04.脱出の為に
世界の管理人だって名乗る女の子と、夢の中?で話をしてから一日が経った。
気付いたら檻の中に押し込められていた訳だけど、今もまだ同じ状態だ。
見張りなんてものはいないみたいだけど、だからと言って、どうしようもない。
一応、近くに人…化け物?がいない時に、ぶつかってみたり、かじってみたりと頑張ってはみたんだけど、檻はビクともしなかった。
疲れて眠っている間に、果物と水がちょっとだけ差し入れられたみたいで、檻の端っこの方に置かれていたから、恐る恐る食べてみた。
考えてみれば、此処に連れて来られる直前、私はご飯の時間だったけど、食べる前にあんなことになってしまったから、しばらく何も食べても飲んでもいなかったんだよね。
道理でお腹がすくと思った。
こんな状況で、良くもお腹がすくものだって自分でも呆れるけど、生理現象なんだから仕方がない。
口に含んだ水に、おかしいところはなさそうだし、果物も腐ってたり、危険なニオイは特に感じない。
私は入っているものは、ありがたく頂くことにしようと、ペロリと平らげた。
お腹を壊すことも、特になかった。
衛生状態も悪くなさそうだし、豚の餌でもなかったから、とてもありがたい。
でも、何でこんなに待遇が良いんだろう?
檻の中と言えばそうだけど、普通こんなご飯とか水とか、出すものなのかな?
お姫様とか、お嬢様とかなら分かるかもしれないけど、今の私はただの子豚だし待遇を良くする必要性が良く分からない。
仮に食べ物に毒を仕込んでいたとしても、そんな遠回りなことをしなくても、子豚の一匹くらい、普通に殺したっておかしくないと思う。
……。
…もしかして、フォアグラでも作ろうとしてる…?
…………。
恐ろしい可能性を思いついてしまった。
考えない様にしよう。
ただでさえ、食肉になるのは怖いのに、太らせてから食べようなんて、そんな残虐非道な調理方法というか、過程を考えたのは、何処の誰だろうか。
子豚の気持ちも考えて欲しい。
と、私を捕まえた化け物の目的なんて、考えても分からないんだから、別のことを考えよう。
やっぱりまずは、脱出方法だよね。
私を捕まえた目的は分からないけど、私にとって良い理由だなんて思えない。
逃げておくのが吉だと思う。
と言うか、怖いからこんなところ、早く逃げ出したい。
だって、怖いイノシシみたいな顔をした身体の大きい兵士か蛮族かが、一日中そこら中ウロウロしてるんだよ?
普通の神経で、冷静でいられるはずがない。
今の私は…とにかく見ない振りで、発狂しそうなのを抑えてるって感じかな。
まだ眼前までやって来たことがないから、まだ耐えられてるだけかもしれない。
私が発狂するか、食肉になるかするよりも前に、脱出しないといけない。
ぶつかるとか、かじるとか、物理的な衝撃を与えることは試してみた。
けど、ダメだったから、未だに此処にいる訳だ。
あとは…どうしたら良いのかな?
思いつくこととすれば、昨日管理人さんが言っていたことくらいだ。
私に、物作りの才能を与えたとか何とか…。
その魔法みたいな力で、脱出に役立つ物を作れれば良い…んだよね、きっと。
得体の知れないものだから、まだ一回も試してない。
管理人さんが困ってるみたいだったから、私に出来るんなら、そんな力をくれるんなら、協力するし、頑張ろうって思ったけど、普通じゃ出来ないような力を使うって、何だか怖い。
これが、普通にまだ日本にいて、家があって、家族がいて…そんな状況だったら私は多分使わないと思う。
触らぬ神に祟りなし。
リスクを負う必要がないのなら、私は冒険なんてしたくないのだ。
だけど、今はリスクを負ってでも使ってみないと、他に解決策の一つも思いつかないし、このままいたら死んでしまうかもしれない。
ちょっとでも、無事に生き残れる可能性が高い方に賭けてみないといけない。
試してみて、ダメそうなら諦めてまな板の上の鯉になるかもしれないけど…。
とにかく、まずはやってみないと分からない。
「(それで、どうしたら良いんだっけ?)」
具体的な説明は、何もしてくれなかった気がする。
才能をくれたって言ってたけど、管理人さんはその使い方が分からないのかな?
