29.依頼は早くも大詰め
「ようブラック。言われた通り、色々と調べて来たぜ。そっちの首尾はどうだ?」
「それより一旦休ませてくれ…」
「ん?そりゃ構わんが…お前、何かやつれたか?」
ばあやの説教を経て、ガリガリと体力を持って行かれた俺は、一日置いてから、要するに、約束していた三日後に、ヨロヨロになりながらギルドに入った。
最初は、どう依頼に挑戦するか考えるに留めるつもりだったっつーのに。
何だってこんなことになったんだろうか。
「おにーちゃん!水!」
「はい、水ー!」
「おちゃー!」
ソファーに身体を預けた俺に、チビっ子たちが、水やらお茶やらを持って来てくれる。
おうおう、素晴らしい気遣いだ。
ただ、俺3杯も4杯も飲まないんだけどな。
なんて言ったら、哀しそうな顔をするのは目に見えてるから、とりあえず全部飲む俺、なんてイケメン。
「俺のことはどーでも良いから、とりあえず報告してもらって良いか?」
深い溜息をつきながら、俺はそう促す。
既に全員この場には揃っている。
話は普通に出来るだろう。
「それじゃ、まず私からで良いかしら?」
「ああ、頼む」
ルイズが、ホクホクと満足げに報告を開始する。
ざっくりまとめれば、発熱に効果があると言われる民間療法は、恐らくすべて調べて、その材料も集め終えた、という話だった。
「…と、こんな感じかしらね」
「ああ。お疲れ、ルイズ。やっぱり街の人の話を聞くならルイズだな」
「ふふっ。そんなに持ち上げないで」
俺は次いで、ヴェルデに視線をやる。
ヴェルデは家でも一緒だった訳だが、疲れ切っていて、報告を聞くどころじゃなかったもんで、まだ一度も聞いていない。
ここでついでに話して貰おう。
「ヴェルデ。今の話を聞いていて、医学的に問題がありそうなものはあったか?」
「いいえ、ございませんでした。根拠がないものばかりではございましたが、だからと言って、悪い影響があるようなものも、聞いた限りではなかったように思います。恐らくは問題ないでしょう」
ヴェルデはまだまだ勉強中だ。
とは言え、俺なんかよりはかなり色々知っている。
もっと色々知っているばあやとか、うち関係の医者とか引っ張り出して、確認を取っても良いかもしれんが、俺はヴェルデを信じよう。
決して、面倒になって来たとか、そういう訳ではないのであしからず。
「じゃあ、次はヴェルデ自身が調べたことについてだ。よろしく」
「御意に」
ゆったりと頭を下げて、それから資料と共に説明を開始するヴェルデ。
ここも長いので割愛しよう。
本当は聞かせたい。聞いてもらいたいんだよ、俺は。
ヴェルデの努力の結晶だからな。
でも割愛だ。
割愛ったら割愛だ。
「以上でございます。材料も、殆どすべて手配してございますので、本日中には届くかと思われます」
「ヴェルデ!お前、マジ優秀!」
「ただ…」
俺が手放しで褒めると、ヴェルデの表情が曇る。
もしかして、殆ど、というところを気にしているのだろうか。
いやいや、そんなことは気にするべきところじゃない。
普通の人は、そこまで手配すら出来ないからな。
「何か気になることがあるのか?」
「はい。恐れながら、考え得るだけすべての物を集めるように、との指示ですが、可能であれば準備しておきたい物が、幾つか手に入らないことが分かっておりますので、ご主人様のご期待に添えなかったのではないかと」
ヴェルデは本気で肩を落としている。
何だろう、この完璧主義。
そう言えば、ゲームでもこんな一面があったような気がする。
ヴェルデの部屋は、他のキャラクターと比較しても、かなりきっちり整理されて掃除も行き届いてたからな。
メモなんてカッチカチに書いてたシーンもあったし。
生真面目だなぁ、ヴェルデは。
「気にすんな。そこまで準備してくれたんなら、後は何とかするよ。おっさんが」
「俺かよ!」
これは冗談として…。
まぁ、冗談として済まさないとヤバいからな。
おっさんに交渉事はクレイジー過ぎる。
多分、交渉が破たんするよ、普通に。
「あとは、カシコだな」
「はいっ!頑張ります!!」
めちゃくちゃ緊張した面持ちで、調べて来たことを発表するカシコ。
何でカシコだけ、学習発表会的な雰囲気が漂ってるんだろう。
緊張して、棒読みになってるからだろうか。
可愛いからオーケーなんだけどな。
「えっと、それで、魔炭が多く存在するところにいるんじゃないかと、そう思いました!以上です」
「鉱物…?」
狙うべき獲物、サンオトウは、魔炭を好んで食べる?
