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異世界×転生×etc.~気付けば木とか豚とか悪役令嬢とかだった人達の話~  作者: 獅象羊
第一章/木になった俺と、最果ての森の四種族
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07.世界の管理人とお話

 ザザー、ザザー。


 昔のテレビが、コードを繋いでいない時の白黒のチラつく画面に合わせて聞こえていた、あの不快な音に良く似た音が聞こえる。

 耳を塞ごうとしても、そんなの無駄だと言わんばかりに、自然に。


 ザザー、ザザー。


 俺は、いい加減にしてくれと思いながら、その奥に何かが聞こえてくることに気付いた。

 まるで、女の子の声、みたいな何かが。


「………」


 言葉にならない。

 そう言えば、最近もそんな体験をしたような気がする。

 あれは…ミーシャちゃんが、俺に語りかけてくれた日のことか。

 でも、あれとも違うような感じだ。

 言葉として聞こえないのは同じでも、ミーシャちゃんのは、一応それが何らかの言葉であるのだとは理解出来た。

 反対に、今聞こえてくる声は、言葉としてすら認識出来ない。


「…………!」


 それでも、意味のある呼びかけなのだと分かるくらい、必死な声。

 俺も、興味を引かれて、雑音の向こう側へ耳を澄ませた。


「………すか?…き、こえ、ますか…?」


 幼い少女の声だ、とハッキリ理解する。

 小学生くらいの…もう少し上かもしれないが、そのくらいの幼い少女の声。

 知り合いに、そんな女の子はいないはずだが。

 そもそも、異世界に木として転生?したりと、意味不明な体験が続いているんだから、そんな疑問は今更か。


「ああ、聞こえてるよ」

「!よかった……」


 言葉が、次第に言葉として安定してくる。

 聞こえるようになってしまえば、どうして聞こえなかったのかが分からないくらい、少女の言葉はしっかり耳に届いて来ていた。


「君は一体誰だい?それと、どこにいるのかな?姿が見えないけど…」

「私は、この世界の管理人です」

「えっ」

「詳しいことも説明したいのですが、時間がありません。“ヤツ”からの妨害が一瞬緩んだ、今しか接触出来そうにありませんから…」


 管理人?ヤツ?妨害?


 声から推測される年齢にそぐわない程大人びた口調にも驚かされたが、それ以上に言っている内容に動揺する。

 要するに、管理人って図鑑の説明にあった、あの管理人?

 ちょ、可笑しいだろ。

 何で俺に接触して来るんだ??


「…私が、どうして貴方に接触したのか、不思議に思っていますね?」

「あ。もしかして、考えていることは筒抜けとか…」

「そうですね。モノローグみたいに見えています」


 本当に管理人らしい。

 そこは納得した。

 他人の考えを読みとる魔術とかもあるのかもしれないけど、そこを疑い始めたらキリがない。


「簡潔に申し上げます。私の世界は…この世界、ネダーグは、今深刻な攻撃を受けています」

「攻撃…」

「原因となった者は既に抑えてありますが、実行犯が抑えられません。ネダーグの何処かに潜伏していることだけは掴んでいますが、未だ倒すには至っていません」


 …まさか、それを俺に倒せとか?

 そんな物語の主人公みたいなことを、俺に?

 いや、まさかまさか。

 だって俺、ただの木ですけど。


「貴方に頼みたいのは、その者を倒せる可能性のある貴方の同郷の者たちの保護とサポートです」

「同郷の者達って…やっぱり、俺以外にもいるんだ?」

「その通りです。貴方は覚えてはいないみたいですが、貴方がネダーグへ来た直接の原因は、ヤツ…世界の敵の攻撃によるものです」


 世界を超えた攻撃って、どんだけ強大な敵なんだよ。

 ヤバイヤツだろ、それ。

 世界を滅ぼすどころか、異世界まで滅ぼせそうじゃないか。


「私は、この世界を不必要に乱されることを望んではいません。何としても防ぎたい…。だから、ネダーグへやって来てしまった貴方達へ、それぞれ能力を与えました。貴方は昔から図鑑のようなものを埋めるのが好きだったようですね。そこで、貴方には特別に図鑑を与えました」


