11.前日譚
導火線に火がつく。
ついたらもう、止められない。
真っ直ぐに、真っ直ぐに、本体を目指して進んで行く。
チリチリ、チリチリ。
火薬が鳴く。
徐々に近付いて来るその音に、僕は眉を顰めた。
僕が、この国の王子としての生を受けてから、凡そ十五年。
いよいよ、この国の土台に仕掛けられた爆薬が、爆発する時が近付いていた。
幸いにも、他の国が手を出して来るようなことはなかった。
だから、僕としてはこのまま、平和な時間を過ごせるのではないかと、そのような錯覚を抱くこともあった。
けれど、駄目だった。
溜まりに溜まった不平不満は、行き場を失い、ついに間欠泉の如く、噴出するまでになってしまったのである。
奴隷の彼らは、知らないのだろう。
今まで、命令に逆らって殺された者たちは、皆拷問の末に殺されたから。
自分たちを縛る魔術に、そこまでの力があるのだ、ということを。
恐らく、このまま蜂起すれば、僕の父親は、間違いなく躊躇なく殺すだろう。
だが、どちらも分かっているのだろうか。
国王を討つべく立ち上がったのは、心神を喪失していない奴隷の殆どすべて。
全員が死ねば、この国は立ち行かなくなる筈である。
奴隷は大切な者を失い、国王は国民を失う。
そのような果てに、意味などあるのだろうか。
それに、奴隷は何も、この国だけに必要な存在ではない。
革命に成功したところで、それ以上の武力を持つ他の国に、支配されてしまうのがオチだ。
ただ生きたい僕にとっては、どちらの結末も、受け容れる訳にはいかない。
こうなってしまった以上、僕に残された道は、ただ一つ。
ー…僕が、王となること。
間違っているのかもしれない。
もっと良い道があるのかもしれない。
けれど、残念ながら僕にはこれしか思いつかなかった。
蜂起する以上、誰も隷属魔術の威力を知らない筈だ。
そんな彼らを説得することは、恐らく不可能であるし、自らに此処まで確固たる意思を持って歯向かって来た者を、父親は許さないだろう。
どちらの側からも止められないのだ。
それでも、僕にとって最高の結末を導き出したい。
僕にとって最高の結末とは、これから先、心穏やかな人生を送ることだ。
それをするには、どうしたら良いのか。
まず目下のところで、父親に退いてもらう。
両親がいるままでは、僕の望み通りの道を描けない。
此処まで憎しみが募った中で、あの人達に居て貰うことは出来ない。
それから、隷属魔術の強力さを奴隷たちに身をもって理解してもらって、彼らを丸ごと、僕の支配下へと置く。
そうすることで、これからも国としての体裁は保たれることになるだろう。
同時に、国力も増強していけば、僕の行く末は安泰である。
僕が欲しいのは、平和に暮らせる未来。
一人でこの国を抜け出して、いずれ生き残りの王族め、と追手をさし向けられでもすれば堪らない。
この国でこのまま、向き合っている方が安心出来る筈である。
「あら、殿下。どうなさったの?すっごく憂鬱そうですけれど?」
「ああ、リュミネールか」
「ああ、リュミネールか…じゃないわよ。本当にどうしましたの?いつもの殿下ら
しくありませんけれど」
僕に声をかけて来たのは、リュミネールという名前の女性だ。
水色の長い髪に、意思の強そうな金色の瞳。
モデルのように、スラリとした姿の彼女は、見た目に反して間諜などと言う難しい仕事を行っている。
何年か前に、他国の情報を欲した僕は、父親から彼女に関する情報を得たものの流石は間諜と言うべきか、なかなか接触することは出来ずにいた。
そうしている内に、突然彼女本人からコンタクトがあり、結局今に至る、という流れになっている。
僕も、未だに彼女がどうして僕側についてくれたのかは分からない。
それ程、リュミネールの言動は、理解不能だった。
隷属魔術で縛られているにも関わらず、自由奔放な発言を繰り返すし、主を敬うようでいて敬わないし…だから僕は、彼女と話していると、時折此処が穏やかだった日本なのではないかと、錯覚することさえある。
彼女の日本では有り得ない髪色を見ていれば、すぐに気付くのだが。
「まさかとは思うけど、不安にお思い?」
「さて、どうなのかな…」
「殿下には、この私が付いておりますのよ?万が一にでも、殿下が傷付くことはあり得ませんわ。安心なさって」
「そうだね。信じているよ、リュミネール」
彼女の腕は、いっさい疑っていない。
どのような危険な土地からも、ほぼ無傷で戻ってくる上に、いつも重要な情報を持ち帰って来てくれる。
それこそ、僕が「声」を聞くことが出来なかったとしたら、その報告のすべてが作り話なのではないかと疑ってしまったかもしれない程だ。
それは、単なる腕っ節とは違う意味なのかもしれないが、十分だ。
僕にとって彼女は、出来過ぎた手ごまだ。
「なら、一体どうなさったのよ。今更怖気づいたとでも仰りたいの?」
「まさか。僕は、すべての犠牲の上に生き残ることを決めている。たかが感傷程度に邪魔されて堪るものか」
たかが感傷。
その中に、今までの僕のすべてが詰まっている。
日本人の僕も、きっとそこに居る。
それを、今まさに僕は切り捨てるのだ。
そのようなものは、幻想だと、まやかしだと、世迷言だと。
「「ご主人様」「マスター」「エリオット」「エリオ様」」
ぼうっと、風の音に耳を傾けていると、レイが僕を呼んだ。
僕はすぐに、本当は来て欲しくなかった日が来たのだと、理解した。
「「逃げないのですか?」「逃げないのか?」「逃げないと殺されちゃうよ」「これから、どうなさるおつもりですか」」
僕はカップを傾ける。
ゆったりと、液体が喉に流れ込む。
そうして僕は口火を切る。
物語を始めるのは僕だ。
ああ、吐き気がしそうだ。
エリオ「区切りの問題で、非常に短いです。申し訳ありません」
リュミ「ここからこの章の01話に繋がるのよ。」
レイ「リュミネールさん、01話にいました…?」
リュミ「いたわよ?だって私、間諜だもの。見えなくて当然よ。うふっ」