26.森の騒乱、終息
ー…一旦戻ろう。
そう、最初に言ったのは誰だったのだろうか。
分からないが、俺達はあのキングとか名乗る人物たちが去って行ってから、たっぷり一時間近くその場に立ち尽くし、やがてその言葉を受けて、一旦マヤちゃんの家へと戻ることにした。
誰も、それ以上言うことはなく、無言のまま、マヤちゃんの家へと入る。
当然マヤちゃんの許可は得ているのであしからず。
『…シンジュよ。こうしていても仕方がない。少し話をしようぞ』
スレイさんが、他の村人たちの安否を確認している間に、マヤちゃんが、ふぅ、と深い溜息をついてから、そう切り出してきた。
確かに、今の俺達に必要なのは話をすることだろう。
一人で呆然と考えていても、何も答えなど出ないだろうから。
『最後に現れたあれは…一体何だったのだ?言葉は何も分からんかったが、あれが異常な魔素を持っていることくらいは私にでも分かったぞ』
『俺にも、良く分からない』
俺は力なく首を横に振る。
俺に分かったのは、キングが同郷の…同じ日本人で、酷く俺を敵視している、ということくらいだ。
あいつが何者であるかなど、あいつが発した言葉以上のことは何も分からない。
『恐れ入ります、シンジュ様。状況整理の為にお話することは、あたくしもとても重要だと思いますわ。ですけれど、敵の目的についてよりも、急いで話し合わなければならないことがあるのではなくて?』
『急ぐこと、とは何であるか?』
『…馬人族たちの今後について、か』
ニーカさんが、神妙な表情で割り込んで来た。
言葉が馬人語であることからも、俺は言いたい事をすぐに察した。
マヤちゃんは、良く理解出来ていないようで、首を傾げている。
『今後…とはどういう意味ぞ?一応確認はさせておるが、シンジュ、お主が申したのではなかったか。村人は全員無事だった、と。ならば、何も問題はあるまい?』
『いえ、恐れながら村長様。村自体が無事ではございません。力の均衡が崩れたと知れば、他の二種族がどう動いて来るか分かりませんわ』
四種族は、微妙な力関係で成り立っている。
それは、歴史の話を聞いても明らかだ。
本来四種族が睨み合うところを、森のエルフが結界の中に引き籠り、実質的に攻撃が不可能になったことで、三種族の三竦みが完成していた。
恐らくは、それ故に小さな嫌がらせとかがあっても、本格的な戦いなどに発展することがなく、今まで形ばかりとは言え、それぞれの種族で平和に過ごせていたのだろう。
しかし、今その内の一角が崩れた。
人の数は減ってはいないけれど、村が甚大な被害を受けてしまった。
村人は全員無事でも、住む場所が無事でなければ、仮に襲われてしまった時に、防ぐことも逃げることも出来ない。
復興しようとする背中を刺されれば、馬人族もただでは済まないだろう。
『だが、お主たちは力を貸してくれるであろう?』
『信じてくださるのは嬉しいですし、あたくしたちもやぶさかではございません。ですけれど、考えてもみてくださいな。あたくし達は森のエルフ。四種族内で最も数が少ない弱小種族ですのよ。幾らこの場にいるあたくし達が戦えると言っても、今の戦力はこれがすべて。数に勝る他の種族に勝てる道理はございませんのよ?』
ニーカさんの言葉に、マヤちゃんは口を噤む。
村は、村人たちを守る機能もある程度果たしている。
その村が、殆ど炭になってしまった以上、襲われれば俺達で村人を守らなくてはならなくなる。
建物を庇うのと、個人個人を庇うのは訳が違う。
壁になる人よりも、庇われる人が多いのでは、物理的に不可能だ。
『だが、俺達はずっとここに暮らしてきた。争いが始まっても、だ。ならば、村人が全員無事だったのだから、問題はあるまい』
『伯父上!』
『確認は終わったのか?』
『ああ、全員無事だった。ありがとう』
スレイさんが確認を終えて戻ってくる。
丁寧に頭を下げてお礼を言ってくれるスレイさんは、本当に貴族っぽい。
『襲撃を受けた後の襲撃ほど恐ろしいものもございませんわ。精神的に厳しいものがありますもの。本当に分かっておいでですの?』
『お前達森のエルフと違い、我々はずっと結界などない中で生きて来た。それでも襲撃などこれが初めてだった。問題ない』
『前例が破られたのですわよ?どうして問題がないと言い切れますの!?』
「どうした、ニーカ姉!落ち着けって!!」
訳も分からず、ヒートアップして来たニーカさんを止めるユーリャくん。
グッジョブ。
それにしても、考えることがたくさんあるな。
確かに、スレイさんの言う通り、馬人族たちは、ずっと結界のない中で生活して来た。
しかしそれは、問題がない、という根拠にはならない。
何故ならば、三竦みの前提が崩れてしまったからだ。
