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異世界×転生×etc.~気付けば木とか豚とか悪役令嬢とかだった人達の話~  作者: 獅象羊
第三章/奴隷大国の王子になった僕と、死亡フラグ
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09.古びた教会にて

「こっちだ、こっち!」

「お、おい…」


 グイグイと、僕の腕を引き、道なき道を進む少年。

 勢いに負けて、とりあえず付いて来ることに決めはしたが、少し後悔している。

 何故、このような街中で道なき道を進む必要があるのか。

 裏道、小道くらいならばまだ分かるが、空家に出来た穴を通ったり、壁を伝って屋根の上を通ったり…。

 地図は簡単には目を通したが、このようなルートを通らなければ行けない場所など、この街の中にあっただろうか。

 僕の記憶力など大したことはないから、見逃していただけなのかもしれないが。


 それから、何分ほど走っただろうか。

 そもそも走る意味はあるのか、悩み始めた頃。


「着いた!」


 少年は、ようやく足を止めた。


「…此処は」


 見上げると、目の前にはボロボロの教会のような建物が見えた。

 ステンドグラスのような洒落た物は、元から付いていなかったようで、何とか細工のように、彫られたのか組まれたのか、この世界で言う十字架のようなモチーフが入り口の上の方に、デカデカと存在している。

 それも、恐らくは繊細な物だっただろうに、今では…といった風体になっており僕は軽く目を細めた。


 王城にも教会が存在しているが、両親は滅多に利用しない。

 無宗教という訳ではないらしいが、僕は聞いたことがない。

 嗜みとして、大体の信仰対象の神は把握しているが、果たして何を信仰していることやら。

 無難なところで、例えば太陽の神などで妥協していて欲しいものである。

 ここでマイナーなところ…例えば拷問の神などを信仰していたとしたら、最悪だと思う。

 悪の王国へまっしぐらになってしまう。

 今更の懸念かもしれないが。


「オレたちの家だ」

「そう」


 そうだろうとは思ったが、だからと言って、此処まで案内された意味が分からない。

 僕は更に辺りを見渡す。

 建物全体は痛んでいるが、なかなかどうして…手入れは行き届いているようだ。

 雑草などが生えている様子はなく、ゴミも落ちていないし、アプローチの石畳もヒビ割れはあっても、汚れてはいない。


 「声」を聞けば、建物内には、多くの子供たちがいることが分かった。

 孤児院のような扱いを受けているのだろう。

 奴隷たちは基本的に家族で暮らすことが義務付けられているし、加虐趣味を極めた両親にとってすれば、死なない微妙な線を保つのはお茶の子さいさいであるようで、死亡率も意外と低い。


 とは言え、まったく死人が出ない、という訳でもない。

 父母が亡くなった後の子供たちの扱いがどうなっているのか。

 僕は、そういう子供達を預かる役割の人の元へと送られる、と知識の上では知っているが、実際に見たことはない。

 十中八九想像通りであろうが、本当にそうであるのならば、今日初めて見る、ということになる。


「ほら、中に入ろうぜ!」


 尚も腕を引く少年。

 彼の頭の中は、僕にマザーという人を紹介することでいっぱいの様子だ。


 マザーといっても、彼の実の母親ではないだろう。

 恐らくは、神職にある人を指す言葉…つまりは、彼の面倒を見ている女性の通称になるだろう。

 先程の会話の流れで、何故マザーを紹介する発想になるのだろうか。


 僕を、心配してのこと?

