13.説得回ってより言葉の殴り合い回だろこれぇ!
「良いから黙ってご主人様に従いなさい、野良犬が」
「はぁ?何だと、誰が野良犬だ!」
ウルシの、刺々しいを通り越して、超攻撃的な交渉っつーか命令っつーかに、どうやらカチンと来たらしいヴェルデは、キッと目を吊り上げて睨んで来る。
これがあの穏やかなヴェルデになるのかと思うと感慨深いな。
10年ちょっとで、彼の身に一体何が起こるんだ。
乞うご期待。
…って、スキップ出来ないんだけどな、現実だから。
「親も家もない癖に、何を粋がっているのですか。野良犬で十分でしょう」
「お前だってこの間まで同じだっただろう。お前こそ、何を偉ぶってるんだよ!」
「この世の中、結果が全てです。今、わたしは家もあり、仕えるべき主もいます。ほら、わたしの方が人生勝ってます」
「ふざけんじゃねぇ!!」
うちの子がマジでゴメン。
一体いつから人生の勝負になったんだ。
勝負とかどうでも良くね?
人生に勝ち組とか負け組とかないだろ。
自分が楽しけりゃ、人生それで良いもんだよな。
「オレは確かに親もいねぇし、ちゃんとした家だってないけどな…守るべきモンくらい持ってるんだよ。バカにするな」
ヴェルデ、すっごい睨んで来てるけど。
ウルシは良いのか?
…すげーイライラしてるっぽい。
これ、俺判断誤ったってヤツ?
水と油だったのか、この二人?
いやいや、そんなの最初には分からんだろ。
「そうですか。ではそんな貴方に命令です」
「家なら出て行かねぇっつってるだろ」
「それはもう聞きました」
シレッと言うウルシの言葉に、ヴェルデは怪訝そうな表情を浮かべる。
ようやく、怒り以外の表情が見れた気がする。
ただのケンカならなー。
良いぞ、もっとやれ!とだけ考えてりゃ良いんだが…。
今、流石にそんな場合じゃないしな。
その調子だ、ウルシ。交渉頑張れ。
「わたし達の命令は簡単です。わたし達に従って、冒険者ギルドに入ること」
「…?どういう意味だ」
怪訝そう通り越して、完全に疑ってるような表情になった。
おいおい、これマジで大丈夫か?
何だかんだで、ヴェルデは賢いキャラクターだった。
今目の前にいるヴェルデだって、何かを学んだことはなくても、同じヴェルデなんだから、そのくらい頭が回ったっておかしいことはない。
適当に話を進めてたら、最悪の結果が待ってるとかないよな?
「ご主人様は現在、趣味…コホン。崇高なる目的の為に、ギルド「終焉の狼」の立
て直しを目指しておられます」
「……」
一応は話を聞いてくれる姿勢ではあるみたいだ。
話も聞かずに殴りかかって来る程の単細胞ではなかったようだ。
流石はヴェルデ。
高飛車なユリアナたんの使用人を立派に務めてただけはあるな。
…ていうかウルシ。
今、趣味って言いかけなかったか?
言っとくけど、今の俺の行動、趣味じゃないから。
趣味越えてるから。
何しろ、おっさん達に依頼されてのことだからな。
良いか、俺の勝手じゃないぞ。
頼むから、ばあやに趣味とかって報告しないでね。
「「終焉の狼」には、今圧倒的に人数が足りていません。そこで、ご主人様は貴方がたを所望しておられる訳です」
「…オレたちに、タダ働きさせようって訳か」
「まさか。きちんとお給金は設定しますよ」
しっかし、ヴェルデって、本当に学が無いのか?
おっさん達よりも、よっぽど頭が良いような発言に聞こえるんだが。
だって、普通にタダ働きって発想出てくるものか?
…あー、前にも似たようなことさせられてたら出るか。
これも聞いとかないとな。
「貴方がたに強制して何かをさせる、ということはありません。自由時間は勿論ございますし、修行も勉強も出来ますし、危険も限りなく少ないですし、お給金は出ます。当然、ついて来てくれますよね?」
すげー破格の条件っぽい。
まぁ、実際そうなんだけど。
最初だけ甘い汁を吸わせて、後から云々なんて悪いことは考えていない。
やっても良いけど、あんま気分良くないしな。
子供たちからカードゲーム用のカード巻きあげたことはあるけど、流石にそこまでのレベルの大人の狡さを発揮するのはなぁー、躊躇っちゃうよなー。
「悪いが、他あたれ」
「…断る…と?」
ウルシの眉が、ピクリと反応する。
意外だった、という以外にも、不快そうな雰囲気も見て取れる。
「強制されないにしても、ある程度拘束はされるだろ。そんなのゴメンだしな」
軽く肩をすくめて言うヴェルデは、とても小学生そこそこの見た目に即した雰囲気ではない。
ちょ、おい。
実は中身大人とかねーだろうな。
俺っつー前例があるから疑っちゃうぞ。
「…ですが貴方は先程、守るべきものがある…と、そう仰っていました」
「ああ、言ったな」
「で、あれば我々の命令にすぐに従うべきではありませんか?」
ジッとヴェルデを見つめながら、今度は無表情で言うウルシ。
ようやく落ち着いて来たか。
…いや、この顔は、かなりイライラしまくって、逆に冷静っぽく見えるパターンだろ、これ。
頼む、落ち着けウルシ。
俺が出なきゃいけなくなるだろぉ!
