30.何の波もなくひと段落
「どもどもー!深窓の令息、ブラックきゅんのご登場ですぜーっ!」
「あ、おいっ!ブラック!」
おっさんに窓口になってもらおう、とか言っていた俺だったが、目的地であるギルド「夕日の剣」に到着すると、勢い良く先陣を切って扉を開いた。
因みに、「夕日の剣」は我らが「終焉の狼」とは打って変わって、かなり豪勢…豪勢?いや、作りは同じように質素か。
ただ、とにかくサイズが違う。
「終焉の狼」を普通の一軒家くらいだとすると、「夕日の剣」は、そこそこの大きさの会社くらいある。
それはどのくらいかって?
目視で分かる訳ないだろっつーことで、説明は勘弁して頂こう。
「ご主人様のキモさ、此処に極まれりですね」
「おい、ウル!」
元気良く扉を開く俺の後ろから、普通に飛んでくる悪口。
だが今や、俺にはヴェルデという名の諌めてくれる味方がいるのでOKだ。
俺の心はこの程度では折れんのだ。
「何者だ、貴様。突然無礼であろう!」
「げっ」
ギンッ!と力強い眼光が俺を射抜く。
ウルシの冷たい言葉では折れなくなった俺の心は、あっさりと軋み始める。
睨みつけて来たのは、何とあの俺が言うこと言うこと全部逆鱗ポイントに触れてしまうという、最高に相性の悪い女冒険者、暴れ牛リンダだったのだ。
何で別のギルドである「雪解け華」のギルドメンバーであるリンダが、このようなところにいるのだろうか。
完全に想定外だ。
何も考えないで来た俺も悪いけど。
「げっ、とは何だげっ、とは!失礼だろう。名を名乗れ!」
つかつかと俺の方に近付いて来るリンダ。
超怖ぇよ。
ケンタウロス的な下半身牛ってのが迫力だよ。
あと、上半身は相変わらずビキニアーマーとか、相変わらずエロいわー。
あらゆる意味で見慣れないわー。
「な、名なら名乗ったぞ。深窓の令息、ブラックきゅんって!」
「それが名乗りになるものか!真面目にやれ!」
「サーイエッサー!」
どうして俺、余所のギルドに来て説教されてるんだろう。
誰か助けて…ヘルプミー。
思わず後ろを見ると、ウルシがめちゃくちゃ笑いを堪えているのが見えた。
ちょ、おま!
主のピンチ笑うとか、どういう神経してるんだよ、可愛いなぁ!
ヴェルデは…たしなめてくれている。
お前は最後の良心だよ。
そのまま成長しておくれ…。
「えーと、ブラックです。よろしく」
「…よろしい。ところで、この阿呆な男は貴様の知人か、リューゾ?このような男までも雇い入れねばならんとは、落ちたものだな」
ふっと、リンダの視線がリューゾへと向かう。
小馬鹿にしたような、嘲笑の色を濃くする瞳に見つめられるリューゾ。
おい、おっさん。
まさか、マゾとかじゃなかったよな?
ならば言い返してやるのだ。
ここで黙ったままだと男が廃るぞ、多分!
「俺ぁ考えるのが苦手だからな。コイツも阿呆に見えるかもしれんが、俺よりゃマシだ。それに、落ちるところまで落ちりゃ、あとは上がって行くだけっつーもんだぜ、リンダ嬢ちゃんよ」
「…ふん、そうか」
「頭ポンポンするなよ、おっさん」
俺の頭に手を軽く数度置きながら、皮肉げな笑みを返すおっさん。
リンダの思ってた反応とは違うっぽくて、リンダは何処か悔しそうだ。
ようし、良くぞ言ったぞおっさん。
ただ、頭は撫でなくて良かったと思うな、俺!
あと何気に俺、馬鹿にされてないかな、おっさん?
「恐れながら、リューゾ代表」
「ん、どうしたウルシ?」
ずっと後ろでヴェルデに笑いを抑えるよう注意されていたウルシが、満を持して口を開いた。
ま、まさかここでウルシ砲を発射する気か?
おい、やめとけ。
おっさんには、悪口耐性はないと思うぞ。
「ご主人様は、存在自体が重しですので、ギルドの進展を阻害しかねませんよ」
まさかの襲撃。
被弾したのは、いつも通り俺だった。
あ、俺以外みんな分かってたか?
