23.男爵の試練
「よぉ、終焉の革新者ブラック。テメェに話があんだよ。面ァ貸せ」
威風堂々、居丈高。
厚顔不遜、唯我独尊、傍若無人。
話し方は一昔前のヤンキーのソレだが、その凛とした表情だけは、確かに貴族の位を頂くだけはあって、どこか品格が漂っているように見えた。
ただひたすら偉そうだけど。
手にした剣の先を突きつけられて命令されて、うん、と頷く人が一体どれだけいるんだろう、と思いながら、俺は元気良く頷いた。
「はぁ、勿論構いませんけど。じゃあ、部屋戻りましょうか」
へらりと笑いながらそう提案すると、後ろからはぁ?と不満そうな声が聞こえて来た。
間違いなく、犯人はウルシだ。
俺が情けなくも、この失礼なヤツを相手に、何も言い返そうとしないことが不服なんだろう。
けど、良く考えてみて欲しい。
今の俺は、貴族の位なんて持たない、ただの普通の庶民、ブラックくんだ。
そんなヤツが、貴族の中では下っ端と言っても、貴族であるこの人相手に、何だかんだと断りを入れるなんて、あり得ないだろう。
あと何よりも、終焉の革新者、なんて格好良い二つ名を付けてくれたこの人を、無碍にするなんて俺には出来ない。
ん?そっちの方が理由として重く聞こえる?
気のせい気のせい。
俺って常識人だから。
「何だ、意外だな。リューゾの野郎が必死んなって隠そうとするから、てっきり意地でも否定し続けるかと思ったんだけどな」
何故か要求して来た本人も、俺がすんなりと話し合いの席につくことを了承したもんだから、驚いているようだった。
何で驚くんだよ。
俺、そんなに人の話聞かないように見えるか?
「確かに人前には出来る限り出たくないですけど、気付かれた以上、隠れる意味なんてないじゃないですか。ジタバタするだけ無駄ですよ、無駄」
ヒラヒラと軽く手を振りながら、さり気無く室内に入る。
それから、スッと上座に置かれている椅子を引いて、座るよう促す。
「それよりも、身のある話をしましょうか。さ、どうぞお掛けくださいませ」
「ほう…」
丸眼鏡の向こうの細身の吊った目が、キラリと光る。
おー怖い。
やっぱ、庶民から貴族になったヤツは違うわー。
こういうところ、すっげぇ見て来るよな。
「自分がどう動くべきかくらいは、頭に入ってたか」
「これでも師匠からは筋が良いと褒められてますからね」
「そうか。なら、ついでにそこの阿呆にも教えてやっといてくれ。知り合いの俺の品格まで下がっちまいそうだからな」
「これはこれは、うちの代表が失礼を」
ばあやという名の師匠にしごかれてますから。
内心でドヤ顔を決める俺の引いた椅子に、ドッカと座る男爵。
その際、男爵の背中に何かでっかい甲羅が見えた上に、何か太くて短い尻尾が見えたんだが、これ何だ?
男爵も、もしかして獣人的な?
ふーむ。
うちの国の貴族、みんな大体普通の人間的な外見のヤツが多かったから、あんま気にしてなかったけど、結構貴族の獣人人口多いのかな?
街中では結構いるけどさ。
貴族社会じゃ、見かけたことあんまないぞ。
ま、俺あんま接待とかパーティーとかの経験ないけどね!
取りとめも無くそんなことを考える俺。
その横で、俺達の会話の意味が、まったくもって、これっぽっちも、分かっていない様子のリューゾとルイズは目を白黒させている。
「お、おい、ブラック。そこは俺が座ってたんだがー…」
「はいはい代表。せめてうちの国の上座と下座くらい覚えてくださいねぇ」
「かみざ?しもざ??」
こりゃ駄目だ。
マジでこの人に交渉事は任せらんないな。
早いところ、カシコか他の頭脳班の子供たちを鍛えないと。
あとは、元々学がある感じの人雇うか?
でもなー…。
「んで、いつまで立ってるつもりだ?さっさと座れ。話始めるぞ」
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて」
お許しが出て、初めて椅子にかける。
うちの国はこの辺シンプルだから、一回言われればすぐに従って良い。
どっかの国は、何回か言われて初めて座るとか、細かいルールの違いがある。
俺、ニスナン国で良かった。
俺の様子を見て、慌ててリューゾとルイズも腰を下ろす。
あまりに状況が理解出来ていないらしく、床にである。
ちょ、それはそれで失礼だから!