「オレたちをバカにしてくるようなヤツを信用出来る訳ねーからな」
ふん、と鼻を鳴らして吐き捨てるように言うヴェルデ。
そりゃそうだよ。
俺もそう思うよ、ウルシ。
流石に口出さなきゃかなーと思ってチラリと見れば、ウルシから舌打ちを頂く。
…あ、スイマセン。黙ってます。
「信用、ですか」
小さく呟いてから、もう一度俺をチラリと見上げて、深く溜息をつくウルシ。
え、ちょっとその反応は心外なんですけど。
今ちょっと、俺がこんなんだから信用出来ないんだろうなぁ、みたいに思ってなかったか?
いやいや、俺の見た目とか関係なくね?
全然責任は被っても良いけど…今の信用出来ないって言った根拠は、俺の見た目とか発言には関わってないよな?なぁ?
誰だ、器が小さいって思ったのは。
そうだよ、俺の器は小さいよ!まいったか!
「ですが、貴方だって分かっているでしょう?いつまでもこのような生活を続けられるものではありません。お金を得る機会があるのならば、縋るべきです」
「それでも、だ。オレたちをバカにしてくるようなヤツらに従うなんて、オレのプライドが許さねぇよ」
…カッケェよ!ヴェルデ、マジでカッケェよ!
本当にこれで、肉体年齢と精神年齢一致してるのか?
んー、まぁしてるか。
甘いっちゃまだ甘いしなー。
ウルシだって、良く口も回るようになったけど、やっぱまだ子供だしな。
すぐに頭に血が上るところとか。
あははー。
「なぁ、もしかしてだけどさー」
俺が口を開くと、二人から睨みつけられた。
え、ちょ。
何でウルシまで睨むんだよ。
気まぐれだから許せ。
「お前、今まで生活が何とかなってたから、これからも平気だって思ってる?」
「…どういう意味だ」
ヴェルデの茶色い瞳が揺れる。
こりゃ思ってたな。
まあなー…数年くらいならもつとは思うけどなー。
「お前さ、俺のこと、何だと思ってる?」
「は?」
「エロリスト」
「ウルシー。流石に空気読めー」
普段なら幾らでも付き合うけど。
ちょっ、ウルシさん。
今は勘弁して頂けませんかね?
ほら、ヴェルデも目を丸くしてるよ。
「何…って、どーいう意味だよ?」
「普通の町民とかー、商人とかー…」
「?良く分かんねぇけど…金持ちか?」
あ、やっぱそんくらいか。
道理でナメられてると思った。
「大正解。ただし、俺も普通の金持ちじゃないんだよな」
「お貴族様です」
「…ウルシ…頼むからさ、マジ空気読もうか…」
大々的に発表しようと思ったのに、先に言われたよ。
ウルシ、もしかして俺の行動を潰すのでも趣味なの?
ちょ、マジやめてくれよ。
そんなウルシも可愛いから怒れないじゃないか。
「貴族…だって?」
「まあなー」
お。流石に貴族様の威力は知ってたか。
ヴェルデの顔色が、初めて悪くなる。
うちの国の貴族は、テンプレ的な悪いヤツは少ない能天気な国だから、そこまで絶望的な存在ではないけど、それでも貴族の我儘に振り回される庶民ってのは確かに存在してる。
特に、枠を外れた者に対して、優しいってこともないだろう。
…目こぼししてた分、優しいっちゃ優しいと思うが。
寧ろ、甘いか?
「やっぱり、オレたちを追い出そうとしに来たんだろ」
「だから違うと言っているではありませんか」
「そうだよ。俺たちはお願いに来ただけ」
ヴェルデの表情が、一気に堅くなる。
だろうな。
良く分からん金持ちの言う命令以上に、貴族のお願いは大きな意味を持つ。
強制的に追い出す力を持ってるヤツらが、来た訳だしな。
しかし、ヴェルデの言葉からして、前にも追い出しに来てるはずなのに、今もこうしてヴェルデが普通にこの一角に居を構えているのは、どういうことだろう。
貴族は、別に浮浪児に遠慮をする必要はないはずだ。
釘をさしに来た?
