07.今度は正攻法で街へ行こう
「ウル。ユリアナ様の部屋の掃除は終わりましたか?」
「はい」
「そうですか。それでは、次の教材の準備は?」
「終わっています」
「念の為に確認して来ますから、ここで待っていなさい」
「分かりました」
……。
…えー、クロード兼ユリアナです。
勝手に街に繰り出して、ばあやにこっぴどく叱られてから数日が経った。
それは良いんだが…あの子、馴染み過ぎじゃね!?
あの厳しいばあやと、普通に会話してるんですけど。
「完璧でした。ユリアナ様から、窃盗の経験があると聞いていましたが、なかなかどうして…素晴らしい仕事をするじゃありませんか。これからも励みなさい」
「…はい」
ばあやに褒められてる…だと!?
俺もあんまり経験ないっていうのに。
つーか、俺なんて叱られてばっかだよ。
「ユリアナ様も。やれば出来るのですから、ウルを見習って、真面目にやってくださいませね」
シレッとした顔で、ばあやからジャブが入る。
おいおい、ババァ!
ちょっと最近ウルシのこと褒めすぎじゃありませんかね!?
「分かっておりますわ。ばあやもしつこいですわね」
「ユリアナ様の為を思って進言させて頂いております」
ふんっ、と鼻を鳴らしながら答えるも、ばあやは一切揺らがない。
それどころか、更なる追い打ちのひと言だ。
俺の為ね。
「まぁ、有能ですこと」
「出過ぎた真似を…」
思ってないくせに!
畜生、この野郎。
でも、逆らえない。
何しろ、お尻ペンペンの傷が癒えてないからな。
主に心の傷が。
精神年齢アラサー越えた男に、お尻ペンペン。
あれは正直辛かった、
ケツは痛いし心は痛いし、マジで泣けた。
もう二度と勝手に家から抜け出しませんって誓えた。
まぁ、また破るんだがな!
くぅぅ、俺ってなんてクズ!あっはは。
「ああ、ユリアナ様。ないとは思いますが…」
「何ですの?」
またも所用があって出かけると言うばあやの背中を見つめていると、くるりとばあやが振り向いた。
何だろう。笑顔だけど、すっごい怖いんだが。
「次はございませんからね?」
「ギクッ。な、何のことですかしら?」
「ふふ、何のことでしょうね。では、行って参ります」
カツカツと足音を鳴らして、ばあやが部屋を出て行く。
残された部屋で俺は、大きく舌打ちをした。
くっそ、バレてた。
今日もまた抜け出す予定だったんだが…こりゃ殺されちまうよ。
俺も日和ったもんだ。
「ユリアナ様」
「んー、どうしたウルシ?」
仕方ないから、指示された勉強しちまうかー、と椅子に腰かけると、ウルシから声がかかった。
…ああ、そうそう。
ウルシってのは、この間拾って来たあの女の子だ。
名前を聞いたら、名前がないって言ってたから、俺が付けてあげた。
漆黒の瞳が印象的だったから、漆。
本人も気に入ってるみたいで、万々歳である。
因みに、本当は俺は暗黒色って色が好きだから、名前につけてあげようと思ったんだが、全力で拒否られたんだよな。
日本語分かんないクセに、何で俺が付けようとしてた負の感情が伝わったんだろうか。
アンコクショクって名前、結構格好良くない?駄目?
