04.面倒だけど、ちゃんとやろうね儀式はね(俺の今日の標語)
「本日は、太陽女神のご機嫌も麗しく、幸いにしてこのように美しい日差の下で、新たに百余名の子らを、我がニスナン王国へと迎えることになった…」
うーむ、眠い!
初めて家を出るにあたって、俺、超楽しみにしてたんだけど、外に出た目的は命名式ただ一つ。
結果として、何の楽しいこともなく、馬車っつーか人力車に乗せられて、目的地である神殿へやって来てしまった。
強いて楽しかったことを言うとすれば、御者だ。
家の前に準備されていたのは、普通にファンタジーと聞いて想像する馬車じゃなくて、本来馬がいるはずのところに馬がいた。
おい、アイツ説明間違ってるぞって思ったヤツ。
これから説明するから落ち着いて聞いてろよ。
せっかちな男は嫌われるぞ。
立っていたのは、普通の馬じゃなくて、馬顔の人だった。
馬顔っていうと、鼻が長くて目が離れてて…って感じを想像するか?
残念だが、まったく違う。
リアルに顔が馬だ。
身体は人間っぽかったけど。
超怖かったな。
一人や二人殺してそうに見えてくるから不思議だ。
普通に馬見てる分には怖くねぇってのに。
何でも、馬人族っていう獣人の一種なんだとか。
色んな種族が存在する中でも、特に荷物の運搬が得意らしくて、ああやって御者っつーか馬役?をやってる人は多いらしい。
因みに、奴隷とかって訳じゃなくて、タクシーの運転手みたいな感じで、商業ギルドの中の車クランに所属してる、正式に職業御者、な人たちがうちの国では大半を占めてるとか。
因みに、ギルド>クラン>チームって感じで認識するらしいぞ。
ギルドが会社でクランが部署、チームがその中で更に細分化した集まり、だな。
そんな話どこで聞いたかって?
勿論、御者の馬に聞いたに決まってるだろ!
そしてばあやに怒られたけどな。
下々の人と気軽に話をしちゃダメなんだとさ。
つってもさぁ、ちょっとくらい良くね?
つまんないよなぁ、まったく。
「未来ある子らに、運命神の気紛れの無きよう、祈りを…」
つーか、神官の話、長っ!!
アクビどころかイビキの一つでも出そうだぞ。
見ろよ、周りを。
飽きちゃってユラユラしてる子が結構いるんですが!!
そりゃ、親からも世話係からも離されて、ジッと座ってなさい、とだけ言われた状態で、神殿最前列の席に放置されたら眠くもなるわ。
話つまらんし。
神だが女神だかの像がズラリと並んでるのを見るのは圧巻だし、何気に楽しくもあるんだが、いかんせん話つまらんし。
重要なことだからな。
俺は2回も3回も言うぞ。
「ああ、若き迷宮女神様の祝福あれ…!」
お。
どうやら、長々とした祝詞は、ようやく終わりを告げるようだ。
おいおい、何分かかったよ。
時計ないから分からんが、30分くらい軽く消費してないか?
なんつー無駄時間だ。
白っぽいローブを着た、気の良いおっさん、といった見た目の神官の手にしている杖から光が生まれ、俺達に降り注いで来るのを、俺は微妙な気持ちで眺める。
周りの子供たちは楽しそうだが、これ結構初歩の魔術じゃないか?
形式的なもんだから別に良いのか。
「それでは、家名を呼ばれた方から順に、壇上へ」
ひっそりとアクビをしていると、俺はそう言えばと思い出す。
ばあやに叩きこまれた式次第に入ってたな。
卒業式みてーなイベント。
家名を呼ばれたら壇上に上がって、順番に名前を授けて頂くーっていう。
しかも、家柄順だから俺最初の方なんだよな。
うへぇ、面倒だ。
つっても、俺のユリアナたんの評判を下げる訳にはいかない。
真面目にやってやるけどな。
まぁ、だから面倒なんだが。
「ニスナン王子殿下」
「うん」
「はい」
おっ、来たぞ来たぞ。
初!攻略対象者との遭遇だ!
俺は思わず身を乗り出しかけて、慌ててやめる。
背中から冷気を感じた。
これ、ばあや睨んでる。ぜってー睨んでる。
じゃあ、落ち着いて見てるか。
「兄君であらせられる殿下は、偉大なる命名神より、アルカ・エンリヒの名を授けられました。本日より殿下は、アルカ・エンリヒ・ド・ニスナンとしての生を歩むこととなります。どうぞ、その行き先が幸いであらせられますことを…」
「ありがとう」
まず、兄のアルカ。
濃い暗っぽい赤髪に、気が強そうな緑色の目。
まさにメインヒーロー!ってな出で立ちだが、残念ながら彼は二番手だ。
つっても、アルカは過去が結構重い。
確かあと5年後だったか?ゲーム中で10歳の年になる直前だとか書いてあったから、多分5年後だな。
そん時に、乗ってた馬車が夜盗に襲われて、行方不明になるんだよな。
で、母親である王妃に助けを求めたら手を振り払われてたせいもあって、その後父親と母親、それに双子の弟が幸せそうに暮らしているもんだとばかり思って、復讐に赴く…のを、ヒロインのリラちゃんの愛が救うんだよな!
