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異世界×転生×etc.~気付けば木とか豚とか悪役令嬢とかだった人達の話~  作者: 獅象羊
第一章/木になった俺と、最果ての森の四種族
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06.長考と急展開

 翌日、俺は恐らく誰よりも早く目を覚ました。

 村の中に人の気配は殆どなく、鳥の気配すら感じられなかった。

 まだ周囲は真っ暗で、夜が明けていないのだ、という簡単な事実に、俺は少し遅れてから気が付いた。


(何かこの二日、三日怒涛のような急展開を見たからなぁ。興奮して、眠りが浅くなってたって所か。本当に木が興奮するのかって言われたら分からないけど)


 軽く内心で溜息をつくと、折角人よりも早く行動を開始出来たのだから、情報を簡単に整理して、これからやるべきことを改めて把握しておくのが良いだろう、と結論付けると、すぐに図鑑を開いた。


 昨日村長さんの話で聞いた単語に、newマークが付いている。

 その前にミーシャちゃんから聞いた単語からは、newマークは消えている。

 この辺の判定はどうなっているんだろう。

 一日単位ではなく、会話単位なのだろうか。

 …いや、まぁこれは別に後でも良い。


 俺はふるふると震えながら逸れそうになる思考を引っ張り戻す。

 昨日聞いたこの森の情報。

 森のエルフ(フォレルフ)馬人(まじん)族、森の子鬼(フォブリン)森梟(もりふくろう)達四種族の諍い。

 森のエルフ(フォレルフ)に力を貸し続けていたシンジュ。

 シンジュの限界。

 そこに現れた俺。

 普通のシンジュですらなく、ステータスを持つ特異な存在である俺。

 俺に力を貸してくれるように頼む森のエルフ(フォレルフ)

 力を貸すと言っても、媒介としての役目が期待されている。

 さて、俺はそんな中でどう行動すべきなのか。


(うむむ…やっぱり圧倒的に情報が足りないな…)


 俺が詳しく話を聞けたのは、ミーシャちゃんと村長さんの二人。

 二人とも森のエルフ(フォレルフ)で、しかも親子。

 疑っている、という程ではないが、意見が片方に固まってしまっているのは、手放しに信じられるようなものではない、と俺は思っている。

 これは、元々の俺の価値観だから、正しいかは難しいところだけど。

 記憶が曖昧だろうと、価値観に揺らぎはない。


 だから、可能であれば、他の種族の話も聞いてみたいところだ。

 俺が見た他種族と言えば、なんか下種っぽい顔をした馬面だけだからな。

 あれを見ただけで、あいつらが完全に悪人だと判断はし辛い。

 直接意見を聞いていないし、加えて開戦のキッカケが曖昧過ぎるのも頂けない。

 俺がここに現れたことと言い、何者かの作為を感じてしまい、余計に素直に目の前に丁度良く用意されたシンジュという立場を受け容れがたく思ってしまう。


 俺が穿って見過ぎだろうか。

 いや、慎重に慎重を重ねるくらいで丁度良いだろう。

 何しろ、現状のすべてが異常と言っても過言ではないのだから。


(でも、まぁ当面の間、ミーシャちゃんに手を貸す分には問題ない、よな?)


 美人さんが困っているのだ。

 そこは男として、やっぱり助けになりたい。

 その為には、少しでも長生きする為に、スキル的なものを取ることだよな。

 魔力への親和性を高めて、多くの魔力が身体に流れても大丈夫なようにしておくこと自体には、デメリットはなさそうだし。


 俺は、うんうんと頷きながら図鑑を読み進めていく。

 昨日その辺の話を聞いている時に、新しい情報が開放されている様子だったからまずは確認しなくてはならない。

 何で昨日確認しなかったか?

 結構これでもいっぱいいっぱいだったんだよ!許してください。


(えーと、なになに?エルフ語基礎……取得条件達成!?)


