26.ノリで行動したら困ったことになった
日も大分落ちて来て、自分の影の形も、周囲の闇に溶け込んで見えなくなるような刻限。
人気のない街道を、俺達は歩いていた。
舗装はされていないが、砂利はよせられ、それなりに整備された道は、森の中を歩くよりは、幾分か進みやすい。
とは言え、夜通し歩く訳にはいかない。
さて、何処かで野宿をしなくてはならないな、と思っていると、連れの少年が、キリッと眉を吊り上げて言い募って来た。
「おい、ブラック!リーユー炭鉱とやらはまだか?早く連れて行け!」
サラサラの黒い髪。
気の強そうな緑色の瞳。
語気の荒ささえ考えなければ、非常に品の良い少年だ。
何か文句を言われれば、思わず周囲の人々は諸手を上げて従ってしまいそうな、そんな雰囲気を持ってはいるのだが、まだ子供である、ということと、奈何せんこのやり取り自体が数度目ということもあって、俺は少しゲンナリし始めていた。
「あー、ハイハイ。分かったから、落ち着け」
「落ち着いていられるものか!シエロが…弟が苦しんでいるんだぞ!?」
俺のやる気のなさそうな答えが気に食わなかったらしいシエロくんのお兄さん。
まぁ、ざっくり言えば双子王子の上の方なんだが、は俺の服の裾を握ってグイグイと引っ張って文句を言う。
「気持ちは分かるーとまでは言わないけど、確実に救いたいんなら、焦るな。周囲を見たか?こんな暗い中で、俺達十分に戦えると思うか?」
「それは…」
グッと悔しげに俺から手を離すアルカ王子殿下。
理解して頂けたようで何よりだ。
因みに、目的地である鉱山の中は、魔術で灯りを付けるシステムが働いてるって話だったから、本当は昼だろうが夜だろうが、別に見え具合に変わりはないんだけど、それは今は言わないお約束だ。
俺は夜中にダンジョン突入とかお断りである。
時間外労働断固拒否。
「分かったんなら、今日は一旦ここで休もう。ほら、女の子のウルシは、もう疲れたから寝たいって言ってる」
「…ご主人様」
本当はお前が休みたいんだろって顔で睨まれるけど、ここはひとつスルーだ。
悪い、ウルシ!
ここで俺が休みたいって言ったところで、この子多分受け容れてくれないし!
ゲーム中でも結構男には厳しかったんだよ。
「…仕方ないな。その代わり、明日は早く起きてサッサと行くぞ」
「おお、ありがとう!」
この会話の間にウルシが、街道から少し離れた森の隅に整えてくれていた寝袋にさっさと入って動かなくなってしまうアルカ。
割とすぐに寝息が聞こえて来た辺り、何だかんだ疲れていたことが窺える。
つーか、寝るの早っ!
「ご主人様、先にお休みください。わたしが見張りを…」
「いんや。安眠守るんですくん持って来てるから、それ使って寝よう」
「かしこまりました」
またしても活躍する、うちの親父の魔術具コレクション。
「安眠守るんですくん」は、要するに結界を張ってくれるアイテムだ。
ポイントは、術者が眠っても結界が解けないことにある。
100%平気かは分からないが、とりあえずこれで、全員眠ることが出来る。
それに、この世界がなのか、それともこの周辺がなのか知らんけど、案外ゲームみたいにモンスターと頻繁に遭遇することもない。
だから、多分これを使っとけば平気だろう。
俺は安眠以下略を使うと、自分も寝袋にくるまる。
夕飯食ってないから、お腹が鳴ってしまう。
俺、これ寝れるかな…?
