06.そうだ、街に行こう
「そうだ、街に行こう」
「突然どうなさったんですか、ユリアナ様ぁ?」
書き物をしていた小さな机から顔を上げると、俺はぼそりと呟いた。
クリスが不思議そうに首を傾げている。
そんな姿も可愛い。
あと、テーブルの上におっぱい乗ってるのが、何とも素晴らしい光景だ。
手を合わせておこう。
「いや、俺さ…命名式から、勉強勉強勉強勉強勉強……じゃん?いい加減息抜きがしたいんだよ!」
あー!と奇声を上げながら頭をかきむしる。
折角アップになっていた髪が解けまくったが、知ったこっちゃねぇ!
俺は街に行ってみたいんだ!!
「そんなぁ…我儘言わないでください…。今までだって勉強ばっかりでしたけど、ユリアナ様、街に行きたいなんて仰らなかったじゃないですか」
クリスが眉を下げて懇願して来る。
だが、俺の決意は揺らがんぞ。
街に行く。行くったら行くのだ。
「街の魅力を知ってしまった今、その程度のお願いで矛をおさめる俺だと思ったかクリス!」
「ふぇぇ!?」
命名式から、一週間ほどが過ぎた。
俺はあの日、帰宅と同時にばあやからの説教を受けた。
やれ所作に隙があった、やれ王子たちの機嫌を害しかねない危ういやり取りだった、やれ女の子にデレデレし過ぎだった…。
あー、メンドくせぇ!!
しかも、あのクソババァ一気に課題増やしてきやがった!
うちの国の貴族子女は、命名式を終えると、貴族院に入るまでの5年間を己を高める為に使うらしく、殆どまた表に出ない生活が始まる。
俺も例にもれず、色んな課題を課されはしたが、今まで色々乗り切ってきた俺に死角などあろうか!みたいなテンションでいた俺に、ばあやが付きつけたのは、想像を絶する量の課題だった。
命名式での失態を帳消しにしてあり余るレベルに仕上げてみせましょうって…。
別に要らねぇし!?
命名式だって、別に失態じゃねぇし!!
王子怒ってなかったし、権利問題に傷だって付けなかった。
ま、まぁ?一部王子との結婚話に踏み込んだ回答をしちまった感は否めないが…仕方なくね?
だって、俺実際結婚する気ないし。
てか出来ないし。
なんて言おうものなら、言い訳は聞きたくないとばかりに、更に課題を増やされる最悪の結末が待っている。
てか、待ってた。
俺は無になってやった。やりまくった。
でも、終わりが見えない…!!
そんな俺を、命名式の行き帰りで馬車を引いてくれた御者の話が励ました。
色んな店、色んな人、色んなギルド……。
「そうだ、ギルドを作ろう」
「ほ、本当にどうしちゃったんですか、ユリアナ様ぁ!?」
俺、折角洋風ファンタジーな異世界にいるのに、異世界感あんま味わってなくねーか?って思っちゃったんだよ。
確かに、言いたいことは分かる。
日々魔術だって練習してるし、今この格好だって魔術によるもんだ。
ただの中世ヨーロッパ的な貴族社会を味わうのみじゃあない。
けど!
異世界と言えば、剣に魔術にバトルだろ?
それも毎日続けば飽きるのかもしらんが、俺は勉強に飽きた。
っつーか、俺勉強好きでもないのに、何をやらされてるんだ、畜生め。
テーブルマナーなんてもう要らないんだよ!
貴族同士の舌戦なんてもう要らないんだよ!