うーん、目こぼしするくらいなら、面倒だからとか、この一角に魅力がないからどうでも良いとか、色々思いつくが、わざわざ面と向かって釘をさしに来るなんてヴェルデに何らかの価値を見出してないと考えにくいんだが。
「明日か明後日か、また来るからさ。それまでに答えを考えといてくれ」
「…は?」
「ご主人様?」
ヴェルデが拍子抜けした様な表情になる。
何故かウルシもだ。
ここで決めると思ってたのか?
いやいや、急いては事をし損じるって言うからな。
俺は焦らんぞ。
「言ったろ?俺はお願いをしに来ただけで、押しつけに来た訳じゃないんだ」
「……」
うわー、全然信じてない目だ。
別に良いけどな。
もう種まきは終わった。
この反応からして、多分あと1、2回で終わりだ。
「じゃあな、頑張り屋のリーダーくん。次は剣術の一つでも見せてくれ」
「っ、お前!!」
キッと驚いたように俺を見上げるヴェルデの視線を無視して、俺はヒラヒラと手を振りながら背を向ける。
ウルシは何も言わないで俺について来る。
ヴェルデが付いて来る気配はなかった。
「…どういうつもりですか、ご主人様?」
もう少しで説得出来たのに、とでも言わんばかりのウルシ。
いやいや、君説得出来なかっただろ。
あと一時間とか時間あってもムリだったろ。
「いーんだよ、今回は。色々と収穫はあったし…」
「収穫?」
「ああ」
首を傾げるウルシに、俺は笑みを返す。
「あの土地に関わった貴族がいる。先にそいつを調べて、なんて言ったのか分かれば、もう次にはあのリーダーくんは俺の元に来るよ」
「どこからそんな自信が出てくるのですか?」
根拠は簡単だ。
俺のゲーム知識に他ならない。
ゲームにおいて、彼の人となりを知っている俺だからこそ、そう思うのだ。
だから、根拠言えないんだけどな!
「見逃してるってことは、悪いヤツじゃないはずだ。その貴族が都合の良いヤツなら、ついでに「終焉の狼」の後ろ盾も頼めるかもしんねぇ」
「そんなに都合良くいくものですか?」
「さぁ?けど、男の人生は博打みたいなもんだ。攻めて行こうぜ!」
「負ける時は是非、ご主人様お一人でお願い致します」
「酷い!!」
つっても、そう負ける賭けだとも思わない。
最大の根拠は、俺の家がマルトゥオーゾ家だってことだ。
最悪叱られて、二度と家から出られない挙句、嫁に出される可能性は無きにしもあらずって感じだが、死ぬことはないはずだ。
相手が王族でもない限り、ぶっちゃけ負けないと思う。
悪役令嬢の実家にしちゃあ、親父は金に汚くもないし、女に卑しくもないし、あり得ないレベルで真っ当に生きてるからな。
嫉妬とか頂いて、陥れられない狡猾さもある気がするし。
大丈夫大丈夫!
「因みに、最後にあれに言ったのは何だったのですか?」
「剣術云々か?」
「はい」
「ああ…小屋の前に、使いこまれた木刀が置いてあったからさ、何となく」
残念ながら、それもゲーム知識だ。
子供の頃から大事にしてる木刀ってヤツ。
ヴェルデはそれを大切な人から貰ったって言ってて、大事に毎日振ってた的なエピソードが出てくるんだが、俺はてっきりユリアナから貰ったとばかり思ってたんだが、ありゃ間違いなく、世話してるチビっ子たちから貰ったんだな。
遠目だったけど、造りが荒いのは見えたし。
褒めときゃ好感度上がるかなーって思ったんだよ。
うーん。物を大事にするイケメン。
普通はあんま男には興味ないんだが、ヴェルデは欲しいな。
何しろ、公式で俺の使用人だし。
ウルシと二人で並んで立てば、美男美女で完璧になる。
俺のユリアナたんは、そんな二人に囲まれても負けないくらいの美少女だし。
楽しみだ。
その為には、ある程度頑張らないとな!
「よし、ウルシ!次行くぞ、次!」
「はい」
そうして俺たちは、もうしばらく人員収集の為に街を歩くのだった。
クロ「因みに、ゲーム本編のヴェルデなら即答でOKしたと思うぞー。
俺とウルシの交渉術最悪だけど、それでも貴族関係の人間ってことは多分すぐ分かるし、断ったらどうなるかってことと、相手が本気で言ってるか否かくらい把握した上で、普通ににこやかにOKする。
ゲーム本編のヴェルデはそういう男だからな。
プライドよりも得られるものがあるなら、あらゆるものを排除出来る。
…多分攻略対象者の中で最もやべー奴だ。ある意味」
ウル「長いっ!」