25.キングとの遭遇
ー「森のエルフの聖域」
そんな、新技なのか元々持っていたのか分からないが、その薄い緑色の帯に覆われた場所に入った人は、武器を失い無力化される、そんなチートみたいな技を発動させたミーシャちゃん。
その美しい顔をニヤリと自慢げに歪めているが、一切厭味がない。
美形って得だよな。
ただひたすらに美しいだけだし。
いやいや、ミーシャちゃんを見ている場合ではなかった。
それよりも、無力化された敵を見るべきだ。
気を取り直して、俺はビショップとルークへ視線をやる。
まず、最も驚くべきことは、二人共黒フードを被っていた時に比べて、身長や体型が変化していたことだろうか。
黒フードを被っていた時は、二人共馬人族っぽい雰囲気だった。
ビショップに関して言えば、身長も馬人族の平均値くらいの高さで、俺達よりも高かったし、ルークもチラリと見える足は人間の少女みたいな感じだったが、顔が隠れていたし、きっと馬面なんだろう、という風に見えていた。
しかし、黒フードが破壊されて、現れた姿を見てみれば、まったく違う。
ルークはまぁ、声の印象通りだったのだが。
「もー!もーっ!失敗?ウチらが?超有り得ないんですけど!!」
悔しそうに地団太を踏む姿は、中高生くらいの人間の少女だ。
見た目が人間に似た種族がいるのか分からんが、とりあえず、見た感じ肌の色がビビットカラー、などと言うこともなく、欧米風の人間、という印象に見える。
茶色に近い金髪を右側でまとめサイドテールにしており、赤い瞳は生意気そうにつっている。
全体的に赤を基調としたエプロンドレスみたいな服が印象的だ。
とりあえず、さっきまで巨大な斧を振り回していた人とは思えない。
「黙ってくれますか。考えがまとまらないです」
更に意外だったのが、ビショップだ。
金髪碧眼の美しい人間の少年だったのだ。
そうとだけ表現すれば、意外でもないかもしれない。
しかし、声や話し方から、俺は勝手なのかもしれないが、もっと大人なのだと、そう思っていた。
だが、実際は違った。
子供だという印象の強かったルークよりも、寧ろ子供だったのだ。
森の子鬼の姿を取っていた時よりは大きいが、それでも俺よりずっと小さい。
小学校高学年くらいだろうか?
年上だったとしても、中学生くらいだ。
今まで姿を変えていたように、これも偽り?
いや、そうとは思えない。
効果を聞いてはいないが、ミーシャちゃんが発動させたこの結界は、どうやら閉じ込めるだけでなく、そういった魔術的効果も打ち消すことが出来るようだし、その中で尚も魔術を使えるのであれば、とっくに別の魔術を使っていると考えられるからである。
そこで、はたと気付く。
もしや、以前には失敗した状態確認が、今は可能なのではないかと。
思い立ったが吉日。
どうやら、彼らにもすぐさまどうこう出来る手段はない様子だから、今がチャンス…というか、今しかチャンスはないかもしれない。
俺は急いで状態確認の画面を立ち上げた。
【名前】不明
【種族】人間
【年齢】不明
【性別】男性
【称号】???のビショップ
…残念ながら、分かったのはここまでだった。
以下はすべて空欄である。
一応、ルークの方も見ておく。
【名前】不明
【種族】人間
【年齢】不明
【性別】女性
【称号】???のルーク
やはり、結果は同じだ。
レベルもスキルも、何も分からない。
恐らくは、俺の状態確認レベルが低いことによる影響か…状態確認自体は前回と違って反応したことから、また別の要因なのだろう。
まったくもって厄介な相手だ。
大体、???って何だよ。
明らかにボスの名前が入るとかだろ。
勘弁してくれ…。
「諦めて、投降してください。投降してくれるのであれば、私達からこれ以上何かをするつもりはありませんよ」
「うっさい!近付いてくんな!似非エルフ!」
「???」
ある程度距離を取って、話し合いで解決しようと試みるミーシャちゃん。
もう、状況から言って既にミーシャちゃんがチェックどころか、チェックメイトをかけているから、恩情みたいな形なんだろうけど、ルークにはそれが分かっていいないのか、相変わらず敵対心をむき出しにした形で睨みつけて来ている。
「この森のエルフの聖域は、私の指定した範囲の、私の指定した人物のすべての魔術的効果を打ち消し、すべての武器を破壊し、また、指定した行動を制限します。発動してしまえば、それを打ち破ることは不可能です。諦めた方が、賢明だと思いますよ?」
こてりと首を傾けながら、穏やかに説明をするミーシャちゃん。
まさに、勝者の余裕である。
というか、なんというブッ壊れ性能だ。
もしかして、村を覆ってる結界より強いんじゃないのか?
