12.悪役令嬢も歩けば攻略対象者に当たる
「さぁぁて!まずはどーすっかなぁ」
今度は、俺の世を忍ぶ仮の姿、中学生くらいのイケメン、ブラックくんの格好のままで街に出る。
さっき聞いた鐘の音からして、今は大体昼4の鐘…つまり、大体午後2時くらいということになる。
今日の俺は、ばあやからの許可を得て、大手を振って街を歩ける訳だが、それでも時間制限はある。
夜3の鐘は夕食の時間になるから、その前…余裕を持って、夜2の鐘…つまり、大体午後6時くらいには帰らないといけないのだ。
精神年齢20代としては、ちょっと早過ぎないか?と思わないでもないが、大人なので許そう。
一応教職にあった身だからな。
その辺には、理解があるのだよ。ふはは。
「それにしても、良かったのですか?」
「ん、何が?」
俺の横を大人しくついて歩いていたウルシが、ふと口を開く。
その疑問の言葉に、俺は首を傾げる。
良かったって、何が?
「あの二人が仕事を受け付けると触れ回っても、まだどれ程許容出来るかも、またどれ程の依頼がやって来るかも分からない状態ですよね。本当に良いのですか?」
ああ、要するにこんな見切り発車で大丈夫かよ、ってツッコミな。
分かる分かる。
俺も乗員だったら、不安でいっぱいだしな。
こんなリーダーは嫌だろう、そうだろう。
「平気平気。うちの国は保守的って言っただろ。まず間違いなく、あの二人の宣伝程度じゃ、そうそう集まらねーよ」
「それのどこが平気なのですか」
呆れたような顔のウルシも可愛いなぁ。
デレッとした顔で見たら、殴られた。
鳩尾に一発。
ぐおお…ウルシ、容赦なさすぎじゃね?
俺、一応ご主人様なんですけど??
「だから、のんびり人員を集める時間はあるってこった」
「では、その後は?仕事をどうやって軌道に乗せるつもりなのですか?」
ウルシちゃん賢い!…なんて言おうものなら、また鳩尾に食らうな。
ここは黙って話を続ける他ないようだ。
うう、ボケ封じとは何たる拷問。
ばあやの鉄拳制裁レベルで辛いぜ。
「うちの国は、良くも悪くも貴族が一番。貴族のお墨付きをもらえば良いんだよ。そうすりゃ、事前に宣伝を聞いてた人が、こぞってやって来るだろ」
「ご主人様の家の名前を出すのですか?でも、そうしたら叱られるのでは…」
心配そうに眉を下げてくれたウルシに、俺は苦笑を返す。
間違いなく、俺の首が飛ぶよな。
精神的に。
「間違いなく叱られるな。つーか、最悪親父とか母さんまで出て来て説教タイムになる可能性だってあるぞ」
安易に家の名前を出す訳にはいかない。
最悪、マルトゥオーゾの家の名前を使っちゃうぜテヘペロ!とか考えてた時もあるにはあったが、まぁ、現実的じゃないよなー。
分かってたよ。
ただ、考えるの面倒だから、ガチで最悪の局面になったら出すけど。
「その辺は、一応当たりは付けてるから、ウルシも後で付き合ってくれよ?」
「ご主人様には、成功の道筋が見えていると仰るのですね」
「うーん。まぁ、五分五分?もっと悪いかもしんないけどなー」
軽く答えたら睨まれた。
ちょいちょい、ウルシくんや。
俺に対して、態度悪過ぎない?
もしかして俺、嫌われてんの?
「仕方がありません。貴方みたいな人でも、わたしが自分で選んだ雇い主ですからね。一応信じて差し上げましょう」
「ねぇ、何でお前そんな偉そうなの?」
「これは…差し出がましい真似を…」
「そういうところだけ腰低くてもさ…可愛いから許すけど!!」
「撫でないで頂けます?鬱陶しいので」
「えー…だって、丁度良い高さにあるしさぁ」
「元の格好だと、殆ど変わらない癖に…」
ウルシが不満そうなので、しょーがないから手を離す。
ウルシの頭、撫でやすくて気持ち良くて好きなんだけど。
「それでは、先にギルドに参加してくれそうな人に声をかける…ということで、よろしいのでしょうか?」
「ああ、その通り。ウルシは、良い人材に心当たりとかあるか?」
「そうですね。多少は」
「そうか。なら、会えそうな場所に案内してくれるか?」
「かしこまりました」
本当にうちのウルシは優秀だなぁ。
俺は、鼻高々に感じながら、ウルシの後をついて行く。
周囲で、チラチラとさっきの「雪解け華」での騒動の噂と、あそこのアレクセイ&リンダが、俺の仮の姿の更に仮の姿の、地味メンを探しているのが聞こえる。
が、無視だ!