 俺は自分の目を疑った。

 思わず、もう一度最初の行から目を通して行く。

 そこには、間違いなくこう記されていた。


【エルフ語】new


<分類:言語。

世界中のあらゆるエルフの共通言語。住む地域によって多少言い回しに差異は存在するが、基本的には殆ど違いはない>


【エルフ語基礎】new


<分類:(スキル)(生活)。

エルフの共通言語の基本的な所を理解し、使用出来るようになる。

あらゆるエルフの言葉を理解する為に必須の(スキル)

取得条件:達成。一定時間エルフ語を聞き続ける>


 えっ、聞き流すだけで良いの?

 何て簡単なんだろう。

 これはお買い得……って、違う違う。

 ついテレビCMを思い出してしまった。

 そうじゃなくて、今問題なのは習得条件を達成している、ということだ。


 昨日の時点でこの条件は恐らく達成されていたはずだ。

 なのに、俺は相変わらず彼らの言葉を言葉として理解出来ていなかった。

 これはつまり、条件は達成していても、取得はしていない、ということになる。

 困ったな。

 何か他に、取得する為に必要な動作があるなら、それが分からない。


 俺は首を傾げながら、改めてステータス画面を開いた。

 そうして、図鑑にもあった(スキル)(生活)の欄を開く。

 すると、割と分かりやすく俺の疑問に対する答えが載っていた。


(スキル)


<魔素を使用せず、己の肉体のみをもって行使出来る技能の事>


【エルフ語】


<基礎:取得条件達成。取得しますか?⇒はい/いいえ>


 分かりやすっ!


 俺は若干呆れながらも、選択肢を眺める。

 条件さえ達成すれば、スキルを取得するのは、思ったより楽そうだ。

 強いて言うのなら、戦闘中に何かを覚えようと思っても、なかなか出来ないような感じが、デメリットと言えばデメリットか。

 でもまぁ、そんなギリギリな状況にさえ追い込まれなければ大丈夫だよな。

 うん。フラグじゃないぞ!


 俺は躊躇うことなく強く「はい」と念じる。

 すると、独特な効果音と共に、取得しました、と表示が出る。

 それを確認すると、すぐさまステータスを開いて確認する。


 [状態][道具][技芸][称号]


 【名前】名無し


 【種族】???


 【年齢】0歳


 【性別】無し


 【称号】考える木


 【戦闘】


 【生活】


 〔エルフ語〕基礎・G


 …どうやら、生活の欄には、戦闘のように数値は表示されないようだ。

 まぁ、考えてみれば当然か。

 比較しやすい力とか強さと違って、比較し辛いものもあるもんな。

 おっと、そんなことよりも、無事にエルフ語を取得出来たことの方が重要か。

 エルフ語基礎の後ろには、Gランクとの表示。

 覚えたてだからか、一番低いレベルだ。

 それでも、さっぱり分からないよりは役に立ってくれるだろう。

 俺はホクホクしながらページを戻す。

 もっと取得条件を達成しているものか何かはないだろうか。

 それがあるかないかによって、俺の今後の身の振り方に大きく影響が出る。


(……まぁ、そう簡単にはいかないよな)


 ひとしきり図鑑を眺め倒してから、俺は深く溜息をつく。

 説明を聞いただけではあっても、スキルとか魔法とか、少しくらい覚えても良いんじゃないかと、淡い期待を抱いていたんだが。

 それは本当に甘かったようだ。

 仕方あるまい。

 ないものを欲しがっていても、現実は変わらない。

 もっと建設的なことを考えよう。


 まずは、今得たスキル。

 「エルフ語基礎」についてだ。

 どの程度分かるようになったかに関わらず、これは結構重要な一歩だと思う。

 何故ならば、これで村長さんが、俺のステータスをどれだけ確認出来るかが分かる可能性が出て来たからだ。


 村長さんは、俺がエルフ語を理解出来ないのを知りながら、普通に他の村人たちと会話をしていた。

 次に村長さんが俺のステータスをチェックするまでに、俺の前で漏らした言葉とチェック後に漏らした言葉が、まったく噛み合っていなかったり、ステータスを見たことで明らかに動揺してみせたりすれば、俺に対してやましいところがあるのだと確認することが出来る。


