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マヤちゃんのはじめてのおともだち(後)

「ギャオオオオオオーーーン!!」


 森全体を揺らすかの如き轟音が、私たちに迫り来る。

 私は必死に、その化け物に追いつかれぬように足を動かしていた。


 単純な力や足の速さは、どうやら私の方が二人よりも高いようだった。

 だから、私はとにかく少しでも早く逃げられるようにと、ジーマを背負い、ソーニャを両腕に抱いて駆けることにした。

 二人共、私がそうすることは予想外だったのか、すんなりと収まってくれた。

 正直、非常にありがたい。

 此処で暴れられでもすれば、追いつかれかねない。


「わぁ、マヤちゃんスゴイスゴーイ!」


 腕の中で、ソーニャは嬉しそうに頬を染めている。

 興奮しておるのかもしれぬが、私はそれどころではないと思うぞ!


 チラリと視線だけ後ろに向ける。

 私は他の皆のように、目が左右に分かれている訳ではないから、いちいち首を曲げねばならぬのが面倒ではあるが、そのようなことを言っておる場合ではない。


 改めて見ると、その巨体が決して勢いに押されて、必要以上に大きく感じ取った訳ではなく、実際に相当の大きさを持っていることが分かる。

 伯父上が私二人分くらいで、シンジュの木の方が私四人分くらいなのだが、軽くシンジュの木の方が三つは重なったくらいの大きさに見える。


 外見としては、緑色兎(グリビット)が、ふわふわとした毛玉のような姿に、ピョンと長い耳が二本生えているような感じなのに対して、人を食い殺しそうな血走った赤い瞳に、数多くの修羅場を潜り抜けて来たのではないかと思われる程に硬そうな緑色の毛、そして、凶器にしか見えぬ、鋭く尖った爪。


 先日遭遇した、あの悪意の塊のようなナニカとはまた違った恐ろしさだ。

 アレは、筆舌にし難い…異常な力を持っておった。

 逃げようが、それは一切無駄なことで、一挙一動、呼吸の一つ、それどころか、この心音でさえ、すべてが支配されたような、うすら寒さを放っておったのだ。


 それに比べると、こ奴の恐ろしさは、もっと直線的だ。

 巨躯はすべてをなぎ払い、粉砕する。

 その力の先に、私たちが居るかと思うと、恐ろしい。


 手も足も、出よう筈がない。


「お主ら!逃げ道は分かるか!?」

「お前分かんなくて逃げてたのか?」

「仕方なかろう!咄嗟のことだったのだ!」


 慌ててあの場を駆け出して、今は一心不乱に前へと進んでいる。

 しかし、考えてもみれば、誰かに助けを求めねば、じき追いつかれる。

 そんな単純なことに気付いて、私はようやく道を尋ねた。

 村へと逃げる訳にはいかぬ。

 だが、誰か大人に助けを求めねばならない。

 二人のどちらかならば分かると思って問いかけた。

 すると、背中から答えではなく、呆れた様な声が返って来た。

 ええい、今はそのようなことはどうでも良いのだ!


「それで、どちらに行けば良い!?」

「え、分かんないけど」

「は!?」

「あたしも知らないよ?」

「何だと!?」


 何と言うことだ。

 まさか、頼みの綱の二人ともが道を知らぬとは!


「だってさ、マヤが急に知らない方向に走り出すからさー」

「こっちの方は分かんないの」

「わ、私のせいなのだな…」


 確かに、確認もせずに手を引いたのは私だ。

 私が悪かったのであろうが…しかし、何故二人はこれ程のんびりしておるのか。

 私などは、此処で死んでしまうのではなかろうかと、これ程怯えておるのに。


「すまぬ…」

「謝んなよ!それよか、アイツさ、オレらで倒しちまおーぜ!」

「何!?」


 私は思わず耳を疑う。

 今、こ奴は何と言うた?

 よもや、あの巨大な化け物を、我々で倒そうと言うたのか?


「な、何を言うておる!危険であろう!」

「えぇー?確かに、あんなデカいの初めて見たけどさ。でも、いつもと同じボスだろ?へーきへーき」

「だいじょーぶ!」

「お、お主ら…」


 能天気に笑う二人。

 何なのだ。

 これももしや、私が間違っておるのだろうか。

 我々だけで、あの巨大な化け物を、討ち果たすことが出来るのか。

 自らの尻ぬぐいが、出来るのか。


「んじゃー、いっちょやってやるかぁ!」


 私が答えに詰まっておると、その隙に背におったジーマが、ひょいと手を離し、私の背から降りる。

 そうして、ボスと向き合った。

 距離はそうない。

 すぐに追いつかれてしまう。


「ジーマ!」


 私は慌てて足を止める。

 しかし、戻っても最早間に合うまい。

 一体どうすれば良いのだ。

 混乱して真っ白になる頭。

 腕の中のソーニャの体温だけが、ハッキリと感じられた。


「おう、任せとけ!」


 決して、攻撃を頼む、などという意味で名を呼んだ訳ではない。

 だが、あ奴の中では、私の悲鳴などは、そのような意味で受け取られたらしい。

 まったく、理解が出来ぬ!

