16.ほのぼのお茶会のターン
「ん?なぁに?キミ、ボクに何か用でもあるのー?」
「えっ」
巣から落ちた小鳥ちゃんを救い出し、無事に木の上まで戻してあげると言う、何ともヒロインっぽい偉業を、誰の手を借りることもなく、一人で成し遂げたカティナ嬢は、俺の視線に気付いたのか、真っ直ぐ俺の所にやって来て、そう尋ねた。
…って、おかしいだろぉぉ!
叫んでた使用人さんの悲鳴で、ギャラリーはかなり多くなってる。
俺の地位からして、流石に人の波に流されそうになる、なんてことはなくて、確かに俺の周囲だけスペースが空いてるのはそうだけど、いやいや、だからと言って俺の何か言いたげな視線だけキャッチするなんて有り得ないだろ。
何、俺の溢れ出る想いが伝わったの?
そうか。結婚しよう。
「ええ、そうですわね。貴女、きちんとご自身の立場を自覚していらっしゃるのかしら?貴女の行動一つで、貴女のお家…引いては、我ら貴族、そして我が国への評価に影響するのですから、きちんとその地位に応じた、適切な行動を取らねばなりませんわよ。見苦しいですわ」
思わず口をついて出たのは、ユリアナが言いそうなこと、だった。
ゲームの主人公のリラちゃんに対しても、こんな感じで忠告してたよなぁ。
懐かしいなぁ。ゲームしてぇ。
「えー?だって、鳥が困ってたからさー」
それだけで済ませられるカティナ、超羨ましい。
俺もなー。
ばあやがいなければ、このノリで生活出来てたんだよなぁ。
「言葉遣いもですわ」
「えー?」
キリッ!てな感じで忠告してみるけど、カティナは首を傾げている。
いやー、ゲームでもマイペースな印象はあったけどさ、もーちょい貴族令嬢としての心構えって言うのか?は、あったと思うんだが。
子供の頃なんて、みんなこんなレベルか?
いやいや、嘘つけ。
この国の貴族令嬢は、基本的にもっと賢いぞ。
マリアンヌを見ろ!
「カティナ様、分かっておられるのですか?この方は、ユリアナ様ですのよ?」
「うん、勿論知ってるよ!だって、命名式で挨拶したもんね」
「で、では…!貴女は伯爵家、ユリアナ様は公爵家…どう接すれば良いかくらい、御存知でしょう?」
マリアンヌが、困惑気味に尋ねる。
あー、マリアンヌの周囲には、こんな子はいないと見た。
つーか、普通いないよな。
カティナの家は、そんなに緩いのだろうか。
何それ、羨ましい。
「どう接すればって…ああ!」
しばらく腕を組んで首を傾げていたカティナは、ポンと手を打つ。
どうやら、ようやく何かしらかを思い出したらしい。
マリアンヌは、少しばかりホッとしたようにしているが、俺、甘いと思う。
ここまでのやり取りで、大体この子がどういう子か、俺分かった気がするし。
ゲーマーをナメてもらったら困る。
キャラが強い子の行動パターンの推測くらい余裕だ。
「そっか!お友達になってください、って言わないといけないんだったっけ!」
「はぁ?」
「よろしくお願い致します、ユリアナ様ー!」
「え、ええ…」
ギュッと、突然俺の手を掴んで上下に振り回すカティナ。
おーい。
マリアンヌの想像の斜め上を行ってるっぽいぞー。
俺は苦笑しつつ、ユリアナたんでもおかしくないレベルで同意する。
ユリアナなら、離して頂けます?くらい言いそうだけど、俺は女の子には甘甘だから、出来る限りは受け容れてやるのだ。
断じて、カティナの勢いに押し負けたとか、そういうんじゃない。
ないったらないぞ。
「な、何をしてらっしゃいますの!位が上の方に、許可なく触れるなんて…!」
「あれ、これも間違ってたの?むーん。難しいねぇ」
きゃらきゃらと笑うカティナのメンタル強過ぎるだろ。
周囲がザワ付いてるぞ。
これ、下手すると庶民出の主人公、リラよりもヤバいぞ。
リラちゃんはなー…敬語くらいは割と使いこなしてたからな。
それでもユリアナは厳しかったから、てっきり周囲の子は、みーんなお上品な子ばっかりだと思ってたんだが、前例はいたようだ。
寧ろ、だからどこか導く感じの嫌がらせだったのかもしれない。
ユリアナの分かりにくい優しさ、プライスレス…。
「難しくなどございません。まずは手を御放しになって」
「はーい」
「それから、一礼してこうです。「ご機嫌麗しゅう、ユリアナ様」」
マリアンヌの琴線に触れたのだろうか。
ニコニコし続けているカティナに、マリアンヌが態度の教授を開始する。
恥ずかしい、とか言ってたけど、案外マリアンヌも世話好きなのだろうか。
見捨てない辺り、この子も良い子だよな。
「ごきげんうるわしゅー!ユリアナ様!」
「もっと落ち着いてくださいませっ」
何だかんだ、良いコンビっぽいな。
一安心である。
俺の取り巻きには、仲良くしていてもらいたいからな。
ゲームのファンとしては。
「ご機嫌麗しゅう、ユリアナ様」
「そう。良く出来ましたわね…って、あら?この声は…」
「あれー?サフィヤ様だー」
これで、サフィヤもいれば完璧だな。
そんな風に思った直後、当の本人が現れた。
しかも、完璧なしぐさで俺に挨拶をして。
うおお…俺、ここに来て引きが強くなってる?