 これは、あくまでも村長さんが、俺の思考を読み切って、その上で罠にはめようとする程の策士ではない、という大前提に基づいている訳だが。

 あと、俺がちゃんと村長さんの微妙な変化に気づけるか、ということにもかかっている訳だが。

 その辺りの細かいことには目を瞑って、少しでも地盤固めをしておきたい。

 ボーッとしていて燃やされました、なんて最悪の未来は避けたいからな。


 本当ならば、色々と教えてくれた村長さんや、襲われていたところを間接的にとは言え助けたミーシャちゃんのことは全面的に信用して、助けになってあげたいところではある。

 けれど、そうして痛い目に遭うのはごめんだ。

 石橋は叩いて渡るのだ。


 …うん、これで大体俺の今後の対応は決まったかな。

 基本的に、村長さんやミーシャちゃんからもたらされる情報は、出来る限り吸収していく。

 特に身になりそうなことには、積極的にやっていこう。

 そして、四種族の争いの理由には興味はないが、それが判明するか、或るいは自分だけで行動出来るようになるまでは、この村の結界を張る手伝いだ。

 争いの理由が判明して、実は森のエルフ(フォレルフ)に同情の余地はない、となれば、俺は自分が死ぬことになっても、協力はやめようと思う。

 自分だけで行動出来るようになって、やっぱり信用出来ない、となったら、俺はこの森を脱出しようと思う。

 いずれにせよ、もっと情報が入るまでは、自分の身の安全を守る為にも、結界を張る手伝いは必須事項だ。


 それと、自分からはエルフ語を身につけたことは明かさないことだ。

 森のエルフ(フォレルフ)を信用出来るかどうかの試金石とするのだ。

 これに関しては、上手く立ち回らないと、逆に疑われて燃やされる、なんてオチすら有り得るから、慎重に行動しないとならない。


 …こんなところか。


「おはようございます、シンジュ様」


 俺の考えがまとまってきた頃、ミーシャちゃんが駆け寄ってきた。

 パッと空を見ると、薄っすらと明るくなって来ている。

 結構な時間、思考に耽っていたようだ。


「ああ、いけない。私としたことが」


 俺に言葉が通じないことを失念していたのか、ハッと気付いたように目を瞬くミーシャちゃんを見て、俺は密かに感動する。


 言葉が分かるのだ。


 昨日までは、まったく言葉として認識されなかったそれらが、普通に聞こえてくることの感動が、他の人には分かるだろうか。

 いや、きっと分からないだろう。

 俺も今この瞬間までは、概念としてしか分からなかったのだから。


「(おはようございます、シンジュ様)」

(おはよう、ミーシャちゃん)


 改めてかけられた挨拶に、俺は努めて自然に返答する。

 どうやらこのテレパシー的会話は、俺が頭の中で強く考えたことが伝わるようであるので、スキルについては具体的な言葉にして思い浮かべないように留意する。

 ここで気付かれてしまえば、色々台無しになる。

 …とは言え、ミーシャちゃんが村長さんより先に気付く可能性だってある。

 良く良く考えてもみれば、これ結構難易度高いな。

 いや、けど生きるか死ぬかの重要な局面だ。

 文句を言っている場合ではない。頑張ろう。


「(体調は如何でしょうか?)」

(もう大丈夫だよ。それより、ミーシャちゃんこそ、傷はもう大丈夫なのかい?)

「(ええ。自宅でぐっすり休ませて頂きましたから)」


 たおやかに微笑むミーシャちゃんは、本当に美人さんだ。

 そんな彼女を含め、森のエルフ(フォレルフ)たちも疑わなければならない現状を恨めしく思ってしまうのは、仕方ないだろう。

 本当であれば、何も考えずに平和に暮らしたいのだ。


(君が来たってことは、今日やることが決まったのかな?それとも、挨拶に来てくれたの?)

「(挨拶も勿論ですが、仰る通りです。今日は早速私と共に結界を張って頂きたいと思います)」


 よろしいでしょうか、と首を傾げる彼女の言葉に否やはない。

 決めた通りだ。

 まずは身の安全を第一にする。

 その為に、緩んだ結界を締め直すのだ。


(俺はどうしたら良いんだい?)