 進んで命を危険に晒すなど…村人を背負う私には、到底出来ぬことよ。

 村人を守る以外では、決して。


「ギュイイイイイ!!!」


 ボスの鋭い爪が、ジーマに襲い来る。

 爪に引っ掛かれば、致命傷は避けられぬだろうし、仮に爪を避けられたとして、その風圧だけでも、吹き飛ばされてしまいそうな程の勢いだ。

 どうしたら良いのだ。

 私では受け止め切れぬであろうし…。


 このまま、その時を待つしかないのだろうか。

 無力感に苛まれていると、ジーマが手をボスへと向けた。

 そして、何ごとかを叫ぶ。


木葉(リーフリーブス)!」

「グギャアアアア!」


 その瞬間、幾つもの葉っぱが何処からともなく現れ、ボスの顔面へと向かう。

 ボスの真っ赤な瞳にぶつかると、ボスは不意を突かれたせいか、顔を覆って苦しみ始めた。

 しかし、ダメージを与えられたかと問われると、微妙なところではある。


「魔術か?」

「そう!シンジュ様は、めくらまし用って言ってたけど、モノは使いようとも言ってたからな!」


 目くらまし…確かに、そのように見える。

 ボスは直接目に受けた葉っぱの衝撃から、顔を振るってはおるようだが、すぐに回復してしまうことだろう。


「では、今の内に逃げようぞ!」

「んーん!あたしもやるようっ!」

「ソーニャ!?」


 腕の中で、今度はソーニャがボスに手を向ける。

 そして、先程のジーマと同じように叫んだ。


水浴(シャワー)っ」

「ゴポポッ!?」


 サァァと、突如として雨のようなものが、狙い澄ましたかのように、ボスの大きな口元に現れた。

 ボスが身体を捻ろうが、お構いなしにボスの体内へと降り注いでいく。

 あれは…攻撃と言って良いのか?


「ソーニャ。あれは…」

「むむむーっ」


 ソーニャに尋ねようとしたが、ソーニャは眉間にしわを寄せて、必死で魔術を保ち続けているようで、答えは無い。


「あ、魔術使ってる間は、あんま話せないんだ。代わりにオレが聞くけど?」

「そうか」


 ジーマが、私の問いに気付いたのか、そう言ってくれる。

 此処はジーマに尋ねておくことにしよう。


「あれは、攻撃と言って良いものなのか?」

「あれも本当は水浴び用の魔術なんだよな。けどさ、モノは使いよう!」

「つ、使いよう…」

「そうそう。あれをずーっとやってると、たいてーのボスはおぼれ死ぬんだよ!」


 明るくそう説明してくれた。

 ふむ、なるほどなぁ。

 呼吸も侭ならぬ程、続けて口内に水を噴出し続ければ、それは溺れ死にもするのであろうよ。

 物は使いよう。

 シンジュも良い言葉を教えるものであるな。


「グ、グググ……」


 ボスの腹が、次第に巨大になっていく。

 あの中がすべて水かと思うと、此方も溺れそうな気持ちになる。

 じっと見守ること、幾程か。

 やがて、息を詰めていたソーニャが、ぷはっ、と息を吐いた。


「もーダメぇー!」

「あ、おいバカ!まだやめるな!」

「だってぇ…」


 息を吐いた直後、水がやんだ。

 これは…魔術が解けた、ということか。

 つまり…マズいのではなかろうか?


