とあるエルフの決意
今章は間章という名の、主人公以外のキャラクター視点の物語になります。
今回は第一章のヒロイン(?)力持ち系美人さん、ミーシャちゃん語りです。
私の名前はミーシャ。
誇り高き森のエルフの長一族の末子である。
そして、有難くも魔素に恵まれた私は、結界を張る大役を任されてもいる。
けれど、先日のシンジュ様の活躍によりこの森における長年の争いに、一時的であろうが、ついに終止符が打たれることとなった為、そこまで切迫したお役目ではなくなった。
本当に、シンジュ様は有り難きお方だ、と思う。
これまで、私たちはいつ来るとも知れない他種族からの襲撃を恐れ、結界の中に引き籠っていた。
私も、結界を絶やせば我が一族は滅ぶのだろうと思っていて、酷く怯えていた。
幼い頃より結界を張っていた私は、その時点のシンジュ様の力が衰えていくことを、強く実感していて、迫り来る終わりを、恐らく誰よりも分かっていたのだ。
前のシンジュ様は、今のシンジュ様のように雄弁な方ではなかったから、最期を迎えようとしていても、何のお言葉もなかった。
ただ、申し訳なさそうに葉を揺らすだけで。
私はそっと、前のシンジュ様に触れる。
生気が抜けてしまったような、弱々しく脆い幹。
以前は感じられた脈動のようなものは、微かにしか感じられない。
木としては、まだ生きてはいるが、シンジュ様としては死んでしまったのか。
果たして何年、シンジュ様として頑張って頂けたのだろうか。
私の力がもっと強ければ、もっと長く生きて頂けたかもしれないのに。
シンジュ様の位置は、昔から決められている。
その場に、現在のシンジュ様をお迎えする際、前のシンジュ様には隅の方へどいて頂いている。
だから、此処からでは村の状況はあまり見えない。
それが何となく、物悲しくもある。
「ミーシャ。前のシンジュ様とお話しておりましたの?」
「ニーカお姉様」
ほう、と溜息をついた時、ニーカお姉様が心配そうに声をかけて来た。
お姉様は、気が強くて行動力に富む為、良く勘違いされるが、とても繊細でお優しい心を持った、素敵な女性だ。
こういう、私が少し弱気になった時には、必ずニーカお姉様が側にいてくれる。
それは、お姉様が主に村の外でお仕事をされるようになった今も、変わらないようだ。
「いいえ…。元々お話はしない方でしたけど、もうあまり力も残されていないようで、私の声も聴こえているかどうか…」
「そうですの…」
ニーカお姉様は、寂しそうに眉を下げて、そっと前のシンジュ様に触れる。
優しく触れたのに、パキと、何かが割れるような音がした。
そんな音も、切なく聞こえる。
お姉様は驚いたように手を離して、それから私の方へ視線を戻した。
「あたくしは、ミーシャと違ってあまり魔素には恵まれませんでしたし、シンジュ様のお声を窺うのは、今回が初めてですのよね。此方のシンジュ様は、どのような方でしたの?」
具体的な会話をかわしたことはなかった、と思う。
それでも、私が何かを伝えれば、一緒に喜んで、驚いて、哀しんで、怒ってくれたことは覚えている。
言葉以上に真っ直ぐに、感情を伝えてくれた存在だった。
「何と表現したら良いのでしょうね…」
言いたいことがたくさんあって、言葉が見つからない。
優しいような、厳しいような、無関心なような。
「…ああ、そうだ。ニーカお姉様は、真実の鏡ではなく…自分の姿を確認する為だけに使う姿見の鏡、という物を御存知ですか?」
「ええ、勿論でしてよ。このあたくしの美しさを、あれ程忠実に映し出せる物が存在するのかと、初めて見た時は驚いて程ですわ」
少し考えて、思い出した。
揺れて、かき消えてしまうこともある水面とは違う。
もっとハッキリと、姿を映し出してくれる姿見。
「姿見のような方でした。私が求めていても求めていなくても、その時の私、そのものの姿を教えてくれる」
「そうですの…。褒めて、また戒めてくれる方は貴重だと言いますものね。貴方にとっては、そのような存在だったのでしょう。…まぁ、あたくしは完璧な存在ですから、そのようなものは必要ございませんけれどね!おほほ」
…ニーカお姉様も、こういうところが無ければ、言葉通り完璧なんだけどな。
私は思わず苦笑を洩らすが、お姉様には気付かれていないようだ。
聞かれても答えに困るのだから、良いのだけれど。
「それにしてもミーシャ。貴方、何処で姿見なんて見ましたの?うちには置いてございませんし、森の中にはそもそもなかったはずでしてよ」