いやー、ストーリーは重かったけど、結構良かった。
テンプレっつーか王道っつーかだと思うけどさ、ヒーローの心の欠けっていうのを、ヒロインの愛が埋めるって。
でもさー、やっぱ良いからテンプレで王道なんだよな。
…細かいところの理由は、さっぱり意味づけされてなかったけどな!
王妃が、自分が手を思わず振り払ったせいで、アルカが死んじまったもんだとばかり思って、自分を責めてるのには泣けたし、何だかんだ言って、弟の方も、兄の行方をずっと追ってたって分かった時には、逆に笑ったよな!
一国の王子が行方を追って見つけられないって…どんだけだよ。
「弟君であらせられる殿下は、偉大なる命名神より、シエロ・サリエルの名を授けられました。本日より殿下は、シエロ・サリエル・ド・ニスナンとしての生を歩むこととなります。どうぞ、その行き先が幸いであらせられますことを…」
「ありがとうございます…」
弟のシエロ。
サラサラの黒髪に、気の弱そうな赤い目。
ちょっと俺と被ってるカラーリングな彼が、メインヒーローだ。
今は可愛い小動物系って感じだが、兄を失ってから一変する。
黒い髪は、ショックから真っ白になって、性格も大人しい感じから、無頓着な感じにクラスチェンジする。
外見上は、髪の色以外はあんま変わんないけどな。
中身の話だよ、中身。
そんな心の穴をヒロインのリラちゃんが埋めて、一緒に兄であるアルカの反逆計画を潰す!っつー胸が熱くなる様なストーリーだった。
流石他の追随を許さないメインヒーロー。
人気投票は1位じゃなかった気がするけど。
気にすんな、シエロ!お前はイケメンだよ!
「(つーか忘れてたけど、王子襲撃事件どうしたもんかな…)」
あんまストーリーの主軸ら辺に手を出すつもりはなかった…とか、そういう訳ではなく、フツーに忘れてたんだが。
折角知ってるんだから、月下の謎のヒーローとして、王子に恩を売っておいてもバチはあたらないんじゃねーかな!
ただ、懸念事項はある。
俺だって先のことを考えたりはするんだよ!
その懸念事項っつーのは…俺が真相ルートをやってねーってことだ。
何となく想像はついてるが…アルカのルートで、王と王妃と和解するシーンで、王妃が涙ながらに言ってたセリフ。
「(貴方は本当の子ではないけれど、共に生きた十年は本物でした)」
問題はこれだよ。
つまり、アルカと王妃、血が繋がってないってことだろ?
これがどういう意味か分からないんだよなぁ。
王様も同意してたってことは、王様とも繋がって無いんだろ?
なのに、この命名式では双子として紹介されてるし。
意味分からん。
これは、助けて正解なのか。
それとも、助けない方が良いのか。
うーむ。面倒だな。
こういうのは、得意なヤツがやれば良いんだよ得意なヤツが。
俺はやらんぞ。
とりあえず、どっちにも動けるように、何か準備くらいはしとくか。
そうすれば、俺の好きな行動がとれるからな。
よし、そうしよう。
「マルトゥオーゾ公爵嬢」
「はい、此方に」
突然呼ばれて、内心ビビったが、擬態は完璧だ。
優雅な笑みを浮かべて、たおやかな一礼。
そしてスッスッと、優美に一歩一歩。
どうだ、ばあや。
俺だってやれば出来るんだよ、スゴくね!?
…ばあやの反応見る為に振り返れないのが悔しいところだな。
「貴女様は、偉大なる命名神より、ユリアナの名を授けられました。本日より貴女は、ユリアナ・マルトゥオーゾとしての生を歩むこととなります。どうぞ、その行き先が幸いであらせられますことを…」
「神官様にも、迷宮女神様の足音が聞こえますように…」
俺が深々と礼をしながらそう告げると、神官のおっさんから、「ほう」と感心したような呟きが漏れた。
そうだろうそうだろう。
何しろ、事前にばあやに教えられてたからな。
今回命名式を担当する神官は、新進の女神である迷宮女神を、一番に信仰してるって話をな!
足音が聞こえるように、ってのは神官が良く喜ぶフレーズだ。
恵みを与える神について言う時は、息吹を感じられますように、とかだな。
勉強したんだぜ、俺も。
でもそれより、迷宮についての方が俺、気になるんだけどな!
ダンジョンあんの!?入りてぇ!
内心粗ぶりまくってるが、当然おくびにも出さないで、俺は自然と席に戻る。
保護者席からも、感嘆の声が沸いている。
くくく。
どうだ、見たか。
このクオリティー、ただの幼女には出せまい。
俺のユリアナたんは凄いのだよ!