「外、出られないのですか?」
小さく首を傾げると、ウルシの綺麗な黒髪がサラリと肩から落ちる。
うおお、何と言う美少女。
あの日は、浮浪者って印象が強かったが、風呂にブッ込んで、綺麗サッパリ洗ってあげたら、御覧の通り、育ちの良いお嬢さんみたいになった。
ただ洗ってあげて、綺麗なメイド服をあげただけなんだが、それで可愛くなるってことは、元が相当良いんだろう。
まだ俺と同じくらいの年齢みたいだから、化粧なんかは一切必要ないと思うけど将来は色々やってやるのだ。
くくく、本当に今から楽しみである。
「ユリアナ様」
「ああ、悪い悪い。ウルシがそんなこと言うなんて意外でさ。お前、ばあやの手先じゃなかったの?」
俺がいつまでも返事をしないのが不満だったのだろう。
ムッと眉を寄せて、俺を睨んで来たウルシ。
そんな顔もまた可愛いから、俺は苦笑しながら尋ね返した。
拾って来て以降、なーんかウルシは俺より女性陣二人に懐いてるんだよなぁ。
だから、てっきりばあやの方針通りに、俺を監視して勉強するように言うもんだとばかり思ってたんだが。
「良く分かりませんが、わたしを買ってくれたのはユリアナ様です。だからわたしは、ユリアナ様の為に働くのです」
短い時間ではあるが、ばあやに躾けられた成果が出ているらしく、ピンと伸ばした綺麗な姿勢を保ちながら、泣かせることを言ってくれるウルシ。
何だかんだと頑張ってくれてるのが窺える。
美少女が、健気に俺の為に頑張ってくれるなんて、感動ものだ。
俺は沸き上がる感情を抑えかねて、ガバーッ!とウルシに抱きつきに行った。
「ウルシ大好きだー!」
「やめてください鬱陶しい」
「そこでツン!?」
そしたら拒否られた。
言葉だけでなくて、ガチで肘鉄まで食らった。アゴ痛い。
アゴを撫でてしゃがみ込んでいると、ウルシからの冷ややかな視線を頂戴してしまった。
ごめん、ウルシ俺のこと何だと思ってるの?
何かゴミを見るような目をしてるんだけど…。
「ユリアナ様、街に降りる時は、またあの姿になりますよね?」
「あの姿?ああ、男の姿か。なるっちゃなるけど、今度は大人になろうと思う」
「大人にも変身出来るのですか?」
ウルシが、驚いたように目をパチパチと瞬く。
基本無表情のウルシがこういう表情をすると、凄く可愛く見える。
これが所謂、ギャップ萌えというものなんだろう。
俺のウルシ、超可愛い。
「まぁな!基本この女の格好してなきゃなんないが、俺は何にでもなれる!」
「すごい…」
あれ、どうしたの。
ウルシがめっちゃ俺のこと褒めてくれるんだけど。
俺、調子乗っちゃうよ?いいの?
「見たいです。大人のユリアナ様。見せてください」
食い気味に頼んで来るウルシ。
普段だったら、面倒だから嫌だーとか言うところだが…今の俺は気分が良い。
幾らでも聞いてやろうではないか。
「任せろ!街に降りる俺、イケメンver.を見よ!」
「…わくわく」
「超変身!」
特に変身の効果音が出る訳でもなく、アッサリと変身し終える。
おお…久しぶりの高身長。
普段目線の高さにある調度品も、今は大分下に見える。
うむうむ。
やっぱり、俺と言えばこのくらいの身長はないとな。
「……」
「どうだ、ウルシ?俺格好良いだろ?」
「……」
「…え、ちょ、何で目逸らすんだよ??」
何かやけに冷めた目で見られた挙句、目を逸らされたんだが。
えー、ちょっと待って!
もしかして、失敗してる?
俺は慌てて鏡を見に行く。
サラサラの黒い髪。
キッと輝く、切れ長の瞳。
シュッとした顔ライン。
細くて、でも引きしまった細マッチョな身体。
理想的な高身長。
……完璧じゃね?
父さんと母さんと今の俺を足して3で割ったところに、俺の理想形を組み合わせたこの姿が、失敗してる訳がない。
ウルシどうした。
見慣れない男がいるからビックリしちゃったのか?
「ちょ、目逸らされると俺哀しいんだが」
「そこまで変わられると気持ち悪いです」
「えぇー!?」
「元の格好じゃ街に行けないんですか?」
仏頂面でそんなことを言うウルシ。
何だよこの可愛い生き物。
俺はギューッと引っ張り上げて抱き締める。
「何だよ、ウルシー。そんなに嫌がらなくても良いじゃんかー!」
「触らないでください。暑苦しいです」
「えー。そんなこと言う口はチューして塞いじゃおうかなー」
「セクハラです」
「ちょ、どこで覚えて来るんだ、そんな言葉!?」
俺ビックリだよ。
ばあやが教える訳ないし…クリスだな。
あの子はウルシにどうなって欲しいんだ。
しかし、この姿になると、まだ小さなウルシをホールドして、抱きしめ続けることも可能なんだな。
いやー、小さいのにちゃんと柔らかいし、温かいし、良いニオイするし、天使。
スリスリと頬擦りすると、本気で嫌そうに眉をしかめられた。
いい加減やめとくか。
本気で嫌われたくはないしな。
「ウルシがそんなに嫌がるんなら、もう少し抑えめの年齢設定にしとくか」
「……嫌という訳では」
「ん?」
「いえ。あんまり目立たない感じなら何でも」
俺としては、20代後半は前世でもその年齢だったから落ち着くんだが。
ウルシが嫌がるからやめておこう。
もう少し年齢が近い方が良いのかな。
ならあれか。中学生くらいか。
「あー、ふざけたふざけた。さて、じゃあばあやが戻ってくるまで勉強すっか」
「街に降りないのですか?」
不思議そうに首を傾げるウルシ。
いや、俺流石にばあやにそろそろ殺されちゃうし。
そう思いながら、普段のユリアナの格好に戻る。
「勿論ですわ。私、従順な貴族令嬢ですもの」
「嘘ばっかり」
「うふふ。私、言葉は濁しますけれど、嘘は嫌いですことよ?」
「……ペテン師」
だから、ウルシちゃん何処でそんな言葉覚えて来るんだよぉ!