俺の見た目はまったく違うから、まぁまずバレなかろう。
素知らぬ顔をして通り抜けて行く。
「そこの貴方たち。こんな顔をした男を知らないかしら?私たちのギルド…「雪解け華」でひと騒動起こした男なのだけど…」
「さぁ?悪い人なんですか?」
「マスター・アレクセイは怒っていないらしいけど、どうなのかしらね。どうしても聞きたいことがあるから探しているらしいわ。貴方たちも、似たような人を見かけたら、また尋ねて来るように言ってくれる?」
「分かりました」
ふと「雪解け華」のギルドメンバーなのだろう女性に声をかけられる。
でも、さっぱり犯人が俺だとは気付いていない様子だった。
この調子なら、まったく問題ないだろう。
流石は超変身先生。
いつもお世話になってまぁーす!
「…今の、もしかしてご主人様ですか?」
「んー?何の話だ?」
「とぼけても無駄ですよ。さっきの似顔絵…どう見てもご主人様が好みそうな冒険者の姿だったじゃありませんか」
「あはは、分かる?」
たった数日とは言え、ウルシには結構俺の変身見せてるからなぁ。
調子に乗って見せつけすぎたか。
まぁ、仮にウルシから俺の情報が漏れたとしても後悔はしないから、どうでも良いけどな。
俺の判断でウルシには見せてるし。
後で困ることよりも、その瞬間が楽しいのなら、その方が良いし。
「これ以上は、無駄に騒ぎを起こさないでくださいね」
「はいはい、分かってるよ」
「…とは言え、すぐにまた騒ぎが起きるとは思いますが」
「ん?」
人通りの少ない路地を抜けて、小さな広場のような場所に出る。
丁度建物と建物の陰に位置しているせいか、少し薄暗い。
俺の位置から見て奥の方には、小さな掘立小屋みたいなものが建っている。
その辺には、壊れた樽とかが散乱していて、結構小汚い。
うーむ、ここがウルシの心当たりの人がいる場所、か?
こりゃ確かにひと騒動起こりそうな雰囲気がある。
「よーし、いっちょ声かけてみますかー」
「ご主人様。情報は聞かなくとも良いのですか?」
「面倒だからなぁ。…まぁ、一応聞いとくか」
「はい」
ここで躊躇う意味も必要もないと、俺はざくざく歩いて行こうとするが、それをウルシが言葉で制する。
それに俺は、とりあえず納得して足を止めた。
別に死んだりはしないだろうし、そこまで躍起になる必要はないと思うけど、知る機会があるんなら、逃しとくのも勿体ないよな。
面倒だけど。
「あちらにいるのは、名を持たない浮浪児たちのリーダーです。わたしと同じくらいか…もう少し上か。良く分かりませんが、暴力的で手のつけられない悪ガキですよ。ただ、リーダーシップがあるようで、妙に他の子供たちが慕っているようでしたが…」
「うん。一応言っとくけどな、ウルシが言うことじゃなくね?」
「悪ガキです。ただ、彼を抱き込めば、楽に人集めが出来ると思われます」
「うん。そーなのな…」
ちょっと前まで、自分も同じような立場だったというのに、このウルシの割り切りっぷり。
ハンパねぇっす、ウルシさん!
俺は真似出来ないよ、マジで。
少しばかり頬を引き攣らせながら、俺は小屋の方へ近付いて行った。
「もしもーし。リーダーくんいるぅー?」
出来る限り軽い感じで外れかけた扉を開く。
中は殺風景で、家具みたいなものは見当たらない。
部屋なんてものもなく、ただ四角い空間が広がっているだけ。
人の気配もない。
「いないじゃん」
「今の時間なら此処にいる、ということまで把握しておりませんので」
「待ってりゃ、いつか戻ってくるってか?まぁ、探すよりゃ楽かもしんねーけど」
時間がないと言えばない中で、このロスは痛いな。
出来るのなら、一分、一秒も無駄にはしたくないのだが。
なんて、俺の言うことじゃねーよなぁ。
無駄に過ごしたいー。
「おい!テメーら、そこで何やってる!?」
「お」
流石の悪役力と言うべきか。
俺はどうやら、目的の人物を引き寄せることに成功したようだ。
遠くの方から、俺たちを見咎める声が響いた。
声の感じから言って、恐らく少年。
ウルシの言う浮浪児たちのリーダーに違いない。
「そこはオレたちの家だ!近付いて来るんじゃねー!!」
くるりと声のした方を振り向く。
そして、俺は一瞬固まった。
そこに立つ少年は、緑色の髪という特徴的な髪色をしていて、非常に俺の知る人物にソックリだったのだ。
「(おいおい…まさかこの子…ヴェルデか!?)」
ーヴェルデ・ルウェル。
それは、この世界を舞台にして描かれるゲーム、プリライこと、『Princess of Lilac~花冠を君に~』の攻略対象者だ。
俺…っつーか、悪役令嬢ユリアナ・マルトゥオーゾの付き人の男。
穏やかで優しく、苦労性で…でも、決める時は決めるギャップの持ち主。
……何でこんな所で浮浪児なんてやってんの!?
