間諜の独白
運命の歯車が廻る。
揺らめく熱い炎。
メラメラと、城を飲み込むその音以外、静寂に満ちている。
美しく、怪しげな城のバルコニーに佇むのは、救世主。
悪王に縛られた、哀れな鳥たちの枷を外す、解放者。
そうして彼は、鳥たちに宣言するのだ。
最早、悪王の支配はなく、自分たちには自由が訪れたのだ、と。
けれど、解放の先の自由に、未来は存在しなかった。
彼らは知らなかったのだ。
翼を折られた鳥は、二度と空を舞うことは出来ないのだと。
例え鳥かごの扉が開いていても、その外では、生きては行けないのだと。
視界いっぱいに広がる、荒れ果てた大地。
そこに倒れ伏す、幾つもの人であったもの。
ひとかけらの自由に、一体どれ程の夢を見ただろうか。
それは温かく、優しく、彼らを迎えてくれる筈であった。
それでも、夢など、現実など、残酷なものだ。
英雄は、その景色を見て慟哭する。
大切な人の躯を抱いて、空を舞う、先程まで国であったものを見上げる。
外には、何もなかった。
皆が語っていたような、夢も、希望も。
あるのはただ、絶望だけ。
そうして英雄は、悪魔の手を取る。
**********
「(…懐かしい夢だわね)」
城の屋根の上で転寝をしていた私は、ふと目を開く。
数度の瞬きで、ようやくハッキリ見えて来た視界には、見慣れたフェリアスの城が広がっている。
いつものような見た目でありながら、時折鼻孔を擽る焦げ臭いニオイが、先日起きた出来事が、夢ではなかったのだと訴えかけてくる。
この国は、奴隷大国フェリアス。
建国から何百年という長い歴史を誇りながら、その実は国王一族の持つ隷属魔術という非人道的な魔術によって、奴隷売買を生業として成り立っていた、腐りきった大国だ。
空に浮かぶ島を国土とした為に、大した物も取れず、産業もなく、そうするしかなかったのだと、何処かの記録には書かれていたが、何処まで本当やら。
私は物ごころついた頃から、この国の王に間諜としての教育を受け、また間諜として活動して来た。
私には偶々才能があったから、国王の求める情報を、必ず提供することが出来ていた為に、他の奴隷たちのように折檻されたことは殆どない。
私がただの子どもであったのなら、それが普通だと認識して、私は幸せだとさえ思っていたのかもしれない。
しかし私には、何と言って良いのか分からないが…前世の記憶、といったら良いものなのか、そういったものがある。
今となっては、何処か他人の記憶を見ているような気持ちにもなるのだが、ともかく、私には奴隷が普通ではなく、家族で過ごし、学校へ通うことが普通である、という世界の記憶があった。
それ故に、恐らく馴染むことが出来なかったのだろう。
どうしても、国王に素直に従い続けることが出来なかった。
それでも、私も例にもれず、隷属魔術を受けていたから、何もなく裏切ることは不可能だった。
他の人は知らないのかもしれなかったが、この隷属魔術というのは厄介で、何の予備動作も無しに、被術者の命を奪うことが出来るのだ。
裏切ったとバレたら最後、命は無い。
死ぬことは、そう怖くはなかった。
けれど、何の価値のない死は、怖かった。
だから私は、国王に抗うことはなかったのだ。
きっと私はこのまま、自分の意思など無くなってしまったかのように、ヘラヘラと笑いながら、したくもない仕事をして、ただ生き続けるのだろう。
前世を知るからこそ、辛いのだろうか、逆に、耐えられるのだろうか。
分からないまま、時間をただ過ごしていた。
そんな中、国王の息子が私を…間諜を探しているとの情報を得た。
私も初めは警戒して近付かなかった。
だって、そうでしょう?
小学生くらいの子どもが、どうして間諜を探そうとすると言うの?
私は、仕事をしながら、彼の様子を伺い続けた。
結局、彼の目的も何も、分からずじまいだった。
だけど、分かったこともあった。
それは、彼が見た目や発言ほどの悪人ではない、ということ。
私の知る王子、エリオットではなかった。
人を人とも思わない、国王と王妃を足して2で割った上に、更に泥水を付け足したかのような、腐った性格の悪の王子は、そこにはいなかったのだ。
私は、意を決して接触してみて、確信した。
王子殿下は、国王とは似ても似つかない、普通の性格をしていると。
それに、酷く頭が切れる。
彼は何処からともなく、隷属魔術をそのまま乗っ取る手段を得たらしく、国王に気付かれぬように、徐々に城内の人々、更には国中の人を自分の手の内に入れていくように行動していた。
それに気付いた時、私は彼に従うことに決めた。
国王に従っていても、未来はない。
このまま進んでいけば、私の知る未来になってしまう。
でも、私の知らない殿下に従えば、私の知らない未来になるかもしれない。
私は、賭けたのだ。
そうして今、恐らく、私は賭けに勝った。
あとは、ゆっくりと進めていけば良い。
滅びの未来など、御免だ。
見たくはない。
例え、間諜として、たくさんの人の死を見て来たとしても。
既に知る死を、受け容れることは出来ない。
「…あの漫画のような未来にする訳にはいかないもの…」
新しい国王が立ち、この国は滅びない。
ならば、人々が命を落とすこともないだろう。
私の知る道からは逸れた。
殿下は…いや、陛下はこれから、孤独の道を進むことになるだろう。
でも、私がいるから。
私も、多分、レイくんもいるから。
だから、大丈夫よ、きっと。
見上げた空は赤く、見下げた大地は黒ずんでいる。
若き悪王の歩む道。
いずれ、穏やかなものになりますように。
私は何も言わずに、祈っている。
リュミ「え?意味が分からない?大丈夫よ、私も意味分かってないから!アハハー」
エリオ「過去最低に短い上にまとまりきっていない、とのことです。申し訳ありません」