おいおい、魔炭って、何かつい最近めちゃくちゃ耳にした気がするんだが。
俺は、頬が引き攣って来るのを感じた。
ある意味突拍子もない可能性に気付いてしまったからだ。
いや、でもあの男爵ならやりかねないか…。
「ご主人様?妙な顔をなさって、如何なさいましたか?」
「ウルシ…せめて、妙じゃなくて神妙って言ってくれ。…じゃなくて、お前はどう思う?」
「どう、とは」
「狩りの獲物、魔炭が好きなんだってよ。で、討伐で行かないといけないのは炭鉱だ。何か気にならないか?」
因みに、魔炭とはこの世界における石炭のことだ。
魔術を使う為に必要な魔素を、多く含んでおり、その魔素をどう使ってるんだかエネルギーに変換して燃える性質がある。
石炭ほど、燃やした際に煙が出ないから、多分有害物質とかも少ないんだろう。
少なくともこの国では、魔炭が多く暖房用の道具として使用されている。
場所によっては、ガスコンロみたいな使い方もあるな。
「気になること…。情報をきちんと整理しないと二度手間になることでしょうか」
「いや、そこ気にならないだろ」
ハッとしたように言ってくれたけど、それ全然どうでも良いだろ。
確かに、地味にダメージだけどさ。
あんなところに何回も行きたくないし。
「まさか…ご主人様。男爵はそれを見越して依頼なさったのだとお考えですか?」
「そう言うことだ」
ヴェルデはピンと来たようだ。
流石攻略対象者。
イケメンは頭の作りから違うな。
「?」
「おいおい、俺らにも説明してくれよ」
「そ、そうよ。私たち頭悪いんだから…」
ウルシたちはまだ分からないようだ。
いやいや、それで良いと思う。
あんまり突拍子もない可能性に気付くとか、最早変態だから。
ん?だとすると、俺が変態……まぁ変態か。
気にしない方向でいこう。
「三つの依頼の内、二つだけが被ってるってこともないだろ?もしかして、この三つの依頼って、本当は進む道が違うだけで、ゴールは一緒なんじゃねーの?って話をしてるんだよ」
「それはつまり…どの依頼も、求められているものは同じ、と。そういう意味なのでしょうか?」
「その通り」
全員顔を見合わせて言葉を失う。
まさかそんなことが、といった様子だ。
俺も、男爵があんな感じの食えない人じゃなければ、そうは思わなかったと思うけど、思っちゃったもんは仕方がない。
俺はヴェルデに視線をやる。
「さて。じゃあヴェルデ。その手に入らない物の中に、さっきカシコが話してくれた、サンオトウの特徴に近い物があったら教えてくれ」
「はい、ございました。ディーダの結晶です。魔石を長年摂取し続けたモンスターの身体から溢れ出た魔素が凝り固まって出来るとされる非常に貴重な品です。これが万病に効くとされるのですが、まったく市場に出回らない為、この度手配することすら出来ませんでした」
やっぱり、繋がって来たな。
すると、これだけで終わらないんじゃないかって思うのが人情だ。
サスペンスドラマを見過ぎて親に叱られた俺の推理力を甘くみるなよ。
この依頼三つが出されたタイミングと言い、これは間違いない。
「つまりこれは…シエロ王子殿下が倒れた件にも関係がありそうだな」
「流石にそこまで関係させるのは早計ではございませんか?根拠がありません」
ウルシがたしなめるように言うが、俺の中では最早確信に変わっている。
物語ってもんは、すべてに意味があるものだ。
どんな雑談だって、布石になったり、布石じゃなかったとしても、関係性を示すのには必要な要素だ。
そんな中で、事件が起きれば、何に関係ないはずがない。
ここはファンタジー世界で、ましてや乙女ゲームの舞台だ。
何もないことがあろうか、いや、あるまい。
「根拠なんてな、なくても何とかなるもんだ」
「おい、ブラック…。流石の俺も、そりゃないって分かるぞ…」
「いえ、僕はご主人様のそのお考えに感銘を受けました。どこまでもついて参ります、ご主人様!」
何故、そして俺シンパになった、ヴェルデ!