疑問に思いながら、俺は、どうしてこんなところに、王子と三人で野宿してるんだろうかと考え始める。
数時間前まで、時間を遡ることにしよう。
兵士たちが王子を探してるっぽいと気付いた直後から振り返ってみる。
**********
「王子なー。いなくなったって言えば、アルカの方かな?」
「わたしも兄君の方だと思います」
「だよなぁ」
兵士たちが、それと気付かれない様にしつつも、どこか慌てた様子である為に、結構街中で浮いているのを眺めながら、俺はゆっくりと歩を進める。
ウルシもそれに従いながら、油断なく辺りを見回していた。
探しに行くっつっても、本人に直接がっつり関わる気がある訳ではない。
ただ、気分転換になれば良いな、というそのくらいの軽い気持ちだった。
あとは、俺のゲーム知識が、どんくらい火を吹けるもんか、確かめたいって気持ちもちょっとはあったかな。
「ところで、迷いなく歩いてらっしゃいますが、お心当たりがあるのでしょうか」
軽く首を傾げながら尋ねて来るウルシ。
こうして、皮肉も何も交えない質問は久しぶりだ。
俺はちょっと嬉しく思いながら、ざっくりと答える。
「何となくだけどな。そんなに何回も会ったことがある訳じゃねーし、心当たりの場所にいるとも限らないから、いたら儲け物?みたいな?」
「……使えないですね。流石はご主人様」
「舌打ちはやめようか、せめて!」
チッと吐き捨てるように言うウルシの男らしさよ。
俺にはもう止めらんない。
せめてウルシが、他の人のいるところでは暴言を吐かないことを祈るばかりだ。
「それで、その心当たりの場所というのはどちらでしょうか?」
「ああ。兵士が街中探してるってことは、城の中にはいなかったってことだろ?手近な城内を探してないってこともないと思うし。そんで、この辺は今しらみつぶしに探してるから、それでも見つからないとすると、もっと遠いところだと思うんだよな」
「遠いところ…外、ですか?」
ウルシが少し考えてから呟くように言う。
それに対して、俺は笑って頷いた。
「その通り!子供の内って、大人の手の届かないところに冒険に行きたくなるもんだからな。外を目指してる可能性は高いと思うんだよ」
特にアルカは、自立心豊かだし。
それに、ゲーム中で受けた印象も、明るくて積極的で、男!って感じだったから子供の頃に外の世界に憧れてる、って設定があってもおかしくないと思う訳だ。
「ご主人様も、お屋敷の中に留まっておいでではありませんしね」
「まぁな!そうだけどな!」
子供心は忘れちゃいけないんだよ、ウルシ。
俺はいつだって胸の中の童心は出し入れ自由だ。
でも一応言っとくけど、俺別に大人の手の届かないところに行ってみたいとか、そういう感じでばあやを説得してまで遊び回ってるんじゃないんだ!
目の前にファンタジー世界があったら巡ってみたくなるのが、ゲーマーの性みたいなもんなんだよ、分かるだろ?
…ウルシには分からないか。
ウルシは日本出身でもゲームしなさそうだし、ファンタジーも読まなそうだもんなぁ…。
「随分人気のないところまでやって来ましたね。本当にこんなところにいるのですか?」
「だから絶対じゃないって」
そう言いながら到着したのは、門…ではなく、そこから結構離れた街を囲う壁のとある箇所だ。
ずーっと一周、この壁は続いているのだが、その一部に、少しだけ脆い箇所があるのを、俺は知っている。
時間を見つけては、壁すげーっつって一周観光していた俺だからこそ知ってる!と思ったりもするが、結構目立ってるから、兵士とかは知ってるかもしれない。
それを、王子たちにポロッと漏らしたりしていたら、そこを狙って来る可能性はあると思う訳だ。
多分王子の力じゃ壁は崩せないけど、もしかしたら…と思ってるってのは有り得ない話じゃないだろ?
「あ」
「あ」
思わずウルシと二人で小さく声を上げる。
視線だけで、キョロキョロと目的の人物を探していたら、まさかの本当にいるのを見つけてしまうって言うな。
本人は、微妙に亀裂の入った壁に、必死に子供用の剣をぶつけている。
「くそっ!僕は…早く行かないといけないのに…」
ガンガンと激しい音が周囲に響く。
この辺りは住宅街でもなく、本当に外れと言うか、人通りもないからまだ他の人には気付かれてないっぽいけど、これは時間の問題だ。
さて、予想外にもすんなり見つけてしまったけれど、どうしよう。
そこまでゲーム知識使ってないけど、マジで火を吹いてしまったようだ。
流石、俺。
「何をしてるんですか?」
「え、ちょ、ウルシ!」
俺がちょっと思考を飛ばしてる隙に、ウルシが王子に声をかけた。
ちょ、躊躇い無さ過ぎ!
でもここで声かけたからって言って、別に悪いことはないか?
寧ろ、気分転換には早く事態が動いた方が面白いし…良しとしよう。
俺は一瞬で方向性を変えて、ウルシに任せることにした。
楽しけりゃ良いのである。
「な、何だお前は!?」
「わたしはウルシ。流離いの使用人です」
どんな名乗りだ。
「さ、さすらい…?」
「はい。今はここにいる方と…あと、とあるお嬢様にお仕えしています」
ああ、その説明をしてくれるつもりでか。
通常では、使用人が二君に仕えるとか有り得ないからな。
そこを説明しようとしたら面倒臭くなるし…流石はウルシ!