今なら、残りの二種族が協力して、先に馬人族にトドメを、と考える可能性が大いに考えられる。
…ただ、それすらも覆す、もう一つの可能性がある。
『…問題がないかは分からん、が、一つ気になることがある』
『どうした、シンジュよ。申してみよ』
『キングとか言うヤツ…「森の子鬼と森梟の方は終わった」と言っていた。これが御神体を回収、破壊したという意味だけでないのなら…』
馬人語を話すメンバーが息をのむ。
俺は改めて、ミーシャちゃんとユーリャくんにも同じことを伝えた。
すると、ミーシャちゃんが震える声で呟いた。
「シンジュ様の懸念は…恐らく正しいと思われます」
「どうしてだ?」
「…最後、あのビショップとか言う少年の精神を読みました。そうしたら…既に森の子鬼たちの村は、森の子鬼に化けた彼が滅ぼし、御神体を持ち去ったと考えていました。それに、同時に森梟の村へも他の仲間が向かって、作戦は成功したと聞いている…と」
情報を伝え合うと、俺達はまたしても黙った。
事が大き過ぎる。
本当は、チェックメイトになっていたのは俺達の方だったのだ。
ただ、相手の気まぐれで無効試合にしてくれただけで。
『…他の者に確認させて来よう』
『あたくし達の方から出しましょうか?』
『いや。我々の中にも諜報が得意な者はいる』
『お任せしますわ』
スレイさんが一旦席を立ち、指示を出しに向かった。
マヤちゃんはそれを言葉少なに見送り、俯いた。
『私は…何も出来んな。今お前達が言っていた可能性の一つも、私には思いつかなかったよ』
自嘲気味にそう言うが、仕方ないと思う。
そう言って納得してもらえるとも思えないので、俺は優しく肩を叩いてやった。
こういう時には、言葉よりも行動だ。
馬人族の中で、この行動が不敬に当たらないことを祈っておこう。
『ありがとう、シンジュ。…そうだな。このような事態においても、お前達は私たちに力を貸してくれた。やはり、私はあの男に騙されていたのだな。よもや、交渉に向かった父上、母上を食らうなど、あり得ぬよな…』
交渉に向かった?
マヤちゃんの言葉に、俺は目をむく。
そして俺は反射的にミーシャちゃんの方を見た。
マヤちゃんにエルフ語は通じないが、俺は小声で問いかける。
もしかすると、ミーシャちゃんを襲ってきたと思われたあの二人組。
…どう見ても変態っぽい感じにしか見えなかったが、マヤちゃんのお父さんとお母さんだったら…?
「…恐らく、その通りだと思います。私も、あのビショップの精神を読んで、初めて気付きました。元々馬人族の表情は読みにくいですが…まさか、これ以上無為な争いが起きないように、我々を説得に来ようとしていただなんて…」
マジですか。
あんなに醜悪な顔つきだったのに。
舌舐めずりまでして、トゲトゲした鈍器ポンポンしてたのに。
ボロ布着てたのに。
「私が姿を消した後で、どうやらビショップが手を下したようです。争いが収まってもらっては困るから、と」
そして、俺達がやったのだと説明したのか。
なんて鬼畜なんだ、あの子供は。
まぁ、キングの指示なのだろうが、最悪だな、アイツら。
「どうします、シンジュ様?村長さんにお伝えしましょうか?」
「…そうだな。言っておこう」
普通なら、勘違いされないように、余計なことは言わない。
のだが、この真っ直ぐで純粋で、すぐ人の言うことを信じるこの子に対して、下手に隠し事をすると、不信感を抱かせてしまう危険性がある。
ここは腹を割って話すのが吉だろう。
俺は、細かい表現が出来ないから、ニーカさんに訳を依頼した。
ミーシャちゃんは、ニーカさんの準備が整うと、すべてを話した。
『そうだったのか…。…いや、我らとて急に他の種族が近寄ってくれば逃げよう。お前の行動は間違ってはいない。悪かったな』
「いえ、そんな!私こそもっと良く話を聞けば…」
『ふ…お前は言葉が分からぬのだろう?おかしなことを言う』
どこか寂しそうではあるが、マヤちゃんは怒ってはいないようだ。
最初あんなに怒っていたのだから、怒っても良いのに。
子供なのだから、溜めこんでいては辛い。
そう思って、俺はそっと頭を撫でてやる。
『なんだ、慰めてくれるのか?子供扱いはやめよ。私は、子供ではないのだ』
『気にするな』
『……』
嫌がって離れられると思っていたのだが、予想以上に大人しい。
茶色いタテガミが、ふわふわしていて心地良い。
これは、俺の手が硬くて可哀想だ。
『痛くないか?』
『……る』
『ん?』
『父上の手のゴツゴツに…似てる』
聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さな声で、マヤちゃんが呟いた。
俺、お父さんに似てる?