 図鑑、俺だけの特別な力だったようだ。

 殆ど落丁みたいになってるのは仕様なのだろうか。


「空欄の開放条件は基本的に命の危険が伴う程難しくなっています。ですから、あの図鑑を開いていけば行く程、貴方は成長していけるはずですよ」


 管理人様のご厚意でああなっていたようだ。


「でも、俺木だから、結構条件を埋めるのが難しいんだけど…」

「はい。必要性があって貴方を木にしたのですが…その辺りを失念していました。そこで今回、貴方にもう一つの肉体を作らせて頂きました」


 もう一つの肉体?

 一瞬不思議に思ってから、ハッと気付く。

 そう言えば、意識を失う直前、超展開が俺を襲っていた。

 結界を張り終えたと思ったら、木としての俺以外にもう一人、人の身体みたいな形をした俺が増えていたのだ。

 しかも、意識はどっちにもある。


「あれは君の仕業か!?」

「驚かせてしまったすみません。ですが、必要なことでした」


 しれっ、と言う管理人。

 おいおい、説明もなしにそれは酷くないか?

 まぁ、神様なんてそんなもんだろうけどさ。


「あれは木製の肉体なので、まったく人間と同じとはいきませんが、スキルを色々取っていけば、いずれかなり近い身体に作り替えることは可能です」

「それなら、最初から人間の身体で良かったんじゃないのかい?」

「先程も申し上げた通り、貴方が木であるのには、それなりの理由があります」

「じゃあ、もう一つの身体を人間と同じような身体にしても…」

「残念ながら、それだけ大きな力を使ってしまえば、逆に私の居所が実行犯に知られてしまうので却下です」


 お互いに居場所は知られていない、ということか。

 何だこのハリウッド映画みたいな敵対関係は。

 そんなものに巻き込まれてるのか、俺。


「とりあえず、最低限あれだけの肉体があれば、貴方はもっとスムーズにスキルを取ったりしていけるはずです」

「なるほど」

「ですから、積極的にスキルを取って、いずれ世界中に散らばる貴方の同郷の者たちを集めて、実行犯との決戦に備えて下さい」

「決定事項なのか、それは。出来れば俺は、平穏に暮らしたいと言うか…」

「それは不可能です。ヤツを倒さなければ、世界は大変なことになりますよ」


 大変って、どんなことだよ。

 でも、それを聞いたからと言って、協力する気になるかと言われれば疑問だ。

 結局は協力せざるを得ないのだろうし。


「ああ、そう言えば貴方、今の森の争いに誰かが一枚かんでいるのでは、と疑っていましたよね?」

「そうですね。あまりに出来過ぎているので」

「確信はありませんが、それも実行犯が絡んでいる可能性は高いです。実行犯は、世界中で似たようなことをしています。憎しみを増幅させ、互いに相争わせる。けれど自分は表舞台には出て来ない。それ故に、尻尾が掴めない…」


