08.冒険者ギルド?ファンタジーの王道だよな!
カツカツと、ブーツが石畳にぶつかる度に、小気味の良い音が響く。
俺は、やっぱり家に押し込められているよりも、ずっと街中をうろついている方が楽しいなと改めて思いながら、うーん、と伸びをする。
あれだけ大量の課題を終えた後だからか、めちゃくちゃスッキリしている。
「本当に課題を終えるなんて…ご主人様は変態でいらっしゃいますね」
「おい、どうしてそうなった!?ウルシ、俺に対して辛辣じゃね?」
「勿体ないお言葉にございます」
「使い方間違ってると思うぞ、俺…」
中学生くらいの、普通の街の少年みたいな出で立ちになった俺と、その小学生くらいの妹みたいな格好のウルシ。
外見上は、美男子美少女な兄妹なんだが、やり取りが残念過ぎる。
「つーか、ウルシ俺のことご主人様なんて呼んでたっけ?」
時間制限はあるっつっても、ようやく取れた自由に街を歩ける日だ。
本当なら目的を決めて、無駄なく歩いた方が良いんだろうが、今んところ、具体的に何をしようって気分になれなくて、ただブラブラと歩いている。
そんな中で、ふと気になったことを尋ねてみる。
すると、ウルシからはアッサリとした回答がやって来た。
「今のそのお姿に対して、ユリアナ様とお呼びするのは問題かと思いまして」
「そりゃそうだ。忘れてくれ」
俺、今相当にアホなこと聞いたな。
課題のやり過ぎで、頭がおかしくなってんのかもな。
いけねぇ、いけねぇ。
頭脳労働は俺の役目じゃないっつーのに。
「間の抜けたご主人様も素敵です。ふっ…」
「おい、今鼻で笑ったよな!?」
「っ、暴力反対です!」
結構がっつりウルシからバカにされたから、俺はぐにゅーっと、柔らかいほっぺをつねりにかかる。
ウルシは全力で俺の手から逃げようとするが、甘い甘い。
こう見えても俺は、ニスナン流剣術とかもやってて、筋が良いって褒められてるんだよ。
え、講師?勿論ばあやだが、何か問題でも?
「いひゃいでふ」
「どっちが上か教えてやるよ、この生意気メイドがー!」
そうやって、しばらく戯れていたら、突然肩に手がかかる。
「まぁ、その辺にしといてやんな、兄ちゃん」
「ん?誰だ?」
おっさんの声だ。
俺におっさんの知り合いはいないはずだけどなぁ。
どっかのお節介か?
くるりと振り向いて、俺は固まった。
「よーやく見つけたぜ、お嬢ちゃん」
「あ。この間のおじさん」
そう。
そこに立っていたのは、ウルシを追いかけていた山賊みたいな風体のおっさんその人に間違いなかった。
いやいや、動揺するなよ俺。
今の俺の姿は、あの時とは違うから、分かりっこないさ。
「ん?この間のちっこい兄ちゃんにそっくりだな。そうか、お前が一番上か!」
「あーっと、俺は…」
「この方はわたしのご主人様です」
ギュッと俺の腕に抱きついて、そう無表情に説明するウルシ。
おお、ナイスだぞウルシ。
案外ここで兄でーす!とでも名乗っといた方が簡単だったかもしらんけど。
「まぁ、どっちでも良い。それより、お嬢ちゃん家のヤツに話があって探してたんだ。お前さん、そのお嬢ちゃんの保護者っつーことで良いか?」
どっちでも良いんかーい!
なんてツッコミ入れてたら余計に面倒臭くなりそうだからスルーする。
俺はゆっくりと頷いてみせた。
「だから何だよ?まさか、まだコイツのこと責めるつもりか?」
「うんにゃ、そーじゃねぇよ。だがなぁ、ちと込み入った話になりそうなんだ」
ガリガリと頭をかくおっさん。
それから、急に満面の笑みを浮かべて、俺の肩を握る手に力を入れた。
「わりーが、ついて来い」
「ついて来てくれないか、ですらなく!?ちょ、おっさん痛ぇけど!!」
肩がメキメキいってるんだけど。
反対側の腕は、ウルシが連れて行かれまいとしているのか、かなり力を入れて抱きついてるし。
痛い痛い痛い!!
俺割れちゃう!
「おっさん!痛い痛い!離してくれ、マジで!!」
「こんくらい平気だろ、若いんだから。ほら、さっさと行くぞー」
「つ、連れてったら駄目!!」
ウルシも一生懸命踏ん張ってくれるけど、それもう俺が痛いだけだから。
おっさんの力が強過ぎて、俺が踏ん張ったところで、抵抗できる気もしない。
俺は諦めて溜息をついた。
「ウルシ。もういいよ。仕方ねぇし、ついて行こう」
「…いいんですか?」
「ああ」
あんま表情は変わらないが、ウルシは不満そうだ。
おっさんの方が正しかったんだろうが、追いかけられてたから、あまり良いイメージを持っていないんだろう。
俺は案外嫌いじゃねぇがな、こういうおっさん。
でも、正直俺のことは巻き込まないで欲しいんだけどな!