 ボスの巨体が揺らめく。

 しかし、それは決して倒れようとしているのではない。

 寧ろ、先程以上に敵意を宿らせた瞳で、私たちを探している。

 それを見た瞬間、私は悩む暇もなく、ジーマを再び背負って駆け出した。


「やはりアレは倒せぬ!早う逃げるぞ!」

「おっかしーなぁ…。やっぱいつもよりデカいからかな?」

「もーつかれたぁー…」


 方向は分からぬ。

 道などとうに失った。

 それでも、逃げねばなるまい。


「ギシャアアアア!!!」


 ボスが私たちを再び見つけたようだ。

 そして、そのまま追いかけて来る。

 しかし、良く見ると腹にたまった水が、それなりに影響しておるのか、最初よりも足取りが重い。

 これならば、逃げ道さえハッキリすれば、逃げ切れそうだ。


「二人共!見覚えのある場所を見つけたら、すぐに教えておくれ!」

「りょーかいっ!」

「はぁい!」


 返事は良いのだが…不安になるのはおかしいだろうか。

 いや、そのようなことを考えている暇はあるまい。

 私は、とにかく走るだけだ。


 右へ、左へ、真っ直ぐ、時折振り返って。


 私はジーマを背負い、ソーニャを抱えたまま、走り続けた。

 今日ほど、私が馬人(まじん)族で良かったと思った日はない。

 馬人(まじん)族でなくば、これ程長く、人を抱えたまま走ることは出来なかっただろう。


 どこを向いても緑、緑、緑…。

 木々で満ち、草花で覆われ、茶色すら少ない。

 村の中に閉じこもっていては、見えなかった景色。

 いや、私は、何も見えてはいなかったのだ。

 両親を喪って以降、何も、見る気はしなかったから。


「…あっ、マヤちゃん!あそこ…」


 ふと、ソーニャが声を上げる。

 そのまま、私はソーニャが指した方向へと足を向ける。

 そこにあったのは、洞窟だ。

 細くて、小さい。


 行き止まりであれば、もし崩されでもすれば終わりであろう。

 だが、このまま行き先も分からぬ状態で逃げ続けるよりは、一旦あそこへ身を隠した方が賢明であろう。

 私はそう判断して、二人が壁にぶつかることのないよう、細心の注意を払いながら洞窟へ突入した。


「ココなら、アイツも入ってこれね―な!」

「ひとあんしんーっ」

「そうだな…」


 不安に思わせるようなことは言えないだろう。

 私は曖昧に微笑みながら、奥の方を目指した。

 運が良ければ、何処かに抜けられるかもしれぬ。


 ドシン、ドシンとボスの足音か、攻撃かが洞窟内に響き渡る。

 やはり、私たちが此処へ入ったと気付いておるのだろう。

 衝撃は伝わってくるが、天井が落ちるなどという程のものではない。

 とりあえず、命の危機は脱したのであろうか。


「ドコまで行くんだ?」

「何処かへ繋がってはいまいか、と思ってな」

「たんけんーっ」


 ある程度進むと、真っ暗で何も見えなくなった。

 しかし、二人は灯りの魔術も扱えたようで、特に問題なく進んで行く。

 洞窟は狭く、一本道で、迷うことはなかった。

 そのまましばらく進んで行くと、魔術が必要ない程の明るさになってきた。

 これは、出口が近いのだろうと、期待して進んで行くと、とうとう洞窟の終わりに到着した。


「これは…」

「わぁ…!」

「おお、すっげぇ!」


 開けたそこは、一面の花々で満たされていた。

 赤、青、黄色、橙、桃、紫……。

 あらゆる色が咲き乱れている。

 ふわりと香る香りが、甘く私たちを迎え入れる。


「わーいっ」

「おーい、マヤも来いよーっ!」


 いつの間にやら、私から降りていたらしい二人が、手招きをする。

 夢のような景色だ。

 なんと美しいのだろう。


 私は、ゆっくりと二人の方へ歩み寄って行って、二人と同じように、その場に寝転んでみた。

 最早追い来る気配はなく、恐ろしさも一切ない。


「このような場所があるとはな…」

「すげぇなぁ!逃げて来て良かったな、マヤ!」

「楽しいねぇ!」

「二人とも…」


 先程までの危険など、すっかり忘れたように、いや、二人にとってはそのようなものはなかったのだろうが、心底楽しそうに笑う。

 此処は別の種族とは言え、村長としては叱らねばならぬ場面なのやもしれぬ。

 だが、私も妙に笑いがこみあげて来ておった。

 恐らくは、私も楽しかったのであろう。

 これでは、二人のことは言えぬよな。


「…うむ。今日はとても楽しかったぞ」


 二人と一緒におると、初めての経験がたくさん出来るようだ。

 楽しさも、恐ろしさも。

 何故なのだろうな。

 不思議な感覚ばかり味わう。


「じゃあ、今日からオレら友だちな!」

「そうそう、お友だちだよっ」

「…」


 両側から、ギュッと手を握られる。

 それでも、出かける前までの焦るような感覚は、もうない。

 私は、ギュッと握り返した。


「うむ!我らは今日から友人だ!」


 そうして私たちは、そこで迷子であることも忘れて遊んだ。

 最終的に、偶然この場を知っていたと言うシンジュがやって来て、村まで一緒に連れて帰ってもらった。

 大人たちから怒られる羽目にはなったし、村長失格なのやもしれぬが…今日という日は、とても尊く、美しく、私の胸に刻まれることとなった。


 私は、立派な村長になろう。

 だが、時には普通の子どものように、ジーマやソーニャと共に遊ぶのも良かろうと思う。

 その方がきっと、とても、楽しく生きていけるであろうから…。

木「え?偶然じゃないよ、勿論。心配だったのでつけてた」

ミーシャ「なかなかお戻りにならないので、心配しました」

ユーリャ「ボスは俺様が仕留めてやったぜ!流石は世界のユーリャ様。この俺様の手にかかれば、どんだけ大きかろうが、意味などないのであるっ!」

スレイ「…そして、ボスはスタッフが美味しく頂きました」

木「スタッフって何!?てか、スレイさんボケんの!?」

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