 悔しさの滲む声に、俺は妙に納得してしまう。

 彼女は、本当にこの世界を乱されたくないと思っていて、平和を崩そうとしている実行犯をどうにかしたいと思っているのだと。


「どうしても納得出来ないのでしたら、貴方が今いる森の平和だけでも取り戻してくれませんか?それだけでも、かなりの意味があるのです」

「俺が動かないと、あの森はどうなると思う?」

「……十中八九、あと数年…いえ、一年以内には燃え尽きるでしょう」


 あの森のピリピリした空気感。

 疲れ切った村人たちの表情。

 限界ギリギリの精神状況が、他の種族も一緒なのなら。

 確かに、戦いの火ぶたが切って落とされるのも時間の問題かもしれない。

 そうすれば、俺だってただじゃ済まない。

 結局世界中で似たようなことが起きているのなら、世界の常識のない俺が、彼らを見捨てて逃げたところで、先は知れている。

 それなら、ここで一つ腹をくくって、森の平和を導くのは、そう悪いことではないのではないだろうか。


「…俺は、君のことも完全に信用している訳じゃない」

「それは分かっています」

「その上で、聞くよ。君は、四種族をどう思う?」

「普通のヒトたちです。皆」


 普通。

 そんなのは、質問の答えとしては適切ではない。

 それこそ、普通であれば。


 こうして争っている種族達が、皆違いなんてない、普通の人たちなら。

 ボタンをかけ違っただけで、争う必要なんてないはずなんだ。

 綺麗事を言うつもりはない。

 ただ、不必要なことに労力を割くのは時間の無駄だと思うだけ。

 それで俺が巻き込まれては、敵わないとも。


「君の性格なのか、それとも能力の限界なのか、君には俺をそこまでは自由に動かせないと見た。ここで俺は君の提案を断ったところで、消されたりすることはないんだろう?」

「…分かりませんよ?」

「時間がなくて、切羽詰まっているなら、こんなに丁寧に説明をしてくれる必要はないはず。それでも、俺が納得するまで話している。細かいところは飛ばしているんだろうけど。…そこから何が分かるか。君が、無理強いをするのを好まない性格をしているか、もしくは俺に無理強いすることが出来ないか、だ」

「……この短時間で、良く貴方の常識を超える者相手にそこまで推測を立てられましたね。感心します」

「こう見えて俺もいっぱいいっぱいなんだよ。悪いね」

「なら…断りますか?」

「いや」


 答えは最初から一つしかない。

 道筋が示されたのならば、乗るだけだ。


「分かったよ。君の言う通りにしよう。まずは森を可能な限り平和に近付ける。それが出来たら、後は日本人を集める。それで良いんだろう?」

「!ありがとう。それならば、任せました。私は今しばらく、実行犯の行方を追いましょう。機会があればまた。次には、良い報告を期待していますよ」


 情緒も何もあったものではない。

 俺の答えを聞いた直後、彼女は完全に気配を絶った。

 あとに残るのは、不快なザー、ザーという音だけ。


 …行動早いなぁ。

 確かに時間ないとは言ってたけど、その割に喋るなーと思ってたのを謝らないといけないかもしれない。

 本当に時間がなかったのかもしれない。

 なら、グダグダ言って悪かった。

 そこについては謝らないんだけどな。

 こっちも命かかってるし。


「でも、賭けに勝てて良かった」


 相手は俺の命を握っているかもしれない存在だった。

 敬語を使わないだけで、ちょっと侮っただけで、疑っただけで、消される可能性は確かにあった。

 分かっていたけど、敢えて突っ込んだのは、あくまでも情報が欲しかったからであっただけで、可能ならば避けたい道だった。

 言われたことにハイと頷いてさえいれば、殺されることは少ないと思われる。

 とは言え、それで相手の逆鱗に触れることもあるんだから、それは言っても仕方がない。

 とりあえず、俺が今生きていることの方が重要だ。


 あとは、目が覚めたらどう行動するかだ。

 まずは俺が倒れた後のことについて聞いて…。

 うん。問題はそれからだ。

 森を救う方法なんて、平凡な俺には良く分からない。

 だから、話を聞いて、情報を集めて…。


 ザー、ザー。


 白黒の世界で、俺は思考に耽った。

 そして、気付くと見知らぬ場所に寝かされていた。

 …本当に情緒ないな。

 意識が途切れた覚えもないのに、急に知らないところにいるって、結構驚く。


 俺はキョロキョロと辺りを見回す。

 そう広くない、こじんまりとした木造の一室だ。

 腕を動かすと、フカフカとした感触が伝わってくる。

 ゆっくりと身体を起こしてシーツらしき物を引っ張って見ると、アルプスの少女が寝ているみたいな、草を敷き詰めた上にシーツをかぶせただけの簡易的なベッドに横になっていたことが分かった。