「俺はブラック。よろしくな」
「あ、ああ…。僕はあ…アル、だ」
一瞬素直に名乗りかけてやめたっぽい。
賢明だろう。
まさか、アルカだ、なんて名乗ったら、悪いヤツに誘拐されっちまう。
この国でアルカっつー名前なのは、王子しかいないはずだからな。
普通避けるし。
「アルは何してたんだ?外に出たいのか?」
「そ、その通りだ。僕の弟が一ヶ月も前から熱に苦しんでいて、薬を取れる者が、遅れていて…僕が行けば、早く助けられるんだ…!」
「薬を取りに行くのですね」
ウルシの確認に、深く頷くアルカ。
だとすると、その辺の森が目的地か?
いや、でも遅れてるって言うと、結構遠いのか?
これは…面白そうだから付き合っても良いかもしれない。
「何なら、協力してやろうか?街の外にくらいなら出してやっても良いぞ」
「本当か!?」
「ご主人様。よろしいのですか?」
「構わん構わん。一日くらいなら、羽伸ばしたって良いだろ」
王子だってな、遊びの一日くらい必要だ。
薬草取りに行くくらい、俺にだって出来るだろう。
まだ行った事はないから、判別とかは出来ないだろうけど。
それはほら、アルカが分かるだろうし。
「お前、その薬の見た目とかは分かってるんだろ?」
「当然だ。弟を助ける為に調べた!」
「よーし、じゃあ行こうぜ」
あっさりと信じる王子殿下。
おいおい、危機意識引く過ぎぃ!
この国が成り立ってるのは、よっぽど平和だからだ。
そうに決まってる。
そう思いつつ、俺は王子をカバンに入れて背負うという、異常にシンプルな手段で門を突破した。
この門、出て行く人にはかなり緩いらしいと聞いてはいたけど、マジだった。
ここでバレたら、それはそれって思ってたけど、どういうことだよ。
と、まぁそんなこんなで、あっさりと街の外に出た俺達。
そこで俺は、ようやく目的地を聞いた。
これがあれだよな。
完全なるミスだったよな。
「で、何処に行って何を取ってくれば良いんだ?」
「リーユー炭鉱というところだ!その最深部にある、エンシェントルビーという鉱物を取る」
「…ん?」
一瞬耳が遠くなったような錯覚を覚える。
おいおい、めっちゃ聞き覚えある気がするんですけど。
どういうことですか。
「何処だって?」
「だから、リーユー炭鉱だ!街の者ならば知っているだろう?」
此処だ、と言って地図を指し示す王子。
あーリーユー炭鉱ってそこだったんだ。
結構近いなー。
って、リーユー炭鉱って、今モンスター巣食ってるって話じゃなかったか!?
駄目だろ、王子伴って行ったら!!
でも、ここまで来たら後には引けない。
親切な冒険者、ブラックくんの印象が最悪になってしまう。
それだけは避けなければ。
畜生、筋肉ダルマにでも変身してから接触すれば良かった。
「ご主人様」
「言いたいことは分かる。分かるから今言うな」
ウルシの物言いたげな視線は無視だ。
多分、今俺のライフ1だから。
ウルシの攻撃食らったら死ぬから。
ふっと空を見上げれば、更に暗くなって来ている。
もうこれ、野宿コースだろ。
今更街には戻れない。
「ほら、早く行くぞ!この方向は…こっちか!」
「逆でございます」
反対方向めがけて歩き出すアルカを制して、ウルシが軽く先導する。
王子って知らない体だから、それは良い。
それは良いが、アルカが王子ってことは変わらないし、まさかの、どうもきな臭いダンジョンに、ほぼノリだけで突っ込むことになろうとは…。
そうして、微妙に後悔しながら、俺達は炭鉱へ向けて歩いて、流石に真っ暗になると、寝袋の中で寝ることになった。
それが今なんだが…もうあれだな。
今日の教訓は一つ。
ノリで行動しない!
…ノリを奪われたら、それは最早俺じゃないんだが。
まぁ良い。
次からは、出来る限り気を付けよう。
出来る限り。
それよか、目の前の炭鉱が問題だ。
さーて、どうすっかな。
俺はそのまま、結局何の考えも浮かばないまま眠りに落ちるのだった。
流石、俺。
緊張感のカケラもあったもんじゃねぇ!
ふははは、最悪だー!!
……はぁ。
クロ「一章より長くなる予感がする」
ウル「というか、確実に長くなりますね」
クロ「何故だ」
ウル「シンジュ様たちより、無駄話が多いからですね」
クロ「うおおお…」