焦る俺に目配せをして、素早くウルシとヴェルデが直しにかかった。
良く出来た使用人である。
ウルシはリューゾのケツを男爵から見えない位置でこっそり蹴り飛ばして移動させて、ヴェルデはこっそりとルイズに耳打ちして移動させた。
相も変わらずウルシはちょっと酷い気もするが、まぁ今回は良いや。
おっさん、ちょっとは反省しておいてくれ。
ルイズは…美人だからOK。
因みに、ウルシとヴェルデ、そしてカシコは俺達が座った椅子のすぐ後ろに立ったまま待機である。
使用人とか、その辺りの立場の人は、基本的に立ちっぱが普通だ。
許してくれる人もいたりするらしいし、俺なら許すが、生憎この部屋には、そう椅子の数が多くない。
三人とも、ガンバ!
「お前、何で俺がここに来たか分かってるか?」
「うーん。まぁ、幾つか思い当たることはありますけど、何でですか?」
更に因みに、敬語がめっちゃ砕けてるのは敢えてだ。
うちの国は、その辺も緩いから、別に何となくでも敬語を使ってれば許される。
あ、勿論庶民から対貴族に対してだけだけどな。
貴族対貴族じゃ許されないぞ。
で、庶民っぽさを出す為に、このゆっるーい敬語で話してるって訳だ。
貴族に、俺が貴族ってバレちゃうのは頂けないからな、流石に。
つーか、俺が話せるかっちりした敬語って、令嬢としてのだけだからな。
マジで使えたもんじゃねーよ、この格好の時には。
ですわ、なんて言ったら終わるよ、俺の人生。
幸いにして、中身がアレだからこういう敬語は話し慣れてるし、男爵には疑われていないみたいだ。
いやー、ありがたいね。うん。
「折角だ。思いついてる可能性、全部教えてみろや」
「ああ、はい。分かりました」
えー、面倒臭いけどなぁ。
男爵のチンピラみたいな要求。
何だよ、あれ。
あんな真面目そうな丸眼鏡してて、何でチンピラみたいな指の指し方してくるんだよ。
意味わかんねェ。
どんな人生歩んだらあんな感じに育つんだろう。
俺も偶にやるけどさ!
掌を上に向けて、人差し指と親指を開いて、他は握って、人差し指で相手を指す動きな。もう片方で頬杖ついて。
ちょっと格好良いよな、うん。
精神年齢二十歳も過ぎて何やってんだって?
煩いなぁ。いつまでも子供心を忘れないって、凄く大事なことなんだぞ。
「金銭の要求。手続きに関する要求。権益に関する要求。慣例に基づく要求…大体そんなところかと考えてますけど」
「そうだな。分かっちゃいるよな、そんくらい」
ククク、と笑う男爵、最高に悪役臭い。
この人ゲームには登場してなかったけど、実はファンディスクに出てくる悪役とかじゃないよな?
攻略対象者に負けないくらいめっちゃキャラ濃いんだけど。
「そんくらい可能性が思いついてんなら、当然知ってると思うが、終焉の狼は、うちの国所属じゃなくて、連合所属になってる」
「はい」
「つっても、本拠は勿論ニスナン王国だ」
「そうですね」
「何か新しいことを始める時ゃ、すべての冒険者ギルドのトップ…グランドマスターたるこの俺に、一回話を通しとくのが筋ってもんだ」
この人…貴族として来た訳じゃなかったのか。
グランドマスターっつーのも、一応聞き覚えがあるな。
世界で、2~3人しかいない、冒険者ギルドのマスターの最高位だ。
認定するのは、世界冒険者連合で自分のところに所属していなくとも、功績を鑑みて認めることもあるらしい。
男爵は功績で認められたってことか。
「これはこれは…そんな大層な方に、わざわざこんなボロギルドに直接お越し頂けたとは…。気にかけてもらえて嬉しいです。ありがとうございまーす」
「ほう…?」
「だけど、俺は別に、革新者って呼んでもらえるだけの新しい取り組みは、何にもしてないですよ。だって、別の国の冒険者ギルドでも行われてることを参考にやってますしねぇ」
「…ふ。知ってたか。そうだとは思ってたけどな」
満足げに笑う男爵。
グランドマスターを名乗った辺りで、求められてることは分かった。
要するに、俺が他の国のあれこれにも詳しいかどうかを確かめてたんだ。
確かに俺が思いついたことは、ファンタジー知識に基づいてるから、普通に有り得るとは思ってたけど、ばあやに調べてもらうまでは、他の国では既にお手伝い的な仕事の受注とか、依頼相手じゃなくて、内容によって金額を設定するとか、普通にやってたって知らなかったから、危なかったぞ、これ。
知らなきゃ、筋をブッチ切るとはなんてこと!って、俺が切られたところだ。
うへぇ、最悪だ。
「つってもだ。お前ら、そろそろ街の外での仕事も入り始めてる頃だろ。そうなって来ると、俺らの仕事の受け具合にも響いて来る可能性があるんだが」
「…やめろって言いたいんですか?」
それは困るな…。
家の名前を出さずに、俺がユリアナであると気付かれないように、上手く立ち回らないといけないっつーのに。
庶民として抵抗する手段は…あんま思いつかないんだけどなー。
「いんや。ただ、テキトーに仕事受けて失敗されて、冒険者ギルドに依頼しても駄目なんじゃねーか、みたいな悪い噂が出る場合は言いたいけどな」
「つまり…実力を見せろって言いたいんですか?」
すげー回りくどいんですけど。
校長レベルで回りくどい。
特に全校集会の時の校長の話。
あれ、マジ誰も聞いてねーのに長過ぎだろ。
どうでも良いんだよ、あんなん。
おっと、教職でありながら校長ディスっちまったぜ。
ごめんごめん、校長。
ハゲてたけど、嫌いではなかったぞ!