 だとすれば、余計なお世話というものだ。

 けれど、街の人では話が出来ないし、目の前の少年は、そもそも話にならない。

 もしマザーが、普通に会話出来るような人であるのならば、紹介してもらえるのは、有難いことかもしれない。

 僕はそう考えると、抵抗する、という選択肢を頭から消した。


「マザー!面白いヤツ連れて来た!」

「あら、お帰りカイン」


 扉などついておらず、中途半端な高さの間仕切りで仕切られた一室に迷うことなく入った少年に引きずられるようにして、僕もその部屋に入る。

 そこには、どうやら洗い物をしていたらしい女性が立っていた。


 マザーというから、そこそこの年齢の女性かと勝手に思っていたが、まだ20代…場合によっては10代後半かもしれない、と思える若い女性だった。


 不思議なことに、妙な既視感(デジャビュ)がある。

 何だろう。

 髪の色と目の色の影響だろうか。

 彼女の髪は、目が覚めるような白で、瞳は燃えるような赤。

 僕とまったく同じ配色で、色の濃さも近い。


「…面白い、ヤツ?」


 マザーは、カインと呼んだ少年から視線を外すと、横に居る僕に向けた。

 そして、恐らくは僕を視界に捉えたのだろう瞬間、固まった。

 信じられない、という表情をしている。

 これは…まさかとは思うが、僕のことを知っているのだろうか。

 集中して彼女の「声」を聞こうとするが、彼女も混乱しているのか、まさか、とかどうして、とか、そんな単語しか聞こえて来ない。

 とは言え、それだけ聞くことが出来れば十分判断材料にはなるか。


「また貴方、別のお宅のお子さんを黙って連れて来たんじゃないでしょうね」


 少しばかり間を空けてから、彼女は誤魔化すようにそう言った。

 注意された本人は、悪びれる様子も、彼女の意図にも気付くことなく、あっけらかんとした様子で笑う。


「城のヤツだよ。何か、王子のワガママでこっちに下りて来たんだってさ!」

「王…子…」


 マザーの頭の中に、だって王子ってこの子でしょ?という一文が浮かぶ。

 確定した。

 どうやって知ったのかは分からないが、彼女は僕を知っている。

 しかも、何となく似ている、と思うレベルではない。

 僕を見て僕だと確信する程に、しっかりと僕の存在を認識しているのだ。


 ただの街人ならば有り得ない。

 普通に考えて、城に出入り出来るだけの立場である、或いはあった、ということになるだろう。

 けれど、僕は彼女に見覚えがない。

 一方的に知っている?


 幾つか可能性を思い浮かべる。

 そして、僕の中で最も可能性が高いものは、腹違いの姉なのではないか、というものだった。


 僕が彼女を知らない理由は、両親が会わせようとしていなかった為で、反対に、彼女だけが僕を知っていたのは、両親か、或いは他の人から教えて貰っていたという可能性が考えられる。

 これが、最も自然に納得出来る考えだ。

 何しろ、これ程似ているのだ。

 顔立ちは、悪役然とした僕に対して、平凡そうな顔をしている彼女とで、まったくと言って良い程似ていないが、色味がここまで被る他人がいるだろうか。


 黒目黒髪ばかりの日本でさえ、良く見れば濃さなどで意外と異なっている人も多かったと言うのに、有り得ないようなビビットカラーの髪色を持つ人までがいるこの世界において、まったく同じ色味を持つ他人など、果たしてどれ程存在して、また、偶然に出会うことが出来るだろうか。

 計算した訳ではないし、そもそも計算出来るだけの情報が集まっていないから、計算することは出来ないのだが、計算したところで、途方も無く小さな数字が示されるのだろうことくらいは分かるだろう。