ちょっと感動を覚えながら、俺はジッとサフィヤを見つめる。
子供体型…と言うには、些か丸い、既にぽっちゃりさんの片鱗が窺えるころりとした身体に、クリクリとした大きな黄色い瞳。
うーむ、可愛い。
「ご機嫌麗しゅう。メストイア伯爵の御令嬢でいらっしゃいますわよね?」
「ええ。お初にお目にかかります。私、サフィヤと申しますわ」
にっこりと、たおやかな笑みを浮かべて名乗る姿は、まさしく貴族令嬢だ。
とても、のほほんとした食いしん坊担当には見えない。
流石は貴族令嬢だ。
やっぱり、何だかんだで躾が違うんだよな。
「そう。御存知かもしれませんけれど、私はユリアナですわ」
「はい、とてもお美しいお名前ですもの。一度伺ったら忘れませんわ」
俺の本名になる訳じゃないけど、ユリアナが褒められるのは悪い気はしないな。
思わず、ふふんと自慢げな声が漏れてしまう。
おっと、いかんいかん。
ユリアナたんなら、当然ですわ!みたいなスタンスでいないとな。
「突然声をかけてしまいまして、誠に申し訳ございませんでした。ですが、私…どうしても、ユリアナ様に伺いたいことがございまして…」
「あら、何でしょう?」
真剣な表情で尋ねて来るものだから、俺は思わず息をつめた。
俺…権利関係とかは、上手く話せる気がしないけど、大丈夫か?
後ろ盾になって!とか、そんなこと言われてもムリだけど、大丈夫か??
「サフィヤ様…」
「構いませんわ、マリアンヌ様」
「そうですの?…ユリアナ様がそう仰られるのであれば…」
たしなめるような声を上げたマリアンヌを、軽く手で制する。
俺は心が広いからな!
突然何かを聞かれようが頼まれようが、ビクともしないのである。
ふはは。
実際問題、突然何かが起こる方が多いしな。
もう慣れたんだよ、俺は。
「ああ。サフィヤ様、ユリアナ様のお菓子が気になるんでしょ?」
「え?」
「ああっ、ど、どうしてお分かりになったのですか、カティナ様?」
カティナの指摘に、サフィヤは、やだ恥ずかしい、とばかりに頬を染めて、両手を当てている。
うおおい、図星かーい。
因みにお菓子とは、俺が今ついているテーブルに乗っている物だろう。
基本的には、他にもたくさん並んでいるテーブルにあるお菓子と一緒だが、一つだけ、俺に気を使ってクリスが作って来てくれたお菓子が乗っている。
色々と凝ったお菓子が並ぶ中で、クリスが作ってくれたお菓子は、シンプルなパウンドケーキだ。
不器用でドジっ子なクリスが、唯一安全に作れるお菓子でもある。
緊張している中で、少しでもいつもに近い物があると落ち着けるのではないか、と言ってクリスがわざわざ持って来ていたのだ。
荷物になるから良いって言ったんだが。
「私、甘い物に目がなくて…。食べられるものならば、全て食べたいと思っておりますの。もしよろしければ、ひと欠片だけでも構いませんから頂けませんか?」
何と言う食い意地!
凄くね?
立場が上の令嬢に対して、不躾にも菓子くれって…。
全然良いんだがな。
可愛いし。
「こんなモノで良ければ、幾らでも差し上げてよ」
「ええっ!?あ、ありがとうございます…っ」
喜色満面。
あげると言った直後に、サフィヤの表情がパッと明るくなった。
可愛いな。
すげー学校で飼ってたハムスターに似てる。
「ゆ、ユリアナ様ぁ…」
クリスが、涙目で恨めしげに名前を呼んできた。
え、何。
こんなモノって言ったのが悲しかったのか?
