マヤちゃんのはじめてのおともだち(中)
「ドドーン!ここがオレらの穴場ってヤツだぜ!」
「あなばぁー!」
「あ、穴場…?」
二人に手を引かれて、連れて来られた先は、森の中の何処かだった。
私はあまり森に赴いたことはないし、詳しくは分からぬのだが。
ずっと続く木々の中、ポカンと開いた小さな空間。
そこには、ワラワラと何らかの生き物?が屯している。
穴場と言うからには、何かがあるのだろうが…あれらが目的なのか?
「此処へは、何をしに来たのだ?」
「何って…狩りだけど?」
「狩りだよー!」
「狩り?」
何を当たり前のことを、とばかりに二人は目を丸くする。
だが、私はまだ何も説明など受けておらぬ。
分かる方がおかしかろうよ。
それとも、私がおかしいのだろうか。
子どもの間では、当然に分かる話なのだろうか。
「あれらを狩るのか?しかし、狩りは大人の仕事と聞いておったのだが…」
「そうだよ。オレらのは、趣味だ!」
「シュミと言うと…」
また知らない言葉が出て来た。
シンジュより言葉は使えるようにしてもらえたが、それでもまだ、独特の言い回しなど、分からないことも多い。
首を傾げていると、ジーマが誇らしそうに教えてくれた。
「シンジュ様が言ってた。趣味ってのは、仕事とかカンケーなく、自分のスキなこと、を言うんだってさ。だから、今からやる狩りは、オレらの趣味ー!」
「好きなこと…」
好きなこと、楽しいこと。
両親を喪ってからしばらく。
そのようなことに興じた覚えがない。
何をしても、心は一つも動かなかった。
私には、趣味、などと呼べるようなものは一つもない。
…妙に物悲しい気持ちになるが、二人が楽しそうにしておるのだ。
此処で私がそのような感情を表に出して、二人の楽しい、という気持ちを削る訳にはいかぬよな。
私は気付かれぬように小さく深呼吸をし、再び生き物らへと視線を戻す。
「二人は、あれらを狩るのが好きなのか?」
「んー…何でもいいけど、緑色兎はさー、美味しいんだよな」
「あとねー、ボスが出てくるんだよ!」
「そうそう。あの辺にいる小さいのを狩ってると、デッカいボスが出てくるんだ。これがまたなー、スリル!って感じで面白いんだ!」
「そうなのか…」
ボスの意味が良く分からないが…ジーマが身振り手振りで示してくれたことから相当に巨大なのだろう、とは理解した。
群れで一番強い長なのだろう。
「…それにしても、アレが緑色兎だったのか」
「知らなかったの?」
「いいや。知ってはいたぞ。私は好まぬが、村人の中にはアレの肉が好きな者もいてな。時折食卓に出ることがあったからな。ただ…生きている姿を見るのはこれが初めてだ」
「へぇ…変わってるな」
「あたしたちはねー、カイタイのお手伝いもするんだよ!」
ふふんと、自慢げに鼻を鳴らすソーニャ。
ジーマも、何故知っていて当然のことを知らないのか、と不思議そうな顔をしている。
年の近い二人が知っているのに、何故私は知らぬのだろうか。
やはり、私は世間知らずというヤツなのだろう。
情けないにも程がある。
そのような人に、長が務まるものか。
こうなれば、最初に考えていた通り、何としてでも伯父上やシンジュを説得し、何か仕事を手伝わせてもらわねばならぬな。
仕事に携わっておれば、きっと私でも成長出来る筈だ。
「知らぬものは仕方がない。今覚えれば済む話だ。…ジーマ、ソーニャ。手間をかけるが、私に狩りの仕方と、あとカイタイとやらの仕方も教えてはくれぬか?」
私がそう問いかけると、ジーマとソーニャは顔を見合わせた。
何か気になることでもあったのだろうか。
少しばかり不安に思った時、二人は満面の笑みを浮かべた。
そうして、グリンッと勢い良く私の方を見る。
「任せろ!」