「どうも、初めまして」

「え、ええ。初めまして。私は此処で、親の居ない子供達の面倒を見ているの。名前はマリアよ」


 少し引き攣ったような笑みを浮かべるマザーことマリア。

 名前など付けて貰えない奴隷も多いと聞いたが、彼女も少年も、名前が付いているようだ。

 少年の方はマリアが付けたのかもしれないが。


 名前が付いていると、誰の話をしているのか判別しやすいし、有難いか。

 考えてもみれば、別にどちらでも構わなかったな。

 僕はその辺りは無視することに決めた。


「オレはカインだ!お前は?」

「名前なんて無いよ」


 考えるまでもなく即答した。

 本名を名乗る訳にはいかないし、本名を推測出来そうなあだ名などもっての外。

 前世の名前を名乗っても良いが、響きがこの世界の…少なくともこの国の音とは異なっているし、妙に想われてしまうだろう。

 また、適当な偽名は、僕が設定を忘れてしまう危険性が高いから却下だ。

 僕はそれ程、記憶力に優れてはいないのである。


「ええ?そうなのか、残念だなぁ」


 この国では、取り立てて珍しいことではない。

 カインは残念そうにはしているが、それ以上追及する気はないようだった。

 正直、面倒事を回避出来て助かった。

 僕は小さく溜息をつく。


「じゃあ、そっちのアイツは?」

「彼も名無しだ」

「えぇー?」


 一瞬レイに視線が向きかけたが、ここもズバッと切っておく。

 下手に会話を続けられたら困る。

 何処でどう説明に矛盾が出るか分からない。

 進行と同時にメモ出来る程の余裕もないのだから。


「それよりも、カインと言ったっけ?」

「ああ、カインだ!」

「お前、何で僕のこと連れて来たんだい?」


 とりあえず、気になっていたことを解決しないと先に進めない。

 この答えを聞くのと聞かないのとでは、僕のこれからの身の振り方が変わる。

 …かもしれない。


 あくまでも可能性だけではあるが、その可能性に殺されたくはない。

 出来得る努力はすべて怠らないのである。

 聞いた為に死ぬ確率が上がるというのならば…諦めよう。

 やらずに後悔するよりは、やって後悔した方が良いとは、誰の言葉だったか。


「んー、何となく?」

「…帰ろうかな」

「あー、待てよ!」


 カインの「声」もまた、何となくと呟いている。

 何たることだ。

 彼は本能に導かれるままに、僕を此処へ連れて来たと言うのだ。

 理由はないのだろうか。

 まったくない訳ではないだろうが、少なくとも彼自身は理解していない。

 これでは困る。

 本当に帰る気がある訳ではないが、思わず帰ると言ってしまう程度には、僕は正直心労を感じていた。


 今までのやり取りでは、基本的に何かを尋ねれば答えがあった。

 それが、本当に言葉を介して答えてくれたものであった時もあったし、「声」で聞き取ったものであった時もあった。

 けれどいずれにせよ、答えは必ず何かがあったのだ。


 だと言うのに、カインは能天気に笑うばかり。

 今までの人生で、初めて遭遇する存在だ。

 対応に困ってしまう。

 さて、次はどう切り出したものか。


「何て言うかさー、お前がすっごい不幸そうな顔してたから、オレはマザーと居るとすげー幸せだから、お前も幸せになるんじゃないかなー、と思ったんだよ」

「…は?」


 ようやく答えてはくれたらしいが、説明が散らかっていて意味が分からない。

 僕は思わず目を瞬く。


「や、やだちょっとカイン!何言ってるの!!」


 僕が何かを言い返すよりも先に、マリアが顔を真っ赤にしてカインの両肩を掴んで、前後に振り回し始めた。

 どうやら、彼女にとっても予想外の言葉だったようだ。


「な、何で怒るんだ?ホントのことなんだけど…」

「そういうことじゃないの!」


 マリアの「声」を聞いてみる。

 すると、恥ずかしいとか、嬉しいとか、そうした見たら分かる感情の他にも、あの両親に育てられたような子に不幸そう、だなんて言えば、どうなるか分からないという恐怖の感情も窺えた。


 彼女の背には、中途半端な長さの翼が生えている。

 恐らくは、むしられたか、ちぎられたか…両親の仕業だろう。

 それでは、僕に対して恐れを抱くのも当然と言えよう。

 僕としては心外ではあるのだが。


「ねぇ」


 軽く声をかけると、マリアがビクッと全身を揺らした。

 そうして、明るく返事をしようとしたカインの口を慌てて塞ぐ。

 暴れるカインを抑えながら、マリアは早口でまくしたてる。


「は、はいぃ!?か、カインがごめんなさい、悪気はなかったのよ!?」

「声裏返ってるけど」

「ごめんなさい!」


 何と言うコール&レスポンスだ。

 僕が言い終わると同時くらいに謝って来るぞ。

 僕は、求めた反応ではないが、それでも会話が出来る分、街の他の人より幾分かはマシであろう、と結論付ける。

 それに、想像が当たっていて、本当に彼女は僕の腹違いの姉ならば、かなり丁度良い話が聞けるような気がする。


「別に謝らなくても良いけど。随分と滑稽な姿を見せてくれるね」

「ごめ……うぅぅ」


 また謝ろうとして、それから口を閉じるマリア。

 僕はこれ以上このマヌケなやり取りが続かぬよう、視界に入った椅子にドッカと腰を下ろして、話を切り出した。


「茶」

「え?」

「聞こえなかった?僕、喉がかわいているんだ」

「た、只今!!」

「え、マザー!?何であんなビビってんだ…?」


 カインを解放したマリアは、一瞬でその場から姿を消した。

 恐らくは、お茶っ葉か何かを取りに行ったのだろう。

 水がめはそこにあるし。


 僕は、呆れたようにマリアを見送るカインを無視しながら、軽く溜息をついた。

 本当にあのマリアから、欲しい情報を得られるだろうか。

 いや、だが他の人ではもっと期待できない。

 ここは、自分の交渉力を信じるしかないな。


 そう結論付けると、僕はマリアを待つのだった。

エリオ「更新時間は基本20時ですが、その日の夜に翌日分の半分の量を書き上げられないと、遅くなります。あんまり気にせず待っていてください、とのことですよ」

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