手だけでも、そういう気分を味わえるのなら良い。
そう思って、俺はゆっくりと撫で続けた。
『うっ……ぅ、ちちうえ、ははうえ……』
ぎゅう、と俺に抱きついて来て、嗚咽を漏らすマヤちゃん。
全力で泣けないのは、この子が村長だからだろう。
せめて、俺は彼女が少しでも泣けるようにと、優しく撫で続けてやった。
『マヤ!?』
指示を出し終えて戻って来たスレイさんにギョッとされたけど。
俺が怒られるくらいで、マヤちゃんがストレスを流せるなら、その方が良い。
『…そうか、泣けたのか。良かったな』
『な、泣いてなどおらぬぞ、伯父上!』
『ああ、そうだな』
どこか安心したように、嬉しそうに微笑むスレイさん。
…確かに、これが笑顔なのなら、結構凶悪だ。
馬の顔…表情分かりづらいなー。
今は言葉が分かっているから、雰囲気で察することは出来るが。
……皆、マヤちゃんみたいに顔だけ人なら良かったのだが。
『スレイさん!今そこに、森の子鬼と森梟の生き残りたちが…』
『なに!?どういうことだ』
ほっこりした空気が漂い始めた時、バン、と扉代わりの板が倒された。
外からは、足を引きずったもう一人の門番が立っていた。
…いやいや、あんたは仕事しなくて良いから。
大人しく傷治してろって。
『ああ。確認に向かった奴らが言うには、パッと見どっちの村も全部綺麗さっぱり無くなってたらしいんだが、戻ろうとしたら縋りつかれたって…』
『要領を得んな…』
『シンジュがここにいると聞いたから会いたいと…』
『俺か?』
急に俺が話題に上って驚いてしまう。
どうして俺に会いたいなんて話が出てくるんだ。
あー…村長さんは何故一緒にいないんだ。
是非とも一緒にその意味を考えてほしい。
って、そんな考えが出てくるなんて、俺もすっかり村長さんを信用したものだ。
「ミーシャ。二種族の生き残り、俺に会いたいと言ってるから会いに行く」
「分かりました。ご一緒します」
せめてミーシャちゃんに一緒に来て貰おう。
頼むぞ、ミーシャちゃん。
俺が変な事言ってたら止めてくれ!
「あんた、森のエルフ、シンジュ、違いない、よろしい?」
「貴方様が森のエルフのシンジュ殿であらせられるか。我らに敵対の意志はない。どうぞ、話を聞いては頂けないだろうか」
「えーと…」
家の外に出ると、それぞれの種族の代表と思しき人物が土下座みたいなポーズで俺を待ち構えていた。
ついでに言えば、俺は言葉が通じないものだと思っていたのだが、彼らは一方はたどたどしく、一方などはスラスラと、エルフ語で話している。
たどたどしく話しているのが、森の子鬼だ。
小さい身体が特徴だが、平均より更に小さそうに見える。
まだ子供なのだろうか。
彼の後ろを見ると、ズラリと…という程ではないか、一クラス分くらいの人数が震えながらしゃがみ込んでいた。
森の子鬼は、特に人数が多かったはず。
それが、これだけ減ったのだと考えると、本当に渋い気持ちになる。
スラスラと話しているのが、森梟だろう。
俺は初めて見るが、彼らは馬人族よりはやや低いくらいの背丈の、大きなフクロウ、といった外見だ。
確か、彼らは分類上魔者という存在なのだよな。
人間の特徴を一つも持ち合わせていない、だったか?
良くみてみると、実際馬人族は人間の手を持っていたりするところ、彼らはすべてがフクロウとしての身体を持っている。
折れた弓を背負っているが、どうやって射るのだろうか。
そんな彼の後ろには…三人?