「モチロンだよ!」
「…そうか!」
私はホッと胸を撫で下ろす。
とりあえず、これで私と同じ年くらいの者が通常知っているべき知識は、今日得ることが出来る。
そう考えてみれば、仕事を貰うことは出来なかったが、遠回りをした訳でもないのかもしれぬな。
焦ることはない。
今までのように、いつ来るとも分からぬ終わりに怯える必要もないのだ。
両親の仇の件もあるが…今は気にしている余裕はない。
私はこれでも長なのだから。
毅然としておらねば。
「それで、まずは何をしたら良い?」
とにかく、今は二人の方が私より経験値が高いことは事実だ。
まずは二人の指示に従って、実践してみて…話はそれからだ。
そう思って尋ねると、ジーマは片手を腰に当て、もう片手を緑色兎に向けて、元気良く叫んだ。
「突っ込む!」
その表情に迷いはなく、寧ろ輝いているくらいだ。
だが、その声の大きさに、緑色兎たちは私たちの存在に気付いて、パッと逃げ出し始めた。
「は?」
私は、事態が理解出来ず、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。
狩りと聞いて、私が思い浮かべる動きと異なっているのは、気のせいだろうか。
私の経験がないからそう思うのか?
「レッツゴー!」
「ゴー!」
「ま、待つのだ二人とも!」
困惑する私を余所に、二人は素手で駆けて行く。
作戦などあったものではない。
罠にはめるとか、そういった動きも一切ない。
これは…つまり、これが正式な狩りの仕方ということか。
きっと大人たちが弓矢や剣を持ち、罠を張るのは、相手がもっと大物だからで、緑色兎程度、この身を武器として狩るのが普通なのだろう。
何なら、私たちくらいの子供の仕事なのかもしれない。
なるほど。
止めるなど、愚の骨頂であったな。
見てみると、ソーニャはなかなか苦戦しておるが、ジーマなどは既に一匹仕留めておるようで、耳を持ってそのまま次へと突進しておる。
「私もやるぞ!」
意を決して、私も立ち上がる。
因みに、魔術を使っても良いのだろうか。
私は魔術は大して使えないが、身体強化系の魔術なら扱える。
自分を強化することしか出来ないが…いや。
二人には、何かをしている様子はない。
私も、生まれたそのままの力で向き合うべきであろう。
「たああっ!」
「キュキュッ!」
最も近くにおった一匹に狙いを定める。
ふわふわとした愛らしい毛玉が、私の勢いに驚いて飛び跳ねる。
くっ…私の身長の何倍もの高さまで飛びおるとはな。
お陰で、伸ばした手は空を切ってしまった。
しかし、初めてでいきなり成功する筈もあるまい。
落胆しておる場合ではないぞ、と自らを鼓舞して、また次に挑む。
「キュイッ!」
なんと厄介な。
小馬鹿にしたように、右へ左へ、自由自在に動き回る緑色兎。
手も足も出ないとは、このことか。
いや、諦めてはならん。
ジーマは次々に捕まえておるのだ。
私に出来ぬ筈がない。
「むぅぅっ、逃げちゃイヤー!」
「ソーニャはもう飽きたのか?」
「違うもんっ。今日こそゼッタイ捕まえるんだもんっ」
…ソーニャも、未だ捕まえたことがなかったようであるな。
少しは安堵するが、此処で安堵していては、成長は見込めぬ。
必ず捕らえようぞ。
そして、あわよくば伯父上に私を認めさせるのだ。
「キュキュキュッ!」
「くっ…もう少し…っ」
何度目か、手が空を切った時、ふとジーマが私を呼んだ。
「なぁ、マヤ!」
「何だ!今忙しいのだが!」
「コツ知りたいか?」
「……」
確かに、既に何匹も捕まえているジーマからコツを聞けば、多少なりと私も上手くなるであろう。
普段ならば、すぐに頷いているところではあるが…何故か、今は素直に頷きたくないような、複雑な心境に陥った。