……それを使って村を覆っていないということは、何らかの弱点もある、ということなのだろうな。
敢えて気付かれるようなことは言うまい。
俺だって分かっていないのに、敵にヒントを与えることはない。
「はぁ?そんなチートみたいなこと、NPCに許されるワケないじゃん!だって、タッくんがウチにくれた奥の手だって……ない!何で!?確かにここに…」
スカートのポケットに手を入れて、それからサッと青ざめるルーク。
奥の手、ということは…魔術具か何かだったのだろうか。
それが、ミーシャちゃんの力で打ち消されたか破壊されたか…。
ご愁傷様です、だな。
俺達からすれば完璧なる勝利、といったところか。
「う、ウソでしょ…?」
しばらく、悪あがきのようにあらゆるポケットを探っていたルークは、やがてようやく現状を理解したのか、更に顔色を悪くした。
細い肩がフルフルと震えている。
可哀想ではあるが、村を滅ぼそう、だなんて言っていた子だ。
同郷だろうと何だろうと、憐れむ必要はない。
心を鬼にして、ただ見守るのだ。
「ちょっとビショップ!何とかしなさいよ!元々はアンタの仕事でしょー!?」
「…キングは貴方にも指示を出したのです。貴方の仕事でもありますよ」
「違うもん!ウチが失敗なんて有り得ない!全部、全部全部アンタが足を引っ張ったからだよ!」
「……はぁ」
ビショップが、年齢に見合わないような、重い溜息をつく。
まるで、仕事に疲れた中間管理職みたいだ。
いや、実際そうなのだろう。
役職がどちらが上かなんて分からないが、キングという上司とルークという部下の挟まれた彼の状態は、まさしくその通りだ。
何だか、俺の胃まで痛くなってきそうだ。
胃なんてあるのか分からんが。
「…私達を捕らえても無駄ですよ」
「一応、理由を聞いておきましょうか」
一手一手、慎重に事を運ぶように、ビショップは言葉を発した。
自然と皆の顔も引き締まる。
…そう言えば、相変わらず馬人族の二人には、話が通じてないんだよな。
ふと思い出して彼らを見ると、ニーカさんが通訳に回っていた。
流石。仕事の出来る女は、外見だけではなかったようだ。
最初の交渉に関しては忘れておこう。
きっと、門番の彼との相性が悪かっただけなんだ。うん。
「私達には他にも同じ目的で動く仲間がいますから、私達を止めた程度で、計画は止められない」
「なるほど。それなら、そいつらもまとめて捕まえりゃ済む話だ」
「それが可能なのなら、もうとっくに止めていますよ。ねぇ、シンジュさん。……いえ、こう呼んだ方が良いですかね。「転生者」さん?」
「…」
やっぱりアイツら、俺の正体に気付いてたんだな。
まぁ、それが分かったからって、何かが確定出来る訳でもない。
分かってて言ってるな、アイツめ。
「何のことか分からない」
「とぼけても構いませんがね。キングは、既に貴方がたを排除する為に動き始めている。まぁ、お分かりだとは思いますが、とぼけたところで事態は何も変わりませんよ」
何で俺にそれを口に出させようとしている?
確信を持っている訳ではないのか?
それとも、ただの時間稼ぎか。
時間稼ぎだとしたら、何の。
仲間の話をしたということは、助けに来るのを期待しているのか?