難しいことは必要ないって言われても、私は昔から取扱説明書を読んでから使うような人間だった。
正直、せめて最初の一歩を踏み出す手伝いくらいはして欲しかったと思う。
だけど、そこまで我儘も言えないよね…。
何度目か分からない溜息をつきながら、私は何を作ってみるべきか考える。
本当は、檻を破れるような、ノコギリ?みたいなものがあると良いのかもしれないけど、そんなものが仮に上手く作れたところで、私の腕じゃ使えない。
人間の姿でも不安だけど、今の私は子豚。
この前足で、一体何が使えるだろうか。
考えなしに道具を作ったら、持てあましてしまいそうだ。
よーく考えてから作らないと。
大体、作ったらしまうところがないから、チャンスは一回かも?
だって、作った道具が檻の中に置いてあったら、不審に思われちゃうよね。
…それとも、子豚一匹相手だから、疑いもしてこないかな。
……そのリスクは背負いたくないなぁ。
最悪、一発で豚足行きだもんね。
気付かれちゃいけないってことは、爆発するようなものは危ないように思う。
あとは、捕まってる主人公が脱出する時、壁とか地面とかを掘って、外に繋げることで逃げ出す、みたいなイメージもあるけど、これも多分ムリだろう。
ああいうのは、牢屋に捕まってる場合で、私みたいに上も下も鉄みたいなもので囲まれていたら掘るのなんて出来ないに決まってる。
うーん…考えてみれば、結構難しい。
何よりも、人間の身体じゃないのが、一番難しい。
腕もなければ、自由に動く指もない。
道具を使えないんじゃ、何を作っても進展はない。
いっそ、身体は作れないんだろうか。
難しいことは良く分からないし、何なら作れるのかも分からないから、ダメかもしれないけど、一回くらい試してみても良いだろうか。
リスクとかはあるんだろうか?
だけど、考えてても始まらないし、とにかく一度やってみよう。
「(えーっと、身体身体…)」
人間を作ろうっていうのは、無茶な話だと思う。
だから、とりあえず私の意思で簡単に動くような身体をイメージする。
あとは、詳しい方法はまったく分からないから、一生懸命祈る。
「(身体身体身体身体……)」
目を閉じて、しばらく唸っていると、急に脱力感に襲われる。
持久走を走り終えた後…ううん、それよりも、プールがあった日の午後に近いかもしれないような疲れが、ドッと突然感じられたのだ。
何事かと驚いて目を開くと、檻の外に、ほんの小さな人型が生まれていた。
雪だるまみたいに、丸い頭、楕円形の腕、足、胴体は丸みを帯びた四角。
先程までなかったのだ。
きっと、私が創り出した「身体」だろう。
大の字の状態で、地面に倒れている。
目も鼻も口もない、全身茶色だけど、何で出来てるんだろう。
造作なんて、後で逃げ切れてから考えれば良いけど、素材は気になる。
キョロキョロと周りを見てみると、一部地面が窪んでいる箇所があった。
茶色い色で出来ていることからも、あそこの地面を材料に創り出されたんだろうと想像出来る。
リスクは…今のところ、この脱力感以外にはない。
とりあえず、ある程度続けても良さそうだ。
私の身体の代わりを果たしてもらうということで、自由に動ける身体をイメージしたつもりだけど、流石にそこまでハイスペックなものにはなっていないだろう。
それでも、ある程度は動けるんじゃないだろうか。
期待してジッと見守ってみる。
だけど、一向に動く様子を見せない。
…やっぱりダメなのかな?
