ヴェルデのご主人様は良く分からない人である。
「まぁ…マリアンヌ様たちが、私をお茶会に?光栄ですわ。勿論、受けるに決まっていますわよ。ええ、ではそのように話を進めておいて下さいまし。では、失礼」
スッと、動きにくそうなドレスの裾を揺らして立ち上がる少女。
その立場には相応しく、その年齢には相応しくない優雅な物腰、言葉遣いに、使者の男は呆気に取られながら、一拍遅れて一礼をするのが見えた。
僕は、この人が僕の主なのだと、誇らしく思いながら扉を開く。
すると彼女は、それが当然のことだと言うように、僕を一瞥すらせずに部屋を後にする。
続けて僕も部屋を出ると、使者の男に深々と頭を下げて、扉を閉じた。
「……」
「……」
カツカツと、小気味の良い靴音が響く。
数歩後ろを歩きながら、僕は彼女に何事も起こらない様に、細心の注意を払う。
当然、屋敷の中でそのようなことが起こることは有り得ないのだが、考え過ぎるくらいで丁度良いと、セリーヌ様が言ってらしたからな。
僕は彼女のもう一人の召使いであるウルと違って、召使いとしての役割に加えて護衛としての役割も担っている。
ウルにも勿論、そうした教育は施されているけれど、セリーヌ様は、特に僕に期待していると、そう言ってくださっている。
元々僕は、剣を振るのが好きだったし、それをきちんとした形で習得することが出来るようになって、とてもやりがいを感じている。
だから、気を抜く訳にはいかないのだ。
「……」
目的地である自室へと到着すると、僕は急いで、かつスマートに扉を開く。
そして、彼女が部屋に入ったのを確認すると、僕も入って扉を閉じる。
直後、「彼女」は、「彼」へと変わる。
「ぶはーっ!疲れたぁー!!」
「お疲れ様でございました」
「お前も楽にしとけよ?テキトーに座っとけ。ほら」
姿は何も変わらないのだが、話し方や動きが、完全に男のそれになっている。
だが、これは何もおかしいことではない。
寧ろ、此方が彼…僕のご主人様にとって、本当の姿に近い。
「僕は此方で結構です」
「真面目だなぁ、ヴェルデは」
仕方ないなぁ、という風に、ニヒルな笑みを浮かべるご主人様。
どう見ても綺麗な少女の姿なのに、どうしてか、本当の姿が見えてくるようだ。
この変わり身の早さにも、随分と慣れて来た。
敬語も、最早失敗することはないし。
そこまで長い時間が経ったとも思えないが、それなりの時間を過ごしてきたのだと、何となく実感する。
最初に出会った時は、僕はただの街中にたくさんいる、親を亡くした、或いは親に捨てられた子どもの中の一人で、それ以外には何も持っていなかった。
力がないと、すべて奪われる。
何も持っていないのに、更にそこからも奪われて行くんだ。
僕はあの時、だからこそ、僕ももっと力をつけて、せめて僕より弱い、小さな子たちを守らなければならないと思って、強がっていた。
そんな時だった。
ご主人様が現れたのは。
それまで来ていた貴族みたいに、僕たちを使い潰すつもりだ、とでも言うのかと思ったけど、全然違っていた。
そもそも、僕と殆ど年の変わらない少女を従えて、自分もそこまで大人じゃなくて、一体何しに来たんだとさえ思った。
要求も意味が分からなかったし、僕は断る気でいたんだ。
でも、ご主人様は、何も持たない僕が、唯一持ってる大切なものに、気付いてくれた。
一度だけ、剣が欲しいと言った僕の言葉を聞いていた子どもたちが、僕の為に、木を削って作ってくれた、宝物。
僕のところへ来た人の誰も、あれが剣だと気付かなかった宝物。
だから僕は、気付いてくれたこの人になら、従っても良いのかもしれないと思ったんだ。
「しかし、お茶会ねぇ…。貴族関連のイベントは、もうしばらくないと思ってたんだけどなぁ」
「主催者は、マリアンヌ様なのでしょう?であれば、断ることは出来ませんよ」
「分かってるよ。だから受けたんだ。断れるっちゃ断れるけど、断ったら後が面倒なことになるからなぁ。あー、貴族疲れるわー」