俺の精神のHPはもう限界だよ。
「とは言え、外に出ることを諦めた訳ではありませんわ」
「?」
「私、ばあやから頂いた課題を、倍のペースで終わらせます。そこで、直談判致します。責任は果たしますけれど、自由だって欲しいですわ、と」
「許可など出るでしょうか?」
一生出らんないんじゃない?みたいな目で見て来るウルシ。
いやいや、そこは俺も頭脳は大人だから。
ある程度考えてるよ。
…通じなかったらまた強行突破だけどなぁ!!
「大丈夫ですわ。私には。「超変身」がありますもの」
普通の貴族なら、姿を看破される危険性もあるが、俺の先生は完璧だ。
それすらも看破される可能性は確かにある。
だが!
そんなことまで考えてたら、いつまで経っても外に出られない。
そこを情熱的に訴えるのだ。
ん?根拠少ない?
いーんだよ。
頭脳労働は俺の仕事じゃないから。
ウルシ育てて、ウルシに考えさせるから。
「…今、背筋に冷たいものが」
「あら。風邪ですの、ウルシ?身体には気を付けなくてはなりませんわよ?」
「ジトーッ」
「まぁ、可愛く睨んで、どうなさいましたの?私のウルシ」
「いえ、別に…」
仏頂面で何か言いたげなウルシも可愛いなぁ。
そんな風に思いながら、俺は課題に山に突撃していくのだった。
**********
ーそして、その日の夜。
「街へ、ですか?ええ、構いませんよ」
「え?」
すべて完成した課題の山を突きつけて、ばあやに直談判を!と思ったら、最初のひと言目で、許可が下りてしまった。
ちょぉお!
俺の壮大な決意とか、その辺の熱はどこへ持っていったら良いんだよ!
ばあや、何でそんなアッサリ!?
「将来、ユリアナ様はいずれにせよ国の中枢に関わることになりますからね。ユリアナ様には是非、国民の生活についても知って頂きたいですから」
いずれにせよ、ってところが怖いわー。
何、俺最悪女として誰かに嫁ぐとかあるの?
違うよな?そういう意味じゃないよな?な?
「ただし、危険なことは禁止ですし、護衛は付けます。外に出られるのは、私の許可がある日のみ。構いませんね?」
「勿論ですわ!」
とにかく、ここで嫌だ!という理由はない。
俺は一も二もなく頷いた。
いやっほー!
流れはともかくとして、これで俺も冒険者に仲間入り出来るかもしれないぞ。
前はウルシ拾って来ただけだからな。
今度こそ、冒険者ギルドに行って、ゴブリン退治をするのだ。
そこまで時間はないかもしれないがな。
「私も行きたいです」
「ええ、ウルシもお行きなさい。ユリアナ様のサポートを頼みますよ?」
「はい」
ウルシが来るなら、道中の俺の癒しも完璧だな。
うむ。
「あの!私はぁ…」
「貴女はロディーオの家から預かっている大切な身ですから。残ってもらいます」
「うぅ…私も街、見てみたかったですぅ…」
ごめんな、クリス。
でも俺は行くぞ!
クリスに構っている暇はないのだ。
お土産買って来てやっから!
「よーし、明日が楽しみだなぁ!!」
「残念ながら、街に行けるのは早くても明後日ですよ、ユリアナ様」
「何で!?」
「言葉づかい」
くそぉぉ!
ばあやのイケズ!
俺は苦悩の悲鳴を上げながら、悶々とした夜を過ごした…。
クロ「結局街行けなかったー!」
作者「データ飛んだせいです」
クロ「PCのせいかー!!」