そうですか。
「ウルシー!お前、本当は俺のこと嫌いなの!?」
「分かっていらっしゃるくせに…」
「いい加減泣くぞ!?」
「ご主人様、此方のギルドの方々に迷惑になってしまいます。どうぞ、御英断を」
恐る恐る、といった様子でヴェルデが俺を抑えてくれる。
俺は、とりあえず迷惑をかけないように、一旦部屋の隅にいって、のの字を書き始める。
存在自体が重しの俺なんて、放っておいてください。
「…外見もだが、中身も随分と軟弱そうな男だな。本当に、何故このような落ち目の折に、あのような男を雇い入れたのだ、リューゾ」
呆れたようなリンダの言葉がグサッと突き刺さる。
そうか、あの子脳みそが筋肉で出来てるから、前回会った時みたいな、いかにも戦えるような外見じゃない今の格好を見て、かなり下に見てるって訳か。
普段なら全然平気なんだけど、今は結構ダメージが大きくてキツいわー。
「アイツ、金持ってるし、頭良いからな」
「あっ、それも結構傷付く!」
リューゾのあっさりとした言葉に、俺はグサッと来る。
俺の価値ってそれだけか?それだけか。
俺達の間で築いて来たものって、何だったんだろうな…。
……別になかったか、そんなもん。
お互い、自分の目的の為に協力し合ってるだけみたいなもんだし。
「おい、リンダ。やめといてやれ。そいつは阿呆に見えて相当の大物だからな」
「!ラストエンデ男爵」
「これはこれは男爵。数日ぶりですね」
サッとリンダが膝をついたのと同時くらいに、俺も膝をつく。
貴族相手に頭上げとくとか無いからな。
今の俺はただのブラックという名の少年だし。
チラリと伺うと、階下からラストエンデ男爵が上って来るところだった。
いや、階下かよ。
上から降りて来るのが普通だろ。
「よう、ブラック。なかなか派手な登場してくれたじゃねぇか」
「男爵の前で煩くしてしまって、大変申し訳ありませんでした」
「き、貴様。私の時と態度が違うぞ…」
横でリンダが頬を引き攣らせているが、知ったこっちゃない。
相手は貴族だぞ、貴族。
お前はただの凄腕の冒険者。
比べるべくもないだろ。
あっ、でも親しくしたいのは、当然男よりリンダちゃんだけど。
「良い良い。つまらんことを気にすんな」
「恐れ入ります、男爵の、えー…広い御心には…」
「ああ、そういうまどろっこしいやり取りも無しだ。もっとザックリ、腹を割って話そうじゃねぇの」
ニヤリと口角を上げた男爵は、俺に奥の席へ座るよう促した。
因みにこのギルドは、何かちょっとオシャレなカフェみたいな内装になっていてうちのギルドみたいな酒場感は一切無い。
このギルドを設立した人と見比べて、思わず二度見してしまうくらい、雰囲気が想像と違うが、もしかすると、あくまでも男爵は創設者だし、二代目とか、その辺の人の趣味なのかもしれない。
まぁ、外見だけで言えば、大人しくてニコニコしてて優しそうな男の人って感じだから、合ってるかもしんないけどさ。
何しろこの男爵、口を開くとチンピラだから、そっちの印象が強いんだよな。
「さぁて、ブラックよ。お前ェが此処に来たってことは、報告があるんだろ?」
ドッカと偉そうな感じでソファー席に腰掛ける男爵。
三人くらい座れそうなそれを、普通に占拠してる。
足を組んで、腕を背もたれに投げ出す感じで。
すげー似合うから不思議だ。
「私も聞いていても構わないのでしょうか、男爵?」
「おう、場合によっちゃお前にも関係して来るかもしんねぇから、心して聞いてろよ、リンダ」
「はい」
男爵の許可を受けると、リンダは男爵の座ったソファーの隣に置いてあった椅子を引きよせて、そこに腰掛けた。
…いや、この場合腰掛けたって言うのか?
前足と後ろ足の間に椅子を入れて身体を下ろしてるみたいだけど…楽なのか?