ソファーにゴロリと横になって、暴れ回るご主人様。
セリーヌ様がいらっしゃる時には、決して出来ないから、僕は口を出さない。
こうして共にいても、ご主人様については分からないことが多い。
本当はこのマルトゥオーゾ公爵家の嫡男でありながら、当家の嫡男が死ぬ運命にあるとの予言を受けて、死を回避する為に、女性として生活させられている。
それがずっと続いている筈なのに、ご主人様の口調は、普通の男性のそれだ。
良く分からないが、切り替えも上手いし…。
…僕が気にすることではないんだろうけどな。
「決まったもんは仕方ねぇし、それよか今日はこの後街に下りて、待っ望のあの日だよな!?」
「はい。受付嬢…でしたっけ?その方たちの初出勤日ですよ」
もう何日も、ずっとこだわって面接を繰り返して、ようやく決まった方々だ。
ご主人様の並々ならぬ熱意とこだわりが実を結んで、受け付け専門の役職の女性がとうとう終焉の狼にやって来ることになったのだ。
どうしてそこまでこだわるのかは、僕には分からないが…何か深い理由がおありなのだろう。
「うおおお!滾るぜぇ!なっ、楽しみだよなヴェルデ!?」
天井を仰ぎ見ながら、熱く叫んで、僕に同意を求めるご主人様。
しかし、残念ながら僕はあまり興味はない。
それよりも先に、フリークエストとかいう、自由に受けられる依頼の細かいルール作りを終わらせて欲しかったくらいだ。
是非受けてみたいし。
「いえ、僕はあまり…」
「えぇー?お前、それでも男かよ。綺麗なお姉さん見たらテンション上がるだろ」
断定的に言われてしまったが、特にそういうことはない。
首を軽く横に振ると、ご主人様は一瞬驚いたような顔をしてから、今度は納得したように、うんうんと頷いた。
「そうか…悪かったなヴェルデ。お前はあれだよな。一途なイケメンだもんな」
「え?」
「好きになった人しか見えないっつー…ヒロインを大いに照れさせる、素晴らしい逸材だよな。うんうん、分かるぞ」
僕は良く分からない…。
ご主人様の言うことは、難しいことか訳が分からないことのどちらかばかりだ。
僕ももう少し勉強しなくては、ついていけない。
「さぁて、それじゃあ行くか」
「ご主人様!わたしを置いて行くおつもりですか」
ご主人様が立ち上がった時、ウルが部屋へと入って来た。
そう言えば今日はいなかったな。
何か別の仕事を言いつけられていたのだろう。
そう思っていたら、案の定その通りだったようで、ウルはバーッとご主人様への不満を言い募る。
適当なところで止めないと、これがいつまでも続くのだから困ったものだ。
しかも、変に止めると僕にまで飛び火してくる。
「ヴェルばかり連れて…贔屓は良くないと思います」
「贔屓なんてしてねーって。俺にとっちゃ、二人とも大事な右腕左腕だからな」
「わたしが利き腕の方です」
「はぁ…落ち着いてください。ウル」
「ポッと出は黙ってください」
どう生活していたら、このような性格になるのか。
僕はどうも、ウルが苦手だ。
僕もまぁ、他人に噛みつくようなところばかりだったが、今はそうでもない。
ウルは違うのだろうか?
食べるものがあって、安心して寝るところがあって、噛みつく必要もないじゃないか。
経験するまでは警戒もしていたけれど、今はそうでもない。
「ほらほら、ケンカする時間勿体ねぇから、さっさと行こうぜ二人とも!」
「…はい」
「はい」
それでも、ご主人様が手を引いて歩き出すと、ウルも大人しくなる。
彼女は苦手だし、ご主人様は分からないことも多いけれど、僕は此処で頑張って行こうと思う。
此処は、僕が選んだ道だから。
クロ「好みとかないの?」
ヴェル「良く分かりませんが、街の女の人たちより、ご主人様…ユリアナ様とウルの方が可愛らしいと思いますが」
ウル「目が腐ってるんじゃありませんか?」
クロ「ヴェルデ褒めたのに!?いやー、でも確かに、俺らの側にいたら目が肥えちまうよなぁ、分かる分かる。俺のユリアナは、絶世の美少女だから」
ウル「自画自賛乙」
クロ「ウルシが酷い!」