いやいや、貶した訳じゃないよ。
ユリアナ風に言ったらこうなっただけだよ。
「良かったねー、サフィヤ様。…あっ、ボクにもちょーだいっ!」
「差し上げてもよろしいですか?」
「それはもう貴女にあげたものですわ。貴女の物は、貴女の自由にしたら良いのではなくって?」
「はいっ」
わーい、と喜んで食べ始める二人。
これは…癒しだな。
本当ならクリスとウルシも混ぜて、美少女たちの和気あいあいなお茶会を眺めて堪能したいところではあるんだが…立場ってものがあるからな。
畜生…何故今俺はユリアナたんなんだ!
ユリアナたんでなければ、うっはうはハーレムだったってのに。
…ちらりと、ティーカップに移り込んだ自分の顔を見る。
あ、やっぱこのまんまで良いや。
可愛いから。
可愛い中に可愛くない男一人入れたら、台無しになるし。
「…ユリアナ様は、少々甘いのではありませんこと?」
「私は砂糖は入れないですけれど」
「そういう意味ではございませんわ」
ぷぅ、と頬を膨らませるマリアンヌ可愛い。
つーか俺、さっきっから可愛いしか言ってなくね?
いや、でも仕方ないよな。
みんなが可愛いのがいけない。うん。
「ふふ。勿論、存じておりましてよ」
「…ユリアナ様はイジワルです」
あー…至福。
酒でも飲めれば超完璧。
この国の酒解禁何歳だろうな。
早く飲みたいなー。
「ユリアナ様って…何か思ってたよりいー人だね!」
「あら、そうですかしら」
「うんっ!みんな近寄りづらーいって言ってたけど、全然そんなことないよね」
ニコニコーッと笑いながらそう言ってくれるカティナ。
えっ、ちょ、俺これモテ期じゃね?
人生に一度か二度しかないと言われる、あの伝説の…ユリアナの格好の時に使ってどうする、俺。
流石に違うか。
「美味しい…美味しいです、ユリアナ様!これは一体、どなたがお作りに!?」
「私の世話係ですわ」
「わ、私が作りましてございます」
「あのっ、よろしければ、レシピを…」
「あー、ボクも聞きたいー」
「も、もうっ、皆様!ユリアナ様の前で何を勝手に…」
うむ…美少女たちが和気あいあいとしている様を見るのは、イイな!
言い争いなんだか戯れなんだか知らんが、会話をかわす、俺の取り巻き三人組+クリス。
非常に眼福だ。
俺は、ゆったりと頷きながら、紅茶に口をつけて…噴き出しかける。
「っ…!??」
慌てて周囲を窺うと、ウルシがめちゃくちゃ冷めた目で俺を見ていた。
口数少ないなー、空気読んでるんだなー、偉いなーって思ってたけど…違った?
もしかして、構ってもらえなくて拗ねてた?
にしても、この仕打ちはないんじゃないのかな、ウルシちゃん!
俺舌火傷したんじゃね!?
めっちゃ熱かったんだけど!!
「ご主人様に喜んで頂けて光栄です」
「…よ、喜んでねーし…!」
いっつも俺のこと、この格好の時はユリアナ様って呼ぶクセに、当てつけのようにご主人様って呼んで来たぞ、この子。
本気で嫉妬してくれてるのか?
何だよ、それー。
可愛くて怒れないじゃないか!
「ったく。仕方ないなぁ、ウルシは」
小声でそう呟いて、よしよしと頭を撫でてやる。
まだ子供だし、一度これくらいやったところで、ユリアナたんは孤高の美人!みたいなイメージは壊れないだろう。
オールグリーンだ。
「触らないで頂けます?ニヤニヤが移りそうで気持ち悪いです」
「酷い!」
なんて、皆でほのぼのとした時間を過ごすと、俺達は解散した。
家に帰る頃には、俺の頭からは美術品も、あの美術品の提供者二人組の記憶も、すっかり消え去っていたんだが…別に良いよな!
いやー、良い時間を過ごしたな。
余は満足じゃ。なんつって!
クリス「あの妖しいイケメン二人組の登場、あれで終わりですか?」
クロ「引っ張ろうとしたけど、書く時間無さ過ぎて、フラグすら消滅したらしいぜ」
ウル「哀れですね」
クロ「ああ、でも、裏でなんか色々やってたり?」
※完全にこの辺は未定です。