少な過ぎる。他は全滅したのだろうか?
「ああ。俺がシンジュだ」
「おお…!森、救う、神、守る、助ける!」
「???」
たどたどしいどころか、単語だ。
俺では理解が及ばない。
誰か、子鬼語知らないか?
オロオロとしていると、隣の森梟が口を開いた。
「恐らく、そこの子鬼と我とは言いたいことは同じはず。この緊急事態なのだ。我が代わりにお伝え申し上げましょう」
「頼む」
森梟は、プライドが高い種族と聞いた。
いいか、信じるぞ。
森の子鬼に不利なことを言うんじゃないってな。
…まぁ、最悪別に嘘つかれても良いけどさ。
俺達に不利じゃないのなら。
俺、ホントどうしようもないな。
「我は森梟のウル。我ら3人、丁度狩りに出ていた際に、黒い被り物をしたヤツに村をやられました。一瞬でございました。恐らくは、森の子鬼も似たようなものでしょう」
「うん、うん」
森の子鬼が頷いている。
聞き取りは問題ないようだな。
なら、大丈夫だな。
俺は安心して耳を傾ける。
「我らは仇を討とうと思いましたが、3人では返り討ちに遭ってしまう…。口惜しいものではございますが、一旦引いて、体勢を立てなおすことに致しました」
「私、ども、逃げる、怖い、子供、老人、弱い」
森の子鬼は森梟と違ってただ逃げて来たと。
見た感じ戦えそうな人はいないから、仕方ないだろうな。
寧ろ、良く生き延びたな。
「そこで、様子を見に来た馬人と遭遇し、偶然ではございましたが、貴方様の話を聞くことが出来ました」
「うん、うん」
「それで、何で俺と会う話に繋がる?」
「我ら森の民にとって、本来貴方様は守り神なのです」
どういう意味だ?
首を傾げていると、森梟は続けた。
「もう争いが起きるよりもずっと昔…200年以上昔のことであります故に、知る者は少なくなってしまいましたが、この森に住む者たちは、とある女神さまに造られたのです」
「女神?」
「はい。女神さまは我らを造り、ここで平和に暮らせるようにと、守り神としてシンジュ様を寄越してくださいました。本来であれば、四種族は手を取り合い、女神様への感謝の気持ちを忘れず、穏やかに暮らすべきだったのですが…」
…すごい初耳なんだが。
そんな設定があったのか。
いや、でも確かに妙だとは思っていたんだ。
どうして四種族の内一つだけに、御神体じゃなくてシンジュなんだろうって。
「シンジュ様のお力を引き出すことが出来たのは森のエルフのみでしたから、自然と今の形に落ち着いたのでしょうが…シンジュ様。我らには今、貴方様より他に、頼る者がありません。突然言われて、納得も出来ないかとは存じますが、どうぞ、お力を貸しては頂けないでしょうか?我々は、仇を討ちたいのです…!」
「俺は戦えないぞ?」
「力を蓄えるまで、かくまって頂けるだけで構わないのです。その為ならば、貴方様にこの力を幾らでもお役立て頂きたく」
うーん。
俺の傘下に入るから、キングを討ってくれって話?
いや、勝手に討つから、修行してる間サポートよろしく、って話か。
俺の一存じゃ難しいな。
しかし、キングの話をすべて信じる訳にもいかないから、油断は出来ないし。
「平和、戦い、もうこりごり、ごめん、いや、助ける、ください」
森の子鬼は戦いたくないと。
うむむむ。
裏切って来たところで、大した力にはならないと、そう簡単に考えて良いか?
影響力が難しいな。
生き残っているのがこれだけとは言え、徐々に増えてくればどうする?
統制は出来るのか?
脅すのもどうだ。力による統治は脆いだろう。
俺は、平和に生きたいだけなのだ。
管理人が何と言おうと、ただこのファンタジー世界で、気侭に。
その為に、綺麗事だけを言っては生きてはいけない。
どうする?
「シンジュ様。森自体には深刻なダメージはないようです。元々私たちにシンジュ様がいらっしゃったことで、他種族に対して得ていたメリットなど、結界くらいなものでしたから、私達の村に隣接する形で、新しい村を作ってもらえば、結界を分けて張ることも可能ですし、それでまた別々に生活基盤を築けば良いのではないでしょうか?」
「ミーシャ」
「シンジュ様のことです。以後に起こるやもしれない争いを懸念してらっしゃるのでしょう?お任せください。シンジュ様の本体を介せば、そのような争いなど起きない結界を、半永久的に持続させることくらいは可能です」
なんて有能なんだ、ミーシャちゃん!