もしかすると、ロボットみたいに、操作する必要があるんだろうか。
電源ボタンとかがあるとも思えないけど、念の為にと私は、短い前足を必死に伸ばして、檻の中から、外に落ちている人型を引っ張りこもうとする。
とにもかくにも、一旦檻の中に一緒に入れて見てみたい。
「ぶーい…っ(うーん…っ)」
しばらく奮闘した結果、何とか指先っていうか、前足の先?が、ちょっと人型に触ることに成功した。
でも、引っ張り込むことまでは出来そうにない。
さて、どうしたものだろうか。
触れたままの状態で、ゼーハーと肩を揺らしながら考えていると、またしても力が抜けるような感覚になった。
さっきのことを考えると、これは期待できるサインじゃないだろうか。
頑張って視線を上げると、人形がゆっくりと身体を起こした。
人間では有り得ないような動きではあるけど、確かに動いてる。
「ぶっ!」
やった、と叫ぼうとして人形から触れていた前足の先が離れると、途端に人形がその場に崩れ落ちる。
ぐしゃっ、という音と共に、土に返ってしまった。
…これは、手を離したらダメってことだよね。
体力なのか、それとも魔法を使う為の力だから、魔力なのか、良く分からないけど、そのどっちかがもう限界!って感じで、全然身体に力が入らない。
それでも、出来れば早い段階で、どれだけ出来るのか確認しておきたい。
私は、その一心で再び祈って、人形を創り出す。
シンプルな形だから、さっきと殆ど同じような感じになってる。
全然違っても良いんだけど…今は形はどうでも良い。
さっきは思わず手を離して壊れちゃったから、今度はしっかり触れたまま、私の方へと歩いて来るように指示を出すイメージで祈る。
そうすると、のたのたと、人形は腕を振って檻の中へと入って来る。
人形の一歩一歩で、随分と力を消費する気がする。
幾ら物作りの才能をくれたって言っても、無尽蔵に作れるって訳じゃないみたいだ。
考えてもみれば、当然のことだろうけど。
「ぶぶー…(ううー…)」
唸りながらも、何とか目の前まで人形を連れて来ることに成功した。
私は、一息つきながら改めて人形を眺める。
勿論、手が離れてしまえば崩れちゃうから、慎重に。
近くで見れば見るほど、子どもが砂遊びで作り上げた人形みたいなクオリティーで、精巧なところなんて一つもない。
前後左右にコロコロと転がして見てみても、変わったところなんてない。
妙な継ぎ目もないし…どうやって動いてるんだろう。
とにかく、見ても良く分からない、ということが分かった。
魔法みたいなものって言ってたし、魔法なんて良く分からないものだ。
その辺りは理解してなくても使えれば問題ないと思う。
だって、未だに私は、どうしてスマホみたいな薄い物で、あんなに色々記録したり出来るのか、さっぱり分からないけど、使えている。
使いこなしてるかって言われれば微妙だけど、一応使えているんだから、詳細な作りなんて分からなくても問題ないって証明出来るはず。
ちゃんと分からないとダメって言われても、分からないものは仕方ないし。
それよりも、今はこの子が何処まで出来るかだ。
私は色々と頭に思い浮かべてみる。
空は飛べるのか、力はどのくらいあるのか、思いついた順に、ちょっとずつ確認していく。
結果として、空は飛べないし、力は石ころ程度なら持ちあげられるけど、それ以外は微妙ってことが分かった。
あとは、やっぱり形状的に、まだ未完成ってことかな。
私の代わりに手作業が出来るように作ったのに、この子もまた、私みたいに指が存在しなかったから、全然使いものにならないのだ。
強いて言うなら、一応私より手はあるってことだろうか。
これは、私が練習をして、今回作ったこの子よりも、より精巧な人に近いものを作った上で、脱出用の道具も用意していかないとならないってことだと思う。
希望はまだある。
私が一心不乱に檻に体当たりを続けるか、かじり続けるかという選択肢しかないところに現れた、練習すればスマートに脱出出来るかもしれない、という選択肢。
これを選ばずして、一体何を選べば良いのだろう。
「ぶー、ぶぶぶー!(よーし、頑張るぞ!)」
私は大きく決意を固めて、その直後にその場に崩れ落ちた。
どうも、限界なところに鞭打ったから、本当の限界を迎えたらしい。
もう指一本も動かせない。
…まずは、体力か魔力かを増やせれば良いんだけどなぁ。
私はそっと溜息をついて、とりあえず、体力回復に努めることに決めた。
イノシシA「あの子豚、良く知らない奴にもらったエサ食えるよな」
イノシシB「まぁ、所詮豚だからな。その辺が人と動物の違いじゃないか?」
イノシシA「そうだな。動物だもんな」
A・B「「あははー」」
子豚「(誰かに馬鹿にされてるような気がする…)」