「(準備が終わるまで、このままでお待ちください。ただ結界を張り直すだけであれば、特に準備するようなものはないのですが、村人たちにとっては、これは儀式になりますので、ただ結界を張るだけでは、体裁が良くないと申しますか…)」

(鼓舞する必要もあるよな。うん、分かった。待ってる)

「(ありがとう存じます)」


 ペコリと頭を下げると、ミーシャちゃんは優雅に駆けて行った。

 俺はそれを見送ると、ぼんやりと村を見渡し始める。


 絶対数が少ない為か、それともいつ襲われるとも分からない為か、俺の想像する朝の喧騒からかけ離れてはいるものの、次第に村人たちが目覚めて来たのか、辺りから聞こえる声が大きくなり、人の気配が感じられるようになって来る。

 何となくそのことに胸を撫で下ろしていると、彼らの話し声が、ポツポツと耳に入って来た。


「新しいシンジュ様が村にお越しくださったらしいが、聞いたか?」

「ああ。昨日から広場に植えられている木だろう?まだ細くて小さいように見えるが、あれでちゃんと結界が張れるのか?」

「村で一番の力を持つミーシャ様が連れて来られたんだ。大丈夫だろう」

「…でもねぇ…私達、いつまでここにこうしていられるのかしら…」

「……」

「……」


 村人たちの興味は、殆ど俺に向いているようだった。

 聞こえて来た内容をまとめると、今のシンジュはかなりの巨木で老木らしい。

 今にも朽ちそうな見た目は、見る者に不安を与えていたと言う。


 反対に俺は、若木というか…細い植物というかな見た目だから、信頼性に欠けるという見方をする者が多いようだった。

 まぁ、それは当然だろう。


 とは言え、村長の娘であるミーシャちゃんが連れて来たということで、一応の信頼は勝ちえているらしい。

 今日きちんと結界を張ることが出来れば、村人が俺に対して害意を持つことは、ひとまずはない、と判断して良さそうだ。


 うん。

 思っていたよりも村人たちの考えとか様子が把握出来た。

 エルフ語基礎、取れて良かったな。


(それにしても、思った以上に村人たちが憔悴してるな…)


 隠れ住むのにも、精神的なダメージは大きい、ということか。

 隠れ住んでいる間に、一度も襲われたりしないのであれば、そこまででもないのかもしれないが、彼らは幾度か他種族に襲われている。

 それは当然、恐ろしいことだろう。

 そんな不安定な日が続けば、憔悴して来るのも当然だ。

 予想よりも遥かに、この村は危機を迎えているのかもしれない。


(俺が結界を張り直すだけで、本当に平和になるものなのか…)


 とても、大丈夫とは思えない。

 根本を解決していないのだから。

 少なくとも、ミーシャちゃんは俺さえいれば大丈夫、と思っているように見えるのだが…それは、どう解釈すべきだろうか。

 まだ若いから、判断が甘い…とか。

 いや、違いそうだ。

 どちらかと言うと、長一族の子として自分が守るのだという意識が強いから、自分がいれば大丈夫だと、信じているというか…。

 結局は同じ意味か。

 本人じゃないから、俺に分かる訳もない。


(ミーシャちゃんもだし、村長さんも、これからどうするつもりなのか。もっと長期的な展望も聞いておきたいな……)


 結界を張り直して終わり、では俺が困る。

 いつになればそれが終わるのか。

 この状態を、終わらせようと思っているのか。

 思っていたとしてそれが出来るのか。

 エトセトラ。


 懸念事項は山ほどある。

 こういう時ばかりは、最初から誰かの庇護下でのびのび暮らせるタイプの主人公が羨ましくなる。

 俺は主人公なんてガラじゃないから、仕方ないけど。

 …それに、死に戻りチートなんて持った状態になるのはゴメンだから、良いってことにしておこう。痛いのはごめんだ。


「(おはようございます、シンジュ様。ご機嫌は如何でしょうか?)」

(!?そ、村長さん!…お、おはようございます…)


 色々と考えていると、急に声をかけられて声が裏返ってしまった。

 心の声的なものが裏返るのかは謎だが。

 一旦気持ちを落ち着けてみると、村長さんが微笑みを浮かべながら俺に軽く触れているのが見えた。

 いつの間に現れたのだろうか。

 気配を感じなかったような気がする。


(いつの間にいらっしゃったんですか?)