考えなくて良くなったことに、俺は歓喜する。
見捨てずに済んで俺の正義感も満たされ、裏切られる可能性が限りなく減って、俺の心の負担は少なくなり、彼らは安寧の地を得る。
win-winじゃないか。
まぁ、どう捉えるかは彼ら次第だけど。
伝えてみると、それで構わないと二種族は頭を下げた。
うん、良かった。
思っていた以上に、シンジュという存在…いや、森を作った女神という存在への信仰心が強く残っていた影響なのだろうか、話はすんなり済んだ。
これで、管理人が言っていた、まずはこの森を平和にする、という第一段階が、ある程度済んだ、ということになるだろうか。
半分以上失われた、という哀しい前提に基づいてのことではあるが。
そこで、俺に力が無い、とヘコんでいても始まらない。
俺はクズになるぞ、管理人。
そんなことで落ち込まないし、反省も…いや、反省はするな。
ただ、過去は振り返らないのだ。
出来たこともあったかもしれない、なんて、驕りでしかない。
問題はこれから先をどう生きるかだ。
『話はついたようだな。ならば、我らも連れて行け』
『村長?』
『色々考えたのだが、三種族が近場に拠点を築くのならば、我らも近場にいた方がよかろう。それで不利益を被ってはたまらない』
マヤちゃんの提案に、俺は頷く。
確かに、馬人族の立場からすれば、そんな状況は望ましくないよな。
何の禍根も無く仲良くこよし、とはいかずとも、近場で生活を共に出来るのならば、何年もすれば、世代が交代していけば、その内分かりあえる日も来るかもしれないような気が、しなくもない。
…後のことは後の人に任せよう。俺は知らん。
「ようやく帰んのか、シンジュ様?俺、そろそろヒマんなってきたぜ…」
「欠伸しないで頂けますこと?愚弟」
「あっ」
さて、とうとう帰宅か。
そう思った時、ミーシャちゃんが声を上げた。
何事かと思ったら、ミーシャちゃんがマヤちゃんの家の奥を指した。
「この村を捨てるのであれば、まず先に御神体だけは持って行かなくては」
「ん?あそこにあるのか?」
「はい。強い魔素を感じます」
それを伝えると、マヤちゃんはハッとしたような顔をする。
ちょ、狙われたって言うのに、御神体のこと忘れてたの?
『待っていてくれ。今持って来る!』
たたたー、と軽快な足音を立てながら、マヤちゃんが部屋の奥に引っ込む。
それから、バスケットボールくらいの大きさの、青っぽい石を持って来た。
ゴツゴツしていて、宝石というよりは原石か。
重そうだなーなんて呑気に見ていたら、マヤちゃんは盛大に躓いた。
『待たせたな!今……あっ』
「あっ!?」
バリン!!!
……………。
割れた。
御神体が、割れた。
……………。
ええええええええ!!??
ここで割る?割れるのか!?良いのか、これ!?
管理人出て来い!!
マヤちゃんの顔色が一気に土気色に染まる。
そりゃ当然だ。
折角助かった御神体が、こんなことで割れるなんて。
幾ら力が弱くなっていたからといって、あんまりだ。
俺達が、呆然と見つめていると、割れた御神体から、ぼうっと淡い光が明滅し始める。
何事だと息をのむと、直後光が部屋を埋め尽くす。
それから、光が引くと、マヤちゃんの家の中に、巨大な地下への階段が現れた。
まさに、ダンジョンへようこそ、といった雰囲気の。
「おおー、すっげぇ!シンジュ様、ダンジョンじゃね?攻略する?」
嬉々として俺に尋ねるユーリャくん。
だが……断る!
「一旦帰ろう」
俺の手には余る。
なぁ、管理人さん。
あれから一切の連絡ないけどさ…展開盛り過ぎじゃないかな!?
平凡な俺にはもうムリだよ。
チェンジ希望ー!!!
そんな俺の悲鳴は、誰に届くこともなく、事態は淡々と進行し続けるのだった。
木「うあああーもうイヤだー!!」
ミーシャ「シンジュ様が錯乱してらっしゃる!大丈夫ですか、シンジュ様!?」
ユーリャ「とりあえず階段下りようぜ」
木「馬鹿言うなぁぁぁあ!」
ミーシャ「ユーリャ兄様は黙っていてください!」