ドヤ顔を披露出来ないのを残念に思いながら、残りの何時間かを、ステンドグラスの色とか、像の数を数えるのに使って、ようやく命名式が終わったのは、もう夕方になった頃だった。
空が…赤いぜ。
この世界でも夕日って赤いんだよな。
太陽が二個とか、月が赤い、とかもなく、結構普通だ。
宇宙ってどーなってんだろう。
「ユリアナ様?どうなさいました?会場へ移動ですよ?」
「クリス…」
クリスに呼びかけられてハッとする。
ちょっと疲れ過ぎて意識飛んでたわ。ヤバイヤバイ。
俺にはこれから、重大な使命があるんだった。
さっきまでの儀式で、舞台上に上がった取り巻き3人衆の姿は確認した。
後は、これからのパーティーでまず最初の接触を終える必要がある。
ファーストインプレッションって重要だよな。
仕事でもプライベートでも、結構重大な場面で火を吹いて来るぞ、コイツは。
ちゃんと、取り巻き3人衆の家が、付き合っても問題ないってことは、ばあやにさり気無く確認もしてるし。
考えなしな行動じゃないってことはアピールしておかんとな。
「少々感慨に耽っておりましたの。問題ございませんわ」
「良かったですぅ。それでは、参りましょうか」
「ええ」
ばあやは、先に会場の席の準備をしているらしい。
立食パーティーだけど、俺みたいな高位の子供には、席が用意されるらしい。
イエーイ。
公爵令嬢イエーイ。
歩きまわる気満々だが、椅子は大事だよな。
ほら、俺中身お兄さんだから。
オッサンジャナイ!
「あら、素敵。私が座るに相応しい設えですこと」
「ユリアナ様の為に、旦那様が準備してくださったらしいですからねぇ」
儀式を行った教会横の意味もなくダダッ広い会場の、ひと際品の良いテーブル席に到着すると、ニコニコとクリスが教えてくれた。
やべぇ、可愛い。
俺のおっぱいメイドちゃんマジ天使。
おい、遠めに見て鼻の下伸ばしてるあそこのオッサン誰だ。
権力使ってブッ飛ばしてやるぞ。
クリスが結婚するまで、このおっぱいは俺のおっぱいだ。
「それでは、私はしばらく歩いて来たいと思うのですけれど、如何かしら?」
「ユリアナ様。最初は他の家の子らからの挨拶があるでしょうから、今しばらく我慢なさってくださいませ」
何と言う事でしょう。
俺は歩き回ってはいけないらしい。
ちょ、聞いてないんだけどばあや!?
「…ばあや」
「そんな目で見ても駄目ですわ」
勿論言ってませんでしたから、的なスタンスでシレッとしてるばあや。
畜生、このババァ食えん。
ここはターゲットの切り替えだ。
「…クリスぅ」
「はうう……ユリアナ様にそんな目で見つめられては…っ」
「クリス?」
「はわっ!申し訳ございませんん!!」
駄目だった。
ラスボスという名のばあやを切り崩さない限り、俺はここを離れられない。
く、くそうっ。
これはつまり、取り巻き3人衆との接触は、あの子たちからやって来てくれるのをひたすら待つしかないってことか!?
イヤだー!
どうして俺はエライんだー!
歩き回りたいー!
美少女を俺好みに育成する第一歩がー!
「あのっ、ユリアナ…様?はじめまして、私は…」
「さっきの式、とても素敵でしたわ!憧れますっ」
「私ともお話して頂けませんか?」
…………。
これはこれで良いな。うむ。
立場的に俺がエライからか、すり寄って来る女の子たち。
男の子たちもいるんだが、女の子の勢いに負けている。
え、ちょっと。
この国、女の子のレベル高くない?
お肌つるつるのぷるぷるで、お目目クリクリで可愛いし。
はいっ、計画変更ー。
俺は今日、打算だろうと親の差し金だろうと、俺と会話しにやって来た女の子たちとの時間を楽しもうと思います。
ん?ほら、ゲームに出てない子にだって、きっと磨けば輝く子とかいるからな。
3人衆にこだわる必要はないんだよ。
諦めた訳じゃないけどな!!
「少々、どいてくれないか」
「すみません…」
ん?
俺の時間うっはうは、とか思っていたら、人並みが急に割れる。
どこのモーセだ。
俺もやりたい。
のんびり構える俺は、お茶を飲もうとカップを手にして、落としかけた。
おいおい、何でコイツらがここにいるんだよ。
俺と話す意味あんの?
お前らも立場的に待ちじゃないの?
何で動いてきてんだよ!
「お前がユリアナか。少し話せ」
「す、すみません…」
おい、攻略対象ぉ!
本気出すのはヒロイン来てからで良いんだよ。
どっか行け、この野郎ー!!
クロ「うおお、俺はヒロインじゃねーぞ!」
クリス「まぁ、あんなに興奮なさって…王子様、ステキですもんね!ロマンスですね!」
ばあや「……恐らく違うと思いますがね」