「(ミーシャからシンジュ様が起きていらっしゃったと聞いたもので、ひと言ご挨拶を、と思いまして、今出て参りました)」

(そ、そうですか)


 ニコニコしながら、何と言うこともない、といった風に話す村長さん。

 この底の知れない感じ、どうにかならないだろうか。

 これでいかにも悪人って風貌なら、もう少し疑うのも楽だったのに。

 …それはそれで微妙な気持ちになってたか。


「(これから準備が整い次第、シンジュ様にお力をお借りすることになりますが、心の準備はよろしいでしょうか?)」

(まぁ、多分大丈夫だと思いますよ)


 正直なところ、俺はまな板の上の鯉。

 煮るのも焼くのも、目の前にいる村長さん以下、この村の人達に委ねられていると言っても過言ではない。

 心の準備など出来ていようがいまいが、あまり意味などないのだろうが、一応形式的には必要なやり取りなのだろう。

 村長さんは、俺に信用して欲しい、と言っていた。

 これも、その中に含んでいるといったところか。


(長い口上を話さなくてはならない、という訳でもないのでしょう?)

「(ええ。すべて我々にお任せください。恙無く(つつがなく)進行してみせましょう)」

(此方こそ、よろしくお願いします)


 お願いをすると村長さんは満足そうに笑って、準備の為に家へと戻って行った。

 何だか、村長さんに試されてるような感じが消えない。

 いや、実際試されているのか。

 村長さんからすれば、待望のシンジュが、俺みたいに、しっかりとした自我を持つ木だったのだから、警戒して当然だし。

 今のところは、向こうも俺を粗雑に扱う予定はなさそうだけど…ああ、疲れる。

 この腹を探り合う感じが。

 日本は良かったなぁ…何も考えなくても平和に過ごせて。


「(シンジュ様、私達の準備は終わりました。これから、この広場に皆が集合したら、儀式を始めます。よろしいでしょうか?)」

(うん、分かった。よろしく)


 しばらくして、何やら儀式用のアイテムなのか、水晶っぽいものから、華美な装飾がなされた短刀やらを用意したミーシャちゃんがやって来た。

 俺は大仰に頷くように返答すると、目の前の広場に人が集まるのを見ていた。


 儀式と言うくらいなのだから、村人全員が集まったのだろうと思うのだが、人の出入りが落ち着いて来た頃になっても、予想より人が少ない。

 こんなものなのかとミーシャちゃんに尋ねると、寂しそうな笑顔が返ってきた。


「(ここ数年、特に数が減りましたから…)」


 結界が緩んだからか。

 …冷静に考えようとすればするほど、気になる点が出て来てしまう。

 ここは落ち着く為に、敢えてスルーすべきだろう。

 考えるのは後でも良い。

 考え過ぎて動きが取りづらくなってしまっては敵わない。


「良いですか、皆さん。ようやく我らの元に新たなシンジュ様が……」


 村長さんの静かな、けれど良く通る声で演説が始まった。

 演説であるからか、聞き取れない単語や、分からない言い回しが少しあったが、概ねは普通に理解出来た。


 簡単にまとめれば、新しいシンジュが来たから、結界はもう安心!という感じ。

 村長さんは、他にも色々な懸念を抱いていそうな雰囲気はあるけど、そんなこと

はおくびにも出さない。

 流石は村長さん。

 為政者としての心構えなんだろうか。

 俺も見習わないとなぁ。

 為政者になる気はないが、ファンタジー世界で生きるには重要な気がする。


「それでは、これより結界の儀式を執り行います」

「(シンジュ様。結界を張りますので、よろしくお願い致します)」


 ミーシャちゃんが、村長さんの言葉を受けて、俺に説明してくれる。

 それから、やけにゆったりとした動きで重層な雰囲気を醸し出す踊りを踊る。

 奉納舞なのだろうか。

 音楽は何もない。

 衣擦れの音と、土を踏みしめる音が聞こえるだけ。

 それでも、ミーシャちゃんの成せる業か、非常に荘厳な空気が満ちていた。


 たっぷりと数分間、或いは数十分間の踊りの最後に、ミーシャちゃんが跪いて、両方の掌を俺に当てる。

 そして何事かを呟くと、直後ミーシャちゃんの身体が、柔らかな光に包まれる。

 同時に、驚く俺の身体の中に、物凄い勢いで、何かが雪崩込んで来た。


(っ、何だこれ…!)