「はい。以前一度、アリョーシャお兄様が見せてくれたんですよ」
「…何ですって?」
あ、しまった。
私はハッとして口を押さえる。
けれど、もう言ってしまった言葉は戻らない。
「あの男!このあたくしに何の断りもなく、里帰りをしていたと言いますの!?最悪ですわ!あの女好き!ミーシャも同じ世界に引っ張り込むつもりですわね!?」
「お、お姉様…」
「出て来やがれ、ですわ!一発あのヘラヘラした顔を殴らなければ気が済みませんことよ!」
「…い、今はいませんよ?」
ニーカお姉様の前で、アリョーシャお兄様の話は禁句だった。
何で言ってしまったのだろう。
多分、気が緩んでいたのだろうな。
こうして、命の危険を考えずに雑談出来る日なんて、今までなかったし。
「あ、いたいた。ミーシャ!シンジュ様が呼んでたぞ」
「ユーリャお兄様」
どう止めたら良いかと悩んでいると、ユーリャお兄様がやって来た。
私に笑顔で駆け寄ってきて、それから怒り狂うニーカお姉様を見て、顔を引き攣らせる。
「…つーか、ニーカ姉荒れてんなぁ。どうした?」
「アリョーシャ!あのクソ野郎!×▽#$)でしてよ!!」
「…お前、もしかして言っちゃったのか?」
「はぁ…」
お姉様の言動から察しがついたのか、お兄様は納得したような顔をする。
あまり周囲のことを考えていないような言動が目立つけれど、ユーリャお兄様は本当は誰よりも察しが良いと思う。
「仕方ねぇなぁ。ミーシャ、お前はシンジュ様んトコ行ってろ。ニーカ姉は俺が何とかしといてやっから」
「えと…すみません。お願いします」
「おう」
私は少しだけ悩んでから、お兄様にお任せすることに決めた。
私が残っても、多分お姉様は正気に戻らないだろうし、何よりもシンジュ様が私を呼んでいるのなら、急がなくてはならない。
**********
馬人族の襲撃よりしばらく時間が経っている。
それでも、良くぞ此処まで持ち直した、という程に、村々は活気を取り戻しつつあった。
私たちの村は今まで通り、その周辺に三種族の家が徐々に建てられて来ており、それぞれを囲うように結界を張っているが、敵意がない者は通り抜けられるように作られているから、割と普通に四種族が語らい合っている場面も見られる。
あれだけ憎しみ合っていたと言うのに、不思議なものだ。
本当は、そうではなかったということなのだろうか。
直接誰かに襲われる姿を見た訳ではないから、馴染むのも早かったのか。
とは言え、家族を奪われた経験がある人は、あまり関わろうとしていない。
それはそれで、構わないのだと思う。
心の傷は、時間がきっと癒してくれるから。
そんなことを取り留めも無く考えながら、いつもシンジュ様がいらっしゃる広場へと足を向ける。
位置をズラして、四種族の中央になるように苦心したのは記憶に新しい。
何処からでもシンジュ様のお姿が見えるように、誰からでもシンジュ様のお姿が見えるように。
多分皆で協力し合ったあれが、種族間の溝を、少しだけ埋めてくれたのだろう。
「ミーシャ。これ、どう思う?」
「シンジュ様…そのお姿は一体…??」
ようやく到着すると、シンジュ様はいつものように、人の姿に化けていた。
初めて見た時は仰天したものだが、今となっては、木の姿のシンジュ様と、人の姿のシンジュ様が同時に視界に入っても、違和感すら感じなくなった。
これもシンジュ様の魔術らしいけれど、どうなっているのだろう。
それはともかくとして、私は思わず瞬きを繰り返す。
何故ならば、人の姿のシンジュ様は、今まであくまでも人の姿をしているだけであって、色などは木だと分かるような、茶色をしていた。
髪も服も手も、すべて木製で、動く人形といった印象だった。
それが、今見ると不思議なことに、髪も服も肌も、きちんと人に近い色合いへと変化していた。
質感も、まるで普通の人のように見える。
「凄いだろ?服も木も、同じ繊維。細かくしてやれば、普通になるし、植物も顔料になるし、たくさん研究したら、魔術覚えた」
「難しくて良く分かりませんが…シンジュ様の魔術なのですね」
「そう!」
これで街にも行ける、と嬉しそうに話すシンジュ様。
表情の変化は相変わらず乏しいけれど、それでも随分と人のようになった。
街にも行ける、というのは、シンジュ様の好奇心なのだろう。
普通ならば、もう森に興味などないのかと、不安になる場面なのかもしれないが私はそうは思わない。
