01.受け入れがたい現実
今章は、初女主人公です。
タグで女主人公居る居る詐欺を働いていましたが、これで本当になりました。
今回は割と平凡な女の子のなるべく王道を目指したファンタジーになりますので、よろしくお願い致します。
滅びの運命を背負った、悪しき歴史によって成り立つ閉ざされた国の王子として生を受けた男は、甘んじて憎しみを、恨みをその身に受けながら、それでも尚、国としての形を保ち続けることに決めた。
常に自分が生きたいから、その為に周囲を犠牲にするのが最善ならば、躊躇わずに実行するだろうと、そう言っていた彼は、しかし考えなかったのだろうか。
彼は国を自由に出られないから、国を出られたところで、上手く生きていける自信がないから、などと理由を付けては国を出ようとはしていなかったのだが、彼の他人の心の声を自由に聞くことが出来る力さえあれば、間諜である女性と出会った段階で、いや、それ以外にも、数少ないと言えど、他国から国へと入った者はいたのだから、その彼らの声を聞きさえすれば、国を出て、生計を立てて行く手段を知ることは、容易に出来た筈だ。
彼の性格上、それをしなかったとは思えない。
きっと彼は分かっていたのだろう。
それをすれば、自分だけは助かるだろうことを。
けれど、出来なかったのだ。
例え他人から非人道的だと罵られようが、自分もそう思おうが、自分に愛情を注いでくれる両親をギリギリまで裏切ることは出来ず、また、そんな両親に虐げられ続けている奴隷たちを見捨てることもまた、出来なかった。
優しさか甘さか。
それを理解してしまえば、彼の弱い心は、とてもではないが、耐えられそうになかった。
それ故に、ずっと、見ない振りをしていたのだろう。
自分は自分の命を守る為に、両親の命を奪う親不孝者。
そして、多くの奴隷の解放の機会を奪い、支配し続ける悪の王。
そう思うことで、自らが目を逸らしているという事実を覆い隠し、罪悪感から目を逸らしているだけだと、自らに思い込ませることが出来たのだ。
どちらも守る程の力のない彼に出来る、きっと唯一だったのだ。
僕からしてみれば、そうまでして目を逸らし、関わり続ける価値があるとは、到底思えないのだが、それもまた、性格というものだろうか。
思い入れが出来るよりも早く、手を引いてしまえば、そこまで迷うこともなかっただろうに。
…まぁ、僕が言っても詮無き事であるし、どうでも良いのだが。
さて、これにて彼の物語は一旦終わりだ。
彼に語りかけて来た、謎の声は何だったのか、他国との関係は一体どうなるのか…様々気にかかることはあるだろうが、提出された情報を、僕の方でまだまとめ終えていないから、後回しにさせて頂こう。
彼はすぐに重要な要素を省いて文章にするから、まとめるのが面倒なのだ。
大体、このような雑務、僕の仕事ではないのだが、
愚痴を書いても仕方がないな。
それよりも、話を先に進めようか。
次の主人公は、ごく普通の少女である。
彼女は、気付くとヨーロッパか何処かの、農村のように見える、穏やかな田舎の村にいた。
周囲を見回すと、飼い葉のようなものが積み上がっており、軽く木で組まれただけの、家というよりは馬小屋のような場所であった。
窓に硝子などははまっておらず、つっかえ棒で締め切られぬように押さえられているような、酷くシンプルな小屋。
何故このような場所にいるのか、彼女は理解しかねた。
彼女の記憶の中では、いつものように学校に居た筈であったからだ。
それでも彼女は、状況を把握すべく、立ち上がり、違和感に気付く。
普通に立ち上がった筈が、四つ足でいるのだ。
感覚として理解したが、理論的な理解が追いつかない。
膝立ちをしているような感じではないのに、四つ足で立っている。
激しい違和感を覚えながらも、身体はそれが自然なことであると理解している。
なるべくその事実に気付かないようにすることにしたが、彼女はやがて、自らの境遇を嫌でも理解することになるのだった。
さぁ、一人の物語の幕が開く。
これは、ある一人のごく普通の少女が巻き込まれる、大騒動の物語…。
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私の名前は、潮来双葉。高校3年生。
今日は、いつものように学校に来て、いつものように授業を受けて、いつものように先生に頼まれた書類整理をして、結構時間は経っちゃったけど、いつものように、少しくらい部活に顔を出そうとして…そうそう、あとは時折ある騒ぎが起きていたから、やっぱりやめておこうって思って踵を返して…入学以来、事あるごとに私を子豚ちゃんって呼んで馬鹿にして来る幼馴染を適当にあしらっていたんだったよね。
やっぱり、何度思い返しても、記憶に欠落はない。
私はさっきまで、幼馴染と一緒に昇降口に居たはずだった。
聞き流していたから、細かくは何を言っていたか覚えていないけれど、そんなことはいつものこと。
それが、どうしてこんな見知らぬ場所にいるんだろう。
周囲を見回してみると、何匹もの馬や豚が並んで餌を食べている。