ふっと視線を上げると、リンダは偉そうに腕を組んで俺を睨んでいる。
あ、すいません不躾に見て。
考えてみれば、ルイズも下半身蛇だし、座り方っつーより、巻き付き方って感じだから、普通なんだよな、この世界では。
よし、スルーしよう。
「んじゃ、報告頼むわ」
「分かりました」
俺は男爵の向かいの椅子に腰掛け、その横の椅子におっさんが腰掛ける。
ウルシとヴェルデは俺の後ろで待機だ。
ウルシも口はあれだけど、ちゃんと大人しく待っててくれてありがたい。
そのままで頼むぞ、二人共。
「それでは、失礼して…まずは順番に報告します」
俺は順を追って進捗状況について説明していった。
男爵は、特に口を挟むこともないまま、目を閉じて頷きながら聞いていた。
反応が見えにくくて困るんだが、と思いつつ、俺はダーッと一気に説明してしまう。
こういうのはノリと勢い。
「と、いう訳で、もしや男爵のお考えは、俺達に、とある一つの妙薬を入手させ、病に苦しむ王子を救うことにあるのではないか、と考えています」
説明どころか、俺達…俺が今考えている可能性まで話してやった。
こういうのはインパクトも重要だよな。
いや、すいません。
ただすげー可能性に思い至っちまったって、ちょっと自慢したかっただけです。
これが原因で試練失敗にでもなったら、俺もう自刃するしかないだろ。
しばらくの間、その場を無言が支配する。
普通に誰もしゃべらない。
俺は思わず何かネタを口にしたい衝動に駆られるが、必死で我慢する。
重要な局面でボケるのは、この世界ではやめておいた方が身の為だろう。
「なるほど、な」
ややあって、男爵は重い口を開く。
目は未だ開いていない為、迫力が凄い。
落ち着く為に、俺は男爵の背中に視線をやる。
今日も可愛い甲羅がある。
うん、ちょっとばかし癒されるな。
…いやいや、おかしいだろ、俺。
これ結構精神的に追い込まれてね?
「本当に…面白い男だ。お前は」
「ありがとうございまーす」
褒められた?
俺は困惑しながら、ニヤッと笑みを深めた男爵に深く頭を下げる。
これ何?どう解釈すべきなんだ?
「ヘスモンティー侯爵が注目している理由が、良く分かったな」
「!?侯爵…が?」
困惑している内に、男爵から超ド級の爆弾が投下された。
爆薬に気を配ってたら、とんだ核兵器か地雷か毒ガスでも食らったような心持ちになってしまう。
何でここで侯爵の名前が出てくるんだ!
これはどこに繋がる?
正直、この人について詳しく考えてたの、もうしばらく前だから忘れたんだが!
「ああ。確か、その後ろの子供…。侯爵の管理地に屯してたヤツだろ?結構長く交渉してた自分らより早く追い出したってんで、手腕を認めてくれてたぜ」
「そ、そうですか…」
よ、良かったー。
別に、ユリアナが云々で注目されてるって訳じゃなさそうだ。
そうだよな。
考えてもみれば、何らかの理由で継承式後に、あの土地から手を引いていた訳だけど、別にそれで侯爵の土地じゃなくなった訳じゃなかったもんな。
もしかすると、俺らの交渉の様子も、観察されていたのかもしれない。
…俺、マズイことは言ってなかったよな?
一応ストーカーには気を付けてたつもりだったんだけど。
「まぁ、侯爵もお忙しい方だからな。それを一回言って以降は、全然口にすらしてなかったから、そこまで注目って程でもないのかもしれんがな!」
「そ、そうですよねぇ。侯爵みたいな雲の上の人が、まさか俺なんかを…アハハ」
く、くそう!
ギルドを裏から牛耳って、表に出る気はなかったのに!
こうなったら、ここでの話し合いに決着がついたら、もう深窓の令息、ブラックくんは殺そう。
そうして、新たなキャラクターを作り上げるのだ。
…ん?でも、折角矢面に立ってるんだから、交渉事はブラックを使って、本当のブラックは、まったくの別人ですよ方式でも…。
「それはともかくとして、だ。ブラックよぉ、お前ェ良くそこまで気付けたもんだな。予想より最高に使えるじゃねぇか!」
「は、はぁ…」
バシバシッと机を叩く男爵。
目が輝いているところを見る限り、多分認められてるんだよな。
「アルカ王子殿下が、エンシェントルビーを持って帰って来た時点で、何となく察しはついてたがな。ったく、抜け目のない野郎だ」
「!まさか…貴様が、王子を炭鉱深層部へお連れした冒険者…か!?」
「ああ…流れで一応」
もしかして、もう結構噂流れてる?