「じゃあクリス。ババァが戻ってくる昼5の鐘までには帰って来っからヨロ!」
因みに、時間の数え方は割と簡単だ。
早朝4時から鐘をつき始め、1時間毎に1回ずつついて、6回で朝の鐘から昼の鐘に代わって、また6回つくと、夜の鐘に代わって、更に6回つくと、もう鐘はおしまい。
それに合わせて時間は決まってる。
早朝4時が、朝1の鐘。12時は昼2の鐘。19時は夜3の鐘…となる。
22時から4時までは鐘は鳴らさない。
朝、昼、夜の鐘の音は違っていて、結構分かりやすいんだな、これが。
つまり、昼5の鐘とは15時のこと。
今日、ばあやは所用で出ていて、昼5の鐘が鳴る頃に戻る、と言っていたのだ。
現在時刻は昼1の鐘…つまり、午前10時。
軽く5時間…いや、短く見積もっても4時間は取れる。
鬼の居ぬ間になんとやら、である。
ははは、勿論ばあやがいないからこそ、こんなことを言い出したに決まっているじゃないか、諸君。
「そ、そんな!ダメですよぉ、ユリアナ様!」
「しからば御免!」
「ユリアナ様!!」
クリスの声を背に、俺は勢い良く窓に手をかける。
そして、バン!と窓を押し開くと、外に身を躍らせた。
「超変身!」
叫ぶ必要もポーズを決める必要もないが、気分で叫んで変身する。
変身したのは、ハトだ。
この世界に生まれてから、一回も見たことはないが、可愛いし小さいし目立たないし、隠密行動には完璧だろう。平和の象徴だし。
俺はこっそりと練習していた羽ばたきを繰り返しながら前に進んで行く。
「(おーっし、このまま街まで行って、変身解くぞー!)」
人目のないところに降りれば、元の姿で散策出来る。
ふふん、俺って頭良い。
それにしても本当に超変身先生は万能である。
マジ俺、先生いないと生きていけない。
俺は有頂天になりながら、街の様子を眺める。
命名式の日は良く分からなかったが、どうもこの国は、貴族街と庶民の街とで、区画が分けられているようだ。
半円の中心地にでっかくドーン!と建てられた城。
その周りを囲うように、豪華な屋敷が、広々とした庭の中に点々と建っていて、そこを守るように華美な装飾の付いた門がある。
そしてその周りに、多分庶民の街があって、更にそこを頑強な門が守っている。
城の後ろにも門はきちんと建っているが、その向こうはどうやら海っぽい。
陸地が広がるのは、庶民の街の外側だ。
これは…なかなか攻められにくい、良い土地じゃないか?
まぁ、海から攻められたり、街を落とされたりしたら逃げ場ないかもしれないんだけどな。
俺、軍事評論家じゃないから分かんないや。
観光する分には、最高のロケーションっぽく見えるが。
「(さてさて。どっから見て行くかなー)」
鼻歌交じりに、ザッと上空から街を眺めて、あんまり兵士とかに見咎められなさそうな場所に降りることに決めた。
治安が良いんだか悪いんだか、何か至るところで兵士が見回りしてるし、呑気に歩いてて補導されたら大変な話だからな。
そう思いながら、絶好の場所を探していると、丁度良さそうな小道を発見した。
酒場らしき店のすぐ隣だ。
人一人がやっと通れるかってレベルの細い道に、ドンと空の酒樽が幾つも放置されている。
この中で変身解けば、変身に気付くヤツいないんじゃね?
まぁ、酒樽から出てくるのに気付かれりゃ、一発で変態確定だけど。
周囲を見渡してみれば、誰もこんな小道に視線をやる人はいない。
考えてみりゃそれもそうか。
俺だって、日本でうろうろ歩いてる時に、こんな何もなさそうな小道に意識を割いたことなんざなかったからなぁ。
よしよし。
考えてても仕方ねぇ。
いっちょやるかー。
俺は、スッと空の酒樽に入り込むと変身を解いた。
うーっ、久しぶりの元の姿だー。
やっべぇ、美少年が酒臭くなっちまったー。
ゴロゴロッと酒樽から転がり出ると、俺は思い切り伸びをする。
羽ばたくのも結構重労働だ。
意外と肩が凝っている。
もし今後、ハトに出会うことがあったら、労ってやることにしよう。
「さーて、何すっかな!」
武器屋とか見に行くか?
食べ物屋とか?
それとも、思い切って最初に冒険者ギルドでも探しに行くか?
くぅ、夢が膨らむぜ~!
「こら!待て、ドロボー!!」
「ん?」
小道から、素知らぬ顔して出て行くと、丁度そのタイミングですげぇ、テンプレート的なセリフが聞こえて来た。
おお、これはヒロイン登場のフラグか!
それとも、俺が華麗に犯人を捕まえて注目されるフラグか!
因みに、犯人と被害者どっちもオッサンだったら見て見ぬ振り決定だけどな。
少し…いや、結構ウキウキしながら、俺は声がした方へ向かう。
小さな身体を活かして、人混みをすり抜けて行く。
くぅ…でも結構キツいな…。
…あっ、知らないお姉さんのケツ触っちまった。
ゴメンよ、お姉さんや。
すげぇ、良いケツしてたわ。
褒めてやるから、隣に立ってる兄ちゃん睨まないでやってくれ。
彼はそれでもやってない。
「よっ…こいしょ…」
ようやく人混みを抜けると、中心地には大のオッサンに睨まれてる女の子。
俺と同じか…上くらいか?