柔らかな日差しが、ただポッカリと空いた窓から降り注ぐ。
ニオイを気にしさえしなければ、とても穏やかな、平和な光景だ。
だけど、私はさっきまで学校にいた。
こんな馬小屋か豚小屋かに移動した覚えは一切ない。
裕福でも、可愛くもない私が、誰かに誘拐される恐れはない。
大体、仮に誘拐されたのだとして、どうしてこんなところに放置されるのか。
考えれば考えただけ、訳が分からなくなって来る。
とは言っても、今此処にいる、というのは事実。
此処が何処なのか確認して、早く家に帰らないと。
太陽の感じから言って、一夜は明けているだろう。
何の連絡もせずに家に帰らなかったんだから、両親も心配していることだろう。
早く帰るなり、連絡するなりして、両親を安心させてあげないとならない。
私は、ヨロヨロとしながらも、何とか立ち上がる。
そして、ふと違和感を覚えた。
「(あれ…?何で四つん這い?)」
私は、立ち上がろうとしたはずで、足に力が入らないからと言って、四つん這いになった覚えはない。
なのに、私はどうしてか手と足で、その場に立っている。
しかも、四つん這いになった場合、膝に負担が来るはずだけど、それがない。
足の裏で、きちんと地面に立っている感触がある。
頭の中が、クエスチョンマークでいっぱいになる。
だけどその一方で、身体はそれが自然なものだと訴えかけてくる。
考えていることの方が間違っているみたいに、私は歩き出す。
手と足を、器用に前へ、後ろへ動かしながら。
しかも、四つん這いで歩いているにしても、やけに地面が近い。
手足の関節の先を失くした状態で進んでいるみたいだ。
みたいだ、と言っても、決してそうではないことを、私の身体は分かっている。
足を止めて、キョロキョロと辺りをもう一度見回してみる。
改めて見ると、私の考える縮尺に対して、やけに小屋が広い。
窓の位置は、私の目線の高さから5倍から6倍くらいはあるし、フォークみたいな農具も、かなり高い。
私が小さくなってしまった、というのは、少し違うだろう。
体感から言って、何となく予想は付くんだけど、夢としか思えない。
なのに、感覚はとても現実味を帯びていて、とても夢とは思えない。
理解してしまったら、私は家に帰れなくなる。
そんな気がして、私は首を横に振る。
チラリと、視界の下に見えた薄いピンク色の足のようなものが、私のもののはずがない。
受け容れられる訳がない。
「(そ、それより此処が何処なのか確かめなきゃ…)」
私の知っているところで、思っているより近い場所なら良い。
お金は…多分持っていないけど、近ければ歩いてでも帰るし、遠ければ警察の御厄介になれば帰れるはずだ。
気付いたら知らない場所にいた、なんて信じてくれないかもしれないけど、きっと警察なら助けてくれるはずだ。
なんなら、補導という形だって良い。
家に帰れるのなら、何だった良い。
私はふらつく足を頑張って動かして、かなり隙間の広い柵の方へと寄っていく。
馬や豚が逃げないように囲ってあるのだろうその柵は、どうしてか私は通り抜けられそうな間隔になっている。
それについても、考えてしまえば、知りたくなかったことを知ってしまいそうな気がして、私はとにかく小屋を出ることだけを目指す。
木製の柵は、ささくれ立ったりしてなくて、傷付かないようにか、綺麗に整えられていたから、私は思ったよりスルリとそこを抜けられた。
外に出ると、爽やかな風が吹き抜けた。
「(わぁ…!映画みたい…)」
あまりの景色の美しさに、私は言葉を失った。
優しい風に吹かれて揺らめく、青々とした草花。
遮る物の殆どない、まっさらな草原。
遠くの方には森が広がっていて、深い緑色が続いている。
更に遠くには、幾重にも立ち並ぶように、雄大な山々が、美しいグラデーションを描いていた。
空も、負けない程抜けるような青空で、私の少ない語彙では、表現出来ないような美しさを誇っていた。
日本でこんな景色にお目にかかれるのだろうか。
何処かにはあるのかもしれないけど、私は行ったことがない。
勝手な印象から言わせてもらえるのなら、ヨーロッパとか、そういう国の景色みたいに見える。
こんな状況でもなければ、寝転んで思い切り深呼吸でもしたいところだけど、今の私に、流石にそこまでの余裕はない。
…まぁ、一瞬置かれた状況を忘れるくらいのインパクトはあったけど。
それより、誰か人はいないのかな。
もしくは、看板とか。
小屋があって、動物がいたんだから、まさか無人だとは思えない。
もしかすると、何処かの高原地帯にある牧場とかなのかもしれない。
それなら、絶対人はいるし、看板だってあるかもしれない。
ただ、山奥ってことは、一人では帰れない可能性が高い。
本当に誘拐されていて、誘拐犯しかいなかったらどうしよう…。
でも、鎖でつながれてた訳じゃないから、多分大丈夫だと信じたい。
どっちにしても、私に出来るのは、人に尋ねることくらいだから。
私は振り返って小屋を見る。
此処に小屋があるとしたら、母屋って言えば良いのかな?人の生活スペースは何処にあるだろう。
まさか、奥の方の森の中にはないよね?
