、ちゃんとモニターも付いているのだ。
こうして触れていれば、土人形の目の部分で見えているところが、操作している私にも見えて、土人形が触れた感覚は、私が望めば共有することが出来る。
あとちゃんと、中にいても物は作れる。
ふふふ、自慢のハイスペックっぷりだ。
そんなハイスペック土人形に乗り込んだのか合体したのか良く分からないけど、とにかく中に入った私は、そのまま土人形のサイズを大きくしていく。
私の入っていた檻は、そこまで広くはない。
このまま大きくしていけば、壊せるはず。
思い切り壊せば、誰かにすぐ気付かれてしまうかもしれないけど、のんびりやってる方が、気付かれるリスクは高いような気がする。
だから、一瞬の一発勝負だ。
ガッと壊して、すぐに足の速い子の方に乗り換えて、逃げる。
それしかない。
私は全力で力を込めて、土人形を大きくしていく。
予想よりも早く檻のギリギリまで膨れ上がったから、檻の冷たい感覚が伝わって来た。
それを確認して、すぐに感覚の共有を切断する。
檻を壊す瞬間の感覚なんて、痛いとしか思えないから、経験したくない。
感覚が途切れると、私はまた力を込める。
そうすると、徐々に檻がミシミシと音を立て始める。
思ったより硬いから、時間がかかってしまいそうだ。
でも、そんな悠長なことは言っていられない。
「ぶぶぶっ!(ええいっ!)」
気合いを入れて、一気に力を注ぎこむ。
すると、さっきまでの窮屈さが嘘のように、パン!と大きな音を立てて檻が破壊された。
吹き飛んで行った一部が、ガンガンと、これまた激しい音を立てて落ちる。
これは…考えてる暇はない。
速く逃げないと。
私は、気付かれたかどうか辺りの様子を窺うこともせず、一瞬で土人形を脱ぎ去ると、足の速い子に乗り換えた。
こちらも、操作感覚は殆ど変わらない。
ただ、この子はとにかく足が速い。
このスピードでなら逃げ切れるって期待してる。
「!」
何ださっきの音はとばかりに、にわかに周囲がザワつき始める。
だけど、構ってる暇はない。
私は後ろを振り返ることはしないで、必死に土人形に力を流し込みながら、此処から速く逃げるように指示を出す。
土人形は私の指示を受けて、陸上選手の走り方みたいなフォームで、人間には到底出せなさそうなスピードで駆け出した。
下手をすると、車よりも速いかもしれない。
景色が物凄い勢いで映り変わっていく。
私の頭の認識が追いつかないくらいだ。
一体周囲に何があるのかも分からない。
スピードを少し緩めるべきだと分かってはいるけど、少しでも遅くしたら捕まってしまいそうな気がして、どうしても出来ない。
そうこうしている内に、草原風の景色から、森林風の景色に切り替わる。
スピードが速過ぎて、方向転換すら侭ならない。
そんな状況で、森は危険過ぎる。
私は恐怖すら感じて混乱し始める。
幸いにも、しばらく走っても木に激突はしない。
だけど、いい加減スピードを緩めないと。
これだけのスピードで走って逃げて来たんだから、きっともう、追いかけて来れないだろうし。
よーし、それじゃあ緩めるぞー。
その時、視界の端にキラリと光るものが見えた。
何だろう?
内心で首を傾げた、その直後私の土人形が破壊された。
「ぶっ!?(えっ!?)」
何が起きたのか、まったく分からない。
ただ、私は土人形を失って、宙に投げ出されていた。
混乱が収まらないまま、地面に叩きつけられる。
頭を打ったらしく、意識が朦朧として来る。
倒れたまま、起き上がる気力すら湧いてこない私に、誰かが近付いて来る。
長い、ボロボロのマントをはおった人。
どうやら、追手ではなさそうだ。
ボーッとする頭で、何とか視線を上げると、そこには金髪碧眼の、所謂王子様みたいな華やかな顔立ちをした男の子がいた。
同じ年くらいだろうか?
その手には、土のついた剣。
それを見て、私は彼が私…というか、土人形を斬ったんだと理解する。
「…中から子豚?土人形って、肉食べるのか…初めて見たな」
感心したように、呟く男の子。
敵意がある訳ではないのかな?
良く分からない。
考えがまとまらない。
「しかも丸ごとか。…それより、もしかしてこの子豚、まだ生きてる?」
「ぶ…」
攻撃されないんなら、このまま気絶してても良いかな。
そう思った私は、抗うのをやめて、そのまま失神するに任せた。
子豚「合体ロボ物みたいと言えばそうだけど、全然違うよー」
子豚「そもそも乗り込んでるっていうより、まとってるって感じなんです」
子豚「うーん。切実に語彙が欲しい!」