いや、ルークならともかくとして、ビショップはそんな感じではない。
諦めたような目をしてる。
あくまで俺の見立てだが。
「貴方、先程から何の話をなさっているのかしら?論点をずらさないでくださいまし。訳し辛いですわ」
「ニーカ姉の言う通りだな。話ズラして意味あんのかよ。腹割って話そうぜ、俺達あんなに熱い火花を飛ばし合った仲じゃねぇか」
「…どんな仲ですか」
ユーリャくんの茶化しに、苦々しい表情を浮かべるビショップ。
うん、ムカつくのは分かるから、スルーしてくれ。
ユーリャくんはいつもあんな感じだ。
『おい。きんぐ?とかそんな話はどうでも良い。それよりも、我らを襲った理由の詳しい話を…何故御神体を破壊しようとするのか、それを聞いてくれぬか?』
「話を戻します。貴方たちは、何故御神体を狙ったのですか?」
ニーカさんの訳を受けて、ミーシャちゃんがマヤちゃんの問いをぶつける。
しかし、ビショップは答えようとしない。
ルークは…聞いても無駄そうだな。
何か、重要そうなこと知らない感じがする。
こういう尋問をする場合、仲間といると心強いから、引き離して身体に聞く、みたいな手法が有効、と聞いたことはあるが、この場合引き離したところで、効果はたかが知れているような気がする。
結界から出す訳にもいかないし、このまま話を聞くしかないんだよな。
拘束したところで、他に能力を封じる方法がないなら、意味はないし。
「…ふぅ。仕方ありませんね。シンジュ様を狙う理由ともども、直接身体に聞いてみることにしましょう」
「…拷問されたって言うものですか」
「ご、ごーもん!?サイテー!乙女の身体に傷付ける気ー!?」
ミーシャちゃんが一歩近付くと、ビショップは覚悟を決めた様な表情になる。
一方で、ルークはギョッと目をむいている。
そんな状況になるとは想像もしてなかった、という感じだ。
「ご安心ください。拷問だなんて、そんな野蛮なことはしませんよ。本当に、身体に直接聞くだけですよ」
にっこりと、愛らしい笑みを浮かべるミーシャちゃん。
直接、ということは…精神感応を行う気か、この子。
あれは、基本俺との会話にしか使っていないが、本来の使い方としては、恐らくこうして口の堅い人から情報を得る為に使うものなのだろう。
言葉として考えたことしか伝わってはいないようで、こうして俺がダラダラ考えていることがミーシャちゃんに伝わったことはないから、そこまで万能という訳ではなさそうだが、会話を続けて揺さぶっていけば、必ず人は言葉として記憶を呼び起こしてしまうものだ。
そこを読みとれば、十分な情報が得られるだろう。
改めて考えると、ミーシャちゃん万能だな。
さぞ素晴らしい尋問官になることだろう。
「さ、触らないでください!」
「そーよ!近付かないで!」
何かをされると悟った二人は、ザッと距離を取ろうとする。
しかし、この結界で行動を制限されているせいか、動きは鈍い。
そこをユーリャくんとニーカさんが笑顔で拘束した。
「おーっと。逃がさないぜ」
「ふふ。ゆーっくりと付き合って頂きましてよ?」
…こういう時、凄く気の合う姉弟だな、彼ら。
「さて。改めて伺います。貴方がたは、何故御神体を破壊しようとするのです?」
「…」
片方の手をビショップに、もう片方の手を俺に触れた状態で、質問を開始するミーシャちゃん。
ビショップは、一体何をされているのか予想が立っていない様子だ。
色々と魔術については詳しそうだが、精神感応は知らないのだろうか。
もしかすると、森のエルフしか使えないとか?
流石にそんなレアな能力じゃないか。
なら、単に知らなかっただけだろうか。
「!これは…」
ミーシャちゃんが、ハッとした様子で俺の方を振り向いた。
その直後、バチッと、激しい音が響いた。
「何だ!?」
『怪しい音がしておる…新手か!?』
『気を付けろ、村長!』
「何か来ますわ!」
そこから、断続的にバチバチという音が繰り返される。
結界の様子を見てみるも、結界自体に異変はない。
一体何だと思っていたら、結界の中に、暗闇が生まれた。
何を言っているのかと、俺も疑いたくなるが、本当に急に暗闇が生まれたのだ。
どのくらいだ…。
1メートルか2メートルくらいの、縦長のヒビ割れ。
空間が割れたのだと、そう思う感じの見た目だ。
中は真っ暗で、何も見えない。
「タッくん!!」
ルークが、あらん限りの力でニーカさんを振り払い、ヒビ割れへ走った。
火事場の馬鹿力といったところか。
不意をつかれた俺達は、彼女の逃走を許してしまった。
同時に、気付くとビショップもヒビの方へと向かっていた。
何だ?認識にズレが…あの暗闇の影響か?