 次いで、腕が動いたことに気づき、ジッと両の掌を見る。

 思った通りに身体は動いて、五感も普通に存在していそうだ。

 強いて言うのなら、確認の為に舌を触ってみたら、あまり味を感じなかったことから、味覚はちょっと鈍そうだ、という例外はある。

 でも、まったく分からない、という訳でもないので、問題はなさそうだ。


 部屋の中に、鏡のようなものは存在しないから、姿を確かめることは出来ない。

 それを残念に思いながら、俺は今度はもう一つの身体に意識を集中させた。

 すると、普通に、と言って良いのか、木としての視界が頭に浮かぶ。

 同時にどちらの視界も共有出来そうだし、思考も分割出来そうな感覚はあるものの、何だか酔うような感覚があって、すぐに中断した。

 しばらくは、どちらかだけに感覚を集中させた方が良さそうだ。


「あっ。目が覚めたのですね?」


 声がした方へ顔を向けると、そこには嬉しそうなミーシャちゃんが立っている。

 彼女は、そのまま駆け寄って来ると、小さな椅子に腰かけた。


「体調は如何ですか?」


 その問いに、俺はどう答えたものかと葛藤する。

 管理人の言葉をすべて信用するのであれば、ミーシャちゃん相手に警戒し過ぎる意味はないのかもしれない。

 ただ、管理人の言っていたことすべてを信用するのかと言われると微妙だ。

 自分でも面倒臭いことこの上ないと思うが、それが俺なのだ。


「…大丈夫だよ」

「言葉は分かるようですね?」


 少しばかりホッとしたように息をつくミーシャちゃん。

 その表情は、どことなく緊張しているようにも見える。

 そりゃそうか。

 具体的にどんな形でこの人間形態が現れたのか分からないけど、急に現れたのに違いないだろうし、怪しく思うに決まってる。


「あの、目覚められてすぐに尋ねるのは非常に心苦しいのですが…貴方は、何者なのでしょうか?」


 そりゃあ、聞かれて当然の質問だ。

 俺は内心で、管理人に文句を言う。

 もうちょっとマシなタイミングとかなかったのか、と。

 せめて俺に選択権を与えてくれていれば、そこそこ良いタイミングで、実は人間形態にもなれたんだよ!と伝えることが出来たかもしれないのに。


「私達の目には、結界を張った瞬間、シンジュ様から分離したように見えました。確かに、シンジュ様は前例のない存在。しかし、それにしても、あまりに…」


 変わり者のシンジュ、で済ませられない事態だったと。

 うん、俺もそう思う。

 意味が分からないよな。

 とは言え、そうハッキリ同意出来ることでもない。

 信用出来ない、と思われでもしたら大変だ。

 何しろ、俺にはこれからやらないといけないことがあるのだ。


「真実の鏡」

「え?」

「使わなかった?」


 俺は短く問いかける。

 パッと思いついた、俺が怪しくない存在だと確信させる為の手段。

 村長さんが使った、真実の鏡。

 あれは、ステータスを見ることが可能だ。

 俺は、ステータスを見られることに対する防御スキルは持っていないから、見放題だし、偽ったり出来ないもの、として認識されているのならば、あれでステータスを見てもらえば、多く語らずとも説明が可能だ。


「実は、見てみたのです。そうしたら、どちらにも同じ内容が表示されて…」

「なら、そういうことだよ。俺もまた、シンジュだ」

「そんなことが…」


 俺程度の考えは、既に実行されていたようだ。

 いかにも素晴らしい手段みたいに言ってすいませんでした。

 色々と言い訳もさせてもらいたいけど、俺のエルフ語基礎、しかもGランク程度の語学では、上手い言い方が思いつかない。


「ひとまずは、理解致しました。それでは、シンジュ様。後ほど改めて父から質問があると思いますので、それまではごゆっくりお休みください」


 動揺を必死に隠すように微笑むと、ミーシャちゃんは立ち上がった。

 そして、頭を下げて部屋から出て行く。

 俺はそれに対するフォローが思いつかず、無言のまま見送った。


 …管理人様さ。

 世界救うので必死なのは分かったけど、俺に対するフォローもう少し何とかならないものかな!?

 言い訳一つ思いつかない俺に、なんてハードルの高いお願いごとをするんだ。


「世界を救う為に、俺が、仲間を集める?」


 ムリムリ。

 改めて考えると、なんて事に巻き込まれたんだと頭が痛くなる。

 けれど、引く選択肢はない。

 多分、もう結構引きずり込まれている。


 仕方ない。

 俺は自分を慰めながら、もう一度目を閉じた。

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