今のシンジュ様は、とても心配性で、たくさん考え事をする方ではあるけれど、反対に、自分へは、あまり興味関心がない方だ。
隠している様子もあるけれど、触れてみて、直接繋がってみれば、すぐ分かる。
自分のことをあまり自分で決めようとしないシンジュ様は、きっと、私たちが求め続けていれば、例え何処に行っても、此処に戻って来てくれる。
そう、思うのだ。
「シンジュよ!共に散歩へ行こうぞ」
「シンジュ様!遊ぼうぜ!!」
「散歩散歩ー!」
パタパタと、馬人族の長である女の子、マヤさんと、森のエルフの子供たち二人が駆け寄ってきて、シンジュ様に抱き付く。
シンジュ様は、そんな彼らを、嬉しそうに、そして、不思議そうに見ている。
時折、こうして不思議そうな顔をなさるのが気にかかる。
「マヤ。言葉上手くなったな」
「うむ。シンジュにスキルを与えてもらったからな」
頭を撫でて貰って、嬉しそうに目を細めるマヤさんは、エルフ語で話している。
必要に駆られたのか、先日シンジュ様から頂いた、とのことだった。
努力してもなかなか上手くいかないことが、シンジュ様を介すると、ある程度簡単に覚えることが出来るのだから、不思議なものだ。
「ところでシンジュ様、御用と言うのは…」
「感想聞きたかっただけ。あと、皆で一緒に遊ぼう」
マヤさんとは、ご両親の一件があるから、少し話しづらいところがあるんだけどシンジュ様から言われたら断れない。
私は苦笑気味に頷いた。
そうすると、マヤさんは心底不思議そうに言う。
「もしやお主、未だに私に遠慮しておるのではあるまいな?」
「え、いや、そのようなことは…」
「しつこいぞ!まったく…男ならば、過去に囚われるでない!」
「面目ありません…」
強い子だ。
私よりもずっと年下だろうに。
両親を亡くして辛いだろうに。
取り留めも無くそんなことを考えていると、シンジュ様が私を見つめていることに気付いた。
何故だか、固まっているように見える。
「シンジュ様?」
「どうしたのだ、シンジュよ」
「あれ、シンジュ様壊れた?」
「ええ!?だ、大丈夫、シンジュ様ー!?」
瞬きすらしない…のは、いつも通りか。
でも、本当にピクリとも動かない。
「今、マヤ、何て言った?」
「今?どうしたのだ、と言ったが…」
「その前だ」
「?こ奴に言ってやったところだな。私の両親を襲ってきた者と判断し、やり過ごしたことに罪悪感を感じ、未だに気にしているものだから、お主も男ならば、過去に囚われず、大きく生きろと…」
「男って言った?」
シンジュ様は、何を仰りたいのだろう。
マヤさんは、何かおかしなことを言っただろうか。
「言ったが…」
「ミーシャ、まさか、そんな、いやでも、あの……男の子?」
「……」
あれ。
今私は、一体何を聞かれているのだろうか。
そんな当たり前のことを、どうして今更。
「シンジュよ。何を言っているのだ。こ奴は立派な男であろう。なぁ?」
「え、ええ…」
「!!!???」
シンジュ様が、何故か言葉を失ってしまう。
ま、まさかとは思うけれど、シンジュ様って、私のこと…女の子だと思って?
………そ、そそそそ、そんな、ま、ま、ままま、まさか…!!!
「うっ…嘘だぁあああああああ!!!!」
「おーい、シンジュ様!?何、オニゴッコか!?待て待てー!」
「あっ、あたしも行くのっ!シンジュ様ー!」
……。
走り去ってしまうシンジュ様。
木のシンジュ様はそこにいらっしゃるけれど、今はとてもじゃないけど、話しかけられるような気がしない。
「ま、まぁ何だ。気にするでないぞ、ミーシャよ…」
「あ、有難うございます…」
私の名前はミハイル。
通称がミーシャ。
誇り高き、森のエルフの長一族の末子…息子である。
とんでもない勘違いをなさってはいたけれど、シンジュ様が大切な方であることに変わりは無いし、私には力だってある。
これからも、誠心誠意お支えして、この村が、森が、より良くなっていくように努める所存である。
…でも、どうして私のことを女の子だと思ったのだろうか?
永遠の謎である。
木「いや、だっておかしいよな!?俺がおかしいの!?だってミーシャちゃんはミーシャちゃんで、めっちゃヒロインっぽかったから、絶対女の子って思って…いやでも、そう言えばステータスに性別不明とかついてたような気がする…だって誰も男だとか言わなかったしおかしいってこんなの夢かもしれないような気がしないでもない…」
木は、混乱している。