でも、ありがとうヴェルデ!嬉しいけどな!
「リューゾだって、普段根拠とか考えてるのか?」
「う…あんま考えてねぇな」
「だろ。良いんだよ、こういうのはノリと勢いだ」
それでこんな面倒なことになったような気がしないでもないが、それで王子が伏せっているっつー重要な情報が耳に入って来た訳だから、オールオッケーだ。
熱に苦しんでいる王子。
熱を治す薬の依頼。
繋げて考えるなっつー方が無茶だ。
前提からミスってたら、大変なことになるが…どーでも良い。
何という不敬な!ってことをうっかり言わなきゃ、失敗したところで何とでもなるはずだ。
人生に、取り返しのつかない失敗なんてないのだ。
あっはっは、幾らでもある?
いーんだよ。
こういうのは、思い込みと思い切りが重要だ。
「でも、そうだとしてどうするの?確か、討伐依頼の方は、一旦情報収集してから報告しないといけないのよね?」
「俺もこの三日間遊んでた訳じゃない。情報収集は終わってるさ」
「じゃあ、あとは報告するだけなんですね、とりあえずは!」
ルイズの質問に、俺は力強く答える。
まぁ、ほぼ偶然の産物だけど。
あと、嬉しそうに笑うカシコ可愛い。
話を戻すと、要するにサンオトウって、あの死骸だったんじゃないかと思う。
そんで、炭鉱に巣食うモンスターで、ディーダの結晶を生み出すヤツでもある。
珍味って、何処を食うんだって思うが、好事家の思考を、俺が理解出来るはずもない。
うん?俺が好事家じゃないかって?
いやいや、俺は普通だよ、至って普通。
あんなグロイもん食べようとか思わないし。
だとすると、目的はもう達せられたも同然だ。
問題は、俺がどうやって報告するか、そして最終的に依頼達成にこぎつけて行くか、ということになる。
この辺で失敗すると、後々面倒なことになる。…かもしれない。
「そうだな。じゃあ、思い立ったが吉日っつーことで、早速報告に行くか」
更におかわりを持って来ようとしてくれる、自立心旺盛な子供たちの頭を撫でて暗にもう良いから、と伝えつつ、俺はゆったりと立ち上がる。
あー、身体が重い。
これはあれだ。
学校に行きたくない子供の心理だ。
「準備などはよろしいので?」
「ああ。ウルシとヴェルデだけ一緒に…ああ、いや。一応窓口としてリューゾも一緒に来てくれないか?」
ウルシの問いに軽く頷いて、二人を手招く。
でも、前変身した名もなき冒険者くんの他ギルド潜入大作戦が失敗に終わったことを思い出して、おっさんにも声をかけた。
「窓口?」
「リューゾの方が顔が知れてるだろ」
「ああ、なるほどな。分かった」
やっぱ、名前も顔も売れてる人が一緒の方が物ごとはスムーズに行くよな。
俺はほら、裏ボスみたいなものだから。
顔はなるべく知られたくないから。
まぁ、知られても本物の顔じゃないけどさ。
「じゃあ行って来るから、細々とした他の依頼に関しては、ルイズ。頼むぞ」
「分かったわ!この子たちも随分仕事出来るようになって来たし、任せて」
力強く胸を叩くルイズの、何と頼もしいことか。
見ると、子供たちも倣って胸を叩いていた。
何だこの幼稚園感は。可愛いじゃないか。
「いってらっしゃーい!」
「頑張って来てね」
「早く戻って来てねー!」
「また来てねー」
子供たちのエール?を背に受けて、俺達はギルドを出発した。
ひとまず、この報告を上手く切り抜ければ、未来は明るいように思う。
ここはいっちょ、腰を据えてぶつかって来ますか!
クロ「最近貴族パート少なくね?」
ウル「そうですね」
クロ「俺だって、裏では色々やってんだぞ。何故そこをやらない!」
ウル「どうでも良いからじゃないですか?」
クロ「!?」
ヴェル「(この二人、本当仲良しだよな…)」