「おう、その通りだ。街の外での仕事を受けるよりも前に、グランドマスターたる俺の依頼をこなして貰おうか。上手く出来たら、目に余るようなことがない限り、こっちからは一切関与しねぇよ」
ふむ。
これは悪い話ではないな、多分。
男爵が悪い人かそうでないかはともかくとして、ここで俺らを始末する必要性は恐らくまだないし。
おっさんが個人的に恨みを買っているとしても、それなら直接おっさんだけに言えば良い話だし。
何なら闇討ちとかさ。
ここでこの話を受けて、無事に達成出来れば、大手を振って依頼を受けられる。
そうなると、男爵ん所のギルドとか仕事減るけど、それはこの人はちゃんと、分かった上で話してるはずだしな。
単に俺達にはそこまで集客力ないって思ってるだけかもしらんが。
その辺は俺としてはどーでも良いことだ。
文句を云々かんぬん言われないなら、それに越したことはない。
「で、依頼って何です?達成条件は?」
「ハハッ!坊主、お前やる気なさそうな顔して、なかなかどうして抜け目ねーじゃねーか!感心したぜ。条件聞く前に、ホイホイ受注すっかと思ったんだが」
…何かすげー試されてるんだけど。
俺だって考えたくないよ、色んな可能性とかさ、面倒だし、楽しくないし。
けど、後々余計に面倒になるくらいだったら、今考えるって、流石の俺でも。
「あー、笑った笑った。んで、依頼内容は簡単だ。薬草採集、狩り、討伐の三つを二週間以内にやってくれ。これが詳しい内容だ。文字読めるヤツはいるだろ?」
軽い調子で渡された紙には、丁寧に依頼内容が示されている。
つーか、何気に報酬も書かれてるんだけど。
そんなにやって良いのか?
くそー…コイツ、何企んでやがる。
まぁ、今時点では受けるしかないけどな。
どう考えても、相手の方が圧倒的に有利な立ち位置だし。
「…終わったら直接報告に行けば良いか?」
「ああ。俺んギルドは知ってるだろ?夕日の剣。そこに来てくれりゃ良い」
それだけ言うと、男爵は話は終わったとばかりに席を立つ。
俺も合わせて立ち上がると、見送りに出ようとするが、男爵から手で制された。
「気にすんな。勝手に帰るからよ。…んじゃ、期待してるぜ、革新者」
そして、そう言った直後、男爵の姿がかき消えた。
移動系の魔術か?
やっぱ、相当の実力者ってのは本当らしいな。
…そりゃそうか。
あんなにあっさり扉叩き切った上に、その向こうの壁まで傷付けたくらいだし。
「さーて」
無言に包まれた部屋。
俺は、多分今までで一番ダルそうな顔をして振り向いた。
「面倒臭ぇけど、これからどうするかの会議を始めようと思います。はい、拍手」
勿論、拍手は起こらない。
俺が思ってたのと別のベクトルからの接触があっちゃったせいで、色々と頭が痛くなって来た。
はー…こりゃ、面倒なことになりそうだ。
ダルダル…。
クロ「試練とか試験って、ダルくね?」
ウル「同意です」
ヴェル「そうですか?結構燃えると思いますが…」
クロ「…流石、真面目なのは違うな…」
ヴェル「え!?」