「ビショップ、ルーク。失敗したみたいだね」
「も、申し訳ございませんでした…」
「もー!聞いてよタッくん!あいつらがウチのことイジメるんだよー!!」
声が、聞こえる。
この世のものとは思えない、ザザ…とブレる、不愉快な声。
男とも女ともつかない、変声機にでもかけたかのような、声。
それが穏やかな口調で話すものだから、余計に違和感が強まる。
「僕の部下が世話になったみたいだね。礼を言うよ」
誰も口を開かない。
その圧倒的な存在感に、怖気づいてしまう。
これが、世界に争いをもたらそうと言う、世界の敵か。
「はじめまして、僕はキング。この世に絶望を齎す者だよ」
ヤバイだろ、コイツ。
正面切ってこんな頭のおかしいとしか思えないようなセリフを吐くなんて、相当重篤な中二病患者だ。
いや、何よりもヤバイと思うのは、その言葉を実行できると、確信さえさせられる、この覇気だ。
魔素濃度なのだろうか、ビリビリと肌に刺さって来るこの感覚は、きっと間違いではない。
穏やかに、冷たく。
油断すれば、すべて飲み込まれ、消されてしまいそうだ。
「ん?あれ、君が報告にあったシンジュ?」
す、と視線が俺に向く。
相変わらず暗闇の中から出て来ないから、視線の動きなど分からない。
分からないはずなのに、確かにその目は俺を捉えた。
ギクリと心臓が跳ねる。
確かにそこに存在していると主張して来る。
ないはずのそれが。
「…そうだ」
「変だね。やけに知っている気配だ。これは…ふふ」
突然、嬉しそうに嗤い始めるキング。
不気味なエコーが響き渡る。
俺はゴクリと喉を鳴らす。
蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのことだ。
「久しぶりだね「サカキ」さん」
「っ!!」
何故、その名を知っている。
いや違う、それは誰だ?
妙になじむ。
そうだ。
俺を呼ぶ声。
俺を呼ぶ名前。
それは…「俺の名前」だ。
「何故、知ってる?」
「あはは、変なこと聞くね。まぁ、それは昔からか」
俺の所謂前世の知り合いか?
いや、こんなヤバイ気配を醸し出すヤツが知り合いにいた記憶はない。
暗く、冷たい、こんな刺々しい空気で、俺を見るヤツなんて。
…頭が痛い。
何だ?俺はこいつを、知っている、のか?
「僕の邪魔になるかもしれない、森のエルフのシンジュが転生者とは聞いていた。けど、まさかアンタだとは夢にも思わなかったよ。この世界も、なかなか粋なことをしてくれるじゃないか。ふふ、ふふふ。久しぶりにとても愉快な気分だよ!」
軽い口調で、昔馴染みだと言う。
聞き覚えの無い声。
聞き覚えのあって欲しくない声。
不愉快な、声。
「ふぅ。笑った笑った」
ややあって、キングが笑いを止める。
相変わらず、誰も口を開こうとしない。
あれだけ能天気なルークでさえ、引き攣った様な表情を見せている。
普段は、あんな雰囲気ではない、ということだろう。
…つまり、俺という存在が、キングの琴線に触れた。
……何だその嬉しくない展開は。
「気が変わったよ。時間がかかってるようだから、僕自らトドメをさしてあげようと思ってわざわざ出て来たけど、アンタを殺すには相応しい舞台を作ってあげないといけないから、今回は見逃してあげることにしたよ」
何様のつもりだ、とか心情的には言い返してやりたいが、とてもじゃないが、そんな馬鹿なことは出来ない。
それで機嫌を損ねては、殺される。
間違いない。
元々日本人なのだろうが、まったくそうは思えないくらい、悪役として彼は完成している。
そういったことに躊躇しない。
そんな雰囲気が、アリアリと見てとれる。
そんな中で、口を開ける程、俺は主人公していない。
「まぁ、森の子鬼と森梟の方は終わったから、二か所くらい逃しても良いしね。多分僕が殺してやりたいヤツは回収したと思うし…仮に、残った二か所にいたとしたら、それはそれで面白いしね」
何が楽しいのか、さっぱり分からない。
ビリビリとした殺気が、今も真っ直ぐに、俺に向かっていると言うのに。
何だ?どうして俺は、ここまで殺気を向けられている?
「待ってなよ、サカキ。相応しい舞台が出来あがったら招待して、細胞の一つも残らないくらいに、燃やしつくしてあげるからさ」
それは御免こうむる。
しかし、言えるはずがない。
雉も鳴かずば撃たれないのだ。
「さ、二人共、帰るよ」
「…はい」
「は、はーい」
ビショップたちの姿が、暗闇の中に消えて行く。
そして、また奇怪な音を発しながら、ヒビ割れは消えて行った。
あとには何も残らない。
ただ、呆然と立ち尽くした、俺達が残されただけで。
森は、何事もなかったかのように、風のざわめきに満ちていた。
キング「厨二病?失礼だなぁ。もっと高尚な呼び方をして欲しいものだね」
ルーク「ウチの王子様!」
ビショップ「はらぐ…」
キング「ん?ビショップ何か言った?」
ビショップ「…何でもありません」