そこさえなけりゃもっと好感度高かったんだけど。
**********
「おう、ここだここだ」
引っ張られ初めて、割とすぐ。
おっさんが足を止めた先には、古ぼけたボロボロの建物があった。
周囲は石造りの家が多い中、ここは木造…と呼んで良いんだか、一応ログハウス的な雰囲気だ。
だが、ところどころ適当に補修されたっぽい板が打ちつけてあったり、焼け焦げた跡がそのまま残っていたりと、結構オンボロで、良い雰囲気はあんまない。
俺は思わず頬を引き攣らせる。
俺、もしかして結構な面倒事に巻き込まれようとしてないか?気のせい?
「冒険者ギルド『終焉の狼』へようこそ!」
「えっ、ここギルドかよ!?」
「おう。見えねぇか?」
いや、寧ろすげー見える。
イメージの中ではあんま良くない方の、無法地帯的な見た目してる。
俺一人なら、全然喜んで入るんだけどなぁ…。
チラリと腕に抱きついているウルシを見る。
ウルシはまだ、戦闘訓練とかそこまででもないし、危険かもしれない。
いざとなったら守ってやらねぇとな、ご主人様として!
ああ…良い響きだ。くふふ。
「ご主人様。顔が気持ち悪いです」
「急に毒吐かれた!?」
小声ながらも、きっちりと俺の心にダメージを刻み込んだ。
ウルシ…こいつ、成長したら最高のSに育ってくれるぞ、きっと。
俺、Mもいけるから!
何でも任せろ、ウルシ。
「おう、その辺に座ってろ。逃げるんじゃねーぞ?」
「ここまで来て逃げねぇって」
ギィと、今にも壊れそうな音を立てて中に入ると、これまた汚い酒場みたいな光景が広がっていた。
ファンタジー好きとしては、これがギルドだとは思いたくもないが、リアルな冒険者ギルドなんて、こんなもんなのかもしれないなぁ。
何しろ、剣とか魔法とか、腕っ節だけで食ってる奴らの溜まり場だ。
治安が良いとも思えない。
「わたしたち、どうなるんですか?ご主人様」
「殴られたり何だりはしねぇだろ、幾らなんでも」
十中八九、あんだけの迷惑料じゃ足りないとか、そういう話だ。
何しろあん時は、ウルシを直接行かせるタイミングがなくて、とりあえずクリスに対応任せちまったからなぁ。
そこでどんな話になったかは、良く分かんねぇんだよな。
クリスが大丈夫って言ってたから大丈夫だと思ったんだが…。
やっぱ、ドジっ娘おっぱいメイドには荷が重かったか?
「ご主人様。わたし、こんな汚いところに座りたくないです」
「我儘言うな。っつーか、お前それまでもっと汚い生活してたとか言ってたじゃねーかよ」
「ヒトは慣れる生き物です。ご主人様の家にスッカリ慣れたわたしには、この環境は非常に辛いのです」
良く口の回る子だ。
学はないと言っていたが、下手なその辺の貴族子女より頭良いんじゃね?
んー、こりゃ良い拾いもんしたかもな、俺。
流石俺。
「よぉ、待たせたな」
「いらっしゃいませ。可愛らしいお客様」
「うお…」
おっさんが奥から出て来たと思ったら、その後ろには綺麗な女の人が。
おお、良くある美人受付嬢か!と思って眺めて、仰天する。
彼女に足はなく、ズルズルと尻尾っつーのか?みたいなものが生えているだけなんだもんよ。
へ、へへへ、蛇女だ!
何だあれ、リアルで見ると超エロい!
「あら。蛇人族を見るのは初めて?」
「ああ、リーユーでは少ねぇかんな。無理もねぇ」
リーユーは、今俺達がいるここのことだ。
ニスナン王国の首都、リーユー。
…って、そんなんはどうでも良い!
すげぇすげぇ、蛇だ、蛇!
「うふふ。そんなに目を輝かせてくれるだなんて、お姉さんビックリしちゃった。初めて会う子って、大抵私のこと怖がるものなのよ?」
「だって、お姉さん美人だしさ。超ビックリ」
「あら、口が上手な子ね」
嬉しそうにすると、お姉さんの尻尾がうねうねと動く。
うおお、腹とか超エロい。
何だあのくねり。
ヨダレ出そう。
「…節操無し」
「あれ、ごめん。ウルシ何か言った?」
「節操無し」
「おうい!そこは気のせいですよーって言うところじゃねぇの?」
心底汚いものを見るような目で睨まれる。
ウルシ!何で俺をバカにする表情だけバリエーション豊かなの?
あんま笑ったり拗ねたりする顔は見せてくれないのに!