生活があれだからか、髪はバサバサだし、身体はあんま肉付きが良くないし、俺の知る年齢よりはかなり幼いから分かりづらいが…間違いない。
生粋の乙女ゲーマーであるこの俺が、攻略対象を見間違えるはずがないしな。
だが、だとすると気になる…。
俺と違って、ゲームのユリアナは、正真正銘のお嬢様だ。
ここで浮浪児してるようなヴェルデと、どうやって知り合ったんだ?
ファンとしてはすげー知りたい。
ああ…今日本に戻れるんなら、俺、製作会社に突撃インタビューしに行くわ。
「いやぁ、ちょっとこの辺の子供たちのリーダーをしてる君に、お願いがあって来たんだけど…今時間良いかい?」
「はぁ?どうせ、そこから出てけって言うつもりだろ?オレたちの家だぞ!」
立退き要請か…そりゃ、それくらいあるよな。
結構建物もいっぱいいっぱいだし、狭いとは言っても、この土地だって有効活用したいよな、国とかとしては。
強制執行していない辺り、優しいんだか緩いんだかどーでも良いんだか。
それより、どうやって説得するか、だよな。
正直なところ、まさかヴェルデが相手だとは思わなかった。
よりにもよってってのが正直な感想だ。
ヴェルデという男は、攻略対象者たちの中で、最も心の欠けが少ない。
他の男どもは、ヒロインであるリラちゃんに、心の欠けを埋めて貰うことで、成長し、恋心を実らせる。
まぁ、ぶっちゃけて言えば、吊り橋効果に近い。
けど、ヴェルデだけは違う。
最初から大人ってキャラだったし、悩んでることも、そこまでない。
強いて言えば、ユリアナへの忠誠心と、リラちゃんへの恋心で悩むって感じになるんだが、それもまっとうな悩み方だったし、他のキャラクターに比べて、きちんと一人で答えを出している。
つまりだ。
どう話を切り出せば納得してくれるのかが、分かりづらいのだ。
他の奴らだったら、大体求める言葉ってのも分かるんだけどなぁ。
とは言え、それをその通りに出したら、それはそれで、変な意味で懐かれそうだから、嫌だってのもあるし、絶対その通りに行くって訳でもないから、まぁ難しいところではあるが。
「ウルシ。お前さ、あの子のこと良く知ってるか?」
「良くは知りません」
「…うん、知ってた」
ウルシ、良くも悪くもクールだからなぁ。
多分、この辺ウロウロしてる間も、普通に一人でやって来たんだろう。
そんなウルシは、夜のお姉さんの話は聞いても、同じ年くらいの子供の話は、あまり聞かないだろう。
目に浮かぶようだ。
「なら、説得は出来るか?俺さー、そういうの苦手だから」
「存じております。ですから、先程のような騒ぎになっていたのでしょう?」
「仰る通りで…」
リアル子供に論破される俺。
な、情けないなんて思ってないんだからなー!!
「お任せを。わたしがご主人様のご意向通りの結果を導いてご覧にいれましょう」
えっ、何この子頼もしい…!
俺は胸がジーンとするような感動を覚えながら、ウルシの言葉を待つ。
ほら、俺が余計なこと言うと、こじれるだろ?
知ってるんだよ、俺は俺という人間を。
だから頼むぞ、ウルシ!
「貴方」
「お前…最近見なくなってた、花街区画の黒髪じゃねーか。何だ。お前、そんな普通の服着やがって。そいつに尻尾でも振ったのか?結構な御身分ってヤツだな」
「……」
すげーなあの子。
学はないだろうに、無駄に厭味の精度が高いぞ。
見ろ、ウルシがめっちゃキレて…って、ウルシ!
キレちゃ駄目だぞ、交渉中だから!!
「良いから黙ってご主人様に従いなさい、野良犬が」
ウルシー!!
そうだった、この子も意外と沸点低かったー!!
俺は脱力しながら…ちょっと面白くなって来たと思って口角を上げた。
いいぞ、もっとやれ!!
…ん?何かおかしいか?
ま、良いか。別に。
クロ「いいぞ、やれー!ピーピー!」
ウル「ご主人様、口笛下手糞過ぎますね」
クロ「グフッ…場外にいるはずの俺にダメージが…」