綺麗な濡羽色の髪の毛に、キッとつり上がった漆黒の瞳。
手入れされてないらしい髪はバサバサだが、すげー可愛い。
何だ、あの子。
ヒロインか。
ああ、いや、ゲームの主人公のリラちゃんは、髪の色も目の色も違うな。
「ようやく追いつめたぜ、お嬢ちゃん」
「……」
「人の物は盗んじゃいけねぇって、母ちゃんから習わなかったのか?」
山賊みたいな風体のじーさんに足が掛った感じのおっさんが、しゃがんで女の子と目を合わせて説得を開始している。
背中には巨大な剣を背負っていることから、冒険者とか用心棒とか、そんな感じの職業なんだろうと分かる。
ふーん。
別に、頭ごなしにどうのこうのって訳じゃないらしい。
なら、別に俺が出る問題でもねーか。
俺も正義の味方気取るつもりはねーし。
ってか、俺目立ったら、あらゆる意味でマズイしな!
ここは傍観者に徹しよう、と決めた直後、女の子と目が合った。
おい、何でここで目が合うんだ?
他に周囲に子供がいないからか?
首を傾げていると、急に女の子が俺の方に駆け寄ってきた。
「助けて、お兄ちゃん!!」
「はい!?」
そして、急に抱きついて来る。
訳の分からん呼び方で。
「あの人こわい…」
「え?え?いや、俺カンケーないけど…」
周囲の注目が、嫌が応にも俺に集まってしまう。
おいおい、これどーすんだよ。
死なばもろともってか!?
何て女だ!!
「何だ、兄貴がいたのか。…?随分身なりの良い坊っちゃんだな」
おっさんが、意外そうな表情で近寄って来た。
ちょいちょい、分かるだろ!?
この子の苦し紛れの嘘だよ!!
「俺は兄じゃない!」
「何だ、妹置いて逃げる気か?男らしくないぞ」
ガシガシと頭を撫でられてしまった。
何、このおっさん!!
人の話聞いてるか!?
ってか、微笑ましそうに見てるんじゃない!
初めてのおつかいではぐれた兄妹的な感じに勘違いしてるのが丸分かりだぞ!
「まぁ、兄貴がいるんなら話は早ぇ。その子が盗んでった剣を返すか、金払ってくんねぇか?武器屋の親父にも生活ってもんがあるんだ」
「おい、お前泥棒はダメだぞ。剣返してやれ。俺だって金なんて持ってないんだ」
家から飛び出してきた形だから、当然金なんて持っていない。
フッと視線を、俺の背中に隠れた女の子にやろうとして、俺は凍りつく。
人混みの向こう側に、ばあやの姿を見つけてしまったのだ。
「ゲッ!(何でばあやが!?)」
偶々、この辺りに用事があったのだろうか。
いやいやいやいや、マズイ!
考えなしに元の姿でうろついてた俺も悪いけど!
この現場を見られたら、げんこつじゃ済まない。
俺は、サーッと血の気が引くのを感じた。
逃げなきゃ死ぬ!!
「すんませんっ!!!」
「あっ、おい!!」
俺は、反射的に女の子の手を掴んで駆け出す。
そりゃもう必死だ。
早くばあやから離れなければ。
俺の頭の中にはそれしかない。
駆けて、しばらくして。
少し冷静になった俺は、ハッと気付く。
俺、何でこの子連れて逃げて来たんだ…?
この子だけ、犯人として置いてくれば良かったんじゃないか?
あのおっさんは、俺のことを兄失格だと思うかもしれないが、ほら、俺元々この子の兄じゃねーし。他人だし。
「……ねぇ」
追手を振り切って、それなりに人気も多く、多分相手から俺らは見えないだろうって大通りまで来たところで、女の子が口を開いた。
俺はようやく歩調を緩め、彼女の方を見た。
「…どうして、助けてくれた、の?」
改めて聞くと、すげー可愛い声だ。
冷たく、疑わしいように揺れてる漆黒の瞳とは対照的だ。
何この子。
磨けば光るタイプ過ぎるだろ。
まさにハイスペック。
「…なに?」
「いんや、別に。つーか、お前何で泥棒なんてしたんだよ?」
「泥棒?」
「剣、金払わずに持って来たんだろ?」
女の子は、ギュッと小ぶりな剣を抱きしめた。
その鞘には、何かゴテゴテした装飾が付いている。
「お金、欲しくて」
「売るつもりだったのか?」
「うん。お金持ってる人、キラキラしたもの、スキ…みたいだから」
ぐぅぅ、と小さくお腹が鳴る。
俺のじゃなくて、女の子だ。
見るからに家なき子って感じだし、困窮してたんだな。
「ねぇ、どうして、助けてくれたの?」
もう一回同じことを聞いて来る。
そんなに気になる?