不思議なものだ。
此処で意地を張ったところで、良いことなどないのに。
村長としては、そのような意地など不要だ。
何よりも、素早く、また合理的な判断が求められる。
けれど、今は私は村長としての判断を求められてはいない。
自由に、決めて良いのだ。
最善はすぐに聞くことだろう。
分かってはいるが、私は躊躇った。
「知りたくない?」
「っ…今は良い!」
「そっか、頑張れよー!」
聞こうとしない私を、ジーマは責めない。
私は今、我儘を言ったというのに。
それが妙に、面映ゆい。
「キュイキュイーッ!」
「っ!!い、今だ!!」
一瞬気が殺がれたが、私は緑色兎が飛び上がった時、此処で着地点まで先回り出来れば、確実に捕らえられると気付いた。
私は、魔術は大して使えない。
しかし、身体能力に秀でた馬人族の一員なのだ、私は。
必ず間に合うし、拘束出来れば勝てると、確信する。
「此処か!!」
「キュイッ!?」
土煙が舞う程の勢いで、私は地面を蹴り、着地地点へ身体を躍らせた。
私の動きに気付いた緑色兎は、ハッとしたように身体を捻る。
だが、ヤツは空を飛べる訳ではない。
今更避けようとしたところで無駄だ。
私は必死で腕を伸ばし、ヤツの耳を掴みとった。
「キュキュー!!!」
「つ、捕まえたぞ!!」
掴んでしまいさえすれば、後は此方のものだ。
力はたいしたことはないし、手足も短いから、抵抗のしようがない。
必死でバタついているが、決して逃がしはせぬぞ。
「ジーマ!ソーニャ!」
「おお。やったじゃん!」
「わぁ、マヤちゃんスゴーイ!」
純粋な拍手が、胸に沁み入る。
何故だろうか。
今まで伯父上や両親に褒められて来たことよりも、ずっと誇らしく感じる。
嬉しくて嬉しくて、泣きたいくらいだ。
誰でも出来る、当たり前のことが出来ただけなのに。
「けっこー捕まえたし、その辺のツタでしばって持って帰ろうぜ!」
「さんせー!」
「うむ」
ニコニコと笑い合いながら、戦果を持ち帰る。
しばらく暴れて、力尽きた私の獲物も、ジーマに預けて。
合わせて十匹くらいか?
私は一匹しか捕らえられんかったが、まずまずだろう。
次の機会には、もっと多く捕らえてみせようぞ。
「あ」
「ん、どうした?」
一人で頷いていると、ジーマが私の背後を見上げて呟いた。
何が起きたのかと思って、私もゆっくりと振り返る。
そうして、思わず固まった。
「ギヤオオオオオー!!!!」
……。
……私たちの小さな身体など、容易くその影に飲み込まれてしまう。
何倍も何倍も大きい、巨大な緑色。
化け物とでも言えるような存在が、ギョロリと血走った赤い瞳で私たちを見下ろしている。
バキバキと、なぎ倒される木々が、その力強さを物語っている。
「やべぇ、ボス出て来た!」
「うわぁ、おっきいねぇ!」
「の、呑気なことを言ってる場合か!逃げるぞ!!」
私は、サッと血の気が引くような思いを感じながら、二人の手を取って駆け出した。
戦果を置いて行かねばならんのは残念だが…命より大事なものなどあろうか。
しかし…ボスとやらがあんなに大きいとは聞いていないぞ、ジーマ!!
私の声なき声は、果たして森に響き渡っただろうか。
きっとそれも、あの化け物の足音に、かき消されたのではないかと思うのだが、必死で逃げる私には、知る由もないのである。
【緑色兎】
<分類:魔物。
主に森に生息する、魔素を多く身体にため込んだ兎。
臆病で、他の生物の姿を見ればすぐに逃げ出すが、相手が自分たちよりも下だと判断した場合、からかおうとする、不思議な習性がある。
しかし、決して強くはない為、寧ろ普通の兎よりも、容易に捕まることが多い>
木「ふわふわモコモコで、可愛い兎って感じだな。色以外。ちょっと飼いたい」