もし森の中だったら、私は間違いなく迷うと思う。
切り株を見て方角を確かめるなんて芸当、私には難しいし。
ふと空を見上げてみたところで、さっぱり方角は分からなかった。
とにかく、適当に歩くしかない。
と言っても、そこまで離れているとも思えない。
きっとすぐに見つかるだろう。
「▽ー!」
そう思った直後、子どもの叫び声が聞こえて来た。
私は思わず、ビクッと身体を揺らして、慌てて辺りを見回す。
ま、まさかサスペンスドラマみたいな殺人事件が起きたとか!?
そんな馬鹿なことを思いながらビクついていると、視界にアルプスに住んでる女の子みたいな恰好をした女の子が入って来た。
腕には籠を下げていて、パンみたいなものがはみ出している。
本当にアニメとか、絵本に出てくる女の子みたいだ。
能天気にそう思っていると、女の子は籠を取り落として、慌てた様子で私の方へ駆け寄って来た。
思ったより足が速い。
流石は、山育ち。
私みたいなのとは比べ物にならない。
「&&$#’’+!!」
「(ええっ!?お、おっきい…!!)」
徐々に近付いて来る女の子。
そして、いよいよ彼女が私の目の前に来たと思ったら、そのあまりの大きさに驚いた。
さっきの窓と同じくらいか。
私の3倍から4倍くらいの高さから、女の子が腕を伸ばして来る。
あまりの事態に身体を硬くする私を抱き上げた女の子は、ギュッと抱き締める。
私の身体を包む体温は、決して私を傷つけようというものではない。
それは分かるけど、女の子が何を言っているのか分からない私にとっては、恐怖の方が大きい。
下手なことは出来ないと大人しくしていると、女の子はヨシヨシと私の頭を撫でてそのまま籠を回収すると、何処かへと向かった。
迷い無く進む女の子は、森の中に入っていく。
目印も何もないけど、目的地があるのだろう。
女の子の歩くスピードは変わらない。
やがて、小さな泉につくと、女の子は腕まくりをし始める。
何かを洗うのだろうかと、ボーッと思っていると、女の子は私の向きを変えて、泉に向かい合うような形にする。
そして、ゆっくりと私を泉の中に下ろした。
どうやら、私を洗ってくれるつもりらしい。
出来るなら遠慮したい、と思っていたけど、私は泉に映り込んだ自分の姿に、そもそも何を考えていたのかも忘れてしまった。
鏡とは違う、揺らめく水面。
ハッキリと自分の顔が分かるはずもない。
だけど、綺麗な水を見ると、大体の顔立ちくらいは分かる。
水面に映っているのは、女の子に抱かれた、小さなピンク色の生き物。
間違っても、人間では無い。
くるりと丸まった耳、ぺちゃりと潰れた、平らな鼻。
コロコロとした身体。
私がいるはずのそこに映っていたのは、間違いない。
一匹の豚であった……。
「プギー!!!!????」
思わず上げた悲鳴も、まるで人の物とは似ても似つかない。
そのことにも衝撃を受けて、私は意識を失ってしまうのだった。
最後に、女の子の心配そうな声だけが、聞こえていた。
子豚「うぇぇぇ!?何で豚!?」
エリオ「えと…バトンタッチですよ」
子豚「嘘だー!!」
エリオ「あのー…」
子豚「信じられないー!」
エリオ「…が、頑張れ」