「ノリ」
「ノリ?」
「そ。助けるつもりじゃなかったんだけどさぁ…厄介な人から逃げようと思ったらお前を連れて来ちゃったんだよ、思わず。だからノリ。偶然」
「……」
無表情で俺を見つめる女の子。
ちょ、照れちゃう。
「お金、持ってるの?持ってないの?」
「ん?持ってないってさっき言ったろ?」
「でも、服高そう」
あー、服変えて来なかったの失敗だったな。
変身する時に、庶民っぽいものにすべきだった。
いやいや、それ以前に大人の姿になっとくべきだった。
ばあやにばれないような格好考えとかないとなぁ。
「俺は金持ってないけど、親が金持ってるんだよ」
「お金持ち?」
「まぁな」
「じゃあ、わたしのこと買って」
「…は?」
思わず聞き返すが、女の子は至って真面目そうな顔をしている。
ちょいちょいちょい!!
何言ってんの、この子!?
そういう話は大人になってからだから!!
「か、買うって??」
「男の人に買ってもらうと、一緒にいるだけでお金がもらえるって、お姉さんたちが言ってた」
うおう。
なんて生々しい、うちの国の夜事情。
こんな小さな子にまで伝わってるとは、世も末だぜ。
「お前、意味分かって言ってる?」
「何でもする」
「OH…」
思わず、日本人が英語話そうとして出る、エセ英語的な反応が漏れる。
これ、相手が今の俺と同じくらいの幼女だからあれだけど、大人だったら、俺間違いなく買ってたよ。
だって可愛いじゃん!?
何でもする、だって!!可愛いじゃん!?
何でもっつったら、俺結構何でもさせるけど良いの!?
…はぁ。
やめよう、ちょっと虚しくなる。
「…それ、大人にも言ったことある?」
「はじめて。信用出来そうなお金持ちにしか言うなって、お姉さんたちが」
お姉さんたち、無責任って訳でもなかったか。
てか、そのお姉さんたちに会いたいよ、俺。
どんだけ色っぽいんだろう。
「んー…何でもって、嫌なことも痛いこともあるかもしんないけど、良いのか?」
「うん。物取って来ると、痛いこともある。平気」
何でこの子、俺のこと信用出来るって思ったんだか。
俺、全然優しい人間とかじゃないと思うんだけどなぁ。
まぁ、そう思ったんならそれで良い。
俺、この子気に入っちゃったし!
「よーし、分かった。お前が俺のところが嫌だって思う日までの毎日、俺が買ってやるよ」
「!!ホント?」
女の子が目を見開く。
本当にそう言ってくれるとは思ってなかった、みたいな顔だ。
偽善?いやいや、俺はこの子の為に了承したんじゃないぞ。
俺の満足感の為に了承したんだ。
この子を助けれて満足、じゃなくて、可愛い子を侍らせると満足って意味で。
「じゃあ、俺ん家に戻るか。…てか、今更だけど、お前家とか家族とかは?」
「いない」
「仲間は?」
「わたし一人」
「なら平気だな。よーし、行くぞ」
「うんっ」
また無表情に戻ったが、どこか満足そうな女の子。
俺も満足だ。
この子、絶対磨けば光る。
俺好みの女の子に育つぞ、絶対。
くくく。
よもや、こんな街中で、光源氏計画が一歩前進するとは。
取り巻き3人衆もこれから上手く接触して育て上げれば、俺ハーレムの完成じゃないだろうか!
まぁ、あの子たちは将来的に嫁いじゃうだろうから、それまでの天下だが、この子は、自ら離れたいって思わない限り、俺のだ。
なんて甘美な響き、俺の女!
いやあ、明日からが楽しみだなぁ。
俺は、女の子の手を引きながら、ルンルン気分で帰宅した。
まさか、家に般若が待ち構えているなんて、夢にも思わずに…。
「ユリアナ様!!!」
「げぇっ、ババ…じゃなくて、ばあや!!」
「そこにお直りくださいませ!やはりあの騒ぎはユリアナ様でしたのね!?」
「ひーっ!!」
因みに、女の子の盗んだ剣は、丁重にお返ししておいたので、あしからず!
ばあや「どこで拾って来たんですか!元の場所に戻してらっしゃい!」
クロ「やだやだやだ!僕が拾ったんだから、僕が飼うんだいっ!」
女の子「くーん」
クロ「ほらぁ、僕に飼って欲しいってこの子も言ってるよ!」
ばあや「駄目です」
女の子「わん」
ばあや「駄目です」
クリス「というやり取りが、これから…」
クロ「ないけどな!!」