「そろそろ本題入るぞ」
「はい、お茶よ。遠慮せずに飲んでね」
「あ、ども」
あんまり品の良いとは言えないようなカップで紅茶が出てくる。
すげー苦そうなんだけど。
我儘は言えないな。
ほら、蛇さんが出してくれたんだし。
「先に名乗っとくか。俺ぁここのギルドを預かってるもんで、リューゾだ」
「私はルイズよ」
「ああ、どうも。この子はウルシ」
「…よろしく」
「そんで俺はー……」
あ、やべぇ。
名前考えてなかったな。
つっても、ここでクロードだとか黒斗だとか名乗るのは問題がありそうだな。
ここまで言って名乗らないってのも妙だよな。
仕方ない。適当に名乗ろう。
「ブラックだ」
「変わった響きの名前ね」
「良く言われるよ」
そんな変わってる気もしないが、この世界の言葉は、英語とも違うからな。
英語っぽい発音で名乗れば、やっぱ変わってるように聞こえるらしい。
ま、どうでも良いけど!
「そんで、この間アンタんところの使用人を名乗る女の子が、剣を返却に来てくれたんだが…」
「ああ。俺が頼んだ。何か粗相でもしたか?」
クリスなら、謝りながら、返しに行った剣で襲撃の一つや二つやっちまいそうで結構怖い。
良くあの時の俺、クリスのこと信じて送り出したな。
うーん。
ばあやに叱られて頭空っぽだったからだな、うん。
「そん時に、これで話は終わりにして欲しいっつって、金を置いてったんだが」
「わお」
なんつー力技の説得だ、クリス。
最高だよ、クリス。
面白過ぎて涙が出てくるよ。
おっさんが悪い人じゃなくて、マジ良かった。
箱入り娘に交渉とか頼むもんじゃねーな。
俺が自分からは行けない状況だったっつっても、仮に行けたところで、俺よりゃマシだろーって思考で送り出したが…全然マシじゃなかったな!
「あんたら、見た所結構良い所の坊っちゃんなんだろ?」
「そう見えるか?」
「ああ。この間は、そっちのお嬢ちゃんがその辺の浮浪児みたいな服着てたが…、あれだろ。その辺の困ってる子供拾ってる篤志家か何かなんだろ?」
…マジでそう見える?
俺、ビックリするくらい不純な動機でウルシ拾ったんだけど。
ウルシじゃなかったら拾わなかったレベルなんだけど。
「いや、俺は…」
「あー、みなまで言うな。分かってるからよ」
何か変な勘違いしてるっぽい。
まぁ、別に良いか。
血が繋がってるって訳じゃない、とは分かってたみたいだし。
そう思われてても別に構わんが。
「そんで、金持ちなら学があるだろ?」
「あんまねーよ」
「ご主人様は大変優秀でいらっしゃいます」
「ウルシ…」
余計なこと言うんじゃありません!
ほら、おっさんの目が輝きだしちゃっただろ!
軽く睨んだら、ツーンと目を逸らされた。
何だよその反応は。
可愛くて撫で回したくなるだろ。
「…まぁ、人並みだ」
「それで良いのよ。私たち、人並みの学もないから…」
苦笑気味に顔を見合わせるおっさんとルイズ。
つーか、何でここで学の話になる?
庶民は学校通わないのが普通だろ?
確か、商人の家の子とか、よっぽどの変わり者が行くくらいで。
なら別に問題なんてないと思うが。
「ムリを承知で頼む!金はいらねぇ。その代わり、うちのギルドを救ってくれ!」
……はい?
「救う?何だ、それ」
「見りゃ分かるだろ。今、うちのギルドは火の車なんだ!」
「仕事はない、仕事がないからヒトが来ない、ヒトがいないから仕事もこない…」
ルイズが深い溜息をつく。
うおお…何だ、その負のスパイラル。
「親友から預かった大切なギルドなんだ。俺の頭が悪いせいで、経営難で潰れるなんてあっちゃならねぇ!頼む、学があるなら、なんかアイディアの一つや二つは出てくるだろ!?助けてくれ!」
「えぇー…でもなぁ、俺らも忙しいし…」
むさくるしいおっさんから頼まれてもなぁ。
面倒臭い。
「お姉さんからもお願い!」
「良いでしょう」
溜息をつきかけた瞬間に、ルイズが目を潤ませて頼んで来た。
俺はそれを見るや否や、溜息を飲み込んで深く頷いた。
ついでにめちゃくちゃドヤ顔で。
「ルイズからの頼みなら即答すんのかよ!?」
「俺はフェミニストだ」
おっさんが不満そうだが、仕方ない。
ほら、男女平等とか、そんなの幻想だから。
俺はいつだって女性優遇だ。
「エロリストの間違いでは?」
「だからウルシ!どこで覚えて来るんだ、そんな変な言葉!?」
それはともかく。
さてさて、ここからギルドの経営立て直しか。
これは面白くなって来たぞ。
面倒事に巻き込まれたーとか言って、ゴメンおっさん!
実は結構ワクワクしてる。
「くくく。どう改造してやっかな…!」
「…お嬢ちゃん。この兄ちゃん、本当に優秀なのか…?」
「ええ、勿論」
おっさんの顔が引きつってるが、知った事か。
俺はやってやるぞ、イエー!
クロ「やっぱり受付嬢は、綺麗系、可愛い系、小悪魔系と選り取り見取りに…」
ウル「そんなにいらないです、ご主人様」
クロ「え、いるだろ普通!?」