そりゃ、王子に口止めしなかったしな。
つっても、あの王子も馬鹿じゃないから、そうペラペラ俺の個人情報を喋ってはいないと思ってたから、特に何も言わなかった訳だが。
リンダの様子から言って、名前までは聞いてなかったみたいだし、その判断は間違ってはいなかったんだろう。
変に隠し立てした方が、事態がややこしくなる可能性もあるし。
「嘘だ!あそこにはあの深淵の悪魔がいたはずだ。何故貴様のようなひ弱な男に王子を無傷でお連れすることが出来たというのだ!」
「それが…俺達が行った時には、もうそのボスっぽいの死んでたからなぁ」
俺が倒した!って言っても良いけど、この場で嘘は良くない。
下手に突かれてボロが出るのも怖いしな。
つーか、変なところで盛る気はないぞ。
ありのままの姿を見せるのである。…古い?
「そりゃ俺も報告で聞いてる。本当は、ヤツにお前ェがどう対処するのか見てみたかったんだが、十分面白ェもんがみれたから、許可してやろう」
「え?」
「何をボーッとしてんだよ。お前達が街の外で仕事する許可をやろうっつってんだよ、分かったら喜べ」
「わ、わーい!」
そうだよな。
そう言えば、最終目的この人の公認を頂いて、堂々と仕事することだったな。
ちょっと忘れかけてたわ。
「既に採って来たもんは、お前ェらにくれてやる。好きに使え」
「良いんですか?」
「あたぼうよ。シエロ王子殿下の熱は、アルカ王子殿下の持って来たブツが一つありゃ、十分。お釣りが来るくらいだ」
あれ、結構デカかったもんな。
持ち運べる大きさということで、小ぶりの物を選んだつもりではあるが、それにしても結構大きかったから。
毎日煎じて飲んでも、一年以上保つんじゃないか?
「その代わり、俺を楽しませてみせろ。少しでもつまんねぇことしたら、すぐにでも叩き潰しに行くからな。ブラック。あと、リューゾ。お前ェもだ」
「分かりました」
「わ、分かってるよ」
戦々恐々とした様子で頷くおっさん。
おっさん…俺、結構難しそうな討伐依頼来たら、すぐおっさんに回してやるからな。
そうじゃないと、何か情けない姿しか見てないから、俺の中のおっさんへの信頼度が、一気に地に落ちて来そうだよ。
「んじゃ、行ってよろしい」
その言葉を受けて、俺達は一礼すると、ギルドを後にした。
なんつーか…試練にしては、妙に緩くなかったか?
うーん、良く分からんな。
考えても分からないことについて、考えても仕方がない。
今はとりあえず喜んでおこう。
何にも命も賭けなくて済んだし、俺も、他の誰も、ピンチにすら陥って無い。
ここは、乙女ゲームの世界だ。
RPGに比べれば、結構ご都合主義のお花畑展開が多い。
それでも、ここは現実だから、そう簡単にはいかないことくらい分かる。
だったら、きっといつか、俺にも重要な選択を迫られることもあるのだろう。
特に俺は、悪役令嬢云々はさておいて、貴族の令息だから。
だから、せめてそん時までは。
せいぜい憧れのファンタジー世界で、好き勝手生活させてもらおうじゃないか。
俺は、他の誰でもない。
クロード・マルトゥオーゾとして…。
クロ「いえーい。ここで二章が終了だぜー」
ウル「えっ」
ヴェル「えっ」
クロ「えっ。駄目?」
ウル「バトルは…」
クロ「そんなものはない」
ヴェル「貴族特有の云々は…」
クロ「そんなものもない」
管理人「世界の敵との遭遇は…」
クロ「そんなものは断じてない。…って、誰だ今の?」
二章終了です。
お付き合い頂きましてありがとうございます。
ところで、サブキャラクター視点が、現在までございませんが、読んでみたい方はいらっしゃいますか?
その他、もしご意見等ございましたら、是非お願い致します。
三章もお暇でしたら、ご一読頂ければ幸いです。