「(落ち着いて下さいませ、シンジュ様。頭をからっぽにするのです…!!)」

(わ、分かった)


 何も分かってなどいないが、ミーシャちゃんが脂汗をかきながら、必死な表情でそう訴えるのに対して、グダグダ言うつもりはない。

 俺は一生懸命に落ち着こうとする。

 これ結構難しいな。

 いや駄目だ、集中しないと。

 集中。


 ……。

 ………。

 …………。


 グルグルと、まるで俺の身体を内側から食い破らんとするくらいの力の奔流。

 何度も飲み込まれそうになりながらも、俺は必死で抗う。

 やがて、その流れは出口を見つけた様で、一目散に走って行く。

 そうだ。

 その先で、結界へと形作られて行くんだ。

 だから俺の奥に入って来るんじゃない。

 そっちは立ち入り禁止だから!


「……っ、はぁ……」


 出て行こうとする力に引っ張られて、俺まで引きずり出されそうになる。

 いや、違うから。

 俺が俺の身体から出て行ってどうするんだよ!

 結界の材料だけ出て行けよ!


「ぐぐ……」


 駄目だ。

 力は上手く出て行きそうだけど、その後俺が俺を形作れない気がする。

 意味が分からないような説明をしている自覚はあるけど、それ以外に言いようがないから許して欲しい。


 そうそう、おしおし。

 ミーシャちゃんから放たれた結界を作る為の材料が、俺の中に入って来て、更に渦を巻いて力を高めて、目的の為に身体を造り変えて、出て行く。

 そうして、外で形成されるのは結界だ。

 村を全部覆って、誰にも襲わせない結界。


 そして、ここに残るのは俺。


 俺だ。


「ふぅ……」

「し、シンジュ様……?」


 簡単だと思っていた結界張りが、こんなに大変だとは思わなかった。

 すべてを終えると、俺は軽く息をつく。

 いやぁ、一仕事終えたな。

 不思議なもので、俺自身が結界を張った訳ではないのに、俺にはきちんと結界を張り終えられたことが分かっていた。

 困惑したように声を漏らすミーシャちゃんに、俺は振り向いて笑顔を向ける。

 うん、しばらくはこれで大丈夫なんじゃないかな。


 …と、ここで違和感に気付く。

 ついこの間、この世界で意識を取り戻したあの瞬間レベルの、大きな違和感に。


「ミーシャ…?」

「そ、そのお姿は一体?いえ、ですが、シンジュ様はこちらに……」


 俺は、二本足で立って、同じ目線でミーシャちゃんを見ている。

 同時に、もう少し高い目線から見下ろしている。


 そして俺は、ミーシャちゃんの視線の先を見て、固まった。

 ほっそりとして、まだ若そうに見える木が目の前に生えていた。

 これは、間違いなく俺で。


 見下ろした先に立っている、こけしとかダルマみたいな、作り物めいた質感の身体を持った、俺を無表情で見上げている少年がいた。

 これも、間違いなく俺で。


 どういう訳か。

 気付いたら、俺は()()()()()()()()


 ヤバイ。意味が分からない。

 許容量を超えた俺の精神は、呆気なく意識を手放した。

 どっちがどう倒れたのか、俺には分からないが、とりあえず、慌てたようにミーシャちゃんが駆け寄ったのは、人の形をした俺の方だったのは、覚えている。

 またミーシャちゃんに運ばれるのだろうか。

 それは男としてのプライドが傷つくなぁ、なんて。


 この時